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その日の部活中、他の部員とちょっとしたいざこざを起こした。
オレの練習態度がどうのっていう言いがかりにムカついて、実力もねーくせにナメた口聞いてんじゃねーよといった内容をオブラートに包んで言い返した。

「青峰くん!」
「んだよ、テツ。お前は下がってろ」
「いいから、ちょっと来てください。…センパイ、すいませんでした」
俺の横で頭を下げたテツが俺の腕を強引に引いてその場から連れだす。テツの態度に苛立ちを覚えた俺は、体育館のドアを出たところで腕を振り払った。
「何謝ってんだよ、お前には関係ねーだろ」
「関係ないですよ。でも、青峰くんのあの態度はないです。実力があろうとなかろうと、相手はセンパイですよ?」
「それこそ関係ねーよ。何で俺が自分以下の奴相手に、」
「中学校の部活動なんです」
苛立ちのままに口にする。それを遮ったテツははっきりと断言した。
「は…?」
「青峰くんが所属しているのはプロでもストリートのチームでもない。たとえ実力が下だろうと、センパイはセンパイです。さっきの態度は良くない。だからボクは」
「…お前、いつから俺にそういう口聞くようになったんだよ?」
「……」
「…萎えた。帰るわ」

テツの言いたいことは分からなくもない。だが、その考えを押し付けられても俺はすんなりと受け入れることは出来ない。
こんな諍いは今に始まったことじゃないし、1年や2年早く生まれただけの相手にどうやって従順になれと言うのか。それが原因でバスケが出来なくなったとしても。考えを改めるつもりなどはなかった。

荒れた感情を持て余しながら部室に行く。
そこで俺ははっと思いだす。そう言えば、今日ここにはこいつがいた。
ベンチに腰を下ろし、ヘッドホンを頭につけた黄瀬はドアが開いたことも気付かずに無防備な背中を俺に向けている。時々小さな頭が揺れるのは、聞いている音楽に合わせてリズムを取っているからだろうか。
しばらく俺はそのまま黄瀬の後頭部を眺めていた。徐々にだが、さっきまで荒れていた胸中がすっと静まっていくのが分かる。声を掛けるタイミングを失った俺はその場に立ち尽くし。不意に黄瀬がこちらを振り向いたときは、心臓が跳ねた。
「青峰っち?あれ?早くねっスか?」
ヘッドホンを外しながらそう言う黄瀬を無視して俺は自分のロッカーへ向かった。
「青峰っち…じゃなかったり?」
「…オレだよ。今日はもうお終いだ。帰るぞ、黄瀬」
「え?でもまだ部活…」
「いーんだよ。俺は練習しなくても」
手早く着替えを済ませ、それから黄瀬の元に戻って腕を引っ張り上げる。黄瀬は動揺の表情を見せながらも素直に立ち上がり、横に置いていたカバンと杖を拾い上げた。


「さっきちょっと怒ってた?」
「…べつに。なんでだよ」
「んーん。なんとなく。…腕持たれたときにそー思っただけっス。違うならいいや」
「…怒ってたよ。ムカつく奴らばっかいるから」
「喧嘩してきたんスか?部活の人?」
「3年」
「おー、さすが青峰っち。歳の差なんて関係ないんスね」
「ああ、関係ねーよ。弱ぇくせにどいつもこいつも偉そうにしやがって」
「あはは、それ青峰っちが言うと説得力あるー。いーな、俺もそういうこと言ってみてぇっス」
「言やいーじゃん」
「目が見えるからって偉そうにしてんじゃねーよ、ブサメン共が!」
「…あー、説得力ある」
「っしょ?…いま初めて言ってみた。ま、どんだけだよって話っスけど」
「なにが?」
「だって俺、自分の顔も知らないし?相手が自分よりもイケメンの可能性もなきにしもあらずって」
「…んな奴そうはいねーよ」
「そっスか?青峰っちに言われると自信ついちゃうかもー」
明るく笑う横顔をチラリと見て、軽く息を吐く。またこいつは、他人事みたいな言い方をすると。
「全然思ってねーだろ」
「え?んなことないっスよ。褒められたら嬉しいっス」
「だったらもっと嬉しそうにしろよ」
「えー、…笑ってるじゃん、俺」
「笑い方から嬉しさが伝わってこねーんだよ。そんな貼り付けたみてぇなツラじゃ」
「難しい要求っスね…。んー、青峰っち、どんな顔が好みっスか?」
「その質問がダメだっつーの。俺好みとかじゃなくて、自然にこう、出るもんだろ?」
「どーせ作るなら青峰っち好みの方がいーじゃん。俺、青峰っちに好きになって貰えたら嬉しいし」
「ふーん。じゃあ言ってやるよ」
「え、なになに?」
「お前が好きだ」
「…ぶっ、ははっ!それ、全然気持ち入ってない!人のこと言えねーじゃん!」
「…黄瀬、腕外すぞ」
「え?…わっ?!」
爆笑する黄瀬の顔を見て、俺は満足する。断ってから黄瀬の手を外させ、右手を黄瀬の頬に当ててやる。熱が伝わり、黄瀬ははっとしたように俺を見てきた。
「あ、青峰っち…?」
「そのツラなら認めてやる。お前、嘘でも俺に好きだって言われると喜ぶんだな」
「…べつに、喜んでなんか…」
「お前、割と感情隠すの下手だよな。ボロボロ出てるよ、本心が」
「あ、青峰っち!」
白い頬が赤く染まり、責めるような口調で俺の名を言う黄瀬に、俺は笑い掛けてやり。
そんな馬鹿げた遣り取りをしている中でも絶対に俺の目から外れない黄瀬の瞳に映った自分の顔を、まじまじと凝視する。

そこには確かに憧憬と羨望が映し出されていた。
純粋過ぎる好意を浮かべたその目には、見るものすべての澱みを浄化するような力があり。心地の良さを、向けられた。




***



「口では好きだの何だの言ってる割に、あいつ俺にはそういうの望んでなかったんだよな」
「…そうですか?ボクには、そう見えませんでしたけど」
「お前、目ぇ悪ぃんじゃねーの?つーか、正面から見なきゃわかんねーよ、あれは」
「黄瀬くんは青峰くんのことが好きでしたよ」
「…ああ、お前がそう思い込んでんならそれでもいーよ」

週末の夕方、こっちに来たテツと河原でバスケして、その流れで昔話をした。
話したいと言っていた黄瀬の話だ。あいつは今日、テツの学校に一人で乗り込んだらしい。目的は当然、テツではなく火神だ。
「ムカつくくらいに仲睦まじいです。センパイたちにも紹介してましたよ」
「へぇ、なんて?」
「ボクと共通の友達だと。まあ、なかなか言えないですよね、同性の恋人は」
「ふーん。それで黄瀬は?」
「納得してましたよ。むしろ嬉しそうでした。センパイたちにも愛想振りまいてて、火神くんの腕にしっかり掴まりながら二人で帰って行きました」
「火神って一人暮らしだろ?そのまま家に連れ込んで一発やる気じゃね?いーのかよ、お前」
「…青峰くんこそ」
「…俺は別にいーよ。あいつが望んだことなら」
両手を草むらについて足を投げ出し、空を仰ぐ。オレンジ色に染まった雲は、ゆっくりと上空を流れて行った。
「…さっきの話、ですけど」
「あ?」
「黄瀬くんの、青峰くんへの気持ちです。…好きだと、言われたんですよね」
「言われてねーよ、こっちから言ってやったんだ」
「せがまれて?」
「ああ、まあ。…喜ばせてみたくなったんだよ、あん時は」
「優しいですね」
「あの目で見詰められたらそーなんだよ。お前だって身に覚えあんだろ?」
「あります。青峰くんの話をしろとせがまれて、言わなくてもいいことまで言ってしまいました」
「お前…、あいつに俺の悪口吹き込んでたのかよ?」
「……まあ、そんなとこです」
あぐらをかいて座り、その足の間に置いたボールをぐるぐる転がしながらテツは俯く。
正直な告白にやや呆れながらも、俺は上体を後ろに倒した。
「…黄瀬は、俺に、火神相手に求めた関係なんざ求めてこなかったよ」
「…そうですか?」
「ああ。あいつ、俺がやってることも嫌がってた」
「何したんですか?」
「あいつの敵を潰したりとかそーいうの。守られたくないっつってたし」
「黄瀬くんが?」
「俺に守られるほど弱くねぇって。あいつは言ってた」
「……」
「…あいつが本気で欲しかったのは、そんなんじゃねーんだ。あいつは、全盲のハンデを無視して対等に自分を見てくれる相手を求めてた。俺は、ハナからあいつの好みから外れてた」
「…分かってて、黄瀬くんの望みを叶えてあげなかったんですね」
「ああ、そうだ。俺には、あいつを真正面から見てやることは出来なかったから」

もしかしたら黄瀬は本当に俺のことを好きだったかもしれない。
あの頃、いま火神に向けているものと同じ感情を持って俺の前に立っていたのかもしれない。
それでも俺は、その感情に応えることをしなかった。
出来なかった。

黄瀬が俺に信頼を寄せるのに対して、俺の方はまったくあいつを信用出来なかったからだ。











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