krk-text | ナノ


▼ 5






一つ目の理由は、俺と同じようにあいつが黄瀬に親切で危険から身を守ろうとしてくれたこと。
二つ目の理由は、ほぼ初対面に近いにも関わらず黄瀬に対する強い独占欲を見せたこと。
三つ目の理由は、海に行きたいと言う無謀なわがままをあっさりと叶えたこと。

そこで俺との昔話を挟んだ黄瀬は。
現在進行形で自分の身を案じてくれている火神に対し、必要以上の安心感を得たのだと言う。



***



「け、結局…、つ、付き合うことになっちゃった、っス…」
「…は?それって、…火神ってやつと?」
「そ、そう…。ちゅー、しちゃった」
「…マジかよ。何やってんだよお前…」

報告を受けたのは、2度目の電話をした翌々日のことだった。
今回は黄瀬から架電があり、それに応じたところ。照れてどもりながらもそんな報告をしてきた黄瀬に、俺は強い虚脱感を覚えた。
「…だってあいつ、うちに来るんスよ?!来いなんて言ってないし、そもそも家結構遠いのに!何でって聞いたら、お、俺が泣きそうだったからとか言うし…っ、あいつ、まじやばいんス!あんな俺のこと好きな奴、この先絶対に現れねーよ!」
「…なに逆ギレしてんだよ。わかったよ、…べつに、責めてるわけじゃねぇって」
冷静に呟きながらも、内心は穏やかじゃない。
火神って奴がどんな奴なのか俺は知らない。黄瀬の話によれば相当バカで黄瀬にベタ惚れでどうしようもない奴のように思えるが、黄瀬の主観だ。いくら黄瀬がいい奴だと言っても、傍から見たらどうなのかは分からない。
何しろ黄瀬は顔が良い。そして盲目と言うハンデを背負ってる。
その弱味につけこんで、下心を持って黄瀬に親切に接していた可能性だってなくはない。そうだとしたら、この先黄瀬は火神に傷つけられることになるんじゃないか。そう考えると、どうしても俺はこの目で火神という男を確かめてみたくなった。
「お前が火神って奴にドハマりしたのは分かった。で?そいつ高校どこだよ?」
「へ?あ、…それが、実は黒子っちと同じ誠凛なんスよ。つーか、黒子っちの紹介で知り合ったようなもん?」
「…テツの?…あいつも知ってんのかよ?」
「あ、いや、火神っちのことは知ってるけど、付き合ってるってのは言ってないと思うっス。…たぶん、びっくりするっスよね、黒子っち」
「…ふぅん」

思わぬ情報を得て、俄然俺は火神と言う男への興味を強める。
火神は、どうして黄瀬を選んだのか。どこまで黄瀬のことを理解しているのか。
黄瀬と付き合うと言うことがどういうことなのか分かっているのか、気になって。

平日の放課後、部活をサボって誠凛へ足を運んでみた。



火神は黄瀬の話通りにアホ面の持ち主であり、俺の顔を凝視してぽかんとしていた。
この様子じゃ、おそらく黄瀬の過去の話などは何も聞いちゃいないのだろう。俺のことすら黄瀬から聞いていないようだった。
まあ、それはいい。黄瀬も、わざわざ現在惚れてる相手に話すほど俺のことを重要視していたわけじゃなかったのかもしれない。もしくは、純粋に知られたくなかったのかもしれない。
そう考えていたところに、テツの姿を認めた。

「…何しに、来たんですか?」
「あいつから話聞いたんだよ。で、見に来ただけだ」
「話?何の…」
「付き合うことになったらしいぜ?」
「!」
「なあ、テツ。…中学んときみてぇだな。お前がきっかけで、あいつの周辺事情が変化したの。…二の舞、踏ませんなよ?」
「青峰くん…、ボク、は…」
「…あいつを、頼むよ」

短い会話をして、俺は誠凛を後にした。
火神と黄瀬の関係にどんな変化が生じたのか、それを知ったのは数日後。こっちから黄瀬に電話をして、火神にすべてを打ち明けたことを聞かされた。


「…なんとなく、言いたくないなーって思っちゃってたんスよ。どうせ過去のことだし。なんか、言っちゃったら、…自分の弱さと面倒くささを火神っちに知られちゃったら、嫌われるかもって思ってさ」
「…お前は別に弱くも面倒くさくもねーよ」
「思ってもないこと言っちゃって。そうだったから青峰っちは俺から離れてったんじゃねーの?」
「……」
「…あとさ、火神っちに言われちゃった。なんで平気でいられんの?って。…青峰っちにも言われたことあるよね、それ。俺が嬉しいっつっても、他人事みたいに聞こえるって。目が見える奴って、ほんと、見えない人の気持ち考えられないんスね。…見えないモンを信じるのがどんなに難しいことか、全然分かってない」
「黄瀬…」

火神の気持ちは何となく分かる。過去に俺も黄瀬に対して抱いた感想だ。
黄瀬の経験した過去の出来事は、普通ならば意識せずとも記憶から打ち消してしまうほどに陰惨なものだ。それでも黄瀬は、淡々と。本に書かれた文章を読み上げるかのように、その話を打ち明けたのだろう。
嘘みたいに。作り話のように、平然と。
ただしそれは聞く側が受ける印象であり、話す側は意図があってそうしているわけではないことは、今の俺には分かる。
黄瀬が経験した痛みも辛さも恐怖も。あの場にいた俺は知っている。当事者だった俺ならば、すべて理解出来る。
だが火神は違う。最近出会ったばかりで、黄瀬のことも本人の口から語られる過去の話も、信じ難いことばかりだろう。

だからと言って、突然連絡を遮断するという火神の行動は許せない。

「…お前、そんでどーしたいんだよ。そーやって避けられても、まだ火神のことが好きでいられんのか?」
「…青峰っちがそれ聞く?…好きだよ。青峰っちに避けられてたときと同じで。会えなくなっても、一度向けられた気持ちってのはすぐには捨てらんないっス」
「俺のとき?」
「…無自覚っスか。ハンパねーっスね。…俺、何度も青峰っちに会おうとしてたじゃん。なのにアンタは俺から逃げた。助けてもらったことのお礼一つも、言わせてくれなかった」
「……」
「…学習しない俺も悪いと思うっスよ。なんで、アンタに似たような男好きになっちゃったんだろ。…なんで、火神っちは青峰っちとは違うって、思っちゃったんだろ…?…もう俺、いやだ。何も見たくない。何も、…知りたくない」

目が見えないことで弱音を吐くことは、過去にもあった。
至って仕方のないことだ。それでも黄瀬は、事実を受け入れて生きてきた。
だが、今の黄瀬は。目が見えないからこそ得てしまったことに対して葛藤を抱いている。
俺や火神に出会ったことを。悔いて、弱音を吐いている。
俺のせいで。火神のせいで。傷付いた黄瀬を、俺は。

「…黄瀬」
「……」
「…悪かった、な…」

電話越しに黄瀬が泣いているのが分かった。
黄瀬が火神に惚れた理由のひとつに、電話中に泣きそうになった黄瀬の元に火神が駆けつけたからってのもあったって思いだす。
ここで俺が通話を切って、いますぐ黄瀬の家に駆け込んだなら。黄瀬は火神ではなく、俺を好きになるのだろうか。
少しだけ、好奇心が顔を覗かせた。不可能ではないかもしれない。昔の様に、黄瀬の目を俺だけに向けさせることは出来るかもしれない。
だが、それをしたところで。俺に黄瀬の涙を止めることが出来るのだろうか。

一度逃げた身の上で。
もう一度、あの視線を正面から受け止めることが俺に出来るか。
こいつは俺を信用するのだろうか。こいつの不安を埋め切ることが出来るだろうか。
俺がこいつに出来ることは。そんなことじゃないと、思った。


そして翌日、俺は再び誠凛へ足を運んだ。
一度、テツと話をしようと考えての行動だったのだが、それよりも先に火神本人と顔を合わせることになった。
だから、俺は。したいことを、そのまました。

黄瀬のために他人を殴ったのは何度目だろう。
痛めた拳を振りながら、俺は火神を挑発する。
こいつが黄瀬から逃げるのは仕方がない。ただし俺はそれを黙って見過ごすわけには行かない。
自分に出来なかったことを。火神に押し付け、俺は言う。
「あいつは、どんな目でお前を見てた?」
俺には向けられなかった視線が存在していたことを信じて。


黄瀬はあの物言わぬ眼差しで、俺に多くのものを望んできた。
側にいろ、自分を守れ、だけどあまり過保護にするな、弱いと思うな、言うことを聞け、甘やかし過ぎるな、ほっといてくれ、もっと構え、そんな我儘な願望の中でも、もっとも強い願望がある。
好きにならせるな。
口ではほいほい好きだのなんだの言うくせに、あいつの視線はどこかで俺の干渉を拒絶していた。
それは俺がバスケをやれと誘った回答に起因する理由からだろう。
俺のことを、好きになったら。傷つくことを、あいつは知ってた。

だが火神は俺とは違う。
自ら黄瀬に近付いた。黄瀬の拒絶も押しのけて。ずかずかと土足で黄瀬の胸中に入りこんで、そうして黄瀬の好意をもぎ取ってしまった。
自ら黄瀬への好意を示すことで。黄瀬の信頼を勝ち取って。下心があったにしても、簡単には出来ないことを火神はやった。
そんな相手が俺と同じ行動を取ったなら。黄瀬が弱音を吐くのも、無理はない。
そうして同時に、傷付いた黄瀬を救えるのも一人だけだ。

火神を殴って挑発したのは、黄瀬に対するせめてもの罪滅ぼしだったのかもしれない。
どうか、気付いてやって欲しいと願う。黄瀬が、俺やテツに向けていた視線と別の物を自分に向けていたことに。
そうしてあいつに今度こそ。俺には叶えてやれなかった未来を。

見るべき対象を、正しい光を、与えて欲しいと切に願った。










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -