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▼ 5





「征十郎っち、手伝おっか?」
「いや、必要ないが…、珍しいな、お前が自らキッチンに来るなんて」
「なんか落ち着かないんスよ、みんないるし」
「ならば涼太、洗い物を手伝ってくれ」
「うん、いっスよ」

運命の土曜日、敦と共に帰宅を果たした涼太は部屋着に着替え、食事の支度をしている征十郎の元へ向かった。途中覗いたリビングにはテツヤ以外の三人がおのおの寛いでいて、若干の違和感を感じた。過去には兄弟全員が揃ってリビングにいることは日常的な光景だったが、真太郎が中学に進学して部活を始めてからは誰かしら欠けている状態が続いていたからだ。
もちろんそれだけが涼太をそわつかせている原因ではない。テツヤが帰ってくるとき、同時に火神がこの家に上がることになっている。火神が怖いと評したこの家のリビングへ。

浮き足立つ涼太が辿り着いたのは兄たちの側ではなく、黙々と料理をしている征十郎のいるキッチンだ。
無駄のない手さばきで食事の支度を整えていく征十郎の姿をロボットのようだと言っていたのは、すぐ上の兄だっただろうか。涼太はあまり征十郎が家事をしている姿を見たことがない。気がつけば室内はチリ一つ落ちていない清潔な空間になっているし、洗濯物はいつでも新品同然で箪笥やクローゼットの中にしまわれている。すべて征十郎が行っているには違いないのだが、普段の征十郎の様子を知る者であれば、征十郎は家事万能な小人か妖精をいくつも飼っていて、子供たちが眠っている間にそれらに指示を送って家の中を完璧な状態に保っていると言われても信じてしまいそうだ。
そんな征十郎の横顔をチラチラと覗きつつ、涼太は言われた通りシンクに残留している汚れた食器を洗い始める。

「征十郎っちは、昔からメシ作るのうまかったんスか?」
「まさか。覚え始めた時は失敗の連続だったよ。包丁で指を切らない日はなかったくらいだ」
「ウッソ、ドジな征十郎っちって想像出来ねっス。…父さんと一緒になってから?」
「…ああ、そうだ。あいつは一人では何も出来ないろくでなしだった」
並んで各々の作業を行いながら、それとなく話題が涼太の父親であり、征十郎の伴侶でもある男へ繋がっていく。
彼らはあまり父親の話をしなかった。涼太にとっては、幼い頃に征十郎や兄弟たちを捨てて出て行った男のことだ。
「征十郎っち、あのさ…」
「どうしようもない男だったよ。それでも、一度は永遠を誓った相手だ。ボクはあいつを恨んでいない」
「……」
「それに、お前たちに会えたのだからね。その点だけは評価をしている。…二度と会うことはないだろうが」

彼ら兄弟の父親は、幼い涼太に暴力を振るったことがきっかけとなり征十郎と離縁したのだと涼太は兄たちから聞いていた。
まだ幼かった涼太は、その頃のことをあまりよく覚えていない。聞くところによれば、この征十郎が父親を顔の形が変わるまで殴り倒して着のみ着のまま極寒の野外へ放り出したという話だが、今の征十郎の横顔を見る限りは果たして本当にそうだったのかと涼太は疑問に感じた。
「…そんな顔をするな。ボクは、お前たち兄弟全員が元気に成長してくれればそれで幸せだ」
「征十郎っち…」
「お前たちにはボクのような失敗をして欲しくないと思っているよ。だから今日は、しかと見定めさせて貰う」
「…へ?」
「ずっとみんなの話に聞いていた彼に会うのが、楽しみだ」

そろりと見遣った征十郎の頬には、確かに笑みが浮いていた。
だが涼太は思う。もしかしたら自分は火神に対して、とんでもない願い事をしてしまったのではないかと。
その心配が杞憂に終わればいい。そう祈りながら、涼太は手を動かした。




食事の支度が粗方済んだ頃、テツヤが帰宅を果たした。
玄関のドアが開く音を聞き、涼太は濡れた手を拭いてそちらへ駆けつける。
「おかえりっス、テツヤっち!」
「ただいまです。…みんないるんですね」
「メシも出来てるっスよ。あれ?火神っちは?」
「…火神くん、大丈夫です、涼太くんですよ」
ドアの隔たりの向こうへ声を掛けたテツヤにつられ、涼太は首を伸ばして覗こうとする。
すると、やけに神妙な面持ちの火神が姿を見せ、涼太と視線を合わせると居心地悪そうに挨拶を口にした。
「よぉ」
「…いらっしゃいっス、火神っち」
「…あー、マジで上がんなきゃダメなのかよ、黒子」
「ダメです。涼太くん、火神くん案内して貰っていいですか?ボク着替えてくるんで」
「了解っス!火神っち、どうぞどうぞ」
客用のスリッパを用意してその場に正座した涼太の誘導に従い、火神は履物を変えて赤司家への第一歩を踏み出した。


「オイ涼太、何だよそのデケー図体の。どこで引っ掛けてきたよ?」
「…本当に来るとは。相変わらず図々しい男なのだよ」
「うわ、火神じゃん。何しに来たのー?征ちんのメシはあげないよー?」
涼太に連れられリビングへ足を踏み入れた火神を迎えたのは彼らの知る顔ばかりで。テツヤが言っていた、兄弟全員と顔見知りという言葉が真実であると今更思い知る。
それも、決していい関係の付き合いではない者ばかりだ。居心地の悪さが急激に増し、小声で「帰りてぇ」と呟いた火神に涼太は苦笑を返す。
「大丈夫っスよ、みんな口は悪いけど、火神っちのことボコったりしないから」
「当たり前だよ、なんでオレがこいつらにボコられなきゃなんねーんだ」
「もしそうなったとしても、オレが身をていして庇ってあげるんで!安心してご歓談してって下さいっス!」
「歓談出来るような空気じゃねーだろコレ」
文句を言いながらも、意を決した火神はどうにでもなれとその場に座った。
「火神っち、何飲む?」
「いいよ、構わねーで。つーか、お前も座ってろ」
「あれー?火神っちそんなにオレと一緒にいたいんスか?照れちゃうなー」
「そうだよ、オレを一人にすんな」
客を持て成す要領で掛けた声に対し、思わぬ信頼宣言を受けた涼太はほのかに顔を赤くして、火神の願いどおり彼の隣に腰を下ろした。その様子を見た大輝は不機嫌そうに彼らに声を掛ける。
「なに、お前らマジで付き合ってんのかよ?涼太顔赤ぇぞ」
「あ、赤くないっス!何言ってんスか、オレ全然照れたりとかしてねーし!」
「えー、涼ちん趣味悪ー。火神なんかどこがいーの?」
「ど、どこってそりゃ…、優しいし、バスケうまいし、オレのお願い聞いてくれるし…、って、だから付き合ってねーって!!」
「…涼太、貴様、オレの忠告を無視したのか?」
「し、してないしてない!全然深入りしてないっスよしんたろっち!」
「どう見てもドップリだろ。なあ敦?」
「んー、涼ちん目ぇ醒ました方がいいよー?ねー、てっちんからも何とか言ってやんなよー」
「何とかと言われましても…。涼太くんが火神くんを選んだのならボクは何とも」
「うお?!黒子テメェ、いつからそこにいた?!」
「さっきからいましたけど。…ちょっとショックです。火神くんがボクの弟をそんないやらしい目で見ていたなんて」
「み、見てねーよ!」
「見られてねーよ!ちょっとみんなおかしいっスよ?!大体、オレと火神っちって男同士なんスけど?!」
「それ以前の問題なのだよ、涼太、今すぐに火神から離れろ。なぜ貴様らは隣に座っている」
「えっ?!い、いや、そんなこと言われても…っ」
「涼ちん、オレの膝の上乗る?ちっちゃい頃はよくそーしたよねー?」
「いいいいいいらねっス!もうガキじゃねぇんだよ!」
「あれ?涼太今日スカートじゃねーの?普段着見せてやれよ、火神に」
「穿いてねぇよ、普段!…もぉ、いい加減にしろよ…、火神っちの前でそんなの言うこと、ないじゃないっスかぁ…、…う…っ」
からかえばからかうほどいいリアクションを返す末の弟を面白半分にいじる兄たちは、涼太の様子が不穏な物に切り替えられたことに気付き、揃って苦い表情になる。
取り残された状態の火神は涼太の顔を見てぎょっとなった。
「お、おい、涼太、ガキの頃はガキの頃だろ!オレも、昔は近所の兄貴的な奴に甘えまくってたし、オレはお前がどんな過去を持ってたって気にしてねーから!」
「火神っち…、ふぇ…っ」
「だからほら、こんなことで泣くなよ、お前に泣かれたらオレどうしたらいいか…」
「……」
火神と目を合わせた涼太は、ぱちぱちと瞬きをして。それから、きゅっとくちびるを引き結んで火神の首にがばっと抱きついた。
その行動に兄たちは目を丸くする。全員が言葉を失い、動揺する中。
涼太は火神の耳元でそっと囁く。
「…っ、は、はぁ?!んなこと言ったら、オレが…ッ」
「…責任はオレが取るんで。お願いっス、火神っち。言って」
「……」
「オレは、もうあいつらの玩具じゃないんス」
ぎゅうと首に回った腕に力が入ったのを感じ、火神は軽く嘆息した。
そして涼太の身体を引き剥がし、一同をじっと見渡して、息を吸う。
すぐ側から涼太の期待の眼差しを注がれ。ぎこちなく涼太の肩を己に抱き寄せ、火神は言う。

「涼太はオレのモンだ。コイツを泣かす奴は誰一人許さねぇ。文句があんなら、掛かって来い」


その瞬間、ドアのところからがしゃんと何かが落下し破損する音が彼らの耳に強く響いた。
全員の視線が火神と涼太からそちらへと移行する。
誰も何も言えなくなる。そこに呆然と立ち尽くしていたのは。

「…それは本当か?だとしたら、…見過ごせないな、火神大我」

この家の主のものにしては珍しく震えたその声に、火神を除く全ての人間が戦慄した。











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