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「というわけで火神くん、三発ほど殴らせて貰ってもいいですか?」
「…良くねぇよ!何なんだよお前朝っぱらから…、…あいつ、大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃなかったから火神くんを殴らないといけないんです。涼太くんの分と、ボクの分と、大輝くんの分で合わせて三発」
「納得いかねーよそれ!…まあ、涼太泣かせたのはオレだろうし、涼太の分だけなら我慢出来るけ、…ぶッ?!」
「お言葉に甘えて涼太くんの分を一発。ところで火神くん、人の弟を気安く呼び捨てにしないでくれますか?」
「…意味わかんねぇよお前らマジ…、いってぇ…」

月曜日、登校早々火神はテツヤの右ストレートを顔面に食らう事態に遭遇する。
火神自身も涼太のことを気にしてはいた。明らかに自分のせいで泣きだしたあの中学生のことが、家に帰ってからもなかなか頭から離れず。ただ結局、兄であるテツヤも涼太が泣きだした理由については分からなかったようだ。
「小さい頃からあの子はよく泣く子だったんで…。中学生になってからは強くなったと思ってたんですけど」
「…ふぅん、マジで末っ子気質なんだな。お前らが甘やかしてたせいなんじゃね?」
「まあ、ボクらにとって涼太くんはアイドルみたいな立ち位置だったんで。…可愛くないと言ったのは、嘘ですよね?」
「…あー、嘘だよ。お前の弟マジ可愛い。お前ら二人に全ッ然似てなくて素直でよく笑うし、中二にしては大人びて見えるけど、すぐ泣く辺りまだまだガキって感じでかわい…、って、おい、何言わせんだ」
「勝手に言ってるだけじゃないですか。…分かりました、もう二度と君に涼太くんを会わせません。人の弟を変な目で見るなんて、汚らわしい…」
「は、はぁ?!べつにそういう目で見てねーって、…オイ黒子!マジ誤解だそれ!」


そんなテツヤの決意も空しく。その日帰宅したテツヤの前で、涼太は正座をして頼み事を口にした。
「テツヤっち、昨日はホントスイマセンっした。…で、その、火神っちのこと、なんスけど」
「大丈夫です、あの人は二度と君に近付けませんから。涼太くんはボクらが守ります」
「え?あ、いや、そーじゃなくて…、その、オレ、もっかいあの人に会いたいなあ、…なんて」
「…はい?」
「だ、だから…、別に変な意味じゃなくて、やっぱ、バカとか言っちゃったし、あっちは悪気なかったわけじゃないっスか?オレの態度スゲー悪かったなって反省して、あ、謝りたいなって…」
「…涼太くんに非はないです。悪いのはすべて」
「お願いっス、テツヤっち!この通り!」
「…たぶん、大輝くんが許さないと思いますよ。それに征十郎くんにも火神くんが悪かったって言ってしまったんで、印象良くないと思いますし」
「だったらオレがこっそりテツヤっちの学校行くから!…オレ、このままじゃ嫌なんス…。あの人に、き、嫌われたままじゃ…」
「…涼太くん?」
涼太の反応に、テツヤはにわかに表情を曇らせる。何かおかしい。火神に嫌われたくない?それでは、まるで。

「…わかりました。そこまで言うなら、明日の放課後にでも。涼太くんは中学校で待ってて下さい。ボクらが迎えに行くんで」
「え?いや、そりゃ悪いっスよ、テツヤっちの高校そんなに遠くないし、オレが…」
「遅くなるかもしれないし、涼太くんに夜道を一人でフラフラ歩かせたくないんです。絶対にボクらが行くまで学校にいてくださいね?」
「…了解っス。じゃあ、学校で待ってるんで…」
また兄に甘やかされている事実に何となく腑に落ちない表情ではあったが、涼太はテツヤの条件を承諾した。
「ところで涼太くんって彼女いましたよね?」
「へ?あ、あー…と、前に家に連れて来た子ならもう別れたっスけど。あれっしょ?アイメイク濃いめの巻き髪のギャル」
「黒髪ストレートで大人しそうな子じゃなかったですか?」
「あれはとっくの昔に終わってるっスよ。…女の子ってアレっスよね。付き合ってみるまで本当にわかんない。付き合うまでは結構いいなー可愛いなーとか思うんスけどねぇ…」
「…いえ、古傷抉ってすいません。確認取れたんで大丈夫です」
「は?」
中学生になった涼太は街でスカウトされたことをきっかけにモデルのバイトを始めて世間を広く知った。それと同時に異性との交友関係もだいぶ華やかなものとなっている。来る者拒まず去る者追わずな涼太の周囲には、常に女子の影がチラついていた。それを確認したテツヤは、まさかこの弟が自分のチームメイトに良からぬ想いを抱きつつあるなどという異常な推測を捨てることにした。




かくして翌日、部活の後。
いつもより気持ち早めに練習を切り上げたテツヤは火神を伴って懐かしの母校へと足を踏み入れた。

「つーか、どう言う風の吹き回しだよ。絶対に二度と会わせないとか言ってたくせに」
「…会わせたくないですけど、涼太くんが直接君に文句言って殴りたいと言うなら仕方ないじゃないですか」
「え、オレ殴られに来たの?!ヤだよ、あいつの拳ってお前より痛そうじゃん!」
「涼太くんは喧嘩馴れしてないし、火神くんはボクの掌打を食らってもピンピンしてるくらい頑丈だから大丈夫ですよ。体育館はあっちです。…第4の方かな」
「…いくつ体育館あんだよこの学校」

1軍が練習するメインの体育館は使用者も多く監視が厳しい。だから、遅くまで残って練習したいのならば第4体育館を使えと涼太に教えたのは、この学校のOBであるテツヤと大輝だ。彼ら二人も中学時代は第4体育館で夜遅くまで個人練に打ち込んだ歴史がある。
第4体育館の照明はついていた。半分は暗いが、一人で練習するならそれでも問題はない。
入り口へ回ってみれば、中からはボールがバウンドする音とシューズが床を擦る独特の音が聞こえてくる。
ゆっくりと扉を開く。中を覗けば、テツヤの予想通りの光景がそこにあった。

ひとつ、予想を覆すことがあるとすれば。その時テツヤと火神の目の前で見せたシュートの型が、先日火神が彼の前でして見せたものに一層近付いていたことだ。
「…凄い成長ですね。火神くん、本当に負けちゃうんじゃないですか?」
「は、はぁ?!冗談だろ、いくらなんでも…。…なあ、お前の弟、マジでバケモンだろ?」
「そうかもしれません。初心者で、まだ中二です」
「…末恐ろしいガキだな」
まだまだ荒削りなスタイルだ。実際にいまの状態で火神と対決をしたとしても、勝つのは間違いなく火神の方だ。それでもあと半年もすれば、あるいはと。そんな予想立てをして、火神は息を飲む。
二人の存在に気付かないままイメージトレーニングに集中していた涼太が、ボールをゴールへ放ったところで床にへたりこむ。そのタイミングでテツヤは涼太に声を掛けた。

「涼太くん、お疲れ様です。精が出ますね」
「テツヤっち!もう来てたんスね!…あ…、か、火神っち、も…」
「…よぉ」
「はるばるお越し頂いてありがとっス。…この間は、突き飛ばしたりとかして本当にスイマセンっした…」
立ち上がって入り口の方まで駆け寄って来た涼太は、火神の前で深々と頭を下げる。意外にもしおらしく礼儀正しいその態度に、火神は面食らった様子で何も言えなくなった。
「涼太くん、遠慮なく殴ってもいいんですよ?そのために連れて来たんですから」
「へ?いや、殴るとか意味わかんないっス…。オレ、謝りたいっつったじゃん。…なんかホント、あそこで泣くとか…男としてダメっスよね…」
「気にすることはないです。この人、涼太くんの泣き顔見て可愛いとか言ってましたし」
「えっ?!」
「お、おい黒子!余計なこと言ってんじゃねーぞ?!」
「何赤くなってるんですか…」
「な、なってねーよ!クソ、…お前がそうやって憎たらしいことばっか言うから、涼太が尚更いい奴に見えてくんだよ…っ」
「火神っち!テツヤっちのこと悪く言ったらオレ…っ」
「!な、泣くな!べつに悪口言ったわけじゃ…、言ったかもしんねーけど、…あーもう、何なんだお前?!」
「涼太くん、ボク実はこの人に四六時中嫌がらせされてるんです。今日も練習中にボクのパスを3回ほど受け損ないました。あと割と無視されます」
「火神っち…!」
「なんでだよっ?!おい黒子!遊んでんじゃねーぞ?!」

涼太の反応を見て、何かを察したらしいテツヤはわざと火神の悪業を涼太へ告げ口し、涼太を試す。思った通り火神を睨んだ涼太に確信を得て、また同時に涼太に睨まれてしり込みする火神の反応も大いに楽しんでいた。
「まあ、これで涼太くんの気が済んだなら火神くんはもう帰っていいですよ。涼太くん、ボクここで待ってるので、着替えて来て下さい」
「え?火神っち帰っちゃうんスか…?」
「ホントに用済みって感じだなオイ。別にいいけど。帰れっつーなら帰るよオレは。お前らと違ってうちは遠いんだ」
「そんな遠くから来てくれたんスね…、な、なんか申し訳ないっス、ほんと、わざわざ」
「高校からは歩いて通える距離じゃないですか。何ならうちまでボクらを送り届けて、走って帰ってもいいんですよ?」
「涼太はともかくお前を送る理由なんかねーだろ。オレより強ぇし。…涼太一人なら心配かもしんねーけど」
「オレだって毎日一人で帰ってんスけど?…帰宅部だったからこんなに遅くなったことはないけど」
「…今年は敦くんがいるからいいですけど、来年から不安ですね」
「おい黒子、また出てんぞ、ブラコンが」
「あはは…、じゃ、オレ着替えてくるんで、…火神っち」
「何だよ」
「…ホントにもう帰っちゃうんスか?あの、良かったら、帰りに何かオゴるっスよ?一応お詫びとして…」
「え?マジで?」
「火神くん、中二にタカる気ですか?」
「は?!い、いや、そんなつもりはねぇよ、オレは」
「オレバイトもしてるから平気っス!火神っち、そーしよ!テツヤっちも!こないだ買い物付き合ってくれたお礼っス!」
「…お、おぉ、そんじゃ、お言葉に甘えるわ」
「…控えてくださいよ、火神くん」
「わーかってるって!」
承諾の言葉を聞いて嬉しそうに笑った涼太は、ボールを片付けて体育館を後にする。
その背中を見送りながら。火神はテツヤにこう告げた。
「…お前の弟さぁ、…割と押し強ぇよな」
「甘え上手なんです。末っ子ですから」











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