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赤ちんに奇異な能力が備わっていると分かった村人たちは、赤ちんを屋敷内に閉じ込めたままその扱いをどうすればいいのかと持て余していた。
そんな中、赤ちんはオレとの接触を試みたのだと言う。

「…なんで、オレだったの?」
「ボクは未来が視えると言っただろう」
「…オレじゃなかったら?あのとき、オレ以外にも林の側に子供はいたんだよ。今も村に住んでる奴だっていたし」
「ボクに視えたのは他の子供じゃなくて敦だったから。敦じゃなければダメだった。だから、敦が林の奥へ来たあの日、ボクは人前に姿を見せたんだ」
「…もし、他の奴らに見つかってたらどうなってたの?」
「さぁ。成立しない未来を視ることは出来ないからね。きっと今もボクはあの座敷牢で眠っていたんじゃないかな。もしくは、研究所に移送されていたかも知れないな」
「研究所…っていうのは?」
「…敦が村から去ったときは、ボクの周辺も大騒ぎだったんだ。災禍の子が、罪もない村の子供に危害を加えたとね」
「え?」
「敦がボクの前で気絶してしまったことだ」

あの時、確かにオレは赤ちんの言葉を、予言を耳にした途端に意識を失った。
そして目覚めた時は引っ越し先のマンションにいて。ミドチンたちにちゃんと挨拶をする間もなく、村から出ることになっていた。
そのせいで赤ちんが、いっそう過酷な状況に追い込まれていたことなんて知る由もなかった。

「あれからボクは地下牢に軟禁された。厳重な警戒の下にね」
「…それって」
「当然ボクは自分がそうなることを見越した上で敦との接触を図ったんだ。敦が気に病む事はない。…それからだ。科学者を名乗る人間たちが、ボクの前に現れたのは」
「科学者…」
「…ボクの存在を村人たちは持て余していたと言っただろう。だから、彼らはあらゆる事態を想定して、専門家の知識を頼ることにしたんだ。結果、ボクには先天的な虹彩異色症という名の症状を与えられ、この症状を有する者はボク以外にもいることが村人たちに説明された。ただし、予知能力については科学的根拠がないと言うことでボクは一時期研究施設に移送された」
「…凄い話だね」
「施設にいたのはほんの数ヶ月だよ。ボクはすぐに村人たちの強い要望によって屋敷に戻された」
「研究の成果はあったの?」
「いや。…今もボクの能力については不明なままだ」
「それじゃ、村の人たちも納得できないよね」
「ああ。今も彼らはボクが異形の者であり、村の鬼門に置くことによって霊的な加護が得られるものであり、そして忌むべき存在と思いこんでいる」

必要とするくせに、その存在を隠し通していたのは、村の外部にこの人を持ちだされる危険を防ぐためだったのだ。
だけどもう手遅れだ。オレたちの目にはもう駅に繋がる大通りが見えている。あの道は人通りも多少多くなるけれど、ここまで来ればもうすぐに駅がある。
「みんな、びっくりするよね。赤ちんがあの屋敷にいないってことが知られたら」
「…ああ。だが問題はない。ボクがいなくなっても、あの村は変わらない。ボクには村を加護する能力なんてないのだから」
「そうだよ、赤ちんは普通のヒトだよ。ちょっと未来が視えて眼がキレイってだけの一般人。だからもうあんなとこにいなくていい」
「…本当に、そう思っているのか?」
「思ってるよ。…でも、オレにとってはそれだけじゃないかも」
「え?」
「…運命とか、そういうの信じるタイプじゃないけどさ。オレ、最初に会ったとき赤ちんのこと好きになってた」

そこで赤ちんは突然歩くのをやめてしまい、繋いでた手が解けてしまって慌てて振り向いた。
「赤ちん?」
「…すまない、敦。…足が限界だ」
「あ、あぁ…随分歩いてきたもんね。いいよ、それじゃ後は、」
「……」
「…赤ちん?大丈夫?具合悪くなった?」
約束どおりあとは背負って連れてくつもりで背中を向けて腰を下ろしたのだけど、赤ちんは俯いたまま動かない。怪訝に思って近付いて見ると、赤ちんはひどく困惑した表情をオレに見せてきた。
「…お前に、救いを求めたのは確かだ。ボクの眼には、大人になったお前がボクを救出してくれる映像が見えていた」
「…うん、だから言われた通り来たじゃん。何か間違ってる?」
「ボクに視えるのは映像だけだ。だから、敦が何を考えて行動しているのかはボクには分からない。…今までも、こんなことを疑問に思ったこともなかった。いま、お前は…なんて言ったんだ?」
「え?何って…、だから、オレは赤ちんのことが好きだって」
「どんな根拠で?」
「え、根拠?…メンドクサイな、そんなのどうだっていいじゃん。何急に不安になってんの?」
「……」
好きだと言っただけでこんな反応をされるとは思わなかった。ずっと淡々としていた口調を聞いてたから表情が乱れてるのも意外で、この人はオレが考えていたよりも感情豊かな人だったりするのかもしれない。
仕方なくオレは求められた説明を口にする。
「赤ちんの眼がキレイだったから」
「…眼…?」
「そう、その眼。色違うどっちの眼も凄くキレイで、最初見た時から惹かれた。珍しいから変な目で見られてばかりだったかもしれないけど、事情とか知らなければそんな眼、キレイな宝石と同じようなもんだよ。そんで、キレイなものって大抵の人が好きになるもんなんだ。オレみたいに」
「…この眼を?」
「うん、その眼が一つ。あとは、赤ちんがオレを頼ってきたこと」
「頼った…?ボクが、敦を?」
「たすけてって言っただろ。オレが来るの、ずっと待っててくれたんだろ?あんな暗い地下室で」
「それは…、不可抗力というものだろう」
「それでもね、赤ちんは他でもないオレに救いを求めて、オレだけを待ち続けてたんだよ。…分かってないみたいだけど、そうやって特別視されてるとこっちもその気になってくるもんなんだ」
「……」
「だから、あんまり不安そうな顔すんのやめてよ。べつにオレは見返りを求めてるわけじゃないし、何考えてるかわかんなくて嫌だってならその都度聞いて。可能な限りぶっちゃけるから。分かったら、ほら、手」
一方的にまくし立てて、最後に赤ちんに手を差し出す。
赤ちんはまだ戸惑った表情を浮かべているけれど、目線はちゃんとオレの目に向いている。
「…ボクは、敦に何かお返しをするべきなんだろうね」
「望んでないってば」
「考えが浅かった。あれほど時間があったのに。…そうだ、敦。この眼がキレイだと言うのなら、敦にあげよう」
「…ああ、うん、ちょうだい。二つともね」
「二つ…か。…ああ、分かった、それなら」
「プラス本体つきで頼むよ」
なんとなく赤ちんが言いそうなことが分かってしまって、全部言わせる前に先手を打つ。
「眼も鼻も口も耳も、首も手も足も指も心も声も感情も、全部ついた状態じゃないとオレは受け取らないから」
そして赤ちんの手を強引に掴んで引き寄せる。不意打ちだったのか、赤ちんは無抵抗でオレの腕の中におさまってしまった。

それまで毅然としていた赤ちんが、こんなことで小刻みに肩を震わせているのとかに気付いて、妙な感覚に陥った。



「…落ち着いた?」
「…ああ、すまない。情けない姿を見せて」
「情けなくないよ。赤ちんがオレに身体預けてくれてドキっとしたし。…で、足大丈夫?もうちょっとで広い道出るから、そこまで負ぶってくよ?」
「大丈夫だ。…手を、引いてくれればそれで」

赤ちんが自分から離れるまでそのまま抱き締めてて、落ち着いたところで再びオレたちは駅に向かって歩きだす。
手を繋いで、足場の悪い道を踏み締めて。大分日は傾いてきたけれど、この分なら日が沈む前には駅に辿り付けるはずだ。
だけど、手を繋いだところでオレは赤ちんの異変に気づいてしまった。
「…汗すごいね。熱い?」
「…いや、平気だ」
「あと少しだからさ、厳しいなら頼ってよ。ねえ、赤ち…、っ!」
やっぱり足の調子が思わしくないのかと思って赤ちんの身体を引き寄せようとした。すると赤ちんは思った以上に簡単にオレの方に倒れ込んできて、慌ててそれを抱き止める。
「赤ちん…、!!」

触れた体は物凄く熱かった。
さっき抱き締めたときはこんなじゃなかった。どうして急に。戸惑いつつも赤ちんの顔を覗き込むと、赤ちんは力なく目を伏せ、途切れ途切れに自分の身に起きている状況を伝えてきた。
「もう少し、…行けると、思っていたんだが…、…限界、みたいだ」
「…何言ってんの、大丈夫だって。ほら、意地張ってないでオレ使って、赤ちん」
「…敦、…ボクは、未来が視えると言った、だろう?」
「え?…オレが、赤ちんを助ける未来、だろ?」
「あぁ、…実際に、いまの状況はボクが過去に視た映像そのもの、だ…。少しの狂いもない、正しい現実だ」
「……」
もしかして、とこの先に続くであろう赤ちんの言葉を想定する。嫌な感じだ。
赤ちんに視えていた未来、それは。
「そしてこのあと、ボクは」
「…赤ちん、いいよ、言わなくて。…それ、たぶん、何かの間違いだから」
「……」
「赤ちんはオレに助けられて、こんな村から脱出して、普通の人みたいに幸せな生活を手に入れるんだ。いままでの過去も全部リセットして、ちょっとずつ人並の体力を取り戻して、自分の意思で何処にでも行ける人に…」
「それでもこの能力は永遠にボクの身に備わったままだ」
「…っ」
「敦、…ボクの身体は、もう」

黙らせたかった。
口を塞いでしまいたかった。
だけど赤ちんはオレの願いを受け取ることもなく。

「自由にはならないみたいだ」

そうして再び赤ちんの意識は地下の底へと沈んで行った。










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