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▼ 5




くちびるは、自然に引き寄せられて重なった。
それが離れて、ようやくこの空間に二つの笑い声が響くこととなる。


「…マジ、何考えてんのって感じっスー。火神っち、やっぱ頭おかしい」
「何言ってんだ、そりゃお前もだろ」
「…ん、でも俺は目が見えないから」
「関係ねーだろ。この場合」
「目が見えなくて良かったって、火神っちと一緒にいると思っちゃうんスよ」
「……」
「だから火神っちが俺を好きになってくれたんだろーなって思うと」
「んなこと言ってねぇだろ」
「え、じゃあどこがいいんスか?」
「……顔だよ、顔。顔がいいんだよ、お前は」
「そりゃ知ってるっスけど、…え?ってことは、火神っち、俺に一目惚れ?」
「…調子乗んな、…笑うな!」
「いや、だって、男が男に一目惚れとか、あるんスか?!」
「あるんだよっ、嫌ならその顔直ぐに手術して来い!」
目尻に涙を浮かせるほどに笑い転げる黄瀬にそう怒鳴ると、黄瀬はふるふると首を振る。当たり前だ。そこで頷かれても俺は困る。

そんなこともあるのだと、俺は今になって気付く。
そうだ。俺は最初からそうだったな。黒子と一緒に居たときに偶然黄瀬と会って。後で、視力がゼロだと知って驚いて。気になってた。二度目に会って話をして、それが深まって。その頃からきっとヤバかった。
腹がよじれるといいながら笑う黄瀬の顔を見れば、やっぱり可愛いと思ってしまう。奇妙な感覚だ。この笑顔を、余所の男に見せたくないとすら、今は思ってる。

「ねー火神っち、これから俺ら、どーなったらいいんスかね?」
「は?どうって、何が」
「付き合ってくださいとか言っちゃってもいいんスか?」
「…いんじゃねーの」
「マジ?俺、この通りだし、ちゅーとかしたがるっスよ?」
「…そーなの?」
「そーしないと伝えて欲しいことも伝わって来ないんスよ。そんくらい気ぃ使って欲しいっス」
「待てよ、人前でするとか言うなよ?」
「べつに俺は人の目とか分かんないし」
「…ダメだ。俺は分かる」
「じゃあ、こーしよ」
含み笑いで黄瀬が言う。嫌な予感がする。的中だ。
「ちゅーしたい時は言うから。火神っちが周りに人がいないか確認して、俺にして」
恥ずかしい奴だと思った。言葉にすれば気付かれないと思ったが、無理だった。
黄瀬が俺の顔に触れる。「熱い。照れてるっスね?」目が見えてなくても、黄瀬にはうまく隠し事が出来ないのだと俺は知る。



それから、黄瀬との電話の回数が増えた。
応答出来ないときも勿論ある。こっちからかけてあっちが応答しないことも。その時はそれまでで、夜になれば必ず声を聞いている。
あとは、二週間に一回は顔を見ることになった。
これは黄瀬からの提案だ。どうしても、黄瀬が一人で俺んとこに来るのは無理があるし、かと言って毎日俺に来させるのは悪いと、意外にも謙虚な発言を聞く。俺はべつに、と言おうとしたが、その前に撤回させられた。「ホントは火神っちが俺んちに住めばいーんスけどね。それが無理なら会い過ぎると逆に中毒になるから」と言う黄瀬の素直な言い分を受けて。
たしかに、一理ある。こうなる前に一日だけ夜の電話が途切れた。それだけで、俺はあんだけおかしくなったんだ。県をまたいで会いに行くとなったら、それこそ黄瀬の言う通り四六時中俺の目の届く場所に黄瀬がいなければ俺は納得できなくなるかもしれない。互いに互いの生活がある。ならばそれでいい。
代わりに電話は欠かさないことにする。どれだけ時間が遅くなろうとも、精神的にやばくなっても。短時間でも構わない。どうしても無理ならメールの一言でもいい。それが、二人の取り決めになった。

ただ俺は黄瀬の目が見えないことをいいことに、この先何度か黄瀬に黙って黄瀬んちの側に足を向けたりしてる。目が合ったように見えても、黄瀬は気付いていない。フェアじゃない約束だったが、そこはまあ電車の往復運賃に免じて許して欲しい。


好きな奴ができた。それだけで、こうも自分が変わるなんて、予想だにしなかった。
時々自分で自分が気持ち悪くなるくらいに、俺はこの状況に没頭している。
足の爪先から頭のてっぺんまでどっぷりと浸かっている。俺の生活が、黄瀬で染まりきった。この時に。

「よぉ、お前が火神か?」
「…誰?」

不意に突然、黄瀬の過去が俺の前に現れた。



黄瀬から話は聞いた、と男は言う。
軽薄な態度で笑い、そして唐突にその表情を消した男は、鋭い眼差しで俺を睨んできた。
「本気なのかよ?お前、あいつがどういう奴か知ってて、手ぇ出したのか?」
「…何言ってんだよ、…つーか、お前まじで誰?」
「黄瀬から聞いてねぇの?」
「…お前みたいな人相の悪い男と知り合いだなんて、一っ言も聞いちゃいねぇな」
「へえ。…そんじゃ、あいつはお前に知られたくなかったんだろうな」
「…何だと?」
男が現れたのは、俺が通う高校の校門で。いまは、部活が終わって帰るところで。
夕暮れ迫る下校時刻。いつもは、滅多にかぶることのタイミングで。
「…なあ、テツ!お前も、何でコイツに何も言ってやんねーの?」
「…青峰くん…」
黒子がこの場を通ることを、こいつは予め知っていたのだろうか。



意味深なことを言っておきながら、青峰はそれ以上黄瀬に関する話をすることなく、俺には分からない内容の会話を黒子と二、三交わして去って行った。
まったく、何しに来たんだ。そうぼやいた俺の横で、黒子はいつになく顔の色をなくして俺を凝視して来た。
「…なんだよ、お前まで」
「…僕、聞いてないです。…君は、…いったい、何をしてるんですか?」
「は?…何だよ、意味が…、…黄瀬との、ことか?」
「…っ!」
そうして黒子は唐突に持っていたカバンを投げ捨てて俺の胸倉を掴んだ。鬼気迫る勢いで俺を睨みつけ。黒子は、俺を責め立てる。
「何を、しているのかと聞いてるんです…ッ!どうして、黄瀬くんなんですか?!」
「く、黒子…?落ち着けよ、…分かった、悪かった、お前、あいつのダチだもんな。黙ってて悪かったよ、…そーだよ、俺、あいつと付き合うことになったから、」
「…っ!」
滅多に感情を露にすることのない黒子が、今は本気でキレている。それは分かった。理由は。黒子と黄瀬がダチであるにも関わらず、報告をしていなかったことかと、俺は本気で考えていた。
謝れば済む問題だ。別に、黒子から黄瀬を寝取ったとかそういうわけじゃない。ただのダチだ。こいつらは。

耳の近くで乾いた音が鳴る。
殴られたのだと気付くのに、数秒のタイムラグが生じた。
「…に、すんだよ…」
「君は…、最低、だ」
「は?…意味わかんねぇよ、何でお前に責められなきゃなんねーんだよ。これは、俺と黄瀬のことであって、お前には何の関係も、」
「関係ないです。僕は、黄瀬くんを救うことが出来なかった。僕には、口出しする権利なんてない。でも、それは君も同じだ」
「…黒子?…お前…」
滅多にない。いや、違う。
黒子がここまで感情を剥き出しにして俺にぶつかってきたのは、初めてだ。
漸く俺は、異常な状況に気付く。こいつは、何に憤っているのか。黄瀬との関係を隠していたことじゃない。こいつは、おそらく。
「…何、隠してんだ…?」
「……」
「…青峰って、あの男は何だよ?黄瀬の、何なんだよ。…なあ、黒子、…お前、…お前ら、俺に何を隠してんだ?」
「何も隠していないです。君には、知る権利がなかったから。だから、誰も教えなかっただけです」
「…んだよそれ、…だったら、何でお前…」
「…すぐに、黄瀬くんから離れてください」
俺の胸倉を掴んだまま、黒子は俯く。声に先ほどまでの勢いはなく、徐々に掠れていく。
「…これ以上、あの人を…傷つけないでくれ…」
そして掠れたその声は、夕闇の中へと消えて行った。



黄瀬の過去を気にしたことがあった。
まだ告白をする前だ。まだ俺が黄瀬に対する特別な感情に気付いていなかった頃。俺は、顔も名前も声も知らない黄瀬の過去に、明白な嫉妬心を抱いた。
それは、うやむやなままだ。そのまま俺は黄瀬に告白的なことをされて。勢いで家を飛び出して、会いに行って、確かめたのは今の黄瀬の気持ちだ。
あの時から今まで、俺はそれで満足していた。今、黄瀬が俺を好きでいる。互いにどっぷりハマっているこの状況は、とても居心地のいいものだった。
俺と黄瀬は恋人の関係にあり。それは、男同士だとか、片方が全盲であるとか、そういった特殊な事情を感じさせないほど自然な状態だった。

見知らぬ過去が、突然目の前に現れた。
平穏だった現実が、突然豹変した。

「黄瀬くんは、目が見えないんです」

当たり前のことを黒子は口にした。
当たり前になっていた特別なことを、俺ははっきり認識させられた。












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