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週が明けて登校して。黒子の顔を見て無性に罪悪感が込み上げて来たのはなぜだろう。
「…よぉ、黒子」
「おはようございます」
「…あのさ、…その、…黄瀬のこと、なんだけど」
「聞きました」
「え?!もう?!」
「青峰くんと話したそうですね。彼、凄く怒ってました。…僕まで八つ当たりされちゃいました」
「え…、な、殴られたのか…?!」
「いえ、そこまでは。ただ、…僕が、黄瀬くんに対して過保護過ぎると」
あまり表情に変化のない黒子が、この時はやたらと落ち込んだ様子に見えたので、俺も調子を崩される。何かフォローをしなければ。そう思い、探って見つけた言葉はこんなもんだった。
「んなことねぇよ。誰だって、ダチが何処の馬の骨とも知れない野郎に引っ掛かったっつったら心配すんだろ」
「え?」
「え?…いや、だから、…そんだけお前が黄瀬を大事に思ってたってこと、だろ?」
黒子の反応があまりにも想定から掛け離れているといった表情だったので、見当違いな発言をしたかと思いつつ。表情を歪めて俯いた黒子に、首を傾げる。
「黒子?」
「…そんな、大層なものじゃないです。ただ、僕は…。…黄瀬くんに、負い目があるんで」
「負い目?何言ってんだ、黄瀬にとってお前は」
「黄瀬くんは知らないことです。…知らないで欲しいこと、なんで」
「…おい、黒子。お前、何を…」
「…黄瀬くんから青峰くんを、…黄瀬くんの光を奪ったのは、僕、ですから」


思わぬ新事実を告げられた俺は、何を言ったらいいか分からなくて。
黄瀬すらも知らなかった黄瀬の過去まで踏み入ってしまうことに若干の躊躇いを感じつつも、あいつに関することは何でも知りたい。その思いから、俺は黒子に事情を聞きだした。


黄瀬が暴行を受けたことを知った時、青峰は烈火の如く怒り狂ったと言う。
それは分からなくもない。何しろ青峰は黄瀬の知り得ぬところでずっとあいつの平穏を守り続けていたのだ。本人にどんな思いがあったにしろ、黄瀬が特別な存在であったことには変わりない。
血気盛んな青峰が、黄瀬にされたことを黙って見過ごすはずもない。憤る青峰の怒りを鎮めるには、こんな方法しかなかった。
(誰のせいで黄瀬くんがあんな目にあったと思ってるんですか?)
その頃、青峰が黄瀬を気に掛けている状態は、奴らの周囲の連中に広く知られていた。
また、青峰はあの性格から敵を作り易いタイプだった。バスケ部で一年の時から不動のレギュラーとなり、天才と持て囃され、他人を見下す傾向にあり。その上練習もサボりがちで、才能の上に胡坐をかいていると見られても仕方のない状況が、事件の引き鉄になったのだと。
体格が良くて腕力も並大抵のものではない青峰に、真正面から立てつける人物は少ない。同じバスケ部員ならば誰もがその実力差を心得ている。そこで、青峰が気に掛けていて、青峰よりも、ともすれば全校生徒の誰よりも弱い存在である黄瀬に鬱憤の矛先が向いたのは不自然なことではない。そう、黒子は青峰を責めたのだと言う。
(君が黄瀬くんに近付かなければ、こんなことにはならなかった。今、君が報復をすれば、再び黄瀬くんが危険な目に遭うかもしれません。それでも君は、彼らに制裁を下すつもりですか?)
青峰にも分かっていたのだろう。あまりにもタチの悪い黄瀬へのちょっかいの原因に、自分の素行の悪さが含まれていることに。
だから、青峰は黄瀬と距離を置くようになったのだと言う。

顔を伏せ、辛そうにそんな過去を口にする黒子に対し、俺は掛ける言葉もなかった。
ただ、黒子の言動はそれほど黄瀬に負い目を感じるようなものではないと思った。青峰も、納得して黒子の進言を聞き入れたのだ。黒子が罪の意識を引きずるようなことではないと。
それに対し、黒子は弱弱しく首を振る。
「それでも、卒業するまでずっと黄瀬くんは青峰くんの姿を探していた。黄瀬くんにとって、自分に起きたこと以上に青峰くんの存在は大きくて、必要不可欠なものだったんです。それを奪ったのは、僕だ」
「…黒子」
「…それに…、僕は、青峰くんが黄瀬くんと距離を置くことを決めてくれて、…ほっとしたんです」
あまり他人に本心を見せる事のない黒子が、苦しげに呟いた。
「僕は、青峰くんを黄瀬くんに…渡したくなかった」
醜くて本位的で、自分勝手なことをしたと。
黒子は、卒業した今もその罪を背負い続け、本心を秘めたまま。
俺が黄瀬と付き合うことになったと聞いて、感情的にならずにはいられなかったと言う。

何となく、俺は黒子の気持ちが分かるような気がした。
青峰がしてきたことを聞いたとき。俺は、絶対に自分が敵わない相手を知ってしまった。
好きな奴が他の奴を想ってるとか奪われるとか、そんなことを考えたら。自分でもびっくりするほど、醜い感情を持つこともある。
結果的に黄瀬は俺を選んでくれた。だけど、そうならなければ。やはり青峰がいいと黄瀬の口から直に聞かされたなら、俺はどんな手段に打って出ただろうか。想像して、気分が悪くなった。
それに比べれば黒子のしたことなんて大したことはない。
「黄瀬に言わなくていいぜ、それ」
「え…?」
「黄瀬はお前に感謝してる。青峰と同じくらいにな。今も、あいつはお前のことが好きだろうし、じゃなきゃあんなツラして寄って来ねぇ」
「……」
「それでもお前が、俺に懺悔したくらいじゃ罪悪感が払えないっつーなら」
黒子の額に拳を押し当て、ぐりぐりと押し付ける。
瞠目して俺を見る目はデカい。黄瀬の言っていた通り、割と綺麗なツラしてるな、なんて思ったりもして。
そんな黒子に笑いかけ。過去を忘れて未来へ進む、究極の方法を伝授してやる。
「青峰にその気持ち伝えてみろよ。どうせあいつも、俺に黄瀬取られて落ち込んでるだろうし?」
「…言いますね。火神くん、勝者みたいですよ?」
「勝者だよ、俺は。何せ、お前らの知らない黄瀬の顔を知ってんだからな」
「……今、なんていいました?」
「へ?あ、いや、何でもねぇよ、別に、深い意味は…」
「…ちょっと待って下さい、君、黄瀬くんに何したんですか?分かってるんですよね?彼は目が見えないって、…ひどいこと、してないですよね?」
「いや、その…、し、してねぇよ、変なこと…は…?」
「なんで目を逸らすんですか?僕の目を見て言ってください」
「…あーうるせぇ!いいだろ、俺はあいつの彼氏なんだからっ!あんな可愛いツラを間近で見せられて我慢しろなんてどんな拷問だよ?!」
「部活終わったら僕と来てください。青峰くんのところに出頭します」
「え?!なんで?!お前ら黄瀬の何だっけ?!」

うっかり口を滑らせたことで、なにやら不穏な雰囲気で携帯を取り出した黒子に、朝感じた罪悪感が再び目を醒ます。まずい、なんか分からんが、黄瀬の両親に対して思う以上の居た堪れなさが俺を苛んだ。



その日の放課後は黒子の言うとおり、青峰の学校へ引きずられるように連行された。
そこでぐだぐだ小言を言われて、何も言い返せない俺の情けないこと。黄瀬がその場にいなくて本当に良かったと思う。
こいつらに黄瀬との関係をあーだこーだ言われる所以はないのだが、まあ、俺と出会う前の黄瀬をずっと守ってくれてた奴らだ。その事実には感謝しなければならない。そしてそれはこの先も。俺は青峰と黒子に頭が上がらない日々を送ることになりそうな予感がした。

そして夜は黄瀬と電話をする。
土曜日の朝方、後ろめたい気持ちを抱えながら黄瀬を自宅に送り届け、その夜も、昨日の夜も電話した。

「今さっき、青峰っちから電話あったっスよ。また俺のいないところで会ってたそうっスねー」
「へ?…な、何話したんだよっ!あいつら…っ」
「そりゃこっちの科白っスよ。何、赤裸々に告白しちゃってんスかもー、恥ずかしいなー」
「…スイマセン、うっかり…」
「…超からかわれたんスよ。火神っちみたいなヘタレ相手で本当にいいのかとか。あ、否定しといたっスよ?ベッドの中じゃ、割とオオカミだって…」
「ば…っ、何言ってんだお前!お前こそ暴露してんじゃねーよ!」
「いーんスよ、俺は目が見えないからー?」
「それ関係なくね?!」
黄瀬の調子はこんな風で、まったく、こっちこそベッドの中のあの可愛かった黄瀬についてあいつらに事細かに説明してやりたいくらいだ。…絶対しないけど。
「たぶん明日黒子っちにねちねち言われるかもしんないけど、俺を愛してるなら耐えてよ」
「…お前なぁ…。ったく、…ほんと、何でも話すよな」
「友達だし。…青峰っちも黒子っちも、俺の恩人で、…大事な人たち、だからね」
「…だろうな」
「…だから、うまくいけばいいと思うっスよ。あの二人。…よーやく俺っていう枷から外れられたんだし?」
「は?…何だよそれ。…お前、」
「目が見えないと、普通の人が分からないようなことも分かっちゃうんスよね。直感ってやつ?ていうか、青峰っちが俺の前から消えた後の黒子っちの声とか、支えてくれた時の心音とか。そういうので、なんとなくね。…俺のせいで、あの二人がちゃんとくっつかなかったってのも、俺、分かってたんスよ」
「…そーなのか」
「うん。でも俺も性格こんなだし、知っててシカトしてたんスよ。…黒子っちが青峰っちとすんなりくっついちゃったら、なんか、疎外感があって寂しいじゃん?」
「…ほんと、いい性格だよ」
「嫌いになった?」
「いや、変わんねーな、そんくらいじゃ」
「…良かった。まあ、全部火神っちのお陰っスよ」
「は?いや、俺は何も…」
「火神っちがまんまと俺に引っ掛かってくれたお陰で、俺はぜーんぶ吹っ切れたんス。青峰っちはかっこよくて黒子っちはやさしくて、二人とも大好きだった。それ以上に、好きな人が出来たから。だから、俺、初めて言えたよ。…幸せにしてやれよって」
「…そっか」

黒子が黄瀬への罪悪感を抱えていたのと同じように、黄瀬もそれなりのもんを背負っていたのかもしれない。失いたくなくて、奥底に鍵を閉めていた秘密を。それは見事に施錠され、まばゆい光の下に美しい言葉となって晒された。

「なあ、黄瀬」
「何スか?」
「それ、俺にも言ってくれよ」
「え?…『幸せにしてやれよ』?」
「誰よりも幸せにしてやるよ」
電話越しに、誓いを告げる。
「お前に見えないモノを見せてやる。知らないところへ連れてってやる。好きな言葉を聞かせてやる。お前のその小さな世界を、俺が広げてやる」
「…凄いね、火神っち」
「ああ、すげーよ。俺にして、良かっただろ?」
「……馬鹿だな、火神っち」
「知ってんだろ?」
「…うん、知ってる。火神っちなら、絶対そうする」
くすくすと笑う声が嬉しくて。熱を持った携帯を耳に押し当てたまま目を閉じる。
すると俺の好きな顔が簡単に脳裏に浮かび。幸福感が、俺の頬を緩ませる。
「じゃあさ、今度それ俺の目を見て言ってよ」
「…は?…あ、あー…いや、それは…」
「えっ、言えないんスか?」
「い、言うよ…っ、言ってやる、けど、あんまじっと見んなよ?」
「見るに決まってるっス!言っとくけど俺分かるんスからね!…じゃ、それ失敗したら、青峰っちと黒子っちの見てる前でチューして貰うことにするっス」
「半殺しで済むのかそれ?!」
「どうっスかねー、あの二人は俺に甘いから」
その場面を想像し、さっと血の気が引く。なぜか黄瀬にそんな俺の様子は伝わって。顔色悪いっスよー?などと。見てもないくせに言うなって。

「ねえ、火神っち」
「なんだよ」
「次に会う時は、腕組んで街中デートしよーよ」
「…ちゃんと杖持つならそれでもいいぜ」

性格良過ぎて可愛げもない。
見えないくせに、心の中まで見えてるような発言をするし、やたらと直感鋭くて。
顔面レベルは非常に高くて笑った顔はおそろしく可愛い。
こんな相手に振り回されないはずがない。

とびきり美人で盲目で。少しわがままで危なっかしいこの恋人に。
歪みなく。真っ直ぐ歩ける道を作ることが、俺の役目だ。












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テーマ「人外ファンタジー」
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