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▼ P.S.ラヴァーズ・ウォーク


※青峰視点の補足話です。過去と現在を行ったり来たりしてる。


***



半分眠りに落ちていた時。携帯の着信音で、俺は眠気と決別する。
うつ伏せに転がったまま、のろのろと手を伸ばす。こうなる一時間ほど前まで電話していた相手のツラなんかを思い浮かべながら。
「…もしもし」
「青峰くん?…寝てました?」
「…テツかよ、何だ?」
相手は意外にも、今日の放課後に突然俺の前に現れた元同級生だった。
寝そべったままの姿勢で携帯を持ち直し、架電の理由を問い質す。
テツは少しの間を置いて、迷いを吹っ切ったような声で答えた。
「少し、君と話がしたいんですけど。時間貰えますか?」
「…昼間のことか?」
「はい。…それから、昔のことも」
「…?」

放課後、俺の学校にやって来たテツは、現クラスメイトを伴っていた。
何しに来たのかと思えば、懺悔活動だと言う。
なにやら火神は、テツが思う以上に手の早いスケベ野郎だったらしい。

「…まーだ怒ってんのかよ。もういいだろ、そのことは」
「え?」
「さっき黄瀬とも話したけど、あいつは全然後悔なんかしてなかったぜ。むしろ、今までにないくらい弾んだ声で、」
「あ、いえ、…その、それじゃなくて」
「は?何だよ、黄瀬が火神にヤられたのが気にいらねーっつ話じゃねーの?」
「…いくら何でもそれは彼らの問題ですし、そこまで引きずりませんよ。…僕が話したいのは」
「…ああ、分かった」
「…分かり、ます?」
「お前、寂しいんだろ。黄瀬を火神に横取りされて。あ、それとも逆か?お前、火神のこと…」
「…やっぱいいです。忘れてください」
「待てよ!冗談だって」
すっと冷めたような声音になり、電話を切ろうとするテツを引き留める。
茶化してみたものの、こいつの言いたいことは何となく分かってた。
火神と黄瀬の現状。行く末。それを見届ける前に片付けなければならないこと。それは、テツ自身と。
「いつでもいいぜ。お前が来たい時に来いよ」
「…ありがとうございます」
いつまでも後ろばかりを見ていられないと思うのは、俺も同じだ。



***




テツと俺は、中学時代に同じ部活に所属していたチームメイトだった。
出会った頃のテツは、本当にバスケ部員なのかってくらい小柄で、テクニックもなければ体力もなく。練習量だけは他の部員の何倍もこなしていて、天性の能力を努力で補うために必死だった。
毎晩夜遅くまで個人練しているテツはちっとも上達の兆しを見せなくて。なんでバスケやってんのか純粋に疑問で、ストレートに聞いた俺にテツはあっさりと答えた。「好きだからです」と。
その単純明快な答えが気に入って、俺は毎日テツの個人練に付き合うようになった。日が暮れるまで練習に没頭して、着替える前に部室が施錠されてジャージのまま帰宅なんてことも珍しいことじゃなかった。そんなとき、テツは俺に尋ねてきた。どうして付き合ってくれるのかと。俺は単純明快な答えを与えた。「好きだから、だ」と。

共通の好物があるだけあって、俺たちはなかなか良好な関係を築いていた。テツの能力はゆるやかながらに上達していって、実際の試合では面白いくらいに息の合ったプレイを展開させたり。誰とチームを組んでも別段変わりはないと思っていたが、テツがいるときは余計にやりやすくなることを知った。
幼馴染のさつき曰く、俺とテツは光と影のような存在であり。互いの能力を最大限に引き出す相手として最適なのだそうだ。

次第に俺たちは部活以外でもそれなりにつるむようになった。
主に俺がテツの教室に行って、忘れた教科書やらこっちのクラスでやってないとこの課題をコピーさせて貰ったりだとか、そんな感じで接するうちに。
突然、黄瀬が俺に声を掛けてきた。

黄瀬の顔と名前は、うちの中学では有名過ぎるほど有名だった。
とにかく顔がよくて、身長も高い。モデルでもやっていそうなその生徒は、ただ一つ、目が見えないという欠点があった。
女どもにはこれでもかというくらい持て囃されるそいつは、同性からはやっかみを受けてちょっかいを出されることも多いと聞く。
実は俺も何度かその光景を目撃したことがある。ついイラっとして手が出て、結果的に黄瀬の敵を片っ端からのしたなんてことにはなったが、本人の目が見えていないってなら知らないはずだ。
それなのに、あいつは俺に声を掛けて来た。2年の春先。テツに借りに来て、テツが持っていなかった科目の教科書を俺に差し出し。いいのかよ?と言った俺に、あいつはにっこりと笑って。
「いつも助けてくれるお礼だから気にしなくていっスよ」
耳を疑うようなことを、言ってきた。


「声の発信源から相手の身長とか目の位置とか、声質の高さとかで体格とか、ぜんぶ分かっちゃうみたいです、黄瀬くん」
「スゲーな。見えてんのかと思った」
「ボクもびっくりしました。…一度、青峰くんと話してみたかったって言ってましたよ」
「なんでだよ、別に俺は…」
「青峰くんがどう思っていようと彼には関係がないみたいです。…不思議な人ですね、黄瀬くんって。見えてないなんて嘘みたいです」
部活帰り、テツとそんな話をした。
黄瀬とテツはクラスメイトという関係ではあるが、これといって親しいとかそういうことはなかったらしい。ただ、周囲の人間に存在を忘れ去られ易いという特異体質を持っているテツは、黄瀬からはよく声を掛けられたと言う。
「目が見えないから気配に敏感とか?」
「そうかもしれません。…今まで特に気にしたことはなかったんですけど、嬉しいものですね、人に認識されるのって」
「…あー、まあ、それ普通だけどな。気が合うなら良かったじゃん、友達になってやれば」
「それは青峰くんに言いたいです。黄瀬くん、青峰くんと話せて嬉しそうでしたよ」
「…あんくらいで?」
「黄瀬くんにとっては大切なことみたいです」

それから、俺と黄瀬は度々会話するような間柄になった。
最初は昼休みにメシを食いに食堂やら屋上やらへ連れだしてやったりしていて、そのうちに黄瀬から一緒に帰りたいとか言い出すようになってきて、部活が終わるまで待たれてしまったこともあった。
それについては下校時間が遅くなるという理由でやめさせるようにしていたのだが、「今日親が迎えにこれない日なんスよ」などと言われるとどうしても一人で帰れなどとは言えなくなってしまい。その割に、家まで送ることはないと謙虚なことを言ってくる黄瀬に、俺はよく振り回される気分を味合わせられた。
黄瀬が俺の側にいることで、俺が安心感を得ていたのは事実だと思う。黄瀬のことを知れば知るほど、自分の知らないところで妙なことに巻き込まれてはいないかと心配するようになってきたからだ。
以前、黄瀬が同級生の野郎共に絡まれていた光景を思い出せば、その懸念も当然であり。
黄瀬を知る前ならば気にしていなかったようなことも、知ってしまった今では当たり前のように俺の脳に刻み込まれたもののひとつだ。

「青峰っちー!今日も帰り一緒して貰っていっスか?」
「またかよ?お前、他に友達いねーの?」
「青峰っちが一番便利なんスよ。隣にいるだけでみんな避けてくれるし?デカい上に顔怖い知り合いいるとこんなにも街中歩き易いもんなんスね」
「お前なぁ…。俺はお前のボディガードじゃねーぞ?」
「似たようなもんっスよ。ねー、知ってる?俺、たまたま聞いちゃったことあるんスけど、最近黄瀬涼太って調子乗ってない?って会話」
「…は?」
「青峰大輝がバックについてんだから、そう簡単には手出し出来ねーだろってさ。なんかさ、青峰っちマジで怖い稼業の人みたいっスよね!」
「…それ言ってたの誰だよ。シメてくる」
「知らないっスよ、俺見えないもん」
淡々とした様子で自分に関わる不穏な内容の盗み聞き結果を報告する黄瀬に、俺は不審感を覚えた。普通、知らない奴がそんなこと言ってたらムカついたり怯えたりとかするもんじゃねーのか。黄瀬は他人事のように、聞き捨てならないようなことを言う。そうやってますます俺の、黄瀬の周辺に対する危機感を高めてくるのはわざとやってんじゃないかと思うくらいだ。

「…今度そういう話聞いたら、すぐに呼べよ」
「え?呼んでどーすんの?その場でこらしめちゃう?」
「顔見とくだけだよ。お前の目はアテになんねーからな」
「大丈夫っスよ、今の俺に手出ししたらバックが動き出して怖い目に遭うってみんな言ってっし?だからさ、青峰っちはもっと人前で俺のこと大事にしたらいーと思うっス」
「…は?」
「黄瀬涼太に手を出す輩は片っ端から海に沈められる的な噂を広めるために?」
「…なんで俺がお前のために犯罪犯さなきゃなんねーんだよ。絶対ェ嫌だ」
「俺もヤだー。…同級生に守られるほど、弱くねーし」
「別に、守ってるわけじゃねーよ」
「またまた。青峰っちが優しい人だってのは俺よーく知ってんスよ?…口では悪いこと言ってても、俺にはいい人だってバレバレだから取り繕ったりしなくていーんスよ」
「言っとけ。ったく、本当お前可愛くねーな」
呆れながら黄瀬の頭を軽く撫でてやる。その際に黄瀬が俺の目を見てきた時に、こいつの言ってることがただのはったりではないことを思い知らされる。
黄瀬の目は、確かに表面よりも奥の部分を見透かすような妙な力が感じ取れた。
真っ直ぐに視線を合わせてくる。こいつに嘘は通じないと錯覚させられる視線を、視力の代わりに有した瞳だ。
この目で見詰められると、妙な気分になってくる。
隠し持っている本音を全て暴かれそうな、強い焦燥に駆られて。
「…なあ、黄瀬」
「何スか?」
「…いや。部室行くぞ」
「了解っス!」
黄瀬のデコを軽く押して離し、黄瀬が白い杖を右手に握ったのを確認してから歩きだす。
自然に右腕に黄瀬の手が触れるのを感じて、自分に対する信頼的なものを受け取った。










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