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▼ 8





「大きくなったな、敦くん。お祖父さんの葬式には出席できずに申し訳なかった」
「…祖父さんのこと知ってるの?」
「ああ。君のお祖父さんには私も世話になったからな。君のことも最期まで気に掛けていた。…いま思えば、あの人はこの事実を恐れていたのかもしれない」
「……」

村長だけあってかなり威圧感のある爺さんだ。死んだオレの祖父さんよりは若いみたいだけど、やっぱり交流はあったらしい。そして、オレが赤ちんにしたことを凄く怒ってるのは何となく伝わってきた。
「村長、…赤司征十郎はどうしてる?」
オレの横に座っていた峰ちんが神妙な顔つきで本題を切り出した。それに対して村長は鋭い眼差しを峰ちん、そしてオレに向けて。
「薬を与えて眠らせている。夜が明けたら、隣町の研究施設へ話をしに行くつもりだ」
「ここにいんのか?」
「…それを聞いてどうする。まさか、再び連れ出そうとでも考えているのか?」
「…コイツはそう考えてるようだぜ。だから、今の赤司の状態をコイツに見せて、不可能だって思い知らせてやろうと思ってよ」
「……」
峰ちんの言葉に村長はますます眉間にしわを寄せ、考え込む仕草を見せた。
「村長サン、オレからも頼むっス。紫原っちに赤司っち返してあげてよ」
「…涼太?」
峰ちんの隣からは黄瀬ちんが声を発した。村長の視線が黄瀬ちんに向く。黄瀬ちんは堂々と主張を口にした。
「紫原っちは赤司っちのことを真剣に考えてるっス。この村にとって大切な人だってことも分かってる。その上で、赤司っちのことを誰よりも幸せにする自信があるらしいんで」
「おい、黄瀬!余計なこと言ってんじゃ…」
「…敦くん、君はまだ彼を連れ去る気でいるのか…」
黄瀬ちんの主張に対して峰ちんが苛立ったように睨みをきかせる。村長は呆れ顔でオレを見てきた。
その問いにオレは深く頷く。
「何度でもそうするよ」
「…それは困るな。いくら紫原さんの孫とは言え、村の規律を乱すような真似は…」
「したらどーすんの?オレをリンチして山に埋める?」
「…そんな物騒なことはしないよ。だが、この村からは力づくでも出て行ってもらうことになるな」
「出てくのは別にいーよ、こんな村。でもオレは赤ちんが一緒じゃなきゃ嫌だ」
「敦くん…」
「村長さん、お願いします。赤ちんをオレにちょーだい。オレ、赤ちんがいいんだ。赤ちんじゃなきゃダメ。村長さんたちは、赤ちんじゃなくてもいんじゃねーの?赤ちんと一緒の血を引いてるのが欲しいなら、どっかで子供作らせてそれ連れてくるから。赤ちんは、オレに返して」
「…話にならないな」
必死の懇願に対して村長は呆れたように息を吐く。隣で峰ちんもため息をついたのが聞こえた。
「…ホントに紫原っちって赤司っちだけにしか興味ないんスね…」
「そーだよ。オレが欲しいのは赤ちんだけ。あとはどうなってもいいよ、赤ちんが作った子供も、赤ちんの子供を腹に宿す知らない女も、赤ちんの親とかも。でもこの村の人は違うんだろ?赤ちんが予言能力持ってるっていっても、べつに役立つようなことは言ってないんだろ?アンタらは、国が村をどうにかしないように、牽制のために赤ちんを囲ってるだけだ」
「…大輝、お前か?」
「悪いな、ここまでこいつがバカだとは思わなかった」
どうやらこれは村の偉い人たちしか知らない内容のようだ。嗜めるような目で村長は峰ちんを一瞥し、峰ちんは面倒くさそうに頭をかく。バカでもいい。なんて言われたって構わない。オレは正しいことだけを言う。
「そーなんだろ?」
「…言う通り、現在我々があの子に固執している理由は村の存続に関わることだ。あの子がこの村からいなくなれば、国はこの村を用済みと見做す。交渉材料もなくなれば、抗うことも出来ずにこの村は吸収合併されてなくなる。我々はそれをすんなりと受け入れることは出来ない」
「だったら何だよ。べつにこの村がなくなったってアンタらは生きていけんだろ?この村を守るのって、赤ちんが閉じ込められて薬漬けにされてボロボロになるのよりも重要なこと?あんなキレイな眼を光の届かない地下に眠らせて腐らせるよりもスゲーことなの?オレはそうは思わない。もしそうだって言うなら、こんな村オレがぶっ潰すよ。みんな殺して、赤ちんだけ助けてやる」
「オイ、紫原…!」
さすがに穏やかじゃないといった様子で峰ちんが腰を浮かせた。こんなこと言うのは自分でも驚いてる。ただの脅しじゃないから余計にだ。こんな、だったんだなオレは。
こんなに、赤ちんのこと。
「…好きなんだ」
自分の中にこんな感情が潜んでるなんて、知らなかった。
「ほんと、好き…。もっかいあの人に触りたい。もっとあの人のこと知りたい。声聴きたい、抱き締めたい、連れて歩きたい、キスとかしたい」
「紫原っち…」
「未来なんて見なくていい。あの眼に映るのはオレだけでいい。あのカラダがいい。色も形も全部オレ好み。あれを知っちゃたオレはもう他のとかムリだ。だからオレ、」

誰にも分かって貰えなくていい。
こんな気持ちは自分だけ知ってればいいから、どうか、オレが凶暴化してしまう前に。

(たすけて)

オレの頭をおかしくしないで。
親戚を、従兄弟を、幼馴染を殺させないで。
たすけて、たすけて。
赤ちん、オレを救ってくれ。



「だったら、その役目はボクが引き受けよう」



おかしくなりかけた頭に、声が響く。
こんなに簡単に聴けるはずのない声だ。お陰でこの場にいる人はみな息を止めて固まった。
金縛りに遭ったみたいに不自然な首を、ゆっくりと動かす。ギイ、と錆びたネジを回す音が聞こえた気がした。
そして向けた視線の先に。白い浴衣を纏ったユーレイみたいな人がいた。

「赤司…」
ぽつりと峰ちんが呟く。それでオレはユーレイの正体を思い出す。
青白い顔をした赤ちんは、いかにも頼りない足取りでオレたちに近付いて来た。その表情は少しだけ楽しそうに見える。気のせいかもしれない。でもたぶん、笑ってる。
「あ、かちん…」
「…敦、迎えに来てくれてありがとう。もしかしたら、今度こそ二度と会えないかと思っていたよ」
「…んなわけ、ないじゃん…。約束、だろ…?」
「幼いお前にボクが一方的に取りつけた約束だ。いつ、お前の気が変わってもおかしくない。それでもお前は」
「…子供の約束なんかじゃないよ。赤ちんが、言ったんだから」
他でもない、アンタが口にした。
自分を助けろと。この村から連れ出せと。それが正しい未来なのだと。予言したのは、アンタ自身だ。
預言者のアンタが言った。だからオレがこうなるのは当然だ。
いまも、アンタには見えてるんだろう。オレがこの後何をするか。アンタの身がどうなるのか。その意思の強い色違いの双眸にははっきりと映りこんでいるはずだ。
「だけどボクはお前が苦しむことを望んではいない」
すっと目蓋を伏せた赤ちんが呟く。
睫毛を揺らし、瞬いて。ふたたびぱっちりと開いた瞳に、オレの姿を映して、そして。
「お前のその手を汚させはしない。すべて殺して逃げ去るか。その考えは思いつかなかったよ。敦、ボクが切り開くべき未来を示唆してくれてありがとう。お前の頭脳はボクの眼よりも、よほど優秀だ」
「赤ちん…?」
「ボクならば、出来る。失うものは、何もない。ボクは、…敦、」
オレは瞬きも出来ずに赤ちんの顔を凝視する。青白い顔には、壮絶なほどの美しさが見えた気がした。
「お前が側にいてくれたら、他にはなにもいらないよ」


白い袖がひらりと揺れる。
乾いた視界に鈍い光が映り込む。
袖先から伸びた手の中に、銀色の刃が握りこまれていたことを知り、いち早く赤ちんの目的に気付いた峰ちんが俊敏に動いた。
「赤司…ッ!」
「…離せ、大輝。邪魔をするならお前も…」
赤ちんの刃の先には村長の首筋があった。だけどそれ以上は峰ちんに腕をつかまれたことで、ギリギリ阻止されてしまう。
峰ちんと赤ちんじゃ、体格もパワー差も歴然だ。ああなれば赤ちんに勝ち目はない。ただでさえ赤ちんは薬漬けで弱った身体を有してる。赤ちんには出来ない。だったら、オレが。
「させないっスよ!」
「…離せよ、黄瀬ちん、…赤ちんを助けなきゃ」
「その赤司っちがすんなって言ってることをすんな!赤司っちも!アンタの眼にはそんな未来見えてないだろ?!」
黄瀬ちんの訴えに、赤ちんは答えない。ただ、目の前の峰ちんを強く睨みつけ、目的を果たそうと腕に力を込めている。そんな赤ちんの腕をギリギリと締め付けた峰ちんは、とうとう赤ちんの手から刃を落とすことに成功していた。
「…っ」
「…なあ、村長。こいつらやっぱり、ダメだ」
悔しげにくちびるを噛む赤ちんを見ながら峰ちんは呟いた。
「こんな奴ら飼ってたら、いずれマジで皆殺しにされるかもな。そんでも、アンタはこのバケモンを繋ぎ留めとくつもりか?」
「……」
「…こんなモン、必死に守る価値はねーよ。預言者だか何だか知らねーが、コイツの眼を見りゃ誰だって預言者になれるぜ。コイツはマジで、やる」
「…征十郎」
それまで言葉を失っていた村長が、そこで赤ちんの名前を口にする。
ゆっくりと赤ちんが村長に視線を向ける。その白い顔にはもう何の表情も浮かんではいなかった。
「お前は、ずっと敦くんがこの村に戻る日を待っていたのか」
「……」
「いま、私に刃を向ける未来を、知っていたのか?」
「…自分がこんなことをするなんて、思ったこともない」
視線が動く。オレと眼を合わせた赤ちんは口端を上げた。
「敦がボクの手を引いて歩く未来は見えていた。だけど、その敦がどんなことを考えているのかはボクには分からなかった。ボクにとって、敦はボクに自由を与える道具の一つでしかないと考えていた。…だけど、敦と再会して、会話をして、その両腕のぬくもりを知ったいま、ボクの望みは変わった」

いま赤ちんの眼に映っているのは未来だろうか、それとも現在の。この瞬間の、オレの気持ち、だろうか。
それを知るのは本人だけだ。でもオレは確信する。赤ちんの眼に映っているもの、それは。

「ボクは敦と共に生きたい。敦に好まれたい。たとえ自由を失ったとしても。永遠に追われる存在になったとしても、消せない罪を刻んでも。この身が滅びようとも構わない。もし、今この瞬間に絶命するとしたならば」
見えない未来を口にする。
儚くも、美しい笑みを浮かべ。
ただ、オレの姿だけをその眼に映した赤ちんは。

「敦の腕の中で遂げたいと、ボクは願うよ」

未来を自由に見る事の出来る預言者は。
そのとき初めて、映像のない感情を口にした。









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