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▼ ラヴァーズ・ウォーク



※黄瀬くんが全盲設定なパロです。





練習試合の帰り、バス停で黒子が声を上げた。
「黄瀬くん」
黒子の視線を目で追いかける。
するとその先には、やたらと整った顔立ちの男子高生がいた。



「黒子っち?…うそ、久しぶり!」
「黄瀬くんこそ。家、この辺でしたっけ」
「うん、すぐそこっス。寄ってく?」
「いえ、今日は…」

黒子を認識し、朗らかな笑みを見せるそいつは、右手に白い杖を持っていた。
黒子は自らそいつに近づき、相手の誘いに躊躇いを見せた。
「黒子、別にいーぜ。先に帰るから」
「…そうですか?」
「誰か一緒なんスか?」
俺たちに気を遣っているのが分かって、黒子に促す。すると、黄瀬と呼ばれた男がゆっくりとこちらに目線を向けた。
目が合ったと思ったのは、俺だけに違いない。
焦点は、しっかりと俺の目に合っていたのだが。



「ちょっとした知り合いです。黄瀬くんは、目が見えないんです」
「へえ。…その割には、相手の顔ちゃんと見るんだな」
「声の発信源から辿って目元を見るのが癖なんだそうです。自分が障害者と思われるの、結構気にしてるみたいで」
「…ふぅん」

翌日、俺は黒子から黄瀬の話を聞いた。
杖さえ持っていなければ、あれはその辺にいるイケメン男子高生だ。目が見えないなんて、まず分からない。
そう言うと、黒子は複雑そうに視線を落とした。
「…それが、少し不安なところなんですけどね」
「は?なんで?」
「…目が見えないって知らなければ、相手は何も気を遣わないじゃないですか。普通に接して、後で気付いて、そうだったのかって謝って。それで傷つくのは黄瀬くん本人なんです」
「…はぁ」
「だから、最初から教えてくれればいいと思うんですけどね、僕は」
「本人が嫌なら、いんじゃねーの」
「……そうかもしれませんけど」

俺には良く分からないし、関係のない話だった。
黄瀬は黒子の友達であって、俺には縁のない人間だ。
関わりを持つ必要なんて、なかったのに。





「オイ、何してんだよ」

その日、偶然通りかかった道端で、複数に一人の高校生が取り囲まれてんのを見た。
取り囲まれた高校の制服に見覚えがあったから、つい、声を掛けていた。
無関係のはずだったのに。なんで、お前がそこにいるんだ。

ターゲットが俺に移ってやる気なら相手をしてやる気にもなったものだが、奴らは俺の顔と体格を見て一目散に逃げ出した。
拍子抜けしつつも、俺は黄瀬に声を掛ける。
「大丈夫かよ」
「…その声、こないだの…?」
「ああ、黒子のダチだ。…お前、黄瀬だろ?」
「うん。…あは、スマセンっス、なんか、助けて貰っちゃって」
「別に助けたつもりじゃねーよ。…何やったんだ、お前」
「いや何も。…なんか、連れの女の子が俺に見蕩れてたらしいっス。それで」
「…はあ」
下らない理由だ。ため息が出るほどに。
「…そんで、お前は何でこんなとこにいんだよ」
「え?…ああっと、…黒子っちに、会いに」
「…何の用で?」
「用がなきゃ友達に会いに来ちゃダメなんスか?」
「…いや、いんじゃねーの?…じゃ、俺行くわ」
「え?…あ、ちょ、待って!」

先日はろくに会話もしなかった。
だから、こいつがどんな奴かも知らなかった。
いまちょっとだけ話をして何となく分かった。コイツは俺とあまり相性が良くない。
そのまま帰ろうとした。が、黄瀬は俺を呼び止め、腕を掴んできた。

「…何だよ?」
「アンタ、名前は?」
「は?」
「俺、困ってるんス。だから、助けて。俺の名前は、」
「…黄瀬、だろ」
「黄瀬涼太っス」
「…俺は火神大我。…黒子んとこでいーのか?」
「うん、ありがと、火神っち!」

俺の右腕に身体を寄せた黄瀬は、顔を近寄せて、笑った。
言葉を失うほど可愛い顔で笑うもんだから、思わず俺は黄瀬から視線を逸らした。





黄瀬を右腕に掴まらせて、学校へ向かう。
多分、まだ残ってるはずだ。俺はいま足を痛めて、その通院のために早く帰った。
下校中の生徒たちが俺らを見てざわめいてる。
たぶんそれは、黄瀬の顔が原因だ。
近くで見れば見るほど、こいつは綺麗な顔をしている。

「…なあ」
「ん?」
「お前、いつからそーなの?」
「そうって?…ああ、目のこと?ほとんど生まれつきっスよ。元々弱視で、ガキの頃に手術受けて失敗して、完全に見えなくなったんス」
「…へえ」
割と重い過去を、黄瀬は淡々と口にした。
シナリオに書かれた文字を読みあげるように。もしかしたら、聞かれ馴れた質問なのかもしれない。
「じゃあ、お前、黒子の顔も知らねぇんだな」
「…まあ、見えないんで。…でも、触らせて貰ったことはあるから、大体イメージは掴んでるっスよ」
「…そういうもんなの?」
「うん。黒子っち、顔小さくて目がデカイんスよね。俺が知る中でも、結構キレイな顔してる」
「……そーかよ」
「声と形で大体そういうのは分かるんス。ってことで、火神っち」
「ん?」
「お近づきのしるしに、ひとつ。俺に顔触らせてみない?」
「……」
右腕に身を寄せた黄瀬が顔を上げる。本当に目が見えていないのか、疑うほどピントの合った視線が、真っ直ぐ俺の目を射抜く。
キレイなツラ、ね。
黄瀬の目に映る自分の顔をまじまじと眺めて、俺は細く息をついた。
「火神っち?」
「…遠慮するぜ。どうせ、もう会うこたねーだろうし」
「…あっそ。ならいいっス」
あっさりと引き下がった黄瀬が、俺から目線を外して前を向く。
横顔を見ても、完璧な形だと思った。

生まれつきそうだってなら、黄瀬は自分の顔も知らないってことだ。
それを思うと、俺がつい呟いた発言も決して間違いじゃない。
「もったいねーな」
「え?」
「…いや、何でもねーよ」
そんだけキレイなツラしてて、見ることも出来ないなんて。
宝の持ち腐れという、日本に帰ってきてから覚えたばかりの諺が俺の脳裏に過ぎった。





俺と黄瀬を見た黒子は、珍しく驚いた表情を浮かべた。
「どうしたんですか?黄瀬くん」
「黒子っち!会いたかったっスー!」
「…なんなんですか?」

黒子の声に反応した黄瀬が、俺から手を離して杖をつきながら黒子に近づく。
そして、カバンから何かを取り出して黒子に突き出した。
「これ、こないだ言ってたCDっス」
「え?…わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「うん、まあ、黒子っちに会いたかったってのもあって」
「…聞いてもいいですか?」
「ん?」
「なんで、火神くんと一緒なんですか?」

黒子の声は終始淡々としている。が、その目つきが一瞬険しく変わったのを、黄瀬は見る事が出来ない。
気付いたのは俺だけだ。

「…っと、まあ、来る途中にたまたま。聞き覚えのある声だなって思ったら、黒子っちの友達だって思い出して」
「…そうですか」
「あ、用事、それだけなんで。俺、帰るっス!」
「…駅まで送ります」

黒子が自ら黄瀬の腕に触れる。
若干身を強張らせた黄瀬は、それでも直ぐに順応して、黒子が誘導するままに左手を黒子の腕に伸ばした。
先ほど俺にしていた時と同じように。

「それじゃあ、火神くん。ありがとうございました」
「…別に、お前に礼言われるようなことはしてねーよ」
「いえ、助かったんで。黄瀬くん、行きますよ」
「うん。…火神っち、ありがとね」

そう言って黄瀬が俺に笑い掛ける。
その表情が何故か俺の胸を高鳴らせた。






数日後、再び黄瀬が俺の前に現れた。
また黒子に会いに来たのかと思えば、今回は違うらしい。
「この間助けて貰ったお礼がしたいんス。俺、他人に貸し作るの嫌いなんで」
大して可愛くない理由を告げられ、俺は顔をしかめる。その変化も黄瀬に伝わることはない。

学校から少し歩いた先にあるバーガーショップに黄瀬を誘導する。
先に黄瀬を席に座らせ、その後で俺は注文したバーガーの番号札を持って行く。
「お前は何食う?」
「俺は、シェイクだけでいっス。バニラで」
「分かった、待ってろ」
「あ、金」
「…おぉ」
言いながら黄瀬が俺に差し出したのは五千円札だ。
「釣りはいらないんで」
「は?…シェイク何個買うんだよ」
「いや、だから、火神っちのバーガー代。いっぱい食うんだろ?」
「…まあ、食うけど」
黒子から聞いたのだろうか。黄瀬は楽しそうに笑みを浮かべて、俺に金を押し付ける。
「火神っちって、食ってるところがすげー面白いらしいじゃないっスか」
「は?何だよそれ」
「一度見て見たかったんス。なんか、リスみたいにもぐもぐ食うって」
「……」
黒子がコイツにどんな伝え方をしたのか知らないが、色々間違ってる。
第一、俺が食う姿なんかお前には見えないはずだ。
「…いーんスよ。俺の前でそーしてくれるだけで、大体イメージ分かるし」
「…そういうもんなのか?」
「そういうもんなんス。ほら、早くシェイク買って来て」
「…分かったよ」

笑顔を崩さない黄瀬から金を受け取って、カウンターに向かう。
黄瀬から受け取った金とシェイクを引き替えに席に戻ると、席にはトレイいっぱいのハンバーガーが乗っかっていた。


「お前さぁ」
「ん?」
次から次へとトレイのハンバーガーを片付けながら、大人しくシェイクを啜ってる黄瀬の顔を見て思ったことを呟く。
「…あーいうこと、よくあんの?」
「え?あーゆーこと、って?」
「だから、…変なのに絡まれてただろ」
「…あー。うん、たまにね。これ持ってると、すげー弱く見えるみたいで」
そう言いながら黄瀬はテーブルに立てかけた白い杖を叩いて示す。
「でも割と何とかなるっス。世の中、捨てたもんじゃないなって。火神っちみたいに助けてくれる人もいるし」
「……」
「でもこの間のは久しぶりだったんで内心ビビってた。黒子っちに会いに行ったの、失敗だったなって」
そこで黄瀬はまた笑った。
何で笑うのか俺には分からない。俺は言う。
「…いつでも助けが入るわけじゃねーだろ」
「…うん、まあね。でも、閉じ篭ってるのキライなんで」
「……」
「あ、そうだ、火神っち」

確かに黄瀬は一見視覚障害者には見えない。
深窓のお嬢様のように部屋に閉じ篭る姿も、それはそれで絵になりそうだが、この様子じゃ無理な話なのだろうと察する。

そんな俺の想像を読んだかどうかは分からない。
黄瀬は、閃きを手に入れた表情で軽く言ってみせる。

「火神っちが俺のボディーガードしてくれたらいいと思うんスけど!」

冗談めかした物言いを真に受けた俺は、暫く返答を迷ってしまった。











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