krk-text | ナノ


▼ 7






告白を終えたテツは、そのまま膝に顔を埋めた。
正直、どんな声を掛けたらいいかすぐには思いつかない。こんなことを言われるとは、思ってもみなかった。
テツの発言に間違いがあったなど、告白を聞いた今でも思わない。黄瀬があんな目に遭ったのは俺のせいだし、あのきっかけで俺が黄瀬と距離を置いたのも正しい選択だったと思っている。
あそこでテツが俺を止めなければ、テツの言っていた通り、更に黄瀬が傷付くようなこともあったかもしれない。だから、俺は。

「…あー、…あのさ、テツ」
「……」
「それ、そんなに気にするようなことじゃねーぞ?結果的に、今の黄瀬はすげー幸せそうだし、俺じゃなくて良かったくらいに言ってた。だから」
「ボクは、青峰くんと黄瀬くんが結ばれて欲しかった」
「は?どっちだよそれ…。お前なぁ」
「自分でも良く分からないんです。黄瀬くんが青峰くんのことを好きなら結ばれて欲しいと思いました。青峰くんじゃないとダメだと思いました。それなのに」
「お前、俺の事好きなんだろ?」
「え…?」
そこでテツは心外といった表情で俺を見る。なんだ、この反応。ここまで言っておいて、こいつはなんでこんな顔するんだ。
「じゃなきゃ説明つかねーだろ。今のお前の話」
「…いえ、好きじゃないです」
「じゃあなんで俺が黄瀬に取られんのが嫌だったんだよ。どうでもいい相手なら構わねーだろ?俺が誰とくっつこうが、お前は」
「黄瀬くんだったから…じゃないですか?ボクが好きなのは青峰くんよりも黄瀬くんで…」
「待て待て待て、お前あいつの目が嫌いっつったじゃねーか!」
「それは青峰くんを見るときの視線限定です。それ以外は好きでした。だから、」
「バカ、違ぇよ、お前俺が好きなんだよ。俺と仲のいい黄瀬に嫉妬してたんだよ。俺じゃなくて黄瀬が好きだっつーなら、お前、今頃火神の奴ぶっ潰してるとこだろ?」
「…殴りましたけど」
「今は認めてんだろ?」
「…黄瀬くんが選んだこと、ですから」
「よし、じゃあ考えろ。今からお前が黄瀬んとこ行って、黄瀬が好きだ、火神と別れて自分と付き合えって言うとする」
「…言いませんよ」
「仮定だっての。そんで、黄瀬が大喜びであっさり火神に別れ話をして、お前に飛びついてホテルに行こうとか言ってくる。どう思う?」
「……」
「行ける?」
「…いえ、説得します」
「よし。だったら別の仮定だ。俺が今からお前を抱き締めてキスしたら、お前はどうなる?」
「え…」
「想像つかねーなら、実践してみるか?」
不意をつかれた表情のテツに手を伸ばして顔を上げさせる。驚くとこいつの目は見事な円形となる。
色素の薄い目の真ん中をじっと見据え、顔を寄せた。



(見えた)
テツの顔を両手で包んでべたべた触りながら、唐突に黄瀬が呟いたときのことを思い出す。
(顔ちっさいっスよね。でも目がデカい。位置も丁度いいし、これ、かなりキレイな顔に分類されんじゃないっスか?)
(そうかぁ?確かに目はデケーけど、どうみても地味なツラじゃね?)
(青峰っちの顔よりも黒子っちの顔の方が俺好みっスー。こういう可愛い系の方が好き。あと肌さらさらっスよね、気持ちいー)
(あ、あの、黄瀬くん、形が分かったならあまり変な手つきで触らないで下さい…)
若干引き攣った表情をしながらも黄瀬の手を振り払うことなく大人しくしているテツは、解放と同時に不思議そうに首を傾げた。
(あの、黄瀬くんてこれで相手の顔が見えるんですか?)
(うん、ばっちりっス。声と形が分かればもう俺の目の前では全裸も同然っスよ)
(へぇ、便利だな。脱がす手間も省けんじゃん)
(黒子っち!青峰っちが俺の目を犯罪に使おうとしてるー!)
(…黄瀬くん、その目って、相手の心とかも読めたりします?)
馬鹿なことで騒ぐ黄瀬に対し、テツはさらりと無視して平然と質問をした。
黄瀬はやや間を置いてから、目線を上方へ泳がせ。
(目には見えないっスけど、声聞いたり触ったりすることで相手が動揺してんなーとか緊張してんなーとか、そういうのはたぶん普通の人よりは敏感に分かるっスよ。ただ、まあ、俺に分かるのはその時点での感情であって、その人の性格とか信条とか過去に思ってたこととか、そういうのはさっぱりっス)
(そうですか。…だったら、今ボクが何を思っていたかとか、そういうことは分かっちゃうんですね)
(んー、まあ。…ちょっとビビってたっしょ。俺に見詰められて。俺に何か隠してることある。それから、青峰っちにも)
(は?なんだよ、テツ、そんなもんあんの?)
(…秘密です。…やっぱり黄瀬くんは凄いですね。気をつけないと)
(油断したら丸裸っスよ。青峰っちには隠せても、俺にはバレバレっス。でも安心してよ、黒子っちが隠したがってることをべらべら喋り倒すような真似はしないから)

あの時の黄瀬がしていたようにテツの顔を両手で包み込み。
あの時黄瀬がしなかった接触を試みれば、温度と感触と鼓動の速さが瞬時に俺に伝わってくる。

黄瀬には、分かっていたのだろうか。
幸せにしてやれと俺に言った、あいつは。
この感情表現に乏しい同級生が、必死に隠し持っていた感情を。


「…ッ!」
「うおっ?!」
くちびるを離したその瞬間、強い力で胸を押し返された。
身体のサイズに見合わず腕力のあるテツは、丸い目をその形のまま保ち、口を押さえながら俺を凝視する。
「な、な、何をして…っ」
「…試してやったんだろ?なあ、どうだよ。俺にキスされてどう思った?」
「……」
「嬉しかっただろ」
「…ない、です、き、気持ちわる…」
「目ぇ逸らすなよ。俺を見て言え」
「……」
「お前、俺の事好きなんだろ?」

でかいフレームの中でテツの眼球がうろうろ彷徨う。
迷走した後に、一点に定まったそれを正面から見返して俺は笑った。
「ほら、言えよ。じゃねーと黄瀬の奴連れて来て、全部暴露させんぞ」
「…好き、じゃない」
「嘘だろ?」
「……嘘です」
視線を合わせられたのは、そこまでだった。
口を覆っていた手を目元にまでずらしたテツはそのまま俯いてしまい。肩を震わせながら隠し続けた感情を曝け出す。
「黄瀬くんが、君を見れば見るほど、ボクは焦った。こわくなった。だって、ボクには何もないから、黄瀬くんに勝てるものなんて、何一つ持ってないから、ボクは…、っ!」
途中で俺はテツの両手を掴んで開かせた。頭は下げたままだが、これでこいつの顔は分かる。
反抗的に手を閉じようとするのを力で抑え込む。テツの腕力が見た目以上とは言っても、俺には勝てないはずだ。
「は、なせ…ッ」
「なんで黄瀬と比べてんだよ。比較になんねーだろ、お前とあいつじゃ。お前は目がいいんだし、自分の身は自分で守れる。そうだろ?」
「…そう、ですよ。ボクは、青峰くんに守られなくてもひとりで」
「だから俺はお前を信じられんだよ。目の届く範囲にいなくても、何考えてるかわかんなくても。テツは自分で何とかするし、一人で歩ける。手をひいてやらなくても、俺と肩を並べて同じくらいのスピードでついてこれる。黄瀬と違って、お前といんのはスゲー楽だよ」
「……」
「ここまで言ってやったんだ。もう全部吐いちまえ。言っとくけど俺は黄瀬みてぇに目を見ただけで相手の気持ちが分かる能力なんざ持ち合わせてねーからな。口で言え。簡潔に」
「青峰くん…」
ゆっくりと、テツの目線が持ち上がる。睫が揺れて、瞬いて。次の瞬間、視線が交わる。
デカイ目だと、つくづく思う。余計なもんは見えていない。俺だけを映したその目を見据えて。

「…好き、だった。ずっと…、黄瀬くんよりも、ずっと前から。友達以上の感情で、ボクは君を、好きでした」


小柄な身体を抱き寄せる。
今度は俺を突き飛ばすようなことをせず、大人しく俺の腕に納まってきたテツの耳元で俺は返事を口にする。
「お前くらいの軽さなら、俺はいくらでも受け止められるよ」


純粋で真っ直ぐな好意を向けられて、たしかに悪い気はしなかった。
あいつの手を引いて歩くことに嫌気が差したわけではないけれど、俺には少し、重過ぎた。
敵を作って相手をしたり、憎まれたり恨まれたり。俺にはそんな荷物が付き纏っていたからだ。
あいつの幸福を望むなら。俺はあの目を、解放してやる。
そうして空いた両腕ならば、テツの身体を抱き締めてやるくらい朝飯前だ。

「…そう、でしょうか?」
「あ?なんだよ、不満なのかよ」
「ええ、まぁ。…たぶん、ボクは黄瀬くんよりもずっと重い荷物だと思いますよ。何しろ、ボクは視力がいい。一人で何処にでも行けますから」
「…あー、まあ、行き先だけは言ってけよ。そーすりゃ何処に行っても連れ戻してやっから」
「それじゃあ、とりあえず、海に行きます。黄瀬くんと二人で。青峰くんは連れて行ってくれなそうなので」
「は?何それ」
「海、ボクも好きなんで。黄瀬くんとの約束も果たしたいですし」
「…お前そーだったの?聞いたことねーよ」
「黄瀬くんに先を越されただけです。本当はボクも、」
「…連れてくよ。だから黄瀬と行くな。俺と行け」
「ボク、一人でも行けるんで…」
「うっせーな!俺が連れてってやるっつってんだから素直に頷いとけ!嬉しいくせによぉ」
「…そんなに青峰くんがボクと一緒に出掛けたいなら、聞いてあげてもいいです」

強気な発言を聞き入れ、身体を離して立ち上がる。
そのまま無言で歩き出し。俺たちの足は自然に駅へと向かってく。

同じ速度で並んで歩く。
手を繋いだり、身体を寄せ合うこともなく。
どちらも真っ直ぐ前を見て。
見える道を、進んでく。

「で、お前、海が好きって嘘なんだろ?」
「嘘ですよ。青峰くんを試しただけです」
「…ホント、性格ワリィなお前。黄瀬よりもめんどくせーわ」
「ホントはどこでもいいです、君と同じ景色が見れるなら」

ぽつりと発せられた本音に驚きつつも、照れ臭いので黙っておく。
するとテツは無言の怒りを表してか、俺の右手を叩いてきた。
その手をすかさず握ってやり。強張る顔を、覗き込んで笑ってやる。

分かりにくくて複雑で。嘘吐きで嫉妬深いこの恋人と。
前を向き。同じ景色を見て歩ければ、視界はまばゆい未来に変わった。











第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -