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胸倉を掴んで問い質す。相手は僅かに驚愕の表情を浮かべたものの、すぐに口端を上げて答えた。
「殴るくらいでやめとくつもりだったんだけどよー、割といいツラしてっから、使わせて貰ったわ」
「…っ!」
「お前もやったことあんだろ?じゃなきゃ、あんなの飼っとく必要もねーだろ」
「てめ…ッ」
「青峰くん!」
「…テツ、黄瀬を頼む」
握り締めた拳を震わせながら、後方にいるテツに声を掛ける。視線は目の前の敵に定めたまま。
「さっさと行け!」
「青峰くんは…」
「…俺は仕事があんだよ。見て分かんだろ」
「……」
僅かに逡巡した様子を見せながらもテツが部室へ駆け出したのを見送り、俺は拳を振り上げた。

力任せに振った拳は相手の鳩尾に的中し、咳き込みながら床に蹲る姿を見下ろす。
「…青峰ッ!」
それとは別の人間が掴み掛かって来たのを難なく振り払い、一撃を加える。向かい来る相手を半ば事務的に殴りながら、奥歯を噛み締める。
どうして、こんなことになった?
なぜ、黄瀬が狙われた?
答えは分かっている。認めたくなくても、こいつらが黄瀬を狙った理由はひとつしかない。

俺のせいだ。

拳が擦り切れて出血しても、痛みなどは感じなかった。
沸き怒る怒りに任せて、倒れた相手の胸倉を持ち上げ殴る。腹部に蹴りを入れる。
気がつけば俺はこの場にいなかったはずの教師に両腕を押さえ込まれていた。
自分を見失っていた俺がいつの間にか周囲に群がっていたギャラリーに気付いたとき、テツに支えられながら立ち尽くしている黄瀬と視線が交わった気がした。



「…酷い傷ですね」
「…あー。痛ぇよ。…あいつは?」
「先生が彼のお母さんに連絡をつけてくれて、先ほど無事に帰宅しました。青峰くんに殴られた先輩たちも、病院送りは免れたそうです」
「…そーかよ」
「青峰くんは?」
「さぁな。今日はこのまま帰れってよ。処分は明日中に連絡すると」
「…停学で済めばいいですね」
「……」
あの後生徒指導室に連行された俺はしばらく教師の尋問に遭い、解放されたのはどっぷりと日が暮れた頃で。部室に戻ると、制服に着替えたテツが俺を待っていた。
無言で着替えを済まし、部室を後にする。斜め後ろを歩きながら、ぽつりとテツが呟いた。
「止めてくれ、と言われました」
「…は?」
「青峰くんが先輩たちに報復をしているときに。黄瀬くんは真っ直ぐに君を見て、やめさせて欲しいと」
「…見えてねーんだろ?」
「音と悲鳴で何が起きているか分かったみたいです」
「あーそーかよ。…やめるわけねーだろ。テツ、お前が部室に駆けつけたときに何人残ってた。顔、見たんだろうな?」
「…彼らにも報復するつもりですか?」
「当たり前だ。全員ぶっ殺してやる」
「…黄瀬くんがそれを望んでいないとしても?」
「あいつが望んでいようがいなかろうが、関係ねぇよ。俺がムカついたから殴るんだ。あいつが許そうと、俺は絶対ェ…」
「…誰のせいで黄瀬くんがあんな目にあったと思ってるんですか?」
「っ!」
包帯を巻かれた拳を握り締めたところで、冷や水を浴びせるようなテツの言葉がぴしゃりと投げつけられる。
「青峰くんが黄瀬くんを大事に想う気持ちは分かります。彼を傷付けた相手を許せないという気持ちも。ボクも同感です。でも、…黄瀬くんがあんな目に遭った原因は、青峰くんにあります」
「テツ…」
「君が黄瀬くんに近付かなければ、こんなことにはならなかった。今、君が報復をすれば、再び黄瀬くんが危険な目に遭うかもしれません。それでも君は、彼らに制裁を下すつもりですか?」
足を止めて振り返る。テツは真っ直ぐに俺の目を見据えて言い切った。
「…黄瀬くんのことを大事に想うのならば、これ以上、敵を作るような真似はやめてください」
「……」
「君の行いはすべて黄瀬くんに返ってくるかもしれません。君のせいで黄瀬くんが傷つくことになるのなら、ボクは何をしても君を、」
「…分かったよ。…お前の言うとおりだ。俺は、もう、」

何もかも、終わりにする。
黄瀬を部室で待たせるのも、必要以上に接触するのも。
黄瀬にとってそれが身の危険を招く要因になるのなら。

1年の時の様に、関わることなくあいつの平穏を守ることは可能だと知っているから。

たとえ本人が何を望もうとも。
俺は、二度とあいつに触れることが許されないような気がした。



距離を置くのは簡単だった。
テツの教室に足を運ばなければそれでいい。あいつの姿を見てもこっちが声を出さなければ、あいつは俺に気付きもしない。
黄瀬が俺の教室に来ることもあった。クラスの奴に呼ばれても無視を決め込む。思い詰めたような表情で黄瀬が俺の目の前に突き進んできたこともあった。
「なにシカトしてんスか?呼んでんだから、返事しろよ」
しんと静まり返る教室内で、毅然としたその声はよく響いた。
俺は座ったまま黄瀬の顔を見上げる。黄瀬はしっかりと俺の目を凝視している。見えていないくせに、1ミリもずれることなく瞳の中心を見ている黄瀬の覚えの良さには思わず苦笑してしまった。
「青峰っち」
まっすぐに俺を見て。少し震えた声で黄瀬は言う。
「そこに、いるんスよね?俺のこと、見えてんスよね?…何とか言えよ…、だ、まってんじゃ、…ねぇよ…」
眼前に黄瀬の手が伸びてくる。その手を掴めば、それだけで良いと言う様に。
自分の前にいる人間が俺であることを証明するにはそれだけで充分だと。
僅かに腕が動く。握ってしまいそうになる。その衝動を抑え込み、俺は席を立った。

触れるべきではない。近付くべきではない。
口では強気なことを言い、強気な眼差しをぶつける黄瀬は、他人の助けがなければまともに生活も送れない弱い奴だということを俺は知っている。
大丈夫だと、そんな言葉も信用は出来ない。かと言って壊れ物を扱うみたいな接し方は、俺には出来ないと思った。
だから、俺は黄瀬を拒絶した。

(好きになっちゃったら、やめるときが辛いから)

黄瀬が自ら口にしたその言葉が、今の俺にはよく理解出来た。
黄瀬が自分のせいで傷付く姿を見るのは辛い。傷つけたくない。そのために。
一番簡単な逃亡を図った俺には、黄瀬の手を引いてやる資格もないことくらい分かっていた。




***




「…火神くんが黄瀬くんのことを好きだと気付いたきっかけが何だったか、聞いてますか?」
「は?…ああ、ツラの良さに惹かれたんだろ?」
「それもあるかもしれないですけど、一番のきっかけは青峰くんの電話だったそうです」
「…電話?」
「黄瀬くんに電話したそうですね。火神くんが黄瀬くんを海へ連れて行った数週間後に」
「…ああ、…あれ、か」

唐突な質問を受けて記憶を探る。確かに俺は黄瀬に連絡を取った。
あんだけ避けてたくせに、きっと俺は時間が解決したと勝手に思いこんでいたのだろう。何気なく思いだした顔と声が頭から消えなくて、電話をした。

「どうして急に?」
「…海、見たんだよ。親戚の家に行ったときに。そんで、まあ、黄瀬と約束してたっけなーとか思って。…時効っつーか、電話ならまあいいと思ってた」
「その時の黄瀬くんはどんな感じだったんですか?」
「まあ、怒ってたけど。ちょっと話すうちに、砕けてきて、…すぐに昔みてぇに可愛くねぇこと言ってきた」
「その電話のせいで、一晩だけ火神くんと黄瀬くんの日課が途切れたそうです。それで不安になった火神くんが黄瀬くんのところに行って、告白の流れになったとか」
「…マジかよ。別に俺は何も言ってねーぞ?ただ、海に行く約束した話とか、バスケやってみねーか声掛けたくらいで…」
「まだそんなこと言って困らせてたんですか?」
「うっせーな、あん時は黄瀬から言い出したんだよ。バスケ、楽しいかって」
「黄瀬くんが?」
「…最近知り合ったダチがやっぱりバスケやってるとか言ってて、…あの時はまだ、火神の名前も出されなかったんだけどよ。お前のダチっつーのも知らなかったし」
「……」
「…まあ、確かに、言われてみればあの電話のすぐ後だったか。あいつが俺に好きな奴が出来たっつー報告してきたのも」

一度目の電話の、翌晩だ。
聞いてもいないのに名前を出され、相手も自分に骨抜きになってる可能性が高いなんて言い出して。
驚かなかった、と言えば嘘になる。焦ったし慌てた。苛立ちも感じた。
俺が黄瀬を責めるのはお門違いだと思いながらも、何考えてんだと告げたところ、黄瀬からは思わぬ反抗的な答えが帰ってきた。

(火神っちはね、青峰っちみたいに無条件で俺を守ってくれるんス。しかも優しい。海に行きたいっつったらマジで連れてってくれちゃって、俺と一緒に海水被るの付き合ってくれて。しかも結構強引なとこあってさ、俺の携帯の発信履歴、ずっと火神っちが一番上にあんの。やきもちもやかれちゃうしさ。…好きに、なっちゃっても仕方ないと思うんスよ、あれは)
(…好きなもん増やすのは怖いっつってたじゃん)
(あー、そう…、そーなんスけどねー…。でも、火神っちの場合は、…安心出来るって言うか。たぶん、青峰っちよりもバカなんスよ、あいつ。声とか仕草がすげー分かり易いから、目が見えなくても不安にならない)
(…俺といるとき、お前、不安だった?)
(…今だから言うっスけど。こいつ敵多いし自分にも飛び火くるなーってのはずっと思ってたよ。歩く速度も速過ぎて怖いし、あんま俺に気ぃ使ってねーなってのも。…でもね、あの頃の俺は、それでもいいと思ってたよ)
(は…?)
(俺は青峰っちにとってメンドクサイだけの存在だろうし、俺を守るのが自分の義務みたいに考えてるのもなんとなく分かった。だから、青峰っちのせいでボコられたり傷つけられたり怖くなったりとか、そういうのは平気だったけど、…側にいさせてくれなくなったのは、結構キたな。目が見えてりゃ良かったって、よく後悔したし)
(…火神ってやつは、そんなに出来た奴なのかよ?)
(いや?バカだし、口悪いし、歩行誘導のために腕掴んだだけなのにどきってしてるし、全然ダメな奴っスよ。でも、…あいつは俺のこと、好きだと思うから)

目が見えない自分を、好きだと思う。自信を持って黄瀬は断言した。










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