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▼ 7




結局その日の夕食会は収拾がつかないまま。8時になったからと言ってタクシーを呼んだ征十郎により、お開きとなった。
タクシーについては火神は全力で断ったのだが、征十郎は引かなかった。ああ見えて未成年に対する気遣いは、家族だろうが他人だろうが関係ないらしい。

「しっかしお前、よく言ったな。あの征十郎相手によ」
「は?…べつに、思ったこと言っただけだ。相手が誰だろうと、関係ねー…し」
「とか言って後悔してんじゃねーの?言っとくけど、あいつはキレたら何すっか分かんねーぞ?夜歩きに気をつけろよ。あ、そんで、涼太とはどこまでヤったんだよ?」
「…ヤってねぇっつってんだろ。つーか、付き合ってもいねーって」
「付き合ってねぇ?真剣とか言ってたじゃん」
「あれは涼太に合わせただけだ。…分かってやれよ、あいつは、お前らにガキ扱いされたくねーんだよ。だからオレにああ言わせて、…お前らの手から離れたってことを証明したかったんだ」
玄関でタクシー待ちをしているところへ現れた大輝に、火神は本音を伝えた。
兄たちにからかわれ、涙目になった涼太は火神へ助けを求めた。自分はもう兄たちの玩具ではないと言い切った。火神はその気持ちを汲んで涼太の望みを叶えただけに過ぎない。
多少余計なことを言ってしまった自覚はあるが、訂正する気も特にはない。
「…お前、マジムカつく野郎だな。二度とうち来んなよ」
「ああ、金輪際来る気はねぇよ。ただ、まあ、…涼太のフォローは頼む」
「ったく、二回もうちの弟泣かせやがってよ。次やったらマジでそのツラ張っ叩いてやっからな。覚悟しとけ」
「うるせーよ、ブラコン」
車が停車する音を聞き、火神は腰を上げる。ドアを開ける時に一度だけ背後を振り返ったが、大輝の姿はそこにはなかった。



「涼太くん、大丈夫ですか?」
「…だ、いじょうぶ、っス…、ごめん、テツヤっち…、火神っち帰った?」
「いま帰りました。みんな心配してますよ。下、降りれますか?」
「んー…、顔酷いけど、いいっスかね」
「恋人の前に行くわけじゃないんで、大丈夫ですよ」
あの後、涙が止まらなくなった涼太は征十郎の指示で部屋に引き上げさせられた。それから数十分後、呼びに来たテツヤに従い、真っ赤に腫れた目をして部屋から出てくる。
「…火神っち、怒ってた?」
「いえ、心配そうでしたけど…。後で電話入れてあげてください。結構パニックになってたようですから」
「っスよねー。オレもパニクってたし。はぁ、なんで泣いちゃったんだろ…。オレ、涙腺マジで鍛えないとダメっスね」
自己嫌悪にため息をついた涼太を連れ、テツヤは階段を下りてダイニングのドアを開いた。
「テツヤ、涼太は…」
「呼んできました。もう大丈夫そうです」
テツヤの肩越しに聞こえた声に、涼太は身体を強張らせる。まだ、どんな表情で征十郎に向き合えばいいか分からなかった。
「涼太くん」
「うぅ…、めちゃめちゃ気まずいんスけど…」
テツヤに急かされ、彼の後に続いた涼太は俯いたままで。痛いくらいに家族の視線を浴び、消え入りたい衝動に駆られる。
「落ち着いたか?」
「…うん、スイマセンっス、なんか、取り乱したりして」
「そこへ座れ。真太郎、お茶を淹れてくれないか?」
「ああ」
ダイニングテーブルの定位置に座るよう指示をされ、大人しく従う。すでに夕食で使用した食器類は片付けられていて、しばらくして真太郎が全員に飲み物を配り始めた。
「…あの」
「ハッキリ言って、動揺している。またよろけてしまうかと思ったよ」
「う…、す、スイマセンっス、…オレも、火神っちがあんなこと言うなんて思わなかったから、ビックリして…」
「そうか。あいつのせいか」
「ち、違うっス!これはその、嬉し泣き的な?」
「嬉しい?」
「だって、あんな風に言って貰えたの初めてだし、その…か、感動しただけっス…」
じわじわと赤面しながら両手で頬を覆う涼太に対し、征十郎は不可解そうに眉根を寄せた。
「涼太は、ボクら家族に対して過保護だと感じていたのか」
「え?あ、いやー…、今まではそこまで不満に思ったこともないんスけど、からかわれた時は本当に嫌だったし、火神っちの前でガキ扱いされんのもムカってなって。それで…」
「…悪いが、ボクはやはりお前が同性愛に走るのを容認することは出来ない。たとえお前が望もうとも、お前があの男と性交渉を行うつもりならばボクは全力で阻止する」
「そ、そこなんスけど!」
きっぱりと断言した征十郎に、涼太は食いつく勢いで質問した。
「性交渉ってセックスってことっスよね?男同士でセックスなんて出来るもんなんスか?!」
「……」

この瞬間、征十郎を含めたその場の全員が同じことを思った。
征十郎は、墓穴を掘ってしまったのだと。



部屋に戻り、早速火神に電話をしようとした涼太の手から、すっと携帯が取り上げられる。
「何すんスか敦っち!」
「誰に電話しよーとしてんの。ダメだよ、征ちんに言われたっしょ?」
「はぁ?別に電話くらいいいじゃないっスか。性交渉するわけじゃないんスから」
「オレさっき征ちんにお願いされたの。涼ちんが変な気を起こさないように監視してろって」
「は…?!な、なんだよそれ!」
「…オレは別に涼ちんが泣こうが喚こうがケツ掘られようが全然構わないけど、それで征ちんが哀しむなら全力で邪魔するよ。明日から登下校も一緒ね。嫌だけど」
「…!」
敦の宣告に、涼太はさっと血の気が引いた表情を浮かべる。部活を始めてからは、テツヤが火神と共に中学に来た日を除いては何となしに敦と登下校を共にしてきた涼太だったが、そこにこんな拘束感はなかった。はっきりと監視を宣言されたことで、涼太は強い抵抗を覚える。
「電話くらいいいじゃないっスか!オレ、今日スゲー火神っちに迷惑掛けたし、一言くらい…」
「明日てっちんから伝えて貰えば?」
「そんなの…っ」
「涼ちん」
ぐっと涼太の携帯を握り締めた敦は、涼太に顔を近寄せ真顔で告げる。
「オレは大ちんやてっちんみたいにアンタのこと甘やかさないよ。やるっつったらやる。火神とは、今後一切会わせないから」
「…っ!」
兄弟でもっとも体格のいい敦に凄まれることで、涼太はぐっと息をのみ言葉を噛み殺す。
涼太はただ、兄たちに自分がいつまでも子供ではないことを示したいだけだった。それなのに、こんなことになるなんて。
自分の不用意な思いつきを後悔し、また、火神に対しても申し分けない気持ちが生じる。

その時、敦の手の中で涼太の携帯が震えた。
顔をしかめながらディスプレイを目にした敦は、涼太の顔を一瞥してから何の断りもなく通話に応じる。
「もしもーし」
「…お前、敦か?涼太はどうした」
「涼ちんはもう寝ちゃったよー。ざんねーん。この番号に掛けてももう涼ちんには繋がらないし、二度とかけてくんなよ」
「は?お前、何言って…」
「涼ちんに手を出したアンタが悪いんだよ。うちの末っ子はアンタのもんにはならない。最初からずっと、征ちんのもんなんだから」
「敦っち、…あ!」
横暴な発言を受け、これ以上は聞いていられないとばかりに涼太は敦へ手を伸ばすが、すでに敦は火神との通話を終了し涼太へ携帯を押し付ける。
「聞いてたっしょ、涼ちん」
「敦っち…オレは…」
「誰のお陰で今まで生きて来れたと思ってんの?征ちんがダメっつってんだから、言うこときけよ。絶対に、火神はダメだかんね」
「……」
征十郎の指示だから、と主張する敦の本心には明らかに悪意が垣間見えた。それは年の近い弟に対するものではなく、他でもない火神という相手に当てたものだろう。
それが分かっていても、涼太は納得いかなかった。

そして涼太は翌日さっそく行動する。
日曜日。普段と変わらぬ時刻に敦と共に家を出て、部活のために中学校へ向かい。
監督の指示でロードワークに出たまま、涼太は中学へ戻らず入部して初めて部活動から逃げ出したのだ。



「…お前さぁ、…黒子は知ってんの?」
「……」
「…言ってねーのか。…まあ、昨日の電話で何かあったんだろーなーとは思ったけど。なあ、ひょっとして今お前、家出してる?」
「…してるよ。真っ最中っスよ」
「はぁ、マジかよ…」

脱走した涼太は自宅とは真逆の方向へ駆け出していた。
到着した先は、火神とテツヤが通う高校の近くにあるファーストフード店であり、そこで涼太は迷いに迷った末、火神へメールを送信した。
火神がそのメールに気付き、涼太の元へ顔を見せに来たのは夕方のことだった。ワケあり顔の涼太を見て、呆れたようにため息をこぼす。
「…あれから兄貴たちと何か話したのか?」
「うん。…反対されたっス」
「反対?」
「火神っちと付き合っちゃダメだって。電話も禁止されたし、会いに行かないように登下校中も監視するとか言われたんスよ。…信じられる?オレ、中二の男っスよ?恋愛も自由に出来ないとか…おかしいっしょ?!」
話しているうちに感情が高ぶってきたのか、徐々に早口になっていく涼太は最終的にドンとテーブルを叩いて火神に訴えた。
「あんな奴ら、もう知らないっス!オレ、絶対にあいつらが謝るまで家帰らないから」
「…はぁ。そりゃお前の家族は行き過ぎだよな。…で?お前、行くアテあんのかよ?」
「…え?」
「2、3日家出すんのはいいんじゃね?効果的かもな。でも、」
「行くアテなんて一つっきゃないっスよ。何のためにアンタを呼び出したと思ってんスか」
「…やっぱそうくるか」
薄々感じてはいたが、さも当たり前のように火神の家を逃亡先にと決定した涼太に、火神は苦笑を浮かべた。
「…まさか、協力しないわけがないっスよね?火神っちもオレに同情してくれるっしょ?オレはもうあいつらのもんじゃないって思うっしょ?」
「…お前の拘束が強まった原因って、明らかにオレだろ。その上オレんちに逃げ込んでくるとか、火に油を注ぐようなもんじゃねーの?」
「……」
「いや、べつに、突き離してるわけじゃねーぞ?来るなら来てもいいって。ただ、今回の場合ってのは…」
「…火神っちじゃなきゃダメなんスよ。オレが、ガキじゃないってことを証明するためには」
「へ?」
顔を俯かせた涼太の様子に火神は少し慌て、それから聞こえた低い声に耳を澄ませる。
「何それ、どういう…」
「親の言いつけなんて、全部破ってやる。その相手は、みんなが反対してる火神っちじゃないとダメなんだ」
「涼太…?」
「だから、」
テーブルの上でぐっと拳を握り締めた涼太は、決意を込めた眼差しを上げ、真っ直ぐに火神を見据える。そして、揺るぎない声で宣言した。
「エッチしよ、火神っち。そんでオレを、大人にしてよ」

14歳の決意を前に、火神は言葉を失い唖然とした。










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