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翌日、テツヤは早速火神へ征十郎からの伝言を伝える。
すると火神はやや面倒そうな表情を浮かべ、ため息をついた。
「…涼太の言ってたこと、マジなんだな」
「話したんですか?」
「ああ、電話かかってきた。つーか、何なんだよ。何でオレがお前んちの親に呼び出し食らわなきゃなんねーんだよ?」
「さぁ。ボクにも分かりません。…ただ、涼太くんと関わりを持ったことが原因であることは間違いないと思います」
「は?何だよ関わりって。オレは別に…」
「これで、火神くんはボクら兄弟全員と顔見知りになったわけですから」
「…は?いや、オレが知ってんのってお前と青峰と涼太の三人…」
「…あの、前から思ってたんですけど、火神くんて記憶力なさ過ぎじゃないですか?」
「は?!何だよ、馬鹿にしてんの?」
「ええ、まあ。…うちの一番上の兄は、この学校のOBです」
「…は?」
「一年ですけど在校期間も被ってました。…まさか火神くんの頭は卒業したセンパイのことは順次忘れていく仕組みですか?」
「ま、待てよ…っ、そんな話聞いたことねーぞ?!誰だよ、お前の兄貴なんて…」
「真太郎くんです」
「しん…?…は?!み、緑間?!」

衝撃の真実を突きつけられたと言わんばかりの火神の表情にテツヤは呆れる。
たしかに、チームメイトたちはテツヤや真太郎を本来の苗字で呼ぶことはない。それぞれつけられたニックネームで呼び合うため、火神はテツヤの苗字が赤司であることすら忘れがちになることもしばしばだ。
それにしても、この事実は火神にとって意外だった。
彼らが1年の頃、真太郎はチームのキャプテンを務めていた。だが、ただの一度も自分がテツヤの兄であることを火神に伝えたことはなかったし、テツヤも然りだ。誰にでも敬語を使うテツヤと誰にでも横柄な言葉遣いをする真太郎の会話を聞いても、二人が兄弟だとすぐに認識出来る者はいなかっただろう。
「…でも、言われてみればあいつもカンに障る奴だったな…。ああ、そうだ、いっつもムカつくことばっか言いやがって…、お前や青峰にそっくりだ」
「酷い言い様ですね。それを言うなら涼太くんもボクらの兄弟ですけど」
「あいつは別だろ、育った環境が違うっつってたし」
「…そうですか。あともう一人、敦くんと言うのがうちの四男なんですけど、この人も火神くんは知ってますよね?」
「アツシ…?…って、タツヤがよく連れて来たあのバカデカい中坊…じゃねーよな?」
嫌な予感に顔を引きつらせつつ、火神は正解を口にする。
タツヤと言うのは、火神の幼馴染に当たる青年であり、現在は中学校の教諭を職業としている。そして彼はバスケ部の顧問をしていて、夏休みなどの長期休暇を利用して自分の教え子である生徒を一人、この学校へ連れてきては練習に参加をさせていた。
「…マジかよ…、アレも、お前の弟…?」
「見えないかもしれないですけど。火神くん、すごく嫌われてましたよね」
「…ああ、目が合うたびに嫌そうなツラされたよ。…クソ!お前んとこの兄弟ホントムカつく奴ばっかだったんだな…っ!」
「涼太くんもその一人です」
「だからあいつは別だっつの!…オレ、お前んち絶対ェ行かねー。魔物の巣窟じゃねーか」
「でもその巣窟には涼太くんもいますよ?」
「……」
「涼太くん、君と再会するのを心待ちにしてましたよ。征十郎くんが火神くんを呼ぶように言ってきたときも、口には出しませんでしたけどすごく嬉しそうでした」
「…やめろ…それ以上言うな…っ!卑怯だぞ、黒子!」
「ボクとしては君が自宅に来ようが拒否しようが何の痛手も被りませんけど、涼太くんはきっと悲しみますね…。ひょっとしたらまた泣いてしまうかも…」
「わ、分かったよ!行けばいいんだろ?!行ってやるよ!!涼太にも言っとけ!」

涼太は火神に対し、テツヤのお願いに弱いと言ってきた。
だが違う。火神が弱いのは、テツヤのこの巧みな口上による脅しだった。



金曜日、いつになく上機嫌で帰宅を果たした涼太をリビングで出迎えた大輝は理由を尋ねた。
「へへっ、実は、今日1軍昇格テストみたいなの受けてー、ばっちり合格しちゃったんスよねー」
「へぇ、スゲーじゃん。つーか、そんなテスト、オレらの時代なかったぞ?」
「そーなんスか?氷室センセイ、異例のスピード昇格って言ってたっスけど。敦っち以来だってさ。凄いっしょ、褒めてくれてもいんスよ?」
「調子乗んなバーカ。どーせ1軍入りしたってレギュラーには程遠いんだろ?」
「まあ、そーっスけど。でもたぶん、今月中にはレギュラー獲れるよ。征十郎っちと約束してるし?あー早く征十郎っちに報告してぇなー。今日何時に帰ってくるかな!」
「知らねーよ。金曜日だし遅ぇんじゃねーの?…真太郎も今日は遅ぇな。腹減ったー。涼太、メシ作れ」
「は?いや、無茶言わないでよ…。オレにそんなスキルねっス」
「ガキの頃さつきとままごとやってただろ」
「あれは…っ!…あーそーっスか、大輝っち、そんなに泥団子が食いたいなら作ってあげてもいんスよ?あの頃みたいにー」
ソファーに寝転んでいた大輝の上に覆い被さるように迫った涼太は、笑みを浮かべて脅迫に走る。
さつきと言うのは近所に住む、大輝と同学年の幼馴染だ。
幼い頃は、征十郎や真太郎が留守の際に弟の世話を任された大輝はよく近所の公園へテツヤと涼太、そしてさつきを連れて遊びに行っていた。幼心に末っ子である涼太をテツヤと同じように振り回すことに対して引け目を感じていた大輝は、涼太をさつきに任せてボール遊びや鬼ごっこに興じていたのだが、そんな二人を涼太が羨望の眼差しで見ていたことなど知りもしない。

そしてある日、涼太はさつきから泥団子の作り方を教えてもらった。大輝たちが遊んでいる間、熱心に泥団子を生産し続けた涼太は、石のように堅くなった泥団子を走り疲れた兄たちに差し出たことがある。
(りょーたごはん作ったよ。だいちゃん、てっちゃん、食べて?)
(は…?いや、無理だっつーの)
(そうですよ、涼太くん。いくら食い意地張った大輝くんでもそれはさすがに食べられないです)
(…りょーた、一生懸命作ったよ?だいちゃんとてっちゃんのために…、おっきいお団子、つくったのに…)
(わ、分かった!食うから泣くな!)
(ほんと?だいちゃん大好き!)
(…おいテツ、お前も受け取れよ)
(…ありがとうございます、涼太くん。帰りにおいしく頂きます)
(てっちゃんも大好きー!)

当時の記憶を遡り、大輝は苦笑を浮かべる。
あの頃の涼太は、スカートこそ履いていなかったがそれはもう可愛らしかった。大輝が妹だと思いこんでいたのは無理もないほどに。可愛さあまってどんな無茶な要求も、ほいほい聞き入れてきた。
それが、いまは。
「…ま、カップラーメンか何かあったと思うっスよ?お湯くらいなら沸かしてあげてもいっスけど?」
「…これだよ」
「何?何か言った?」
「いや、べつに。…そーいや、明日火神来んだろ?何しに来んの?」
「いやぁ、それがよく分からないんスよねー。征十郎っちがどうしても会いたいって言うから。何考えてんスかね?」
「…交際禁止とか言われんじゃねーの?」
「は…っ?!な、何の話っスかそれ!べつにオレ、火神っちと付き合ってねーし!」
「お前とは言ってねーだろ。何慌ててんだよ」
「へ?あ、ま、まぁ、そっスね。…テツヤっちとの交際についてかも、しんない…し…」
「…なんで落ち込んでんだよ?」
明らかに肩を落としながらやかんに火を掛ける涼太を見て、大輝は眉を顰める。
この場にテツヤがいたならば、涼太が何に対して落胆しているかなど一目瞭然なのだろうが、あいにくいるのは大輝と涼太の二人だけだ。
「…何でもねっス。大輝っち、カップ麺どれにする?やきそばもあるけど。あ、これしんたろっちのだ」
「なに、名前書いてあんの?」
「うん、大輝っちと敦っちが勝手に食っちゃうからっしょ。あ、でもこの間オレのアイスに敦っちの名前が書いてあった!ちょっとこれ怪しいなー。でもしんたろっちのだから止めといた方がいっかな。大輝っち、赤いきねつでいい?」
「何でもいーよ。早く持って来い」
「…まじ王様っスね。いいけど」
何はともあれ、今の大輝は空腹を満たすことしか考えていない。



夜になり、家族全員が帰宅を果たしたところで涼太は征十郎に部活のことを報告した。
征十郎は彼にしては珍しく穏やかな笑みを浮かべ、涼太の頭を撫でて言う。
「涼太は才能がある。今後もレギュラーを目指して精進し、敦と共に中学バスケの頂点に立ってくれ」
「了解っス!オレ、絶対ェ負けねっス!」
征十郎にそう誓い、寝る前には火神へ連絡して同じ報告を行う。
「…お前、そんなことわざわざオレに電話してくんなよ…」
「えー、火神っちオレのこと気になるっつったじゃん。わざわざ教えてあげたんスよ?有難く思ってよ」
「…べつに、そういう意味で気になってたわけじゃねーし。…じゃあどういう意味?って聞くなよ?」
「え、どういう意味?」
「うるせー、知らねーよ。…ま、おめでとな。念願叶って良かったな」
「まだまだっスよ。オレが目指してんのは全国一っスからね。ゆくゆくは火神っちも超えてみせるっスよ」
「上等だよ。ま、お前が高校に上がってくる頃、オレも卒業してっけど」
「え?あー、そっか…。…大輝っちもテツヤっちもその頃はいないんスね。…なんだ、ちょっとガッカリ」
今までさほど気にしたことのなかった年齢差について、火神の指摘を受けたところで涼太は声の調子を落とす。なんとなく、彼の中ではこのままバスケを続けていれば、兄たちと同じチームでプレイすることも可能なのではないか、という思い込みが生じていた。
「…同じ学校行ってみたかったなー。火神っち、一年くらい留年しちゃえば?そしたらオレ、火神っちのこと火神センパイって呼んであげるっス」
「い、いらねーよ。何てこともねーように他人の人生狂わすな」
「あれ?ちょっと声上擦ってるよ?良かった?火神センパイって言うの。火神っちならタダで言ってあげてもいんスよ?せ・ん・ぱぁい」
「うるせーな、もう寝ろ!ガキは寝る時間だろ!電話切るぞ」
「そりゃ火神っちのお休みタイムじゃないっスかぁ。…ま、いーや。明日も会えるしね」
「…あー。メシ用意しとけよ。言っとくがオレはかなり食うぞ」
「テツヤっちから聞いてる。火神っちが満腹になってご機嫌な帰宅を果たしてくれるよう、せいいっぱい持て成させて頂くっス。…じゃ、また明日ね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」

通話を終了し、待受画面に戻った携帯を眺めながら、涼太は先日真太郎と約束したことを今になって思いだす。
あまり深入りをするなと忠告され、分かったと頷いた。それなのに、早速涼太は約束を破って火神へ電話をしてしまった。
そして通話終了後は、何とも言えないもどかしい気分になっている。
本当は、もっと長く電話をしていたかった。火神との会話は涼太に何らかの作用を齎している。ずっと声を聞いていたくなるような、麻薬じみた感覚だ。
火神が自分の兄であれば良かったのに、と思いながらベッドに沈み、そしてふるふると首を振った。
兄であれば同じ家に暮らし、誰に遠慮するでもなく毎日顔を合わせ会話をすることは出来る。それでも、火神が兄たちのように自分を甘やかすということはなくていいと思う。
対等であって欲しい。年上で、兄のチームメイトであり、別の兄のライバルである火神に対し、涼太が願う位置はそれだった。
甘やかし過ぎず、優し過ぎず。言いたいことがあれば互いに遠慮することなく言い合える。そんな対等な関係を。
それでいて、少し近付くごとにドキドキと心臓が音を立てるような、家族には望めない関係を。

「…ヤバイ、かなぁ…?」

携帯を額に押し当て、涼太は呟く。
今現在、火神という男にハマっていないと断言することは涼太には困難なこととなっていた。












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