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▼ 3




「それでも青峰くんは、黄瀬くんを自分の手の内に納めておきたかったんですよね」
「…ああ、まあ。ほっとけなかったんだな、結局は」
「黄瀬くん見つけるとすぐに腕貸してましたよね」
「あいつ歩くの遅ぇんだ。杖で前方確かめてからじゃねーと踏み出せねーっつーから」
「楽に歩かせてあげたかった」
「置き去りにしてくわけにもいかねーだろ」

目を見て話すし、見えているかのような口振りをする。
それでも黄瀬は、普通に歩行するのにも安全確認が必要な奴だった。
だから俺は手を貸した。
本人が必要としていなくても強引に。その手を引っ張ってやることが正しいと思っていた。



***



「青峰っち!ちょっとスピードダウン!歩くの速いっスよぉー…」
「は?普通だろ。いつもこんくらいじゃん」
「杖、新しくしたんス。ちょっと欠けちゃったから。だから俺まだ、」
「じゃあそんな杖捨てちまえば?誘導されてりゃ必要ねーだろ」
「…思い切りが良すぎっスね。それは聞けないっス、この杖は俺の生涯の伴侶なんスよ」
「結構頻繁に取り替えてねぇ?」
「ガイドヘルパーさんが変な道選ぶから、杖にも負担が掛かるんス」
ぶーぶー文句を言う黄瀬の要求を仕方なく受け入れ、歩行速度を意識して落とす。歩きながら、黄瀬は話し出した。
「ねえ青峰っち、バスケってそんな面白いスポーツなんスか?」
「は?なに、興味あんの?」
「アンタが文句言いながらもやめずにいるのってどんなことなのかなーって思って」
「まあ、つまんなくはねーよ。お前もやってみる?」
「…俺に出来ると思ってんスか。目が見える人はそーやって簡単に無茶言うー」
「目が見えないってだけで手足は動くんだろ?お前タッパあんだし、意外に出来るかもしんねーぞ?」
「…やめとく。好きになっちゃったら、やめるときが辛いから」
「は?なんでやめるの前提なんだよ」
「だって俺、いつ青峰っちに捨てられるか分かんないし?そーなったらバスケさせてくれる人からも見放されるわけだし、やりたいのに出来ないって辛いんスよ」
「…なに、昔そういう経験あったのかよ?」
「…俺、海が好きだったんスよ。毎年家族に連れてってもらってた。でも、岩場で足滑らしたことがあってそれからはどんだけ頼んでも禁止されちゃってんス」
「海?」
「そう、海。どっかに連れてってくれる優しい人いねーかなー?」
「一人で行きゃいーじゃん。そんなに好きなら」
「…ああ、そっスね。親騙して行ってみよっかな。もう俺はガキじゃないから一人で何処にも行けるって主張して」
「いんじゃねーの?子離れのきっかけになって」
「そっスね、俺ももう独立しないと。いつまでも他人に頼りっぱなしじゃダメっスよねー」
そんな話をしながら黄瀬の自宅まで送り届けた日の翌日。
学校を欠席した黄瀬が、本当に一人で海に行こうとして親にバレて連れ戻されたっつー話は翌週頭に聞くことになった。



「誰にそそのかされたんですか」
「えーと、まあ、そこの昼メシ食って即効横になってる図体のでかいやつ?」
「青峰くん、君って人は…」
「…本気でやるとは思わなかったんだよ、お前、度胸あんな」
「見くびって貰っちゃ困るっス。俺だってやる時はやる男なんで」
「…黄瀬くん、今はボクら部活で忙しいんで無理ですけど、時間が取れたら一緒に海に行きましょう」
「…黒子っちぃ…!俺、黒子っちのこと大好きっス!」
若干居た堪れない気分になりつつ黄瀬とテツの約束を横で聞きながら、俺は両腕で顔を隠した。
俺も相当黄瀬には甘い。それは自覚していたが、テツのこの甘やかしは常軌を逸している。こいつのせいで、俺はどこまで黄瀬に親切心を見せれば良いか加減が分からなくなり、逆に突き離すことも必要なんじゃないかと考えてしまうこともあった。


昼休みを終え、午後の授業をなんとなく過ごし、放課後の部活時間に俺は黄瀬と話した内容の一部始終をテツに伝えた。
「あいつの場合、どこまで本気かわかんねーんだよな」
「だからって安易にそそのかすようなことは言わない方がいいと思います。考えが読めないなら、尚更です」
「あー、よく分かった。…目が見えねーくせに、無鉄砲なんだよな、あいつは」
「ボクは黄瀬くんのそういうところ、結構好きですけど」
そう言いながらふっと微笑むテツの横顔を眺め、思いつきを口にする。
「お前、あいつと付き会っちゃえば?」
「は?…何、言ってるんですか?」
「あいつもお前のこと好き好き言ってんだし、お前もまんざらじゃねーんだろ?だったら、お前があいつの身近な保護者になってやって、そしたらあいつも危なっかしいことしなくなんじゃね?」
「…そうですね、理想論だと思います。黄瀬くんもきっと嫌がらない。青峰くんから言われれば」
「何で俺が言うんだよ、そりゃお前と黄瀬の」
「青峰くんと黄瀬くんの問題です」
単純な思いつきに対して、テツは深刻そうな表情で言ってみせた。
「あの目を見ていて、黄瀬くんが誰を想っているのか。気付かないほどボクは鈍感じゃないもので」
そこで俺とテツの会話は終了した。


何も変わることなく、俺たちは黄瀬との関係を現状維持した。
変わってったことがあるとすれば、俺個人の状況だ。
相変わらず部員の態度はムカつくばかりで、徐々に俺は部活に顔を出すのが面倒になっていった。いつかのように途中で部活を抜けだし、部室で待たせた黄瀬を連れて帰宅することもあったし、気が乗らない日は顔を出すこともなく黄瀬の教室に直行してそのまま帰ることもあった。
そういう日が増えて行くことに対し、黄瀬は特に何も言ってこなかった。
バスケ、やってみねーかって話は時々してみた。少しずつガードが緩くなってきたのか、たまに返答に迷う様子を見せてきたものの、最後まで黄瀬は俺の誘いを拒み続けた。
「なんか、俺が好きなもん増やすのが怖いってのもあるけど、青峰っちも俺がバスケ始めたらダメになりそうな気がするっス」
「…どう言う意味だよ?」
「俺で満足しちゃう、的な?スポーツってそうだろ?相手がいなくても成立するけど、いれば競い合えてもっと楽しい。俺がどこまで出来るかは分かんないけど、まあ物覚えはいい方だし、覚えちゃえば青峰っちは俺にだけ構って部活やめちゃうんじゃないかなーって」
「…お前どんだけだよ」
随分と自分の腕に自信がありそうな物言いだったが、黄瀬の言ってることは割と適確な気がした。
どうせ低レベルな競争相手だったら、目が見えていようがいなかろうが同じことだ。
いま俺が部活を続けてんのも、ほとんど環境目当てであり。余所にそれなりに動ける便利な相手が出来たならば、俺は部活の環境なんざさっさと手放していたかもしれない。
それでも構わないと思っている俺の心境を、黄瀬はとっくに見通していたらしい。
直接的に部活に行けと言われるよりも、よほど責められているような気がした。

そんな事情もあって俺は不定期ながらに部活に顔を出し続けた。
なんだかんだでバスケやってんのは楽しいと思ってる。相手のレベルが低かろうと、やってることは変わりない。そりゃ、自分よりも強い相手とやってみたいって気はあったが、それは練習をサボって上達を制御することで誤魔化すことにした。

三年の奴らが部活を引退してからは、直接俺に文句を言ってくる奴もいなくなった。
陰で何を言われているかはまあ分かってはいたが、部活中に苛立つ回数は減ってった。
油断はあったかもしれない。作った敵のことなんて、いちいち気にしていたらキリがない。
それでも俺はもう少し気を張るべきだった。



「…青峰くん、今日、黄瀬くんは?」
「部室にいっけど?なに、あいつに何か用事?」
「いえ、…なんだか、ちょっと違和感があって」
練習の休憩時に声を掛けてきたテツに答え、周囲を見渡す。普段との違いなんて、俺には分からなかった。
「黄瀬くんて、青峰くんを待っている間は何をしてるんですか?」
「何か色んなもん聴いてるけど。音楽とかラジオとか、英会話のやつ聴いてるときとかあった」
「勤勉ですね。見習った方がいいんじゃないんですか?」
「あいつが英語喋れるようになったら通訳させっから俺はいいんだよ」
「…いつまでも、黄瀬くんを手の内に囲っておくつもりですか?」
「は?いや、そりゃ…、あいつが望めば、だけど」
「何が起きても?」
「…何が言いてぇんだよ、テツ」
「いえ。…そろそろ再開の時間です、戻りましょう」
歯切れの悪いテツを怪訝に思いながらも、体育館を見渡せばテツの言う違和感が俺にも少しだけ伝わってきた気がした。
普段と何が違うのか。考え込むよりも先に、ゲームに入るように指示された。

違和感の原因は、部員数にあった。
大所帯のこの部活動で、顧問でもキャプテンでもない俺がいちいち人数を把握しているなんてことはない。それでも、おかしいと気付いたのは。
その日見かけない顔が、いつか引退した3年に紛れて俺に言いがかりをつけてきた2年の奴らだってことを知ったからだ。


全体練習が終わってすぐに俺とテツは部室へ向かった。
そこには黄瀬が一人で俺の戻りを待っているはずだった。だが、予想に反して黄瀬の姿はそこにはない。黄瀬のカバンだけが残された室内を見渡し、異様な焦りが全身を駆け巡る。
「…明後日、卒業式、ですね」
「……だから、何だってんだよ」
「日中、予行演習のために3年生は全員登校していたはずです。部の先輩たちも…」
「…だったら何だってんだよ!あいつらが黄瀬を連れてったって言うのかよ?!何のために、」
「…探しましょう」
顔色をなくしたテツがいち早く身を翻す。焦燥が思考を切迫する。
考えたくないことばかりが次々と思い浮かぶ中。
俺たちは、例の3年たちが連れ立って別の部室から出てくるところを発見した。









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