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▼ 6





「火神っち?なんか元気ないっスね?」
「え?…いや、べつに。普通だよ」
「そっスか?…嘘つき」
「…嘘じゃねぇよ」
「見えないからって油断してんじゃねっスよ」
「…ああ。…悪い」

その晩、電話越しに聞いた黄瀬の声はいつも通りだった。おかしいのは俺だけで。気にしない風を装っても、ダメだった。黄瀬には、視力がなくても聴力がある。健常者よりもずっと優れた能力が。
だから俺は嘘がつけなくなる。正直に吐いた。もしかしたら黄瀬を傷つけるかもしれない、と思いながらも。


「青峰って男に会った」
「…青峰っち?へぇ…」
「ああ。…それから、黒子に殴られた」
「え…」
「お前のこと、何も知らないくせにって。…黄瀬の彼氏ヅラしてんじゃねーって、怒鳴れたんだけど」
ほんの少し含ませた笑いは自嘲。心がぐらぐら揺れてんのが自分でも分かる。それでも俺は黄瀬の表情が曇るのを危惧して、茶化すような言い方をしてしまう。
「…黒子っちにバレちゃったんだ。そっかー…、…あの人、怒ってくれたんスね。…っとに、優しいな」
「…黄瀬?」
「それに、青峰っちも。…一言も言ってなかったな、火神っちに会いに行くなんて」
「おい、お前…」
「…何か、言いたいことあるかもしんないっスけど…。まあ、先に。これだけ言わせてよ」
意外にも、電話越しの黄瀬の声は特別な変化を見せることなく。静かに、微笑を浮かべているかのような声で、こう言った。
「火神っちは何も悪くない。火神っちには何の責任もない。火神っちは、ただの、」
そこで、黄瀬はいったん言葉を区切る。そして、軽くひと呼吸置いてから。
「…俺の大好きな人ってだけなんスから」
その一言が、俺をどれだけ救ったか。遠く離れた場所で携帯に向かって話し掛ける黄瀬は、分かっているのだろうか。



「ご察しの通り、青峰っちは、中学時代に俺が大好きだった人っス。ねえ、火神っちはさ、何で俺が黒子っちや青峰っちと同じ、普通の中学に行ってたか分かる?あの中学、公立でさ。元々あったんスよね、学年にひとクラスだけ、障害児が混ざって授業受けるクラスが。…っても、やっぱ特別学級だったから、いっつも一緒に授業受けるってわけじゃないけど。でもまあ、知り合う機会は山ほどあったんスよ」
本当は、顔を見て聞きたい内容だった。だけど黄瀬は、電話の向こうでその過去を俺に伝える。
「まあ、俺も俺で結構有名人だったんスよ。全盲の可哀想な美少年ってことで。で、ちょくちょく同じ学校の奴らにちょっかい出されてて。ほら、火神っちと二回目に会ったとき。俺、馴れてるっつったじゃん?そりゃ毎日あんな風に絡まれてたら、嫌でも馴れるっスよ。…でもまあ、ぶっちゃけ俺も怖かったわけっス。全然見えない状態で転ばされたりしたら。超不安だし、ほっといてっつっても聞いて貰えないし。身体中痣だらけになった時期もあって。…それが、ある日ぱったり止んだんスよね、不思議なことに。俺、すぐに理由分かったんス。青峰っちが、俺のこと助けてくれてたって」

健常者による黄瀬への嫌がらせが止んだのは中一の早い段階だったが、実際に黄瀬と青峰が会話したのは中二になってからのことだった。
二人を繋いだのは、当時黄瀬と同じクラスになったばかりの黒子であり。黒子と青峰は同じ部活に所属していて、見知った間柄だった。
黒子の教室に青峰が教科書を借りに来た、その時、黒子は青峰の目当ての教科書を持っていなかった。落胆する青峰に、黄瀬が自分の教科書を差しだした。礼を言う青峰に、黄瀬は笑いながら首を振り。
「俺には分からないと思ってたんスよ、青峰っちも。あんな高い位置から声出す人、そう滅多にいないんスよ?ああ、この人だって思って。だから俺、言ってやったんス。いつも助けてくれるお礼だから気にすんなって。…青峰っちも黒子っちも超ビックリしてた。見たかったなー、あの時の二人の顔」
それがきっかけとなり、青峰と黄瀬は度々会話をする仲になった。
黒子が一緒にいる時もあった。二人きりのときもよくあった。青峰は、態度や口調こそ素っ気無いものだったが、基本的に黄瀬には優しかったのだと言う。
「もしかしたらそれも惚れた弱味ってやつだったのかもしんなくて、傍から見たら俺が青峰っちにいじめられてるようにしか思われてなかったかもしんないけど。でも、俺はもう青峰っちに夢中だったんスよ。青峰っちは、いつも俺を守ってくれた。俺にとって青峰っちはヒーローみたいな存在で。気がついたら、どっぷり依存しまくってたんス。それこそ、青峰っちがウザイって言わない日はないくらいに」
「…おい、まさか、それで…」
「いやいやいや!それで青峰っちにフラれたとかじゃないっス、先走り過ぎっスよ、それは。…青峰っちは口ではウザイウザイ言いながらも俺のこと大事にしてくれてたっスよ。…そういうところも、俺は、…大好きだった」
「……」
「それがどーしてダメになっちゃったかってのは、まあ、…青峰っちが、黒子っちが…、優し過ぎたからなんスよね」
その事件は中2の終わりに発生した。

電話越しに語られた黄瀬の過去を、俺は途中で何度も中断させたい衝動に駆られる。
それほどに、凄惨な話だった。それほどに、生々しい事実を黄瀬は淡々と話し続ける。

「部活、終わるの待ってたんス。…今思えば、俺が青峰っちに頼り過ぎていたことが招いた結果、だったのかもしれないっスね。あのころは、うちの親も青峰っちのこと知ってて、信頼してて、親が俺を迎えに来れない日は青峰っちが俺のこと家まで送ってくれてたんスよ。でもまあ、しょっちゅう部活をサボるわけにもいかないってんで。そういうときはいつも、部室で待たせて貰ってたんスよ。あの日も、普通に青峰っちが来てくれるのを待ってた。部室のドアが開いて、青峰っちが呼んでるって俺に言って来たのは背が高かったからたぶんバスケ部の人だったと思う。さすがに、バスケ部全員の声覚えてるわけじゃなかったから定かじゃないけど、まあ、その時の俺は疑うことなくほいほいついてっちゃって。そしたら、なんと。連れて行かれた先は、…あの、うちの中学のバスケ部って結構強豪で、部室もいくつかあったんスね。そんで、普段と違う狭い方の部室に引っ張ってかれて。あれ、おかしーなーって思ったらもう、アレっスよ。拉致られて囲まれて…マワされちゃって?」
「…おい、黄瀬…」
「…あれはさすがに予想出来なかったっスね。俺が美少年なのは周りからよく言われてたんで、まあ知らなくもなかったんスけど。まさか女の子と間違えられるはずもないし、代用されるとも思わないじゃん?何人いたかは分かんないけど、俺よりも背が低いのもいたし。あ、ちゃんと抵抗したっスよ?殴られても、縛られても、服やぶかれても必死になって逃げようとした。でも、暴行中にだんだん意識が遠のいてっちゃって。…諦めちゃったっス」
止めさせるタイミングを見計らっていた。これ以上、黄瀬にこの話を語らせてはいけない。
淡々と、シナリオを読み上げるように伝えられるこの話は決して黄瀬が脚本を見ながら伝えているわけではない。黄瀬は文字を読むことが出来ない。これは、黄瀬の脳に焼きついてしまった真実の過去なのだ。
「そっからっスよ。青峰っちが俺の前に現れなくなったの。俺から会いに行ってもダメで。…青峰っちが会わないと決めたら、本当に会えないんスよね。だって、俺は声を聞かなきゃその人がどこにいるかも分かんないんだから」
学年が変わり、クラス替えがあった。黒子とクラスが離れてからは、仲裁を頼むことすら不可能になっていた。
「黒子っちはたまに会いに来てくれたんスよ。…それに、俺に対する暴力も全然なかったから。たぶん、青峰っちは最初の頃みたいに、影で俺のヒーローになってくれてた。分かってても、俺は永遠にお礼も言えなくなっちゃったっていう…そういう話っス」
「……」
「あ、ヤベ。もうこんな時間だ。ごめん、火神っち、俺また長電話付き合わせちゃって…」
「…黄瀬」
「ん?何スか?これまでのことで、何か質問?」
「…ひとつだけ、いいか?」
「何なりと」
最初から、引っ掛かっていたことがあった。
それは、黄瀬が自分の目が見えなくなったきっかけを口にした時から。
俺には理解出来ないことが、ひとつ。
「お前、なんでそんなこと…、平気で言えんの?」
「……」
「…正直、信じられねぇよ。お前の話が全部事実だって。…なあ、お前さ、本当はちょっとくらい見えてんじゃねぇの?さっきの話も、…多少、改ざんしてんだよな?」
「…参ったっスね。…信用出来ないっスか。…あは、それ、青峰っちにも言われたことある」
「黄瀬…っ」
「たぶん、俺は視力以外にも何か欠けちゃってるんスよ」
「……」
「普通じゃないんス。心も、正しい形じゃないのかも。…目が見えないから。自分に起きた出来事でも、他人事みたいに、思えちゃって」
「……っ」
「痛かった。辛かった。死にたいって思った。…でも、…全部、昔話なんス。…ホントの話かどうか、俺にも分かんなくなるくらい…、俺には、今しかないんスよ」
そこで、唐突に黄瀬の声質が変化する。
俺は、何も言えなかった。何を言ったらいいか、分からなかった。何も、思い付くことが出来なかった。
「…火神っちの声聞いて、火神っちに触れて、火神っちに俺の話を伝えて…、今の俺には、その事実しか、感じられない」

(黄瀬くんは、目が見えないんです)

たった今、俺は黒子の言葉の意味を理解する。
俺が黄瀬との関係を深めることを拒絶した、黒子の真理。それは。
「…ねえ、火神っち…、何か、言ってよ…、…もう、俺のこと嫌いになった?目の見えない俺は、やっぱダメ?俺がぶっ壊れてるから?それとも…、顔も知らない男たちに犯されまくって汚くなっちゃったから?ねえ、…火神っち…、ねえ、ねえ…」

綺麗な顔をしている。相手の目を真っ直ぐ見て会話をする。
そんな黄瀬はどっからどう見ても健常者にしか見えない。
見た目からは察することの出来ない。深い闇を。

知らずにいたなら、俺は今も黄瀬が喜ぶ言葉だけを与え続けることが出来たのだろうか。












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