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▼ 6






征十郎は子供の教育に関してはあまり口出しをするタイプの親ではなかった。
特に涼太については、長男である真太郎に任せっきりだったと言ってもいい。
まったく会話がないわけではない。だが征十郎と涼太の遣り取りを傍から見た者は彼らが親子であると即答出来る者は少なかっただろう。
他人行儀な間柄ともとらえられる二人だが、それでもやはり、征十郎は涼太の親だった。

足元で割れた皿を眺めた征十郎は、リビングにいる彼らに背を向けた。
何をするべきかは理解しているのだろうが、征十郎の足元はフラフラとしていて頼りない。
苦い表情で腰を上げた真太郎が征十郎の元へ進み、彼の身体を支えた。
「ここはオレが片付ける。お前は少し部屋で休め」
「…そういうわけにはいかないよ。客がいるんだ。食事の支度を…」
「それもオレがする。準備が出来たら呼びに行く。それまで気分を落ち着けておけ」
「…すまない、真太郎。甘えさせて貰うよ」
「敦、征十郎を部屋へ連れて行け」
「あ、う、うん、…征ちん大丈夫?抱っこしよっか?」
「いや、自分で歩ける。手を貸してくれ、敦」
敦の手を借りて階段へ足を向けた征十郎は明らかに青ざめていた。征十郎は家族にさえ滅多に弱さを見せない。涼太などは、生まれて初めて見た姿だ。言葉も失うほどに、驚愕していた。

「…ショックですよね」
「そりゃーな。自分のガキがよりによって男とデキてるって言い出したんだ。それも相手はこんな野郎だ」
「お、オレのせいなんスか?!…せい、っスよね…」
部屋に残された三人の兄弟は動揺冷めやらぬまま。各自反省した面持ちで息を吐く。
そして唯一の部外者であり、騒ぎの発端でもある火神は困惑していた。
「…なあ、オレ、帰った方が良くね?」
「お前が帰ったら誰が収拾つけんだよ」
「そうですよ火神くん。ここはちゃんと誠意を持って征十郎くんと話をするべきです。涼太くんのことを本気で考えているのなら」
「う…、あ、あれはな…?」
「火神っち…」
「…わ、分かったよ、いりゃいいんだろ?」
火神にしてみれば、涼太に泣き落とされて発言を強要されたに過ぎない。まさかこんな大事になるとは思ってもいなかった。いや、この兄たち相手に啖呵を切ったのだから、多少は騒がれるとは思っていたが。
「火神っち、大丈夫っス。火神っちに嫌な思いは絶対にさせないから。…ありがと、あそこまで言ってくれて」
「へ?いや、お前が言えって…」
「オレは掛かって来いって言えとまでは言ってないっスよ?ナイスアドリブっス。さすがにドキっとしちゃった」
「…ハァ、…ま、何とかなる、よな…?」
内緒話のように言う涼太の表情は意外にも晴れ晴れとしていて。その顔を見れば、火神も後悔などはしていられない。
実際に心にも思っていないようなことは火神には言えない。あれほどすらすらと宣言をした事実を考えれば、火神も涼太に対して宣言通りのことを思っていたのだろう。それを自覚し、火神は俯く。
「敵わねぇなぁ」


「ありがとう敦。戻って真太郎の手伝いをしてくれないか」
「えー、やだよ。オレは征ちん見てろって言われたし、そーする」
「真太郎一人では…」
「大丈夫だよ。征ちんが思ってる以上に真ちんしっかり者だし、手が必要なら下にいっぱいいるっしょ。オレは征ちんの側にいる」
「…分かった。少し横になってもいいか?」
「いーよ。休んでよ」
自室に入った征十郎は、顔色の悪いままベッド上で横になる。
ベッドの淵に腰を下ろした敦は、顔の前で両手をクロスさせた征十郎を見下ろしながらぽつりと呟いた。
「そんなにショックだった?涼ちんに男が出来たの」
「…当たり前だ。涼太はまだ中二なんだ。…交友関係に口出しする気はなかったけれど、まさか、涼太が男と交際していたなんて…信じ難いよ」
「征ちんが思ってるほど涼ちんはガキじゃねーよ。女遊び半端なかったのは知ってた?」
「ああ。だから油断していた。涼太だけは大丈夫だと思ってしまった」
「…何それ。他のはヤバかったっての?」
「そうは言ってないよ。…涼太が同性愛に走ってしまったのならば、それはボクの、親の責任だ。…もう少しちゃんと教育するべきだった」
「征ちんは悪くないよ」
不機嫌そうな表情で敦は断言する。征十郎は腕をずらし、敦の表情を仰ぎ見た。
「敦?」
「征ちんのやることが間違ってるはずねーもん。涼ちんもさ、ちょっと血迷ってるだけだと思うし。だって、火神とか有り得ねーもん。好きになる要素なんて一つもないし」
「……」
「だから征ちんが責任感じる必要もないよ。しっかりしてよ。そういうの、征ちんらしくねーし。…征ちんが弱ってるとこ見てると、オレ、…襲いたくなっちゃう」
そこで二人の視線が交わり、征十郎は困惑したように眉尻を下げる。対して敦はすぐに視線を逸らした。
「…襲われたくねーなら、ちゃんとしてよ。いい?征ちん。二人目の同性愛者を兄弟から出したくないなら」
「それは…同性愛以前に近親相姦の問題が発生するな…。分かった、敦。ボクは平気だから先に下りて行ってくれ。ボクもすぐに下に行くから」
「…絶対だよ?」
疑いを隠し切れない視線を征十郎に向けながらも、敦は立ち上がって部屋を後にする。
一人になった室内で、征十郎は嘆息する。
「…ボクはどこで子供の育て方を間違ってしまったのだろう」
敦がほかの兄弟と比較して、異様に自分になついていることは認識していた。
だがこれほど直接的な言葉を与えられたのは初めてであり、征十郎はひどく狼狽する。
そして今は、それ以上に現実的な問題も階下に控えているのだ。
敦の本心追及は後回しにし、今はリビングにいる末っ子とその恋人を主張する相手をどうにかしなければ、と決意し、征十郎は上体を起こした。


全員が再集合したリビングは先ほどまでとは打って変わって静まり返った不気味な空間と化していた。
涼太の隣で火神は大盛りの茶碗を左手に、ぎこちない動きで箸を動かし続ける。
大量に用意された食事は確かに美味い。見た目も味も栄養バランスも計算され尽くしたような、一般家庭では到底味わえない料理の数々に火神の緊張は煽られていた。
この家族は毎日こんな豪勢な食事をしているのだろうか。疑問を抱きつつ、隣で同じように箸を動かしている涼太の横顔をチラリと見遣る。
「そろそろ話の続きをしてもいいか?」
そこで唐突に征十郎が声を発したため、火神の背筋は無駄に正された。
その場の全員が箸を止め、一切の音が消えた室内で。征十郎は真っ直ぐに火神の目を見る。
「挨拶が遅れたね。はじめまして、火神大我くん。ボクは涼太やテツヤたちの保護者の赤司征十郎だ。いつもテツヤがお世話になっていると聞いてる」
「い、いや…別にオレは…」
「君の話はみんなから聞いているよ。みんなの話ではあまりいい印象を感じられなかったが、実際に会ってみて少しその印象が変わった。君はとても思いきりのいい性格をしているようだ」
「は、はぁ…」
「今日君に来て貰ったのは、純粋に君に対して興味があったからなのだけど。…まさか、涼太と深い仲になっているとは聞いていなかったものだから、先ほどは動揺してしまってすまない」
「……」
徐々に返答の声が沈んでいく火神を横で見た涼太は、不服そうに顔を歪ませ、テーブルの下で火神の足を軽く踏みつける。
それで我に返った火神は慌てたように征十郎を見返し、涼太が望んでいるであろう言葉を繋げた。
「お、オレ、本気なんで!」
「…は?」
「だ、だから、その、涼太との…こ、交際?オレは別に、こいつに弱味を握られてるとか泣き落としにやられたとか、そんなんじゃなく、し、真剣にこいつを…」
「…いつからだ?」
「え?いつ…?」
「1週間前っス!オレがバスケ始めた次の休みに運命的に出会って恋に落ちたんスよ!」
「涼太には聞いていない。ボクは彼と話をしているんだ。少し黙っていてくれ」
言葉に詰まった火神を見かね、涼太が口を挟む。が、鋭い眼差しで見据えられた涼太は口を閉ざすより他なかった。
「1週間前か…。涼太が泣いて帰って来た日があったね」
「あ、あれはその…」
「肉体関係はすでに成立しているのか?」
淡々としたその質問の意味が、火神にはすぐには理解出来なかった。
無言で食事を進めながら会話を聞いていた大輝が、ぶっと口に含んでいたモノを吹き出し隣のテツヤに注意されている。それを遠巻きに眺めながら。
「征十郎、食事中だ。言葉に気をつけろ」
「ああ、すまない。ならば質問を変えよう。今、お前たちは具体的にどんな関係なんだ。これは、涼太の親として把握しておきたい重要な項目だ」
「か、関係って…、ま、まだ何もしてね、…ない、ですけど…」
「そーっスよ!何スか肉体関係って!!男同士でそんなのあるわけ…っ」
「分かった。キスもしていないんだな?」
「し、してません…」
「ならいい。火神くん、ボクは涼太の親として君に嘆願する。今後も、涼太とはそういった接触をしないで貰いたい」
「せ、征十郎っち…!」
「涼太が望んだとしてもだ。知っての通り、涼太はまだ中二だ。今の時期に偏った性交渉を行うことは保護者として容認するわけにはいかないからね。火神くん、ボクの言っていることが分かるか?」
「…そ、そりゃ…。オレだって、中学生に手を出すつもりなんざねぇけど、…でも、まぁ、アンタ、ちょっとこいつに対して過保護過ぎんじゃねーの?」
真顔で交際の制限を申しつけた征十郎に対し、火神はストレートに自分の考えを示した。
片眉を上げた征十郎の表情は火神や他の兄弟たちにも威圧感を与える。それでも、火神は引かなかった。
「アンタだけじゃない、この家の人間はみんなそうだ。涼太は確かに中二で、義務教育も終わってないガキだけど、アンタらが考えてるほどこいつは幼くねーし、考えなしでもない。親に言われずとも、こいつはちゃんと分かってるからさ、もうちょい信用してやれば?」

しんと静まり返った空間に、火神ははっとなる。
まずい発言だったのだろうか。そう思いながら必死に続く言葉を考えるが、何も思いつかないまま。

「か、火神っちぃ…」
「?!」

気付けば隣で涼太がぽろぽろ涙を零していて。
火神の脳内は、混乱を極めた。









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