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▼ 7





堂々と役場に乗りこんだオレの顔を見た峰ちんは、どう見ても不機嫌そうに顔を歪めた。
そんな表情を気にすることもなく、オレは単刀直入に用件を告げる。

「赤ちん返して」

峰ちんは呆れ顔で深いため息をついた。


「…お前、それでオレが、はいどうぞって返すとでも思ってんのか?」
「半分くらい。峰ちんなら分かってくれると思って」
「分かるわけねーだろ。さっさと帰れよ。こっちは忙しいんだ」
「赤ちん返してくれたら帰るしこの村から出てくよ。ねー峰ちん、オレって結構しつこいよ?」
「…お前は面白半分で首突っ込んでるだけだろ。昔から、他人にろくに興味も持たなかったくせに」
「赤ちんは別だよ。唯一って言ってもいいし」
「……」
「そんで赤ちんにとってもオレは特別。赤ちんはオレと一緒に逃げたいんだって。こんな村嫌なんだって。だから」
「お前、あいつを持ち出して何に使うつもりだよ?」
心底ウザそうな顔で峰ちんはバカなことを言う。
何に使うって?そんなの決まってる。
「側に置いとく」
「…は?」
「眼、見せて貰う。キレイだからね。きっとずっと見てても飽きないよ」
「…すぐ飽きるだろ。で?見てるだけか?」
「そうだな、それじゃ、抱き締めたりするよ」
「……」
「好きな人だからね、キスとかするかも。あとメシ食わせたり、着替えさせたりする。赤ちんがしたいって言ったこと、出来る限り叶えてあげたり」
「…使い方間違ってんだろ、それ」
「間違ってねーし。峰ちんだって、好きな人にはそーしない?」
「好きってなぁ…、マジで言ってんのかよ?あんな人形みてぇな野郎を」
「あー、峰ちん見たことないからしょーがないよね。あの人のビックリした顔、超可愛いよ。あとあの人、笑うから。自由になったって思った時に、スゲー可愛い顔で笑ったんだ」
「へぇ、あれに表情があんのかよ?」
「見たいでしょ?でもムリだよ。オレじゃないと、赤ちんは」
「…見たくねーよそんなもん。もういいから出て行け。もう窓口は終了の、」
「待って、青峰っち!」

好奇心を煽る作戦が失敗の様相を見せたとき、奥からストップが掛けられて視線を向ける。
そこにはオレにスタンガンを押し付けた男が立ってて、ちょっとムカっとした。
「アンタ…」
「黄瀬、お前は黙ってろ。今日飲み行くっつったのお前だろ、車出す準備しとけ」
「オレ、紫原っちの話もっと詳しく聞きたいっス」
「…は?」
「チラっと聞こえたんスけど、紫原っち、あの人が好きなんスよね?」
「そーだよ、好きだよ」
「それならオレ紫原っちに協力したいっス。…オレはこの村のことあんま知らないし、あの人捕まえるときも青峰っちの指示で動いてたけど、…青峰っち気付いた?あの人さ、車に乗せた時に、」
「黄瀬!」
べらべらと喋り出した同僚に、峰ちんは血相を変えて怒鳴りつける。それで一瞬たじろいだ様子を見せた黄瀬ちんは、だけどオレを見て教えてくれた。
「…意識ないのに、泣いてたから」
何も知らないくせに、自分こそ泣きそうな顔をして。



それから峰ちんは無言で黄瀬ちんの腕を掴んでその場から立ち去ろうとした。
咄嗟にオレは後を追う。峰ちんはオレを睨むけど、構わない。まだオレの話は終わってない。
「青峰っち、話聞くだけでも…」
「…余計なこと言ってんじゃねーよ。何も知らねー人間が」
「知らないのは教えてくれないからじゃないっスか。ちゃんとした理由があんならオレだって黙るよ。青峰っちの指示に従うよ。でも、言ってくれないならオレだって感情優先するよ」
「何だよそりゃ…」
「好きな人を想う気持ちを応援したいから」
「……」
そこで峰ちんは足を止めて黄瀬ちんをきつく睨む。黄瀬ちんが目を逸らさないから、面倒くさそうにため息をついて。
「…紫原、ついて来い。…お前のワガママ聞いてやんのはこれきりだ」
それは誰に対して言ってるのだろう。たぶん、オレと黄瀬ちん両方に向けてなんだろうけど。オレはそれを黄瀬ちんになすりつけることにして、頷いて峰ちんの後を追った。

峰ちんの運転する車の後部席に乗せられて、役場を後にする。
行き先は聞いてないけどたぶんそう遠くはないだろう。赤ちんが捕まってからまだそれほど時間は経ってない。
車内でオレは黄瀬ちんに請われるままに赤ちんのことを話した。

「…あの人、そんなに大事な人だったんスね。オレはてっきりどこぞの金持ちの愛人の子供か何かかと思ってたっス。大金持って家出して、そんでみんな血眼になって探してんのかと」
「黄瀬ちんマンガの見過ぎじゃねーの?」
「マンガよりも非現実的っスけどね、紫原っちの話は。…ねえ、青峰っち、いまの話聞いててどう?」
「何がだよ」
「オレは凄い紫原っちに協力したくなっちゃったよ。だってなんか凄くロマンチックじゃないっスか。小さい時にたった一度会っただけの子と交わした約束を果たすために、紫原っち全力であの人のこと探しててさ」
「…バカじゃねーの?…あのバケモノはそんな可愛い存在じゃねーよ。紫原、お前も何か思い違いしてんじゃねーのか?…あいつは、守り神なんかじゃねぇ。守ってやってんのは、オレらの方だっつーの」
「え?」
運転をしながらそう呟いた峰ちんの目をバックミラー越しに見遣る。峰ちんは目を細めてオレにミラー越しの視線を返した。
「赤司っつーのは、この村の大地主だった。ピンと来ねーかもしんねーけど、大昔はオレん家もお前ん家も、元は赤司んとこの小作人だったんだよ」
「…地主?」
「殿様だよ。…っつっても実体は、戦後の改革で土地の大半は没収されてんだけどな、それでもこんな田舎だ。先祖代々続く上下関係ってのは根強く残り続けた。赤司のじいさんがこの村を去ってからもな」
「赤ちんの先祖…?へぇ、峰ちんそんなことまで知ってんだ」
「…その地主の子孫がこの村に残ってたってのは、高校出てから聞かされたよ。何でも、赤司の親父はよそでそれなりに成功したって話で、…オレらが生まれた年に一人の赤ん坊をこの村に置いてったんだとよ。それが」
「赤ちん?」
「…ああ。…当然、元地主の息子だからってこの村の人間が育てる必要なんざねぇ。だが、じーさん連中は赤司の血を引く子供を見捨てることは出来なかった。そんで、あの屋敷に村の女と一緒に住まわせたんだが…、あれが、ただのガキじゃなかったんだ」

そっから先の話はオレも知っている。本人から聞いた話だ。
村人たちは赤ちんの不思議な能力を目の当たりにして、存在を持て余し。得体の知れない科学者に助言を求めた。
「…そんな厄介なら、さっさと研究施設に引き渡せばよかったじゃん」
「…言ったろ。この村の老人は赤司様の尊い血筋に弱いんだよ。…いくら政府の指示とは言え、人体実験の材料に差し出すわけにはいかなかった。それに…」
話の途中、ぽつぽつと窓ガラスに水滴が張り付きだす。雨だ。すでに暗くなった時間帯、車内にはワイパーが動く音がぎこちなく響いた。
「一度だけ、赤司の予言が村の危機を救ったことがあった」
「え?」
「…それも、そもそもが赤司のせいで起きたことなんだがな。…赤司の身柄を押さえつけたこの村は存亡の危機にされされた。村が赤司を引き渡さないのならば、この村ごと国の所有にしちまえばいい。その気になりゃいくらでも手はある。ダムに沈めちまってもいいし、大規模な商業施設を建てて潰すのも簡単な話だ。こんな小さな村だからな」
「それを、赤ちんが?」
「…ああ。あいつが予言した。この村を潰せば、この国の中枢地で大規模な災害が発生するだろうってな。赤司の発言を疑う奴なんざいなかった。…まあ、実際にあいつの予言を聞いてきた奴によれば、赤司が予言に条件をつけたのはあれが最初で最後だったって話だけどな」
「ウソ、だったかもしんないってこと?」
「赤司がウソをついてまでこの村の存続を叶える必要もねーし、…誰にもわかんねーことだ」
「…そう」
「…そんなこともあって、ますます村の連中は赤司様様だ。赤司がこの村を出て行けば村がツブれるとか、この国全体に災いが降りかかるとか、そういう風に考える奴も出てきた。だから、オレたちは」
「んなわけないじゃないっスか」

オレよりも先に言いたいことを言ったのは、助手席で黙って聞いてた黄瀬ちんだ。
峰ちんを見ながら、黄瀬ちんは正論を言う。
「地主様だか赤司様だか知らないっスけど、青峰っちの話聞いてるとオレでもおかしいって思うよ。赤司っちが何を考えてるにしろ、そんなのさっさと外出しちゃった方が絶対村のためになるじゃん」
「…黄瀬、お前は、」
「研究施設じゃなくて、たとえばここにいる外部からやって来た王子様的な人とかに渡しちゃってさ。そんで赤司っちは死んじゃったーとか言ったほうが話早くね?この間さ、村の吸収合併の話とかあったじゃん、あれもどうせ赤司っちのせいなんだろ?」
「……」
「オレなら、赤司っちなんてさっさと切り捨てるよ。そんな大昔のお殿様に傅いてた名残なんて、さっさと忘れちゃえばいーのに」
あっさりとした黄瀬ちんの言い分は、ちょっとバカっぽいけどオレも頷ける。
峰ちんは少し黙ってから、はぁ、と大きくため息をついた。
「お前らみてーな外から来た奴らは簡単に言うよ。でもな、物事はそんなに分かり易くねーんだ。…もう着くぞ。紫原、あれ見たらさっさと諦めろよ」
「…どーだろね。ますます、好きになるかも」
雨はいつの間にか勢いを増していて、ワイパーの動きもすごく速くなっていた。
車が通る道もかなり雑な道路になってきて、車内の振動もものすごい。
そんな中、車は走行を停止した。


到着したのはあの屋敷ではない、だけどかなりデカくて古そうな日本家屋の前だった。
「…ここにいんの?赤ちん」
「ああ。…村長の自宅だ」
「屋敷に戻さなかったんだ」
「…あの屋敷には、赤司の奴が指名した研究施設の研究者がいる。お前が赤司を連れだしたことで、研究施設との関係にも亀裂が入ってんだよ」
「え?…あの人研究者だったの?でも、あっさりとオッケーされたよ?」
「…何考えてんだか知らねーが、お前が軽くやったことは大問題になってんだよ、村では。車降りろ、さっさと用事済ませて帰るぞ」
峰ちんに急かされて、オレたちは土砂降りの雨の中、車を降りてぬかるんだ土の上を歩いて行った。
玄関を開け、峰ちんが中の人に声を掛ける。すると奥からひとりのお婆さんが出てきて、オレたちに上がるように言ってきた。

そして通された和室に鎮座していた村長さんに、オレは初めて面会する。
年老いたその人は、少しだけお祖父ちゃんに似ているような気がした。










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