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▼ 6






火神と別れてから俺は再び誠凛の校門へ引き返し、テツが通るのを待った。
俺の顔を見たテツは珍しく動揺の色を顔に現した。

「…火神くんなら、先に帰りました、けど」
「ああ、さっき会って話してきた。今用があんのは、お前だ、テツ」
「…黄瀬くんのことですか?だったら多分、大丈夫です。火神くんはもう黄瀬くんと連絡を取っていないそうですから」
「…は?おい、何言ってんだ。俺はそれで、…なあ、お前、まさか」
「…大丈夫です。あの人に、黄瀬くんを傷つけさせるような真似はさせません」
「…待てよ、おい。…お前、何か勘違いしてねぇか?」
最初に俺が火神とコンタクトを取ったその夜、俺はテツに電話して、火神に会いに行った理由やら最近俺が黄瀬と連絡した話なんかを伝えた。
あの時、何となくテツの様子がおかしいような気はした。
「お前が、火神に余計なこと吹き込んだのか?」
「…ボクは、…黄瀬くんを守る義務があるから」
「は?んだよそれ。そんなもん、いつから…、…お前、火神が黄瀬と付き合うのも、黄瀬を傷つける原因だと思ってんのかよ?」
「……」
視線を外したテツは、無言で肯定を示す。
頭の奥が、ぐらりと揺らいだ気がした。


「黄瀬くんが好きなのは、青峰くんです」
「…お前、まだそんなこと言ってんの?…確かに中学ん時はそーだったかもしんねーけど、いまは違うだろ。黄瀬は、」
「火神くんを好きになったのは、錯覚です。本当は、彼は、…君と結ばれることを願っていた」
「…テツ…」
場所を移動し、学校近くのバーガーショップでテツの考えを聞いてやった。
テツは火神に殴りかかって黄瀬と別れるように強要したらしい。その理由がこれだとは、俺も驚くより他ない。
「…お前が黄瀬に甘いのも、あいつを気に入ってたのも知ってるよ。でもな、そりゃ過保護すぎるっつーか、…お前がそこまで口出す権利があんのかよ?」
「……」
「俺と黄瀬が離れたのは、俺と黄瀬の問題だ。俺が黄瀬から逃げたって話だ。その後で、黄瀬が誰を選ぼうが俺にもお前にも関係はねーだろ?むしろ、黄瀬のことを思うならあいつの選択を受け入れて、」
「火神くんを黄瀬くんに引き合わせたのはボクです。中学の頃、君と黄瀬くんを引き合わせたように。そこから何が始まったにしろ、ボクは、…これ以上黄瀬くんに傷を負わせるような真似はしたくない」
「だから、何なんだよそれ。黄瀬にとっての傷っつーのは、好きな奴と両想いになることなのか?」
「…厳密に言えば違います。たとえボクが引き合わせた相手が火神くんじゃなかったとしても、ボクは同じことをしていた。…青峰くんじゃないなら、誰でも」
「テツ…?」
「ボクは、ずっと後悔してました。あの事件のときに、青峰くんに告げたことを。青峰くんを、黄瀬くんから引き離したことを」

きゅっとくちびるを引き結んだテツの顔を呆然と見詰める。
たしかに、あのとき俺が黄瀬から離れたきっかけはテツの言葉だった。
黄瀬を守るためには、黄瀬に近づき過ぎてはいけないのだと。その言葉が正しいと思えたから、俺はあれ以来黄瀬に声を掛けることをやめた。
だからといって、テツが責任を感じる必要はないはずだ。
「お前…」
「…ボクがあの時青峰くんにああいうことを言ったのは、チャンスだと思ったからです」
「チャンス?」
「…ボクは、」
ゆっくりと視線を上げたテツのでかい目が、俺の目を真っ直ぐに捕らえる。
わずかに揺れて焦点のぼやけた目は、黄瀬のそれとはまったく違い。
抱えていたものをすべて解放するように。口を開いたテツは。

「…すいません。明日、火神くんには謝ります。黄瀬くんにも、本当のことを言います。だから、…許してください」
「…待てよ、何の話だよ。お前は、何を、」
「信じてください」
揺らいでいたテツの声が、そのときピンと線を伸ばした。
「ボクは、決して黄瀬くんの不幸せを願っているわけじゃない」


追及を拒絶するテツの眼差しに折れて、その日はそこでおしまいにした。
火神が行動を起こし、テツと共に俺の学校に顔を見せに来たのは予想外にも早く、翌日の放課後で。
表面上はよく分からないが、怒っているらしいテツが火神の腕を掴んで引きずっての登場には、まあ、驚きを禁じえなかった。


夜を待って、黄瀬に連絡をした。
最後に話をしたときのことが嘘の様に黄瀬の声は弾んでいた。それは、火神と付き合うことになったことを報告する際の口ぶりにも似ていた。
「テツが引きずって連れて来たよ、火神のこと」
「え?!な、なんで…?って、火神っち、何言ったんスか?」
「そりゃ、俺らの知らないお前の顔っつー話をな。あいつデレデレだったぜ。お前、どんなサービスしてやったんだよ」
「う…、な、何もしてねっスよ!俺は寝てただけだし?つーか、あいつ…、何で青峰っちに話しちゃうんだ…っ」
「聞けばホイホイ答えやがったぜ。エロくて可愛くて仕方がねーってな。今度俺にもその姿見せろよ」
「い、嫌に決まってんだろ?!あんな俺の姿見て、か、可愛いとか言えるのは火神っちくらいなもんスからぁ…」
「へぇ?骨抜きなのはあっちだけじゃねーみてぇだな。…にしても、お前、あんなヘタレた野郎で本当にいいのかよ?」
「ヘタレ?何言ってんスか。火神っちはベッドの中じゃ割とオオカミっスよ。きゅんとなるくらいに肉食野郎っス。でも終わるとめちゃくちゃ優しくて、このギャップがたまんないっス」
「ああ、それテツにも言っとく。あいつお前の保護者みてーになってきたからな。どーするよ?交際禁止とか言われたら」
「く、黒子っちに言われるとちょっと逆らえないっつーか、逆にドキっとなるかもしんないっスね…、気をつけよ。…で?青峰っちは、どーなんスか?」
「は?」
「俺が火神っちにメロメロな現状について?…ちょっとは寂しいとか、思っちゃう?」
「…いや?せいせいしてる」
「うわ、ひどー…」
「でも、まぁ、やりてぇことが出来なくて辛くなったら、帰って来てもいーぜ」
過去を思い、口にする。
電話越しに黄瀬が息を飲む。
「お前がやりてぇことを邪魔する奴は、俺がどかしてやっからよ」
「…青峰っち」

俺は上手く黄瀬を歩かせることも出来なかった。
だけどまあ、障害を取り除くことくらいは俺にも出来る。

「…ありがと、青峰っち」
ぐずっと鼻を啜りながら、黄瀬は呟く。
「ずっと言いたかった。俺の事、助けてくれてありがと。見えないとこで守ってくれてありがと。俺、青峰っちのこと、大好きだったよ」
「…あー、知ってる」
「黒子っちも。…ねえ、青峰っち」
「なんだよ」
「…幸せにしてやれよ」



***



「ありゃ、ちょっとやそっとじゃ別れねーよ。テツ、お前も諦めろ」
「…そうですね。不本意ですけど認めます」
ため息をつきながらそう言ったテツの横顔を眺め、視線を再び空へ向ける。
「…で、テツ。そろそろお前の話もしろよ」
「…そうですね。言ってもいいですか?」
「ああ、言えよ」
そこで一度テツは唇を結ぶ。息を吸って、整えて。こっちを見ずに、言葉を放つ。
「ボクは、黄瀬くんに対して強い負い目を感じてました」
「…へぇ」
「青峰くんは、正面から見ないと黄瀬くんの本心は分からないと言ってましたけれど、…やっぱりそれは違うと思います。覚えありませんか?黄瀬くんの目に映るのは、黄瀬くんの本音と言うよりも対峙する相手の気持ちでした」
「……」
「青峰くんは目を逸らし続けてたんです、黄瀬くんの本心から。黄瀬くんは、ずっと君を、」
「だから、もう黄瀬の話はおしまいだ。今はお前の話を聞いてんだよ俺は」
「ボクの話の核となる部分は、黄瀬くんの気持ちです」
「は…?」
「ボクはずっと、黄瀬くんの目が嫌いだった」


感情的な声を聞いたのは、久しぶりだった。
テツは大体抑揚のない声で話すし、感情を隠すのも上手い。その反面、他人の感情変化には敏感で、ともすれば黄瀬以上に察知能力は優れていたかもしれない。
他人に本心を悟られないよう、何もかも押し殺して。
閉じた重い蓋を抉じ開けるように、テツは吐き出す。
「青峰くんを思慕の眼差しで見詰める黄瀬くんのキレイな目が、ボクは、どうしても好きになれなかった」
「おい、それって…」
「黄瀬くんに、取られなくないと、思ってました」
膝を引き寄せて抱えたテツは、斜め前方の草むらに視線を集中させて呟く。
「黄瀬くんが羨ましかった。妬ましかった。目が見えないことで当たり前のように青峰くんの腕を借りて、隣を歩ける黄瀬くんが。青峰くんの気持ちを動かせる黄瀬くんが。青峰くんの視線を捕らえて離さない黄瀬くんが、ボクは、大嫌いでした」
「……」
「あの事件のときにボクがああ言ったのは、…今なら、青峰くんを黄瀬くんから引き離せるチャンスだと思ったからです。青峰くんの罪悪感につけこんで、黄瀬くんが傷つくことを知りながらあんなことを言いました。…本当に黄瀬くんのことを思っているのなら、あんなこと言えなかったはずです。誰よりも傷付いていた黄瀬くんから、唯一の拠り所を奪うようなことを、ボクは、平然と行った」
「テツ、」
「身勝手な欲望から黄瀬くんの光を奪っておいて、黄瀬くんのためだと君に言い続けたのは、ボクの罪です」










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