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中学校から最寄のファーストフード店へ向かう途中、黒子は征十郎へ夕食は不要な旨を連絡した。
その様子を見ながら、火神は辟易とした表情で涼太に尋ねる。
「いちいち親に連絡入れてんの?」
「まあ、メシの準備させちゃってたら悪いんで…。うち、育ち盛りが4人もいて大変なんスよ」
「ふーん、親孝行だな」
「そっスか?火神っちは連絡入れなくていーの?」
「オレ一人暮らししてっから」
「え!高校生で一人暮らし?カッコイー。…てことは、火神っちって家事万能な人?」
「万能ってわけじゃねーけど。まあ、一通りは自分でやってる」
「スゲー。ただのバスケ馬鹿じゃなかったんスね。うちの兄貴たちとは大違…」
「涼太くん」
火神の意外な一面を知り、素直に感嘆する涼太へテツヤの冷たい視線が飛び、思わず涼太は口を噤む。
「な、何スか?!」
「征十郎くんが変わって欲しいそうです。出れますか?」
「あ、うん…、何だろ」
テツヤから携帯を受け取り、首を傾げながらも通話に応じた涼太の耳に聞こえたのは相変わらず平坦とした保護者の声。
そして涼太は思わぬ質問を受ける。
「食事をしてくるそうだな。誰といる」
「え?あ、いや…、テツヤっちと二人っス」
「そうか。ならばいい。…先日お前は泣きながら帰宅したからな。少し、心配していた」
「…だ、大丈夫っスよ、オレもう子供じゃないし、女の子でもないんだから。…なるべく早めに帰るっスー」
「ああ、気をつけて」
そうして通話を終了した涼太は、盛大なため息を零しながらテツヤに携帯を返却する。
「どうしたよ?」
「いや、…ねぇテツヤっち、征十郎っちってこんな過保護なタイプだったっけ?」
「それボクも思いました。征十郎くんの後ろで騒いでる声も聞こえましたけど…」
「つーかお前ら、何嘘ついてんの?兄弟二人とか言っちゃって」
「……」
「……」
火神の問いに対して、テツヤと涼太は顔を見合わせて黙り込んだ。
それは咄嗟の嘘だった。征十郎の声を聞き、何となく他人が一緒にいるということを言い出さない方がいいような気がして。
「色々家庭の事情があるんです。可愛い末っ子に悪い虫がつこうものなら全力で潰しに掛かる気概を持った人たちとか」
「オレもうそういうのいらないんスけど…。あの人たち、いつまでもオレが昔のオレと思いこんでる節があるよね」
「へー。大変だな」
「すげー他人事っスね」
「オレは所詮他人だし」
「だったらこのままうちに来て見てみます?彼らの前で涼太くんの肩を抱いて見てくださいよ。火神くん、そのまま救急搬送されると思います」
「は…?!」
「テツヤっち!火神っちにそこまで迷惑かけらんないっスよ…!そんな、親に彼氏紹介するみたいなこと…」
「か、彼氏?!」
「一応言っておきますけど、大輝くんは兄弟の中で三番目に大きいです。つまり…?」
「ま、待て待て待て!オレそんなとこ絶対ェ行かねーから!何も疚しいことはねぇのになんでオレがボコられんだ…?!」
「火神くんの罪状は、涼太くんを泣かせたこと、涼太くんを妙な目で見ていること、それから…」
「テツヤっち、もういいっス!さっさとメシ食いに行こうよ!」
いつになく嬉々とした表情で火神を追い詰めるテツヤに居た堪れない気持ちになった涼太は慌ててテツヤの発言を遮り、その腕を引いて強引に歩きだす。
そんな二人の背中を眺めながら、火神は思った。
なるべく遅くならないうちに、この二人を家に帰そうと。



結果的にその日、食事を済ませた火神は二人の兄弟を家まで送り届け、走って帰宅することとなった。
少しくらい寄って行けばいいと涼太は思ったが、自分の特殊な家族のことを思えばそんなことは言い出せず。家の前で、火神の背中が見えなくなるまで彼を見送り、玄関へ足を踏み入れる。

ただいま、と言いながらリビングに足を向ければ、持ち帰った仕事を処理していた征十郎がパソコンの画面から視線を外し、振り返りながらおかえり、と返事をする。
「随分遅かったな、もう9時だ」
「すいません、話が長引いてしまいまして…」
「そうか。ところで、本当に今日はお前たち二人で食事をしていたのか?」
「え?あー…っと、…ま、まあ、そっスよ?ね、テツヤっち」
「はい、部活のことで相談があったようなのでずっと聞いてました」
「そうか、ならいい。ボクはお前たちの交友関係にまで口を出すつもりはない。…ところで、玄関先まで一緒に来たあの男は、お前たちの知らない人間なのか?」
「……」
「…すいません征十郎くん、嘘つきました。…あの人はボクの高校のチームメイトです」
「へぇ。彼が涼太を苛めたと言う火神という男か」
「なんでそれを…っ」
「…仰る通りです。先日の件で和解するために涼太くんの学校に連れて行きました。…でもべつに、喧嘩したとか勝負で負けたとか、そういったことはありません。今回は、」
「分かっている。涼太が彼に負けたと言うのなら、…ボクが仕返しに行こうと思っただけだ」
「?!」
「…今のところは未遂なんで問題ないです。心配をお掛けしてすいません」
「テツヤ、今度彼を家へ連れて来てくれないか?少し興味がある」
「えっ?!だ、ダメっスよ!そんなことしたら…」
「…なぜ涼太が慌てるんだ?何も取って食いやしないよ。テツヤ、いつでも構わないからこの件を考えておいてくれ。話は以上だ。部屋に戻っていい」
征十郎の思わぬ申し出に蒼白になる涼太とは対象的に、テツヤは落ち着いた様子で頷くと、涼太の腕を引いてリビングを後にした。
「て、テツヤっち…、ホントに火神っち連れて来ちゃうんスか?!」
「…征十郎くんが会いたいと言うならそうするしかないです。…大丈夫ですよ、涼太くんが考えているような事態にはならないと思います、たぶん」
「そーっスかね…。…でもなんで征十郎っち、火神っちのこと分かったんだろ。それにオレ、苛められたなんて一言も…」
「…それはあまり深く考えなくていいと思います。涼太くん、お風呂空いてたら先にどうぞ」
「はぁ…。…何事も起きなければいいっスねー」
そう言いつつも、ほんの少しだけ火神が自宅に来ることを楽しみにしている自分に気付かず、涼太はテツヤに言われた通り浴室へと足を向けた。


その夜、火神は見知らぬ番号からの着信を受け、不審に思いながらも応答した。
「火神っち?オレ、涼太っスけど」
「…なんで番号知ってんだよ」
「テツヤっちに教えて貰っちゃった。今日はわざわざ来てくれてありがとね。無事に家に帰れたかなって思って」
「…お前らと一緒にすんな。もう寝るとこだったよ」
「え、早くね?まだ10時っスよ?」
「オレは疲れてんだよ。…つーか、お前こそ大丈夫だったの?口うるせぇ兄貴共は」
「まあ、なんとか。…ちょっと、火神っちにとってはイヤーな感じになるかもしんないっスけど」
「は?」
「…うちの家長が火神っちに会いたいんだって」
「…は?!なんで?!」
「なんか、火神っちに興味あるらしくて、今度連れて来いってさ」
「意味わかんねーし絶対行きたくねぇよ…」
「…でも火神っちって、テツヤっちのお願いに弱いっしょ?今日も、ぶっちゃけ来てくれると思わなかったし。だからオレから二人の高校行こうと思ってたんスよ。テツヤっちに却下されたけどさ」
「そりゃ黒子に頼まれたからじゃねーよ。そもそも黒子はオレに、二度と弟には会わせないとか言ってたんだぜ?」
「え?じゃあ…」
「オレがお前のこと気になってたから行ったんだ。…普通そうだろ。オレがお前泣かしたのは事実だし、そんなお前がオレに会って言いたいことがあるとか言われたら、…無視出来ねーだろ」
「…なんだ。じゃあ、火神っちが弱いのはテツヤっちじゃなくて、オレのお願い?」
「…もう無効だぞ。一回聞いてやったんだし。貸し借りはなしだ」
「えー、寂しいこと言わないでよ。またメシ食いにいこうよ」
「行かねーよ。お前の家族怖ぇし」
「…じゃあ、本当に二度と会えないんスね」
「は?いや、べつにそういうつもりで言ってんじゃ…」
「オレは、また火神っちとメシ食ったりバスケしたりしたいんスけどね」
素直な涼太の願いに、火神は思わず絶句する。
電話だから相手には分からないと言っても、思わず火神は自分の顔に片手を当て、赤面を覆い隠した。
「火神っち?聞いてるー?」
「…お前、マジで黒子と青峰の弟か?本当はお前だけ血が繋がってないとか、そういうオチはねーよな?」
「何スかそれ。オレは正真正銘あの二人の弟っスよ。…まあ、あの二人ほどバスケ上手くないのは仕方ないっしょ、初心者なんだから」
「いや、そういう意味じゃなくて…、…お前の才能はあいつら譲りだとは思うよ。ただ、性格は全然違ぇんだなって」
「テツヤっちと大輝っちだってだいぶ違うっしょ?」
「あいつらは悪い意味で似てんだよ。でも、お前は…」
「……性格いい?」
「…って言うか、ひねくれてねぇっつーか」
「末っ子だからね。あとは幼少期の養育環境の違い?オレさ、昔っから危険な遊びとかは禁止されてて、いっつも兄貴たちにハブられてたんスよね。…でも、ま、たぶんオレ火神っちが思ってるほどいい奴じゃないっスよ。我儘なのは自覚してるし」
「我儘なぁ…」
「我慢するの苦手なんスよ。欲しい物は欲しいって口に出して言うし、思ったことは相手のこともお構いなしにバンバン出てきちゃう。甘やかされつつも抑制されてた幼少期の反動ってやつで?だからさ、火神っち」
「…なんだよ」
「週末、うちに来てよ。うちのメシ、結構美味いっスよ?」
「…考えとく」
かたくなに拒んでいた火神のこの返答は、涼太の頬を緩ませるのに充分だった。
おやすみ、と通話を終了する。長めの通話によって若干熱を帯びた携帯を胸に寄せ、涼太は軽く息を吐く。


「長い電話だったな」
「っ!!びっくりした…、しんたろっちっスか」
突然ドア付近から声を掛けられ、涼太は目を見開いてそちらを振り向く。
子供部屋は長男である真太郎以外は二人で共同使用している。涼太の同室は直ぐ上の兄である敦だが、敦は就寝する時間ギリギリまでリビングにいることが多い。そのため、真太郎のこの訪問は涼太にとって意外だった。
「相手は火神か。随分と懐いたようだな」
「…別にそんなんじゃないっス。わざわざ家まで送ってくれたから、そのお礼言ってただけっスよ」
「…今日は、兄弟のことを悪く言われなかったのか?」
「え?あ…うん、まあ、怖ぇとかひねくれてるとは言ってたけど、…この間ほど、嫌じゃなかったっつーか…。火神っちは、テツヤっちや大輝っちのこと、よく分かってるっぽいからさ、いいかなって思ったり?」
「あの男は虫が好かん。初対面から気に入らない男だった」
「…へ?しんたろっち、火神っちのこと知ってんの?…って、そっか、しんたろっち、テツヤっちと同じ高校だったもんね…。つーか、後輩じゃん」
「ああ、そうだ。だから言っている。あいつは一年のくせにろくに敬語も使えぬボンクラだった。…貴様も、あまり奴に深入りをするな」
「…べつにハマってるわけじゃないっスけど…、しんたろっちが言うなら、分かったっス。気をつける」
涼太は長男に対して、両親以上の信頼を寄せている。幼い頃から、放任主義の両親に代わり涼太の面倒を一番よく見てきたのは真太郎だった。
この時は、涼太も真太郎の言葉をあまり深く考えずに了承をしていた。古くからの習慣のように。

真太郎が部屋を去り、未だに携帯を握ったままの涼太は首を傾げる。
自身の胸に生まれた僅かな痛みの原因について、見当もつかずに。









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