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家に着いて車を降りると、やたらとチャラい風貌の男がこちらに寄ってきた。
「青峰っちー、おかえりっス!」
「黄瀬?なんでお前いんの?仕事は」
「仕事で来たんスよ。そろそろ青峰っち迎えに行って来いって上からの指示。でもオレビール貰っちゃったんで、運転は青峰っちお願いっス!」
「仕事中に飲んでんじゃねーよバカ」
峰ちんと親しげに話し始めたそいつは、へらりと笑いながら峰ちんに車のキーを差し出す。そしてこっちを見て、この人?と峰ちんに確認した。
「ああ、こいつが紫原。じいさんの孫だ」
「ふーん。はじめまして、紫原クン。アンタのおじいさんにはオレも世話になったんで、さっき線香あげさせてもらったっス」
「…峰ちん、誰?」
やけに馴れ馴れしい態度で話し掛けられても、警戒心しか出て来ない。何者か尋ねると、峰ちんは面倒くさそうに教えてくれた。
「オレの同僚。高校んときにこの村に引っ越してきて、そのまま居付いて就職しやがったんだよ。名前は」
「黄瀬涼太っス。よろしく、紫原っち」
「…はぁ」
身長は峰ちんと同じくらいで、やたら顔が小さくて頭の色が黄色い。左耳にはピアスが光ってて、どう見てもこんな田舎の住人には見えないその人は、峰ちんにキーを押し付けてそのまま行ってしまった。
「そんじゃ、紫原、緑間。オレ仕事に戻るわ」
「ああ」
「峰ちん、来てくれてありがとね。バイバイ」

峰ちんと黄瀬って奴を見送ってから、ミドチンと家の中へ入った。
すでに中では親戚一同と隣組の人たちとで会食が行われていて。ハラも減ってたことだし、遠慮なく食事にありつく。
「さっきの奴さ、どっかで見たことあるかも」
「黄瀬か?ああ、そう言えばあいつは引っ越してくる前にモデルの仕事をやっていたことがあるとか言ってたな」
「モデルぅ?あいつどっから来たの?」
「東京からだ。奴が引っ越してきた当初は大騒ぎだったな。村中の女共があいつ見たさに学校に来ては青峰にどやされていた」
「…ウザい奴だね」
変わらないことばかりだと思っていたこの村にも多少の変化はあったみたいだ。
都会から来た元モデルの転校生、なんて。マンガみたいだねって言うとミドチンは苦笑した。
「お前の去り際も充分物語のようだった。覚えてないか?」
「え?そーだっけ。普通に引っ越した気がするけど…」
「お前は意識がないままこの村を去ったのだよ。…オレたちに別れの言葉もなくな」
そう言いながらミドチンはビールが注がれたグラスを傾ける。そのグラスに新たにビールを注ぎながら、過去の記憶に意識を投じてみた。


言われてみれば、オレは引っ越しのトラックとか業者とかそういうのを見た記憶がない。
気が着いたら新築マンションの一室で横になっていて、新しい生活は勝手に始まっていた。
引越しが決まってミドチンたちに言ったとき、向こうに行っても元気でやれよとかそういうことを言われたから、すっかりキレイにお別れしたつもりでいたけれど、そうだ。オレは引っ越しの前々日あたりに。

「…そっか、オレ、…あの子に」
「紫原、もういい。零れる」
「え?あ、ごめん」
どぼどぼと注いだビールが泡だらけになってて、ミドチンは焦り気味にストップをかけて来た。
「何か思いだしたのか?」
「あー…、うん、ちょっとだけ。…あのさ、ミドチン。子供の頃、オレらずっと5人で遊んでたじゃん。同い年全員でつるんでさ」
「ああ、そうだ」
「でもさ、もうひとりいたよね。同じくらいの年の子」
「……」
「オレが見つけてきたんだ、あの子のこと。雑木林の先にある屋敷の前で、オレ…」
「紫原、お前の記憶力はやはりサル並だな」
「え?」
「お前が引っ越す前も後も、この村で同世代の子供はオレたちだけだ。もう一人など、存在してない」
「…何言ってんの、じゃあオレの」
「勘違いだ。引っ越した後の記憶と混同しているんじゃないのか?」
きっぱりと断言するミドチンは、ビールを飲んでるけどそんなに酔っ払った様子はない。
そうか、そうなのかも。オレの勘違いかな、って思いつつも、何かが胸の内で引っ掛かる。

あの子がオレの妄想だったって言うなら。
オレは、どうして引っ越し間近に意識を失うほどの重態になっていたのだろう。


会食が済んで、親戚や近所の人たちがはけていく中、ミドチンを送り出したオレは室内の片付け作業を手伝った。
ときどき叔母さんと話し込んだりしてたから、気がついたらもういい時間になっていて。
後は明日でいいから風呂に入って寝ちゃいなさいって言ってくれた叔母さんの言葉に甘えて居間を後にした。

風呂に入りながらミドチンと話したことを思い返し、そしてまた過去の記憶を辿ってみる。
間違いだと言われたオレの記憶によれば、オレがあの子と出会ったのはオレの引越しが決まってみんなに報告した次の日あたりだ。
かくれんぼをしていて、いつものように雑木林に逃げ込んだオレは、奥へ奥へと分け入って。その先に古びた屋敷を見つけた。
ユーレイ屋敷の存在は本やテレビで見たことはあったけれど、この村にあるなんて思わなかった。だからちょっと興奮して、近付いてみたくなって。一歩足を踏み出した。すると視界にあの男の子の姿が飛びこんできた。

それまでは気配なんて感じなかったのに、突然だ。
背丈の高い草むらの中を歩いてくる。足のないユーレイみたいにゆるゆると。
赤い髪が風に揺れる。その動きをじっと見てたら、そいつは目線をこちらに向けてきて。

その目を見た瞬間、オレの心臓が跳ね上がった。
初めてだった。左右で色の違う目の持ち主を目撃したのは。
そんな人がいるなんてことも知らなかったし、ちょっとした恐怖心も覚えた。そんなオレの心情が伝わったのか、相手はうっすらと口端に笑みを浮かべ。
まるでこの世のすべてを見透かしているような表情で。
(はじめまして。君が来るのを待ってたよ)
あの子はオレに、そう言った。


風呂を出て、部屋に戻れば新しい布団が一式畳の上に敷かれていた。
叔母さんがやってくれたんだろう。明日の朝お礼を言うことにして、オレは早々に布団にもぐりこんで部屋の電気を消した。
そこで、回想の続きをする。


預言者みたいな顔で預言者みたいなことを言うその子は、近くで見るとオレと同じくらいの年齢に思えたし、ちゃんと足も生えててユーレイじゃなかった。
(オレのこと、知ってんの?)
初めて会うのにって思って聞けば、その子はふるふると首を振る。
(じゃあなんで、来ると思ったの)
(君の事は知らないけれど、君が来ることは知っていたよ。君がボクに興味を持つことも)
(…子供が他にいるなんて知らなかったから、興味は持ってるけど。アンタ、誰?)
(赤司征十郎。この屋敷に住んでいる)
(ふぅん、いつから?)
(ずっとだよ)
(そっか。知らなかったな。でもオレね、もうすぐこの村からいなくなるんだ)
(ああ、それも知っている。だから今日、君がここに来ると思ったんだ)
(どうして?)
(二度と会えなくなるから)

そう言ってその子はオレの顔の前で人差し指を立てて見せた。
なにか秘密を打ち明けるみたいに。射るような目つきでじっとオレの目を見据えて。
(だからどうしてもボクは君に会わなければいけなかった)
(…わかんないよ。今日オレがアンタに会わなくても、アンタは何も…)
(いま、君の記憶にボクの存在が刻まれることが、ボクに必要なことなんだ)
(記憶に…?)
(そう。いずれ君はボクを思い出す。そして、この言葉を反芻する)

秘密の呪文を言うように。
ユーレイに似た男の子は、オレの記憶に言葉を刻んだ。

(たすけて)



電気の消えた暗闇の中で、ぱちりと目蓋を開く。
その呪文を思いだした途端に、オレの指先は痺れるみたいな痛みを訴えた。
まるで全身に電気を走らされたみたいな感覚だ。
(たすけて)
同じ言葉が同じ声でぐるぐると脳内を駆け回る。
(たすけて)
そう。あの子はオレにまじないを掛けて、オレの意識を封じ込めた。

繰り返し繰り返し同じ言葉が脳を揺さぶり。
何かしなくちゃいけない。その脅迫的な錯覚に、オレの全身は支配された。

(どうかボクを救ってくれ。お前がそうしてくれる日を、ボクはここで待っている)



翌朝、寝覚めの悪い状態で布団から這い出たオレは、のそのそと着替えて部屋を出た。
居間に行くとすでに叔母さんは起きてて、オレの顔を見て心配そうに「眠れなかった?」と聞いてきた。
寝起きが悪いの、いつもこんなだよって返しながらテーブルの前に座る。少ししたらすぐに朝食が出された。

「片付けとか、もういいの?」
「えぇ、昨日のうちに大分片付けられたから、あとはお墓の掃除をして納骨するだけ。でも今日一日は休んで貰っていいわよ。私たちは挨拶周りに行くから、敦くんも…そうね、緑間さんの家には行ってもらえるかな」
「いいけど。そこだけでいーの?」
「大丈夫。久しぶりの再会でしょ?ゆっくり話してきて」
正直有難い話だった。いくら昔この村に住んでいたとはいえ、オレはこの村の人たちとはほとんど面識ゼロに近いし、知らない人のとこに挨拶に行けと言われても困ってたかもしれない。
だったら今日はミドチンのとこで一日過ごそうかな、って思ったけど。その前に、一箇所だけ行ってみたい場所がある。
「ねえ、叔母さん。雑木林の向こうにさ、でっかいお屋敷あったよね」
「え?…ああ、あそこね。あのお屋敷には人は住んでないわ」
「そうなの?…昔はオレと同じくらいの男の子が住んでたはずだけど」
「…敦くんがここにいた頃からあの屋敷は無人よ。思い違いじゃないかな」
「…そうかも」

この時オレは叔母さんの表情に違和感を覚えた。
それは昨日、ミドチンに同じ話をしたときと同じような表情だったからだ。
まるで、オレに何か隠しているような。意識を逸らすような感じで記憶を改ざんしようとしているその態度が異様に思えて。

「ごちそうさま。じゃ、オレ、ミドチンとこ行って来るね」
「もう行くの?まだ早いんじゃない?」
「ミドチン予定あるかもしんねーし。早めに行ってみて、忙しそうだったら帰ってくるよ。じゃあね」
サイフと携帯をポケットに突っ込んでからオレは家を後にした。
そして進む方角は、ミドチンの家がある方じゃなくて。

真っ直ぐに。村の外れの雑木林を目指して、自分の記憶の間違い探しをするために歩き出した。










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