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▼ 8




シャワーを浴びて火神の着替えを借り、部屋に戻ると火神は適当にしてろと言い涼太と入れ違いに浴室へ向かった。
手持ち無沙汰となった涼太は火神のベッドへ腰を下ろし、そわそわとした様子で部屋中を見渡す。

火神が一人暮らしをしていると聞いた時から、この部屋には強い興味を抱いていた。
幼い頃から寝ても醒めても家族と一緒にいて、今も上の兄と一つの部屋を共有している涼太にとっては、一人きりのプライバシーがきっちりと守られた空間に憧れを持っていた。
そして、それだけではなくここは火神の部屋だ。自分が憎からず思っていた相手の部屋に上がって、いまは相手のシャワー待ち。この状況を自覚して、涼太は自ずと緊張した面持ちになる。

家出をすると決めた時、ここへ来ることは同時に決定した。
今までの対応から、火神はきっと自分の願いを聞き入れてくれる。少し迷惑がるかもしれないが、他に行く場所がないとか何とか言えば大丈夫だと思っていた。火神は涼太が置かれた境遇について理解していてくれるし、昨日も無理なお願いを聞き入れ家族の前で言って欲しかった言葉を堂々と宣言してくれたばかりだ。
それから。

「…はあ。上手く出来っかなー…」

ここへ来る前に火神に伝えた自身の発言を思い返し、涼太は額に手を押し当てる。
あれはほとんど勢いだった。火神に事情を打ち明けていくうちに家族に対する反発心が高まってきて、そのまま。征十郎が絶対にダメだと言った行為を、他でもない火神とするしかないと思って言った。

禁止された行為を、禁止された相手とする。
それが、今まで涼太を縛り続けた過保護な家族に対する仕返しになると、涼太は考えていた。

そうと決めたものの、ここにきて涼太は不安感を覚え始める。
性行為についての知識がまったくないわけではない。異性相手であれば経験もある涼太だが、同性同士で同じ行為を行うことは考えたこともなかった。征十郎が禁止令を発するまでは。
それでも今はその行為をしなければいけない。して、証明しなければならない。半ば脅迫的な気分になりかけていたところで部屋のドアが開き、涼太はびくっと肩を揺らして顔を上げる。
「あ、火神っち…」
「…何つーツラしてんだよ。…はぁ、そんなビビんなくても、何もしねぇよ」
不安が顔に出てしまっていたのか、涼太を見た火神は呆れたようにそう告げる。すると涼太はふるふると首を振り、自身に芽生えつつあった不安を強引に押し込めた。
「ビビってねーし、するっスよ」
「…しねぇっつーの。あと、今日はやっぱ帰れよ」
「は?!何スかいまさら…」
「…フロで考えたんだけどよ、やっぱ、まずいだろ。明日も学校あるだろうし、お前いま携帯も持ってきてねーんだろ?」
「……」
「お前の身内になりきって考えるとさ、それってスゲー怖ぇわ。何も言わずに消えて、連絡もつかない状況って。ただでさえ大事な末っ子が」
「火神っちはオレの身内じゃねーだろ。つーか、その言い方やめろよ」
「…は?」
「末っ子って言うの。…確かにオレは兄弟で一番年下だけど、…もう、ガキじゃねーんだ」
「……」
意外な単語に噛み付いてきた涼太に、火神は僅かに驚く。だがすぐに涼太の気持ちを察して、頬をかきながら謝罪した。
「悪かったよ、もう言わねぇ。…だからな、涼太」
「…あのさ、火神っち」
「ん?」
「もしオレが、テツヤっちや大輝っちの弟じゃなくて、一人っ子とか長男とかだったらさ、…オレのこと…、…一人の男として、見てくれた?」
ベッドの淵に腰を下ろしたまま、俯いた涼太の突然の質問に、火神は何事かと思いながらその意図を探り、そして涼太の隣に腰を下ろしながら回答する。
「べつに。お前の家族構成がどうでも、オレは同じ事言ってたよ」
「…嘘だ。ホントは面倒だとか思ってんだろ。オレがここにいることが兄貴たちにバレたら、また何か言われるとか…」
「…お前なぁ。…オレは散々お前の兄貴共にはギャーギャー言われてんだぞ?今更だろ」
「……」
「…涼太」
顔を上げることなく後ろ向きな発言ばかりをする涼太に、火神は困惑しながらもストレートに思いを伝える。
「お前の兄貴たちは確かにめんどくせぇし、重てぇよ。オレがお前の立場だったら、たぶん今のお前と同じことしてる。でもな、オレはお前より3つも年上で、…お前のことを義務教育期間中の他人として、涼太っていう一人の男として見てモノ言ってる」
「……」
「今日は帰れ。…一人じゃ嫌だってなら送ってやる。それから、」
「…火神っち」

火神の回答を得て、涼太はそろりと視線を上げる。目線を交えて火神の声を遮り。何かを堪えるような表情で、涼太は口を開いた。
「オレ、早く大人になりたいよ。あの家を出て、誰の指図も受けず、誰の監視もないところで、一人で自由になりたい」
「…ああ」
「帰れなんて言わないでよ。あの家に戻ったら、オレ、また…」
じわじわと涼太の瞳に水の気配が滲みだす。それを見た火神は、考えるよりも先に動いた。
咄嗟に。涼太の後頭部へ片手を回して固定して。少し下に傾けた状態で、涼太の額に唇を寄せる。
「え…?」
「…勘違いすんなよ。今日は帰れっつっただけだ。言っただろ、オレはお前を突き離すつもりはねぇし、兄貴たちの束縛からも解放してやりてぇと思ってる。でもな、オレは世間知らずのお前に妙なことはしたくねぇよ」
「……」
「家族に反発してぇ気持ちも分かる。そのためにお前がオレを選んだっつーのもな。でも…、そういうのは、好きな奴とやれっつってんだ」
「…!」
「オレがお前に手を出さねぇのは、そういう意味だ。知り合いの弟だからとか、中二だからとかってわけじゃねぇ。分かんだろ?涼太。オレが言ってること」
説明を展開しながら火神は涼太の肩へと手を下ろし、そのまま自分側へと抱き寄せる。抗うことなく火神の首筋へ頭を寄せた涼太は、こくんと頷いた。
「…だから、頼むよ。今日は帰れ。…いつでもここを逃げ場にしていいから」
「火神っち…」
そろそろと涼太は火神のシャツを握り締め、ぽつりとその名を呟いた。
そして目を閉じ、少しの迷いを見せた後。
「…分かったよ、今日は、帰るっス」
「ああ、そーしろ」
「でもその前に、一つだけ言ってっていいっスか?」
「何だよ」
「…好きだよ」

身を寄せたまま囁くような声で、涼太は告白をした。
火神はすぐに答えを返さず、身動きもしないまま同じ体勢を保つ。
「最初にアンタに会ったときから、オレは何度もドキドキした。アンタに嫌われたら怖いって思ったし、電話で声を聞くだけで安心出来た。この気持ちはお兄ちゃんたちに対する憧れとは全然違うんだ。自分でもびっくりするくらい、異様で、新しくて…、火神っち以外には、こんな気持ち感じたことない」
「…ああ」
「…アンタがオレの家族に言ってくれたこと、本当に嬉しかった。オレ、あの時さ、火神っちになら何されてもいいってマジで思ったよ。今日も、エッチしてって言ったのは家族に対する反発だけじゃないから。…好きな人にして欲しいって、思ったからだ」
「……」
「…それだけは分かってよ、火神っち。誰に何と言われようと、オレは、火神っちじゃなきゃ嫌だ。……アンタが、好きなんだ」


家まで送るという火神の申し出を、タクシーで帰るからという理由で断った涼太は、どこか寂しそうな笑みを浮かべて火神に手を振った。
涼太を見送り、部屋に戻ってから火神はテツヤへ連絡をする。電話越しに聞いた同級生の声は、いつもの冷静さを欠いた様子で、涼太が部活中に脱走を果たした影響はあの家族にとってかなりなものだと改めて思う。
通話を終了し、ずるずると床にへたりこんだ火神は天井を仰ぎながら盛大にため息をこぼす。
「…チクショー、これが据え膳ってやつかよ…」
ベッドの上で抱き合った際、火神は必死に己の理性を奮い立たせながら涼太を諭した。そんな状態であんな可愛い告白をされてしまえば、帰れと言った自身の発言を撤回してあのままベッドに押し倒したくなるのも至極当然だ。
それでもなけなしの理性を振り絞って我慢した自分の両腕を褒めてやり、そのまま顔面を両手で覆う。
「…ビビってんのは、オレの方だっつーの」

涼太の告白に対し、はっきりとした答えを示すことも出来なかった。
火神の胸中では決している。だけどあの場で、あの雰囲気の中でそれを曝け出せば、きっと涼太を帰したくなくなる。そして自分が望めば、涼太も。
「…中二、なぁ…」
過保護な家族については問題視していない。だが、実のところ火神にとっても涼太との年齢差は障害となっていた。
征十郎に言われたことが、火神の行動を制御する。たとえ相思相愛の間柄とは言っても、涼太くらいの多感な年齢であればその感情が年上の同性に対する憧憬と取り違えられていてもおかしくはないのだ。
涼太の好意を否定するわけではない。だが、全てを受け止めるには、火神の決意は固まりきれていなかった。

そして火神はこの先1ヵ月間、この日の判断を後悔し続けることとなる。
家に帰った涼太が家族にどのような対応をされたかは火神には分からない。
だが、二人が1ヵ月の間連絡を取れなくなったことだけは確かな事実だった。











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