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▼ 好きになること


たしかに、俺も悪かった。
だからって、あれはない。

「火神っちのバカ!!大ッ嫌いっス!!もう顔も見たくねっス!」
「あーそーかよ、じゃあさっさと出てけ」
「…っ!バカーっ!」

泣きそうなツラして立ち去った黄瀬を追うような真似はしない。当然だ、どう見ても喧嘩を売られたのだから。
ただ、俺は大事なことを忘れてた。

「…火神くん、痴話喧嘩はよそでやってくれませんか?」
「!」

ここは、誠凛の体育館であり。
部員のほぼ全員が集まっている、休日の部活後だったって現状を。



「面白いなあ、お前らは」
「木吉センパイ…、…はぁ、何か、スイマセン」
「いや、別にいいと思うぞ?ただ、今日中にフォローしてやれよ」
「……」

一時騒然となった体育館は、俺がカントクに殴られて外で頭冷やして来いと蹴り飛ばされたことで収集したらしい。外周走ってきて、戻ってきた頃には部員のほとんどが帰宅していて。体育館の入り口でへたりこんだ俺の前に、木吉センパイが同情的な顔つきで声を掛けてきてくれた。
「それにしても、何が原因で黄瀬くんはあんなに怒ってたんだ?」
それを尋ねられてぎくりと肩が跳ねる。原因。判明しているが、あまり口に出して言いたくはないことだ。
部外者である黄瀬が気まぐれにふらりとここに来て、練習に混ざること。それは今までにも度々あって、黄瀬のような逸材のプレイを見るのは悪いことじゃないとカントクが容認しているためにあいつは我が物顔でこの体育館を使ってく。カントクが許せば、他の部員が口出しをすることは出来ない。黒子なんかは明らかに迷惑そうなツラをしているが、それを気にするような黄瀬じゃない。ってことで、まあ、今日もいつも通りに現れた黄瀬を部員たちは歓迎して招きいれたわけだ。
黄瀬の性格にむっとする部員もいなくはないが、あれでも結構変わったと思う。相変わらず自分が優秀であることをひけらかしながらも、ひたむきに練習に打ち込むほかの部員たちを嘲笑うようなことはしなかった。
それに、対戦するのはほぼ俺だ。黄瀬自身にとっても、黄瀬のプレイを間近で研究したいカントクにとっても、俺がその相手をすることは好都合らしく。最初は嫌々ながらも、黄瀬の挑発に乗って気がついたら本気で黄瀬とやり合ってる、なんてことは毎度のパターンでもある。

いつもと違ったのは、今回、黄瀬が他の部員と話しこんでいるところを俺が目撃したってこと。
今までそんな場面を注意して見ることなんてなかった。それが、ちょっと目を離した隙に親しげに他の奴と喋ってて、笑顔まで浮かべてるもんだから。ついつい、会話を遮るように黄瀬を引っ張って、言ってしまった。

「誰の許可取ってうちのと喋ってんだよ、か」
「…あー…、んなこと言うつもりなかったんスよ…」
「そうだな、黄瀬くんからしたら、怒って当然だなぁ。他人と会話するのにいちいち火神の許可取る契約なんてしてないだろうし」
「……」
「それだけか?」
「…分かってんスよねぇ?」
笑みを絶やすことなく続きを促す木吉センパイは、確信犯だ。絶対に本当の原因について、気付いているはずだ。なのに俺の口から言わそうとしている、まったくもってタチの悪い先輩だ。
木吉センパイは首を傾げるだけで否定も肯定もしない。諦めて、俺は打ち明ける。
「…まあ、その、…付き合ってんスよ、俺、あいつと」
「ほう」
「…それで、俺がうちの部員を庇うっつーか、…ああ、もう、そういう意味じゃなかったんスよ、俺は」
「なるほど。つまり火神は、大好きな黄瀬くんと親しげに話していたうちの部員に嫉妬して、黄瀬くんに八つ当たりしたわけか」
「……」
冷静に言われると無性に恥ずかしくなる。が、木吉センパイの言ってることは間違いではない。
仰る通りだ。俺は、黄瀬が俺以外の部員に惜しげもなく笑いかけてんのを見て嫉妬した。それを穿った解釈で取って、黄瀬を責めた。
「言い方がまずかったな。黄瀬くんが怒るのも無理はない。まあ、正直に話せばきっと許してくれるさ」
「いや…、あいつ、たぶんそういうの苦手なんスよ。嫉妬とか束縛とか。正直に言えば絶対引かれるっス」
「そうか?…ふっ、面白いな、火神は」
「…何笑ってんスか」
「いや?黄瀬くんのことになると、途端に臆病になるなって」
「……」
「好きなんだなぁ、黄瀬くんのことが」
しみじみと言われてしまい、じわじわと耳が熱くなってく。ああ、好きだ。他の男に笑い掛けてんのを見るだけでムカつくくらいに。俺はアイツに惚れてる。
本当はここに来るのも禁止したいくらいだ。誰にもあいつの姿を見せたくはない。不可能だと分かっていても、黄瀬が満面の笑顔で俺の名前を口にするたびに願ってしまう。黄瀬が、俺だけに見える存在であればいいのにと。
「逆に羨ましいよ、黄瀬くんが。そんなに想ってくれる人がいるなんて」
「…変な慰めはいらないっスよ」
「いやいや、慰めとかじゃないさ」
「だったら、木吉センパイはどーなんスか?付き合ってる奴が俺みたいな奴で、事あるごとに嫉妬されたら」
「…嬉しいぜ?」
「はっ?!」
「黄瀬くんがどう思うかは知らないけど。俺は、そこまで自分に執着してくれる奴がいたら嬉しいと思うし、いっそう好きになる、かな」
「…センパイ…」
にっこりと笑って堂々と言う木吉センパイに、俺は言葉を失う。
「それに、火神の気持ちも分からなくはないよ。黄瀬くん、最初はちょっと可愛げのない子だと思ってたけど、最近は丸くなってきて凄く可愛い感じになってきたしな。ああ、火神のお陰か?」
「な…っ、べ、べつに俺は何もしてないっス!あいつが勝手に可愛いだけで、…っ」
「ほーう」
「い、今のなし!なしっス!」
「本当に溺愛状態だなー。それなら尚更ちゃんと黄瀬くんに思ってることを伝えないと。誤解されたままだと、いつか誰かに掻っ攫われちゃうぜ?」
「…はあ」

勝手に墓穴を掘ってあたふたと言い訳する俺に、木吉センパイはマイペースでアドバイスをくれた。
俺はただ、頷くことしか出来なかった。


その晩、黄瀬に電話して今日のことを平謝りした。
正直に嫉妬したことを打ち明けると、ちょっとだけ黄瀬の声から機嫌の良さが伺えた。
「…お前、そういうの嫌なんじゃねーの?」
「へ?そういうのって?」
「だから、こう、嫉妬とか。ウゼーっつってなかった?」
「…まあ、束縛されんのは嫌いっスけど。でもまあ、火神っちならいいっス。むしろ面白い」
「はぁ?」
「女々しいってより、火神っちのはガキっぽいんスよね。だから許せるっス。むしろもっとしていーよ?」
「…お前なぁ」
やっぱり可愛くない奴だ。目の前にいたらデコピンのひとつでも与えたいところだが。
「今んとこ俺は火神っちがすげー好きだし、大体のことは許してあげるっス。だから、今日みたいに素直に言って欲しいっスね」
「…素直、なぁ」
「大人になれよ、火神っち」
「お前にだけは言われたくねーよ!」

簡単に言う。でもそれは、リスクの高い賭けだと思う。
まだ俺は黄瀬のことを充分に知らない。口ではこんなことを言っていても、どこまで許されるのか。どこまでこいつに対する執着心を見せていいのか。ストレートに制限を与えて欲しいのはこっちだ。

「じゃあ、まあ、素直に言ってくれたお返しに俺も火神っちに本音を教えてあげるっス」
提示を願おうかやめようか考えてたところで黄瀬が言う。
「俺は全身全霊で愛されたいタイプなんで、常に本気でかかってこないと危険っスよ?」

どうしてここで挑発的な発言が出てきたのか、俺には分からない。
こいつのどこが可愛いんだ。俺の目も、どうかしている。
ただ、こいつは分かっているのかいないのか。
この安い挑発に簡単に引っ掛かるのが、俺と言う男だ。
「上等だ。覚悟しとけよ、黄瀬」

こっちも生半可な気持ちでお前に惚れたわけじゃないってことを。
証明してやる。だから週末は気合入れて俺の部屋に来い。

喧嘩腰に取り付けられたデートの約束。これを聞いても、木吉センパイは俺が黄瀬を溺愛していると思うのだろうか。
…たぶん、あの裏のない笑顔で言われるのだろう。
「面白いくらいにお似合いだ」と。

分かってる。異論はない。
黄瀬が可愛かろうと憎たらしかろうと、俺がどうこう言うことはない。
こいつを選んで好きになった。その結果は、受け入れよう。











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