krk-text | ナノ


▼ 6






「悪い、征十郎。ああ、終電逃した。今夜はこっちに泊まって、明日の朝帰るわ。……ああ、テツのことは頼んだ。じゃあな」


ホテルのベッドの上であぐらをかいて電話する青峰の横顔を、オレは呆然と立ち尽くしたまま眺めていた。
通話を終えた青峰は、ちらっとこっちを見て。くいって顎を上げて、来いって指示する。

「あ……、えっと、そ、それじゃ、先にシャワー、」
「んなもんいらねーよ。さっさと来い」
「だって、汗かいたじゃん……」
「何度も言わせんじゃねーよ。じゃねーと、そこに立たせたままヤるぞ」
「わ、分かったっスよ!……お邪魔します」

靴を脱いで、ベッドに乗り上げる。自宅の蒲団とは違って、スプリングが軋む感じが妙に緊張感を煽ってきた。
赤司への連絡は、オレが急かす前に青峰が自主的にやっていた。っていうか、オレのほうが忘れてた。泊まってもいいけど連絡はしろって、そう言えば釘さされてた。それはないって、あんなにきっぱり拒否したのに、な。

「……帰ったら、黒子っちに睨まれるんだろーな」
「……大丈夫だろ、征十郎が何とかしてくれるっつーし」
「赤司っちに任せとけば安心か。……でも、黒子っちの愛情はむちゃくちゃ深いっスよ?オレ、本当にお仕置きされるかも、」
「媚薬とローター使ってか?んじゃ、その前に貫通しとかねーとな」

ここは嘘でも、オレがそんなことさせねぇよ、と庇って欲しかったところだけど。青峰にそんな気遣いはない。腕を取られて、そのままベッドに転がされ、馬乗りになられる。……いよいよ、か。
目が合うと、自然とくちびるが重なった。
がっついていたわりには丁寧なキスをされ、ちょっとむず痒い。しかも、長い。
「ん…、ふ、ぁ、……んん……っ」
繰り返し重ねられ、口の中をまんべんなく舐めまわされる。舌を引っ張り出されて吸われると、さすがにぞくぞくっとして青峰のシャツをゆるく掴んだ。
「は……っ、ちょっと、まって、青峰っち……、なんか、やっぱ、はずかし……」
「……我慢しろよ。ゆっくりしてやってんだから」
「え?いや、オレは平気っスよ?」
「……征十郎やテツ相手には無茶すんなとか言ってたじゃねーか。お前も、しばらくヤってねぇんだろ?安心しろよ、ちゃんと加減してやっから」

……なんで、ここで、「ちゃんとお前の体を大事にします」的な発言かましてくれちゃうんだ。
そりゃ、赤司や黒子っち相手に遠慮なくガツガツ突っ込んでるって聞いたら引くよ。加減しろって言う。相手は男だって言っても、青峰よりずっと小さい身体の持ち主なんだ。体力の差だって、あるだろう。
オレが久しぶりだっつっても、完全に初めてじゃないってことは知ってるくせに。最初の夜にがっつかれたときにオレが泣いちゃったの気にしてんの?
なんでそんな余裕見せられんの。オレは、かなり、いま、やばいのに。

「……いいっスよ、手加減とかしてくんなくて。あの、入れるとこだけ、ちょっとほぐしてくれたら……、それ以外は気ぃ使ってくれなくても、」
「触りてぇんだよ、お前に」
「う……」
「服、引っぺがしたとこから舐めて、痕くっつけて、……全身、オレのもんにしてやる」
「そ、それは、……ぁう、」

言った先から青峰の手が動き、オレのシャツがぐいっと胸の上までたくし上げられる。晒されたお腹に、青峰が顔を落とす。皮膚を舌でなぞる感触がぞくりとオレの全身を震わせた。
「あ…んぅ……、んッ」
くすぐったさと気持ち良さが混じった感覚に思わず声を漏らすと、その途端。ちょっときつくお腹のやわらかい部分を吸われて、息が跳ねる。
「あ、青峰っちぃ……」
「……キレイについたぜ?キスマーク」
「う……、そんなの、つけんな、よぉ……」
「何言ってんだ、こんなもん序の口だぜ?」
「……」

目線を下げると、どことなく無邪気な顔して笑ってる青峰がそこにいて、少し居た堪れない気分になる。
オレの体にキスマークつけたくらいで、そんな嬉しそうな顔をしないで欲しい。胸がぎゅってなって、ほんとだめ。

だけど、そのちょっと幼い笑顔を見ても、拒む気持ちは全然ない。だめ、なんだけど。中学時代を思い出して泣いてしまった初夜のあの時みたいな怖さなんてゼロだ。

「青峰っち……」

だって、今のオレはもう知ってる。
いくら中学生みたいな無邪気な顔をしたって、この人の歳月はあの時から確実に流れている。
オレの知らない間に、辛いことも、悲しいことも、経験していた。
大切な人を得て、守るべき存在がある。それにはオレも含まれていて、ちゃんと、見せてくれた。

だから、今度は、オレが見せる番だ。

「……いくらつけてもいいから、その前に、お願いがあるんスけど」
「んだよ?」
「パンツ、脱がせて」

心臓が張り避けそうなくらいドキドキしながら、願いを口にする。
たぶん、もう、気づかれてはいるんだろう。女の子のと違って、男の身体は実に分かり易く出来ている。
だけど敢えて、青峰の手で暴かれたい。
いまのオレを、労わる必要がない理由。青峰のしてることが、ちょっとした意地悪になってるっていう証拠を。

「……お前なぁ、人の親切を無駄にする気かよ」
「……青峰っちのも、触ってあげるし」
「べつに、いらねーよ。……オラ、腰上げろ」

青峰がしやすいように、膝を曲げて腰を浮かせる。余裕ぶったことを言ってたわりに、青峰はオレのパンツとボトムを一緒に引き下ろして、そこの変化をしっかりと確認する。
裸を見せるのは初めてじゃない。中学時代に部活の合宿で一緒に風呂入った仲だし、成長した今の体だって見られてる。それでも、やっぱ、恥ずかしいな、この状況。
「う、あ、あの……青峰っち……?」
しばらく青峰は無言でオレの下半身を凝視していた。それが。急に身を屈めたと思ったら。
「んぁっ?!や、ちょ、待っ……、あぁっ」
無言のままオレの股間に顔を埋め、そのまま咥えて。いきなりの刺激にテンパって気の抜けた声をあげてしまうけど、止めることも拒むこともできない。瞬く間に高められて、それでもすごく気持ち良くて、めちゃくちゃ喘ぎながら喉をのけぞらして。
「あっ、だめ、もぉ、イっちゃう……っ、あっあっ、あぁああッ!!」
すごく早くて、恥ずかしい。でも、ガマンなんて無理だった。

脳みその半分はもうどろどろに溶けてて、何を考えていいのかわからなくなってる。
上体を起こした青峰が、オレの顔をよく観察しながら口元を拭ってる。ああ、オレ、青峰の口に出しちゃったんだ。
ぼんやりとそう考えてたら、ずいっと青峰の顔が近づいてきて、キスして貰えるって思って喜んで目を閉じる。そしたら口移しにまずいものを渡されて、すぐにウッて現実的な思考を戻された。

「うぇ……っ、な、何飲ますんスか!」
「たまってたなー黄瀬ェ?ずいぶん濃いもん持ってんじゃねーか」
「だ……っ、そ、そりゃ、オレには毎晩代わる代わる絞り取ってくれる相手なんていないっスもん!誰かさんと違って……っ」
「三日に一回はオレが吸い取ってやるよ。……でもって、オレのをこっちに注いでやる」

笑いながらそう言った青峰の指先が、オレの足の間にぴたりと当たる。
それにビクリと身体が震えるけれど、濡れた指はみるみるうちに奥へ進んできた。

「やっぱ狭ぇな。ホントにお前、男経験あんのかよ?」

馬鹿にするみたいにオレの穴の感想を呟く青峰に、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
余裕があるわけじゃない。だけど、無茶してみたい。そう思って、にっと口端をあげて挑発的に笑ってやる。

「……ウソ、だったって言ったら?」
「は?」
「センパイ嫁たちに張り合って経験者ぶってたけど、ホントは、中まで使ったことないって言ったら……、青峰っち、どーする?」
「……」

半ばまで突き刺さった青峰の指が、ぴたりとそこで停止する。
マジかよって目が、オレを凝視してる。何だその目は。信じてないのか、それとも、信じたからめんどくさいと思ったのか。どっちなんだ?

どっちにしろあんま嬉しくねーなって思って、早々にネタバラシをしようとした。
「なーんて!じょうだ、」
「……オレが、初めてなのかよ?」
だけどそれは青峰に届かず、はっとして息を飲む。
「え?」
「ふざけんじゃねぇよ、お前、そのナリで……っ、……いや、マジ、……処女なのか?!」
「う……っ」
そんな、キラキラした目で確認されてしまうと、急に嘘ついたことの罪悪感が込み上げてくる。
どうしようこれ、まさか、喜ばせてしまうなんて。頭になかった展開に困るけど、こんなに喜ばれて終わってからやっぱウソでしたーなんて言った日には血を見る羽目になりそうだ。これはとっとと謝罪しよう。

「……ごめん、ウソ。ほんとは、経験あります」
「……あぁ?!てめ……っ」
「だからオレ、ちゃんと知ってるんスよ!……青峰っちの指一本くらいの太さなら、もっと強引に入れたって痛くないし、……自分の、一番気持ち良いとこもちゃんと教えられる、から」

処女を食い散らかすのは男の夢だってことは分かる。
だけど残念ながらオレはそうじゃなかった。でもその代わり、いいことだってあるんだよ。

「あと、ローション使えば指二本でも平気っス。……力抜くから、入り口広げて。ほら、これでオレが処女だったら、もっとガチガチになって今夜は出来なかったかもしれないっスよ?」
「うるせーな、ちょっと黙ってろ。……マジだ。お前、やれば出来るじゃん」
「ぬか喜びさせちゃったみたいっスからね。……協力、するよ。だから、青峰っち、……っ、ん、そこ……!」

初めてじゃないってことを自覚したことで、オレは身体の力を抜くことに成功した。
青峰に抱かれるのは、緊張する。だけど、嫌じゃないしして欲しい。体を強張らせてる状況じゃないって分かったら、あとはもう。

「は、あっ、そ、れ、……そこ、こするの、気持ちい……っ!」
「あー、こりゃ、処女の反応じゃねーわ」
「ふ……っ、やる気、なくな、たぁ?」
「……いや?やっぱいーわ、お前のエロ顔」

エロいって言われるのだって、初めてじゃない。
声も、顔も、体も。フルで使えば大体の男はたまらないって顔してオレに夢中になるんだ。だから。

青峰も、なって。
オレが、一番エロいって知って。言って。

「あっ、んん…っ、あお、みねぇ……っ」
「……黄瀬」

低く、掠れた声がオレを呼ぶ。
息を飲む音が聞こえて、感じ入って閉じてた目を薄く開く。

「入れるぞ」

引き抜かれた指の代わりに、すごく熱い塊がぴったりとそこにくっつけられた。
どくん、と心臓が波打つ。頭の中には、ひとつの欲求しか残ってない。

「うん、……来て」



この夜は。
好きな人が、オレだけのものになった。






「……絶対赤ちゃんできた」
「へえ、何人?」
「3人はいる」
「ちょうどいいじゃん、征十郎とテツとお前で、手分けして育てられるな」
「……加減しろよばか!あー、腰痛いっ!喉も痛いっ!あーっ、あーっ、変な声っ」

疲れて気絶するみたいに寝て、起きて出した自分のしゃがれた声にビックリして、先に起きて水を飲んでた青峰に、腹をさすりながら文句を言う。醜い声をめいっぱい張り上げるオレの自虐行為に、青峰は笑うだけだった。

「言っても、お前ノリノリだったじゃん。自分から乗っかってくるわ、出した傍からチンポ咥えて勃たせよーとするわ。絞り取られたのはこっちだぜ」
「……つーか、何でアンタそんな精子出るんスか。昨日もさんざん赤司っちと励んでたくせにー……」
「生存本能が強ぇんだよ。まあ、お前もオレに負けじと出しまくってたけど?……くく、出るもんだなぁ?まさか、初日っから潮吹い、」
「吹いてねぇよ!あれは、ションベンっス!!!!調子乗るなっ!!」
「……まあ、そーいうことにしといてやるよ。漏らしちまうほど気持ち良かったんだな?オレのチンポ」
「……まあ、そーゆうことにしといてやるっス」

ろくなこと言わないなって思いながら手を伸ばす。ちょうだいって言わなくても青峰は分かってくれて、ペットボトルに入ったぬるい水を分けてくれた。

「いま何時?」
「始発は出てんじゃねーの」
「ふぅん」
「まだ帰りたくねーの?」
「ううん、すげー帰りたいっス。もうヘトヘト。早く帰って、赤司っちのおいしいごはんと、黒子っちの可愛い笑顔に癒され、……あぁー……」

自分の発言に頭を抱えて悶える。青峰も、オレがそうなる理由は分かっている。
本当に、泊まってしまった。順番を狂わせて、青峰とエッチしてしまった。
赤司はそうしてもいいって言ってくれた。昨日の夜、青峰からも連絡を入れて貰った。
だけどそこに黒子っちの意思確認は一切ない。「なんとかなる」「なんとかする」って、青峰と赤司の言葉を頭から信じ込んでしまっても、大丈夫なのだろうか。

「なにビビってんだよ。テツが、お前に嫌がらせしたことなんかあったか?」
「そりゃ、ないっスけど……。……怒られたり、睨まれたりするのは、仕方ないかなって思うよ。……それくらいで済めば、御の字っス」
「何が怖ぇんだよ?」
「……無視、かな」

正直に打ち明けると、青峰は、それはなくもないかもなって顔をした。
なくもない、じゃねーよ。阻止してくれよ。アンタの嫁だろ。

「大丈夫だって。オレを信じろ」
「……説得してくれるんスか?」
「いや?あいつはオレが言って聞くようなタマじゃねーし。ああ見えて頑固なとこあっからなー」
「ダメじゃん!使えないダンナっスね!」
「テツに無視されたらその分オレが構ってやるよ。そっちのが嬉しいだろ?」
「全然嬉しくねーっス……。黒子っちのほうがいい」
「テメー、誰の嫁になった気でいんだよ」

呆れた声でそんなこと。答えなくても、分かってるだろ。
オレが、黒子っちと仲良く過ごせるのは。
アンタの嫁になったおかげだってこと。

「……ありがと、青峰っち」

オレを、アンタのお嫁さんにしてくれて。
小さな声で呟くと、青峰は、滅多に見せない優しい笑顔をオレだけに与えてくれた。

「誕生日、おめでとさん。……これからも、オレについて来いよ」








果たして、馬鹿ダンナの威厳はまったく効果がなかった。

「おかえりなさい、大輝くん」
「おう、おはよ。……なあ、テツ?」
「すいません、昨晩から一睡もしていないもので。ボクは、部屋に下がらせて貰いますね」
「く、黒子っち、ちょっと待っ、」
「おやすみなさい」

静まり返った青峰家に足を踏み入れると、笑顔で出迎えてくれる人なんてひとりもいなくて。
ダイニングの椅子に姿勢正しく座っていた黒子っちを見た時は、心臓が止まるかと思った。ぞっとするほど真顔の黒子っちは、怒っているし、オレを睨んでいる。そして、当然のように無視もされた。

それは、仕方のないことだった。
ダイニングテーブルの横に置いてあるプラスチックのゴミ箱の中には、ちょっと歪んだホールのバースデーケーキがそのままぶち込まれていて。
テーブルの上には、すっかりと冷めてしまった料理の数々が、ラップなしで放置されていたのだから。



「何度か眠るように声をかけたんだけどね。帰りを待つの一点張りで、言うことを聞いてくれなかった」
「ほ、ほんとに徹夜しちゃってたんスか……?!テツヤだけに」
「黄瀬、いまのちょっと面白かったぜ」
「アンタはのほほんとしてる場合か!早く黒子っちに謝ってきてよ……!オレ、むちゃくちゃ嫌われちゃったじゃん!!」

ショックのあまり寒いことを言ってしまったオレの発言を茶化す前に、やることがあるだろう。それは、アンタにしか出来ないことだ。
なのに青峰は気にする様子もなく。「一睡もしてねーっつーなら、寝かせてやったほうがいいだろ」なんて落ち着いたことをぬかして、トイレに行ってしまった。バカか、こいつは。

「うぅ……、せっかく、良好な家族関係を築いてきたのに……、台無しっスよ、もぉ……」
「すまない、涼太。オレも、テツヤがあそこまで頑なになるとは思わなくてね。だが、それほど気にすることはない。寝て起きれば、彼もいくらか冷静になるだろう」
「そ、そうっかね……」
「テツヤは、お前と大輝が結ばれることを心から願っていた。いまは、睡眠不足により思考がまとまらなくなっていたのだろう」
「それで済めば、いいんスけど……」

ここに来て、オレはなんてことをしてしまったんだろうって後悔でいっぱいになる。
なにも、昨日じゃなくて良かったんだ。オレの誕生日当日ではあったけど、青峰の所有権はオレのじゃなかった。
やめればよかった。出掛けなければよかった。だけど。

「大輝は、1on1に応じたんだな」
「え……?!いや、それは……」
「足の運びを見れば分かる。無論、アクロバティックな体位でのセックスに及んだ形跡という予測も捨て切れないが、いまの涼太相手にそれを望むほど大輝も浅はかではない。とすれば、右足を庇っているのは……、無茶な突破を試みたのだろう」
「さ、さすが赤司っち……、何でもお見通しっスね……」
「何でも、というわけではないけれど。それで涼太、勝敗の行方は?」
「完敗っス。……やっぱ、ブランクあっても凄いっスわ、あのひと。オレも続けてれば違ったのかもしんないっスけど、体勢くずしててもシュート打てば必ず入る。まあオレも、そう簡単には打たせてやんなかったっスけど」
サーカスショーでも見ているような、鮮やかで柔軟なパフォーマンスだった。あれに足がついて行ってたら、どんなにしつこく食い下がっても歯が立たなかっただろう。
あのシーンを思い返すと、腹の底がざわざわする。もっかい見たい、なんて、青峰には絶対言えない希望をぎゅっと押さえ込む。

言える、はずがない。
思うようにバスケが出来なくなって、一番辛いのは他でもない、青峰自身なのだから。

「まあ、まったく出来ないってわけでもないみたいっスし、全力じゃなくても、たまーに流す程度なら付き合ってくれるかもしんないっスね」
「……それは、どうだろう?」
「え?」
「……大輝は、ずっと、」

深刻そうな表情で何かを伝えようとした赤司が、はっと目を見開く。
オレの背後へ視線を向けている。それを辿って振り返ると、そこには、黒子っちが立っていた。

「黒子っち?眠ったんじゃ……」
「それ、本当ですか?」
「え?」
「……青峰くんと、1on1をしたんですか?彼が、それに応じたんですか……?」
「あ……っ」

愕然とした表情で訊ねる黒子っちの言葉に、オレは、青峰から口止めされていたことを思い出す。
まずい、と口元を押さえ、言い訳の言葉を探す。だけどそれが見つかる前に、黒子っちは「そうですか」と呟いて。
少しの間、何かを考え込むに視線を落とした後。


オレの顔を見上げ、やわらかく微笑んで。
心から安心したような穏やかな口調で、こう言った。


「……良かったです。もう、二度とそんなことは出来ないと思って、いたので……。……涼太くん、ありがとうございます。……これからも、彼のことをよろしくお願いします……」






その言葉に頷いた。
それが、オレと黒子っちの、この家で最後の会話になった。






パートに出掛けたまま、夜になっても帰って来ない黒子っちを心配して、赤司が保育園へ連絡をした。そして、青峰家最大の事件が発覚する。

「仕事を……やめてた?」
「あぁ。……だいぶ前から、出勤日数を減らすよう本人から要望があったらしい。現在は、週に二回、園に顔を出す程度だったと」
「そんな……、だって、黒子っち、土日以外ずっと仕事に出てたじゃないっスか!昨日だって、無理に有給使わせて貰ったんじゃないんスか?子供たちだって……、黒子っちのこと、めちゃくちゃ慕ってた!」

信じられない事実に、動揺するオレとは対極に、赤司は冷静な態度でオレに少し落ち着け、と促す。落ち着いてなんていられない。黒子っちが、いなくなってしまったのだ。

「すぐに警察に……っ、あ、いや、青峰っちに話さないと!」
「大輝への報告はオレがして来る」
「じゃ、じゃあオレ、警察に、」
「それは少し待とう。用事があって出掛けているのかもしれないし、大事にしてはテツヤ自身が困るだろう。涼太、お前はここで座って待っていろ。もしテツヤが帰ってきたとしても、仕事のことを問い詰めるような真似だけはするな」
「う、うん……。分かったっス。黒子っちだってきっと、事情があってそうしたんスもんね……」

子供たちと接しているときの黒子っちの表情を思えば、仕事が嫌になってサボったり、放り出したりするはずがないっていうことは分かる。だけど、……どうして、オレたちに言ってくれなかったのだろう。
何かほかに、やりたいことがあったのだろうか。
だったらオレたちも、ひと声掛けてくれたら手伝えることもあったはずだ。
忙しいなら、家事の分担だってもっと考えられた。黒子っちは、料理はあんまり上手じゃなかったけれど、洗濯物を干したり畳んだり、細かいところの掃除をしてくれたり、そういうぱっと見気付かないような家のことを率先してやってくれていた。

なんで、言ってくれなかったんだろう。
いつから、そうしようと思っていたのだろう。
どうして、オレたちは。

誰一人、黒子っちの変化に気付いてあげられなかったんだろう。




数分後、赤司と一緒にダイニングに顔を出した青峰は、特に動揺した様子も見せず、オレと赤司に一家の主としての決断を示した。

「待つぞ」
「ま、待つって……!黒子っちの戻りを?」
「……本人の意思ではなく、不慮の事故に巻き込まれた可能性も、捨て切れないぞ。テツヤは、仕事を放棄して消えるような男ではない」
「職場には前持って伝えたあったんだろ?退職の意思も伝えた。だったら……、これは100パー、テツ自身の決断だろ」
「し、仕事のことはそうだとしても、それが帰って来ない理由にはならないじゃないっスか!」
「……あいつが事故に巻き込まれたり、帰れない事情が出来たってなら、絶対に連絡して来る。……それがないってのは、」
「……テツヤの意思で、この家から去ったと言うのか?」

何の根拠もない青峰の言葉を、赤司は冷静に受け止める。
だけど、オレはそうすることができない。黒子っちが自分の意思でこの家を出たなんて、そのほうが信じられない。

だって、黒子っちは。
誰よりも、青峰のことを。

「……なるほどな、そういうことか」

静かに、赤司が納得したような口ぶりで呟く。
青峰と同じタイミングで赤司へ視線を向けると、赤司は、何の感情も示さない表情で続けた。

「オレの推測が正しければ、テツヤはきっと、二度とオレたちの前に姿を見せないつもりだろう」
「な……っ!どういうことっスか?!なんで、そんな……」
「……自分の役目は終わった。テツヤがそう考えたとしても、おかしくはない。……先ほど、園にテツヤの所在を確認した際、いつから彼が出勤日数を減らしたのかと訊ねてみたんだ。すると、」
「征十郎」

衝撃的な事実を知る予感がした。
だけど、赤司の言葉は遮られる。赤司よりもずっと厳しい表情をした青峰によって。

「もういい。お前と黄瀬は自分の部屋行って先に寝てろよ」
「あ、青峰っち……」
「……テツヤは誤解をしている。一刻も早く探し出し、その誤解を解くべきだと思うけど」
「あいつは、間違わねーよ」

赤司の真っ当な発言を、青峰は強い意思で却下する。
驚くほど頑固な姿勢で。

「オレがテツを必要としてることは、テツが一番よく分かってる。……ほっといても、帰ってくるよ」

誰よりも、黒子っちのことを信じていた。





「……オレのせい、なんスかね」

青峰をダイニングに残し、廊下を歩きながら。先を行く赤司の背中に向けて、堪えていた感情を打ち明けた。
「オレが、黒子っちの日に……青峰っちを、独り占めしたから」
「……」
「黒子っち、めちゃくちゃ怒ってたっスもんね。笑ってもいたけど、……あの時、黒子っちは家を出る決意を固めたんスかね」
「おそらくね」
赤司は、オレの弱音を否定してくれなかった。
はっきりと断定し、足を止め。振り向きながら、オレに言った。
「先ほどは大輝に止められたけれど、言っておこう。テツヤが勤務日数を減らしたのは、涼太、お前が嫁いできた頃からだ」
「……っ」
「……最初から、こうするつもりだったのかもしれない。自分が消えることで、大輝が涼太と気兼ねなく過ごせるよう、配慮をしたつもりなのだろう」
「そんな……っ、オレ、黒子っちにいなくなって欲しいなんて考えたこと、一度もないっス!むしろ、黒子っちがいてくれたから、オレ……、この生活を、受け入れられるようになったのに」
「それこそがテツヤの考える、自分の役目だったのだろうね。彼は、涼太と大輝が結ばれるまでの緩衝材としてここにいた」
「……緩衝材なんかじゃないっス。青峰っちは、オレよりも黒子っちのほうが、ずっと……」

嫁になった順番なんて、関係ない。
そう言った青峰の言葉をオレは信用している。順番は関係ない。だからこそ、大事なのは内容だ。
どっからどう見ても、青峰は黒子っちを大事にしていた。
黒子っちの小さな体を。それに見合わない重たい過去を。子供が大好きなのに、産めない身体であることも。

嫁同士の扱いを比較したってどうしようもない。
だけど、青峰が誰を一番想っているかなんて、聞かなくても分かることだった。

「大輝の本心がどうであれ、テツヤは、大輝の妻と言う立場を退いてまで得たいものがあったんだろう。それはもちろん、涼太のためを想ってのことではない。そうだとしたなら、立ち去る前にこのオレを大輝から引き離していただろうね」
「……」
「テツヤは、オレとお前に大輝を託して消えた。分かるだろう?彼の望みは、ただひとつ」
「……青峰っちの、しあわせ」

赤司とオレに出来て、黒子っちには出来ないこと。
それは、黒子っちが何よりも望んでいた。昔からの、大事な夢。


「赤司っち、オレ……」
「いまは、大輝の提案に従おう。もしもテツヤが戻らないようであれば、オレにも策はある」
「え?」
「……涼太がそうであるように、オレにとってもテツヤの存在はかけがえのないものだ。話をしないまま立ち去られては困る。あらゆる手段を講じて、テツヤの居所を突き止めてみせるよ。……だから、涼太。あまり不安そうな表情を、オレや大輝に見せつけないでくれ。明朗なお前にそんな顔をされると、こちらの気まで滅入ってしまう」

眉尻を下げて笑う赤司の珍しい表情に唖然として、少し泣きそうになった。
だけど、言われたばかりだ。首を振って涙を引っ込め、赤司の言葉に頷く。

「……わかったっス。オレも、黒子っちを……、青峰っちと、赤司っちを、信じるっス。……このままじゃ、終わらせない」
「ああ、その意気だ。今夜は何も考えずにゆっくりと休んで、明日の英気を養ってくれ。おやすみ、涼太」


黒子っちがいなくなって辛いのは、オレだけじゃない。
オレのせいかもしれない。でもそれは、本人に聞かなければ確証は得られないから。

もう一度、黒子っちと会おう。
そして話して、みんなが納得いく答えを出せれば、きっと。

オレたちは、今まで以上に深いところで繋がった家族になれる気がしていた。











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -