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▼ 何しろ彼は末っ子ですから




中二の春。涼太は初めて兄たちの試合を見に行った。
兄たちが全員バスケ経験者で、しかも割とチームの主力的な扱いを受けてるということは話には聞いていたものの、今まではあまり興味が持てずにいて。今回試合を見に来たのも、次男と三男のチームが公式戦でぶつかり、更に長男である真太郎がその試合を観戦に行くという稀有な事態が重なったからだ。

そしてここで、涼太は運命の出会いを果たすことになる。

「…大輝っちってバカだけどスゲーんスね。生まれて初めてカッコイイと思った」
「そうか。あいつはバスケしか能がないからな」
「テツヤっちもいつもと全然顔つき違った。…バスケやってるとあんなカッコよくなるもんなんスか?」
「さぁな。奴らが格好良いかどうかは別として、一つのことに打ち込むことは悪くない」
「…オレも、バスケやったらああなれる?」
「さぁな。それはオマエの努力次第だ。そろそろ帰るぞ、涼太」


末っ子の涼太は兄たちに劣らぬ優れた運動神経と恵まれた体格を有していた。
小学生の頃からさまざまなスポーツに興味を示し、人並以上の結果を出してきた涼太がもっとも身近なスポーツとも言えるバスケに興味を示さなかったのは、末っ子である涼太を可愛がる兄たちのせいでもあった。
長男である真太郎いわく、「オマエは何でも器用にこなすが、飽きるのも早い。バスケを始めたとしてもどうせ長くは続かないだろう」。
次男である大輝いわく、「オレ、オマエのこと小学校上がるまで妹だと思ってたわ」。
三男であるテツヤいわく、「涼太くんは泣き虫なので、負けてしまったときが心配です」。
四男である敦いわく、「なんでもいーけど、涼ちん昨日オレのアイス食ったっしょ。名前書いてあったの見えなかった?あとで三倍返ししといてよね」。
そんな兄たちに囲まれて育った涼太は、兄たちについて「好きだけど何となく腹立つ」という印象を持っていた。

そのため、兄たちがひたすら夢中になっているバスケと言うスポーツに対してもさほど興味がなかったのだが、今日になって涼太の意識に大きな変化が表れた。
兄たちが本気で試合をしている、その姿に憧れて。



「征十郎っち、オレ、バスケ部に入部してもいっスか?」
「バスケ部に?…お前が望むなら構わないが。何があった?」
「今日、大輝とテツヤの試合を見に行ったのだよ。すっかりその気になったらしい」
「へぇ。そういうことなら好きにするといい。ただし、やるからには本気でやれ。中学のチームには敦がいるし、1ヵ月以内にレギュラーになって全国を目指せ。いいか、涼太。バスケに関しては身内以外に負けることを決して許さない」
「え?あ、わ、分かったっス、オレ、頑張るっス」
唐突にそんな誓いを突きつけられ、困惑しつつも涼太は保護者である征十郎に約束する。
「ならば次の休日は大輝とテツヤと一緒に必要品の買い出しに行くんだ。彼らにはボクから指示を伝えておく」
「え?新品買ってもいいんスか?」
「みんなの中古なんて使っていたらお前もやる気が出せないだろう」
暗に途中で投げ出すことは許さないと言われている気がして、涼太は軽く身震いする。
自分がバスケを始めるということは、生半可な気持ちではいけないのだと。はっきりと認識させられた夜だった。



「涼太、これにしとけ!これなら間違いねーから!」
「え、でもオレこっちの方が色的にいいと思うんスけど…」
「バーカ、シューズは色じゃねーよ。とりあえず履いてみろよ」
「大輝くん、それちょっと値が張るんで涼太くんが選んだ奴勧めてください」
「征十郎から金貰ってんじゃねーの?どーせなら高いのにしとけって」

週末、征十郎に言われた通り三人の兄弟は仲良くスポーツ用品店へ足を運んだ。
親の許可を得た翌日、バスケ部に入部届けを提出した涼太はひとまず2軍の練習に参加し、体力づくりに励んだ。持ち前の運動神経と体格の良さは練習中にも幾度となく発揮され、監督から早いうちに1軍昇格も可能だろうと言われたことで、涼太の機嫌はすこぶるいい。
そしてまた、末っ子が自分たちと同様にバスケを始めると知った兄弟たちの反応も上々だった。積極的に涼太のシューズ選びをする兄たちの様子を見ながら、涼太は自分の選択がいかに正しかったかを知る。

実のところ涼太はこの次男と三男の関係に憧れていた。
上3人と下2人は一年の間を挟んだ年子だったが、涼太はすぐ上の兄である敦よりも大輝やテツヤと遊ぶことの方が多かった。しかし涼太にとっては3歳の年の差は大きく、さらには末っ子という独特な立ち位置から、二人の兄との間に分厚い壁があるように感じており。それが、バスケを始めたことによって取り払われたような気がして純粋に嬉しかったのだ。

「もう仲間外れはナシっスよ。オレもNBAの生放送いっしょに見るからね」
「は?何言ってんだよ、中坊は9時には寝ろよ」
「去年の大晦日、涼太くんより先に寝てたのは誰ですか」
「うっせーな!元旦の朝はお前らよりも早く起きてんだよオレは!」
三人仲良く涼太のシューズを選び出し、財布を預かったテツヤが支払いを済ませている間に涼太は大輝に懇願した。
「大輝っち、早速っスけどこの後バスケ教えてよ」
「あーいいぜ。テツ、この辺場所ある?」
「ボクの学校の近くに公園があります。たぶんこの時間なら…誰かいるかもしれないですけど、すぐ使えると思います」
「よし、じゃそこ行くか。涼太、荷物は自分で持てよ」
「了解っス!」

購入したばかりの荷物を抱え、意気揚々と涼太は二人の兄の後を追う。
その先に、二つ目の運命の出会いが待ち受けていることなど知りもしないまま。




「おいテツ、あれって」
「…やっぱりいましたね」
「え?何スか?…あ!あの人って、もしかして」

目的の公園へ到着した兄弟たちは、先客の存在に目を留める。
ひとり、汗だくになりながらボールを弾ませている。その顔に、涼太は見覚えがあった。
「…テツヤっちの学校のひと?」
「よく覚えてましたね。うちの学校のエースです」
「オイオイ、あいついんなら言えよ。涼太、別んとこ行くぞ」
「え?何でっスか?べつに知り合いならいいじゃないっスか」
「…あいつ嫌いなんだよ、オレは」
「同族嫌悪って言うんです、大輝くんのは。涼太くんがいいと言っているのだからいいじゃないですか、行きましょう」
大輝の渋りを無視して突き進むテツヤと、険しい表情で頭をかいてる大輝を見比べ、涼太はテツヤの後を追いかけることを選択した。

「火神くん、お疲れ様です」
「黒子?何だよ、今日は休んでろって…、あれ?それ誰?」
黒子の声掛けにより集中力を切らした相手は、手の甲で汗を拭いながら黒子に視線を投じ。そして隣の涼太へと目線を移す。
「ボクの弟の涼太くんです。今週からバスケ始めたんで、よろしくお願いします」
「よ、よろしくっス…!」
「お、おぉ。何をよろしくなのかはわかんねーけど、そういうことなら…、…って、オイ黒子、アレも連れて来たのかよ?」
チームメイトによる突然の弟紹介に面食らいつつ、お互い礼儀正しくお辞儀をした後、火神は大輝の存在にも気付く。すると大輝は涼太の側に来て、彼の首に腕を回しながら不遜に声を発した。
「よぉ火神、相変わらずヒマそーだな?オフの日までよくやってられんなー?」
「…お前だって弟とつるんで遊び回ってんじゃねーか。…マジで仲いいんだな、お前んちは」
「よし、涼太。あいつブッ倒して来い」
「…はぁ?!」
脈絡もない指令に驚いて涼太は大輝の顔を見る。大輝はじっと火神の顔を見据えたまま、口端を上げた。
「お前なら出来る。あいつデケーのは態度と図体だけで中身は大したことねーから」
「いや、でもオレまだ始めて一週間もたってないんスけど…?!それで高校生相手とか無理ゲー過ぎるっしょ?!」
「大輝くん、涼太くんの言うことは正論です。涼太くんにはまだ早いです」
「なんだよテツ、あいつ庇ってんのか?あいつが涼太に負けんのが怖ぇんだろ?」
「…涼太くんが可哀想だと言ってるんです。火神くんが気に入らないなら、君が相手になればいいじゃないですか。涼太くんに見せてあげるのも悪くないと思います」
「見てるだけとかつまんねーだろ、なあ、涼太?」
「…見てるだけでいいっス。後で練習付き合ってくれれば」
「なんだよ、つまんねーな。ま、いっか。そんじゃやるぞ、火神」

涼太から手を離し、パキパキと肩を鳴らす大輝の変わり身の早さには、対峙する火神も迷惑そうに顔を顰める。
「…なあ黒子、お前の兄ちゃんマジでめんどくせーな」
「すいません、…でも、火神くんもこの間のリベンジ戦、したかったんじゃないですか?」
「…やっぱ兄弟だわ、お前ら。揃いも揃って…ウゼー奴らだ」
そう言いながらタオルで汗を拭った火神は、次の瞬間すっと顔つきを変貌させる。
その変化を間近で見ることになった涼太は、はっと息を止め。
先日、体育館の客席から見続けたあの対決の再現に、まばたきも忘れるほどに魅せられた。


二人の対決はほぼ互角であったが、最後の最後で大輝は火神の隙をつき、無理な体勢から放たれたシュートは見事にリングネットをすり抜けた。
「…クソ!青峰!もっかい!もう一回だ!次は…」
「勝負は一回だよ。諦めワリィな。大体今日はお前と遊ぶために来たんじゃねえっつーの。オイ涼太、こっち来いよ」
「え?…いや、オレはやっぱ…」
「何遠慮してんだよ、ホラ、さっきオレがやったの真似してみ」
「えー…。ちょっと一回じゃ無理っス。もっかい!もう一回見せて!」
「…オイ、オレは火神の真似しろなんざ言ってねーぞ?」
「火神っちももっかいやりたいっつってんじゃないっスか!ね!」
「へ?あ、あぁ、まぁ」
「お願いっス大輝っち!オレのために、もう一回!」
「…ちっ、しょーがねーな」
火神以上に興奮した様子の涼太に、大輝は無自覚な甘さを見せる。涼太の様子、それから大輝の態度に唖然となりつつも火神は再びボールを手にした。
ちらりと涼太を見れば、キラキラした期待の眼差しが自分たちに注がれていることに気付き、おもばゆい気分になる。やり辛さはあった。それでも同時に、とある欲求が火神の意識下に働きかける。
あんな目で見詰められるなら、少しはいいところを見せてやりたいと。
その結果、火神はいつになく集中力を高まらせ、大輝のディフェンスを振りきりゴール前で跳躍した。


その後も何度か二人の対決は行われ、若干呆れた表情のテツヤが涼太に声を掛けるまで終了は許されなかった。
「…涼太くん、そろそろ二人を許してあげてもいいんじゃないですか?」
「へ?え、許すって…」
「涼太くんのためにやめるにやめられないんですよ、あの二人。君が声掛けてあげれば楽になれますから」
「…そ、そーなんスか?じゃあ、…大輝っち、火神っち!もう終わってもいいっスよ!」
「上から目線で行きましたね…?」
テツヤと二人で並んで地べたに座っていた涼太が立ち上がって声を上げたことで、大輝と火神は思いだしたように視線を向けた。二人とも、かなり体力を消耗している。
「…はぁ、やっとかよ。遅ぇよ、涼太」
「スイマセンっス〜、なんか、すっかり見惚れちゃって…」
「へぇ、ま、素直でいいな。そんなにお兄様の勇姿がカッコ良かったか」
「うん!スゲーカッコよかったっス!火神っちも…」
「…は?」
側に来た大輝にがしがしと頭を撫でられながら、涼太の視線が大輝の向こう、火神へと向かい。名前を呼ばれた火神も不思議そうに目を瞠る。
「二人とも、スゲーカッコよかったっス!オレ、絶対アンタらみたいになってやるんで、よろしくっス!」
にっこりと人懐こい笑顔を浮かべた涼太の発言は、割と挑発的な内容だ。火神は呆気に取られた様子で、そしてはっと我に返り涼太から視線を外す。
「おーおー言うじゃん?だったらひとまずさっきオレがやったシュート打ってみろって」
「…あんな変態的なのはまだムリだって…。あ、でも、火神っちがやってた奴なら出来るかも。ダンクシュート?だっけ?」
「…はっ?!おい待てよ、お前今週始めたばっかっつったよな?!」
「でも遊びでバスケやったことはあるし、…たぶん、っスけど」
「よし、じゃあやってみろ」
「…失敗しても笑わないでくれんなら」
あっさりと自分の真似が出来る発言をして見せた涼太に、火神は冗談じゃないとばかりに身を乗り出す。それを見ながら大輝はニヤリと笑い、涼太へボールを投げ渡した。
羽織っていたシャツの袖を捲り上げ、涼太は大輝の真似をして肩を鳴らす。そして、すっと表情を引き締めて。

「…へぇ、やるじゃん」
「…驚きました。まったく同じ、というわけではないですけど…、あれは…」
「…っ!ふざけんな!何で出来んだよっ!?おい、涼太…ッ、っつったか?お前、初心者なんて嘘言ってんじゃねーぞ?!青峰、黒子!お前らもだ!兄弟でグルになってオレを騙そうったって…」
「落ち着け、火神。そいつはマジで初心者だ。涼太、ダンク出来んならパスしてやっからそのままアウリープだ」
「あ、あうり…?何だっけそれ?」
「…オイ、マジなのかよ…」
落下したボールを拾い上げ、大輝の指示に首を傾げた涼太を見て、火神は片手で顔を覆ってその場にしゃがみ込む。
そんな火神の様子を見て大輝は至極満足そうに笑みを浮かべ。涼太は少し困ったような顔をして、火神の元へ走り寄った。
「か、火神っち…、あの、何かスイマセン。アンタの真似して」
「…べつに怒ってねーし謝るなよ。何だよお前、…マジで黒子と青峰の弟、なんだな」
「え?あ、まあ、そーっスけど」
「…クソ!勝負しろ、涼太!」
「火神くん、すごく大人げないです」
「あぁ?!」
「涼太くんはまだ中学二年生なんで」
「…!!」
勢いづけて立ち上がった火神は涼太に勝負を申し込み。テツヤの諌めによって、驚愕の表情を涼太に見せた。
「ちゅ、中二…?」
「うちの末っ子です。そう言われてみれば可愛いでしょう?」
「か、かわい…、くねぇよ!…ほんとお前ら兄弟は…3兄弟揃ってムカつくなっ!」
「残念ですが火神くん、うちは5人兄弟だったりします」
「!!お前らみてぇなのがあと二人もいんのかよ?!」
「そうです。…ところで、そろそろ涼太くんに謝ってくれませんか?」
「へ?」

次々と驚愕の事実をチームメイトから教えられ打ちひしがれる中。若干変化したテツヤの声色に気付いた火神は、そこで涼太の顔を見て。
「な、な、な…っ、なに泣いてんだよっ?!」
「…泣いてないっス…、べつに、オレ、泣いてなんか…、ぐすっ」
「おー出たよ、涼太の必殺技」
「やっぱり涼太くんは涼太くんですね。大丈夫ですよ涼太くん、そこの人、悪意があってああ言ったわけじゃないんで。涼太くんは世界一可愛いです」
「…っ、か、可愛くなくていいっス…ッ!べつにオレ…、オレは…っ」
「りょ、涼太!」
この状況に慣れていないためか、兄弟以上に焦る火神は慌てて涼太の肩に手を置いてその顔をじっと覗き込む。
うるうると目尻に涙を湛えた涼太の顔を真正面から見れば、たしかに、テツヤの言う通り世界一なんちゃらと言いたくもなる。困惑したまま火神は口を開いた。
「わ、悪かった…。訂正する。お前の兄弟は全然これっぽっちも可愛げねームカつく野郎共だけど、お前だけは、その、か、かわ…」
「…火神っちのバカッ!」
「は?!うおっ?!」
火神の決死のフォローも未遂に終わり、涼太の機嫌は回復せず。強い力で火神を突き飛ばした直後、顔を押さえてその場から逃げ出した。



「どうして涼太は目を腫らして帰って来たんだ。納得がいく説明をしてみせろ。さもなくばお前たち二人の夕食はなしだ」
「…おい、テツ、何でだよ」
「さぁ…。火神くんが苛めたからじゃないですか?」
「あーそうだよ、征十郎!火神って奴が涼太のこと苛めたんだ」
「涼太が苛められているのをお前たちは黙って見てたのか?」
「……」
「…ボクたちは止めたんですけど、嫌がる涼太くんを彼が無理やり…」
「…もういい。夕食は冷蔵庫の中にあるから各自温めて食べろ。真太郎、涼太の様子を見てきてくれ」

逃げ出した涼太を追いかけ、火神をその場に放置して帰宅を果たした三人を迎えた征十郎は、涼太の顔を見てさっそく兄二人を詰問した。彼らの嘘をあっさりと見抜いた征十郎は二人を解放し、代わりに長男を呼びつけ指示を送る。

「なあテツ、学校行ったら火神の野郎三発殴っとけ」
「分かりました。…それにしても、征十郎くんがあそこまで涼太くんのことで怒るなんて、初めてですね」
「…嬉しいんだろ、あいつも。涼太がバスケ始めたのが」
「え?」
「知らねーの?征十郎って…」
「あー、大ちんとてっちん、征ちんの悪口言ってるー?」
「いいいいい言ってねーよ!デカイ声でチクってんじゃねぇ敦!」

兄二人は涼太の本心を知る由もない。
あの時、涼太が三人の前で涙を見せた理由が、自身に関わることではなく。
憧れている兄たちを火神が悪く言ったから、などというその繊細な胸中を。












第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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