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▼ 5





黒子っちのパートがお休みの日に、二人で買い物に出掛けた。
商店街で大量の肉と野菜を買い漁って、荷物は全部オレが持つ。

「いやー、いい買い物が出来たっスね、黒子っち!」
「荷物、ひとつ持ちましょうか?」
「いいんスよ!力仕事はオレの担当っス!ていうか、魚屋のおじさん昔から変わらないっスね〜。かわいこちゃん割引って、黒子っちいてホント良かったっスわ!」
「赤司くんが一緒だともっと値引きしてくれますよ。八百屋さんもお肉屋さんでも有効ですし」
「さすが、大地主のご令息っスね……。赤司っちもキレーな顔してるし、年上には礼儀正しいし、おじさんウケ良さそうっスもんね」
「涼太くんも見習ってください。言葉遣いを何とかしたら、そこそこいけると思いますよ?」
「努力はしてみるっス……。って、うお?!」
ちょっと難しい課題を言い渡されて顔を引き攣らせたら、前方から子供の群れがこっちに駆けて来るのが見えてさらにビビった。
「な、何スかあの子たち?!」
「あ……」
「てつやせんせー!」
群れは瞬く間にオレたちを取り囲むと、そのうちの何人かがむぎゅっと黒子っちの膝に抱きついてきた。先生、ってことは、もしかして、この子たち。
「黒子っちのパート先の?」
「はい、保育園の子たちですね。みんな、どうしたの?今日はお休みの日でしょう?」
「なっちゃんちのパパとママがね、ぼくじょうに連れてってくれたの!」
「おうまさんがいっぱいいたよ!てつやせんせいよりもおっきいの!」
「それはいいね。たかいたかいして貰った?」
「ちっちゃいおうまさんに乗せてもらったー!」
「よかったね。おうまさん、なでなでしてあげた?」
「したよー!こうやって!」

その場にしゃがんで子供たちと視線の高さを合わせた黒子っちの顔や頭を、子供たちは遠慮なく撫でまくっている。素直で無邪気な子供たちはみんな可愛くて、その中央で穏やかに微笑んで対応する黒子っちもものすごく可愛い。そしてどこか神々しい。なんだこれ、天使の集会か?

黒子っちが敬語を取り払って喋ってるのも、初めて聞いた気がする。その口調は普段の淡々としたものとは違い、どこまでも柔らかい。大人のオレでも甘えたくなる魔力を持ったその声と笑顔に見惚れていたら、ひとりの子供がオレの足元に寄ってきててビックリした。

「てつやせんせー、このひとだれ?」
「あたししってる!黄瀬くんのママのおとうとさんだよ!」
「あ……、ど、どうもー!いつもうちの甥っ子姪っ子がお世話になってますっス!」
「おとうとさん、おっきいねー!」
「おうまさんみたい!」

これは、子供たちにお馬さんごっこを催促されているのでは?と思ったオレは荷物をその場に置いて跪くべきかどうか悩んだけれど、そうする前に黒子っちが子供たちに、「そろそろパパとママのところに帰ろう。牧場のお話してあげないとね」って言って遠くを見た。そこには大人の男女がこちらを見ながらぺこりと頭を下げていて、黒子っちも同じように会釈を返す。

「てつやせんせー、またね!」
「またね。気をつけて帰るんだよ」

子供たち全員が背中を向けるまで、黒子っちは保育士さんの顔を一切崩さなかった。
そのやりとりのひと幕を見届けたオレは、子供たちが完全に離れていってからはぁ、と息をつく。

「すごいっスね、黒子っち……、さすが、プロは違うっスわ」
「涼太くんだって、みなさんのお願いを叶えてあげようとしてたじゃないですか。……こんな往来でおうまさんになられたらボクが困っちゃうので、回避させて貰いましたけど」
「あ、やっぱそっスよね……。実家ならいくらでもやってあげちゃうんスけど」
「甥っ子さんと姪っ子さん、涼太くんに似てすごく明るくてやんちゃですよね。ときどき、涼太くんにもこんな時期があったのかって感慨深く見ちゃってます」
「お世話サマっス……、でも、オレはもーちょい大人しい子だったっスよ?!あんな怪獣じゃないっス!まあ、どんだけ暴れ回っても可愛いから許しちゃうんスけどね」
「はい、子供はみんな可愛いです。……自分の子供なら、もっと、だと思いますよ?」

横目でオレを見ながらそう言った黒子っちが、暗に早く青峰とアレしろって言ってるのは凄く良く分かる。……ごもっともです。オレは、嫁いで来てからこの二週間、未だに青峰と一線を超えられていなかった。

「待望の第一子はいつ抱っこ出来るんですかねぇ……」
「いやいや!そりゃオレのセリフっスよ!青峰っちは嫁に順番なんてないって言ってたっスけど、嫁歴ベテランの赤司っちや黒子っちから順にいったほうが……」
「こればかりは授かり物ですから。……とは言っても、ボクは産めないんですけどね」
「……へ?」

いま、さらりと爆弾発言が落とされたような気がした。
聞き返そうとしたけれど、黒子っちはすでに歩き始めている。

「く、黒子っち!ちょっと待って、いまの……」
「いそがないと、せっかくおまけしてもらったお刺身が傷んじゃいますよ。行きましょう、涼太くん」






黒子っちの発言の真相は、その日の晩、青峰の口から聞く事ができた。

「人類の三割は、最初から産めねーらしいぜ。成長する過程でそーゆう器官がダメになるんだと。オレもそーだけど」
「?!そ、そうだったんスか……?!誰でも産めるのかと思ってたっス……」
「男の場合はそれでも、種があるからな。自分のガキは作れるし、産めねー体質だってのを大っぴらにする奴は少ねーよ」
「……じゃあ、黒子っちも、ママにはなれなくてもパパにはなれるんスか?」
「本人にその気があればな。ねーだろ、あいつ」
「……青峰っちのお嫁さん、っスもんねぇ」

そのデリケートな話題は、夫婦関係にはつきものだ。
黒子っちはどうして父親になることを選ばずに、青峰と結婚をしたのか。……その答えは、明白だけど。
「……自分の子供作ることよりも、青峰っちとの結婚を選んだってことっスよね……」
「さーな。あいつ、自分からそーいう話して来ねーし。なんだ?テツ、ガキが欲しいってお前に言ったのか?」
「……自分の子供はいちばん可愛いって。黒子っち、本当に子供好きっぽいし、いい親御さんになれそうなのに……、なんか、もったいないっスね」
「んじゃ、お前が産んでやれば?テツの子供」
「……はいぃ?!」

まさかの提案にビックリして変な声が出た。
横向きに寝転がってる青峰がニヤニヤした顔でオレを見てる。なんて腹の立つ顔なんだ。

「な、何言ってんスか!オレが黒子っちの子供なんて……、めちゃくちゃ可愛いだろうけど、それってつまり、オレが黒子っちとエッチすることになるんスよ?!」
「させねーよ。そうじゃねぇ。お前は、オレのガキを産むんだ」
「はぁ?なんでそーなるんスか……、って、そりゃ、オレはアンタの嫁なんでそれが正解なんスけど、アンタの種じゃ、黒子っちの遺伝子は入ってこないっしょ?」
「バカじゃねーの?お前。テツ、お前やオレのこと何て言ってたよ」
「……家族」
「そうだ。オレとお前のガキは、必然的にテツのガキってことにもなる。……だからなんだろーな。あいつは、お前や征十郎がいるから、オレの嫁でいられる」
「……青峰っち」
「何だよ?」
「オレ、いま、ものすごく黒子っちに申し訳ないこと……してる?」


青峰との初夜に何もせず、抱き合って朝を迎えた報告をしたとき、赤司も黒子っちも信じられないって顔でオレを見た。
オレの前でへんな対処法を相談してた二人だけど、赤司のほうはまだ、理解があったような気がする。
黒子っちは。……オレを絶対に許せないって、静かに怒っていた。

自分の好きな人の子供を産める身体なのに。
自己都合でそれを拒んだオレを、黒子っちが怒ったのは、そういう事情があったからなのかもしれない。

どうしようって思うけど、オレがすべきことはひとつしかないってさっき青峰が言ってる。
覚悟を決め、青峰の前で足を開くこと。でも。オレは今でも、こいつとひとつの蒲団で寝るだけでドキドキしてるような腑抜けた状態だ。
強引に進められてもたぶん泣く。中学時代の綺麗な友情が壊れてしまう気がしてこわくて泣く。オレが泣くと青峰は萎える。……残念ながら、まだ、オレは黒子っちの夢をかなえてあげることは出来ない。
だったらいっそのこと、黒子っちの子供産んじゃいたいわって言うと、それは青峰が怒る。

「冗談じゃねーよ、テメー、オレのことはこんだけ拒んどいてテツには喜んで跨るってか?ふざけんな、あれはオレの嫁だ」
「そっちに怒るんスか?!まあ、そうっスよね、黒子っちが青峰っちのお嫁さんなことには違いないし、オレが黒子っち襲ったら慰謝料ふんだくられて追い出されるだけっスわ。うん、やめとく」
「うちには征十郎もいるしな。あいつ、そろそろ一人くらい孕まねーかな」
「……青峰っちも、やっぱ自分の子供欲しいんだ?」
「ああ。バスケチーム二つ作って対戦させるくらい欲しいぜ」
「サッカーチーム出来ちゃうじゃん。……でもそれ、楽しそうっスね」
「乗り気じゃん。出産は早いうちのほうがいいらしいぜ?」
「うん。オレ、絶対にアンタの子供産むね」


宣言は、すんなりと口に出せた。
前の男とは、どんな理由で別れたんだっけ?子供を産むのが、嫌だったんだ。
ものすごく痛くて苦しくて、体重たくて自由に動けなくて。そんなのが一年も続いたら確実にノイローゼになっちゃうし。子供なんて、誰かがどっかで作ってればいい。いまどきの若者の多くは、そんな風に考えてるって。オレも、そうだった。

でもいまはちがう。
ここで、オレは好きな人の子供を産みたい。
好きな人に、囲まれて。
賑やかで、笑ってばっかの日常を夢見てる。


「黄瀬……」
「……たぶん、赤司っちよりオレのほうが体力あるから、ひとり多く産んであげてもいいっスよ?」
「……言うじゃねーか。一年ごとに孕ますぞ?」
「いいよ。その間、お兄ちゃんお姉ちゃんの面倒を見てくれる人がいるんスもん。安心して出産できるっスわ」
「……そうだな」

こんなことを言ったらそのまま押し倒されて突破されるかもって、不安はちょっとあった。
だけど青峰はやわらかく笑って同意するだけで。目を瞑って、枕杖にしていた腕をまっすぐに伸ばした。
オレは無言でその横にすべりこむ。青峰の腕がオレの腰に回る。自然に抱き寄せられ、安心感に包まれたオレも目を閉じた。

「頼むわ、黄瀬」

低く、微かな声で。
おやすみの前に、青峰は囁く。

「テツを幸せにすんの、手伝ってくれ」




青峰の一番は、たぶん、オレじゃない。
赤司のことも、黒子っちのことも。この人は、同じくらい、きっと大切に想ってる。
おうちの事情で、本当に好きな人との恋愛を貫くことなく嫁いできて、それでも文句いいようのないくらい立派に妻としての役割を果たしている赤司のことも。
中学時代から一度も自分の傍から離れることなく寄り添い続け、自分の子供を持つという願いを切り捨て献身的に支えてくれる黒子っちのことも。

きっと青峰は、オレよりも。

「……」


なに、考えてんだろうな。
そんなの、当たり前じゃんか。
順番は関係ないって言ったって、夫婦の絆はひと月やそこらで築けるもんじゃない。

まだ、オレには足りないものがある。
……だから、これ以上、進めない。

本当は、オレ。

二人と違って、青峰とエロいことしなくても嫁として迎えて貰えてる。
この特別扱いに、すごく安心しているんだ。






「誕生日?」
「おいおい、気が早ぇな。まだ二ヵ月も先だぜ?」
「いや、大輝じゃなくて、涼太の誕生日だ。来週だっただろう」
「そーいや、お前のほうが先だったっけ。征十郎もテツも冬だから忘れてたわ」
「嫁の誕生日忘れんなよっ!……まあいっスよ、今年が初だし。でも、いいんスか?赤司っち」
「ああ。その日はテツヤも仕事を休み、オレと共にパーティーの準備をしてくれるそうだ。だから、夜まで二人で好きなところへ出掛けてくるといい」

朝食を終え、黒子っちをパートに送り出して片付けをしているときのことだった。
赤司からそんな提案を聞かされ、オレと青峰は顔を見合わせる。二人で出掛けるって。そんなの、引っ越してきたばかりにオレの蒲団を買い出しに行った、あの日以来だ。

「い、いいんスか?赤司っち……。その日の夜って、オレの番でもないっスよ?」
「だから、夜までだ。誕生日を後にずらすわけにもいかないからな。テツヤの承諾も得てある」
「ほんとっスか?じゃ、じゃあ……、どこ行こう?青峰っち!」
「お前の好きなとこでいーよ。あんま遠くはダメだぜ?」
「分かってるっスよ。日帰り出来る範囲っスね!そんじゃ、色々考えとくっス!」

結婚して初めてのデートだ。つーか、二人で遊びに行くなんて、中学ぶりじゃん。そんなの、楽しみ過ぎる。
本当はそういうのもしてみたかった。だけど、当番の夜以外で青峰と二人きりになるのには、赤司と黒子っちの許可が必要な気がして、そんでもって絶対に却下される気がして、ずっと言い出せなかった。
思わぬバースデープレゼントに上機嫌になってたら、赤司に腕を引っ張られて青峰には聞こえないくらいの声でこんなことを言われた。

「大輝はああ言っているが、盛り上がるようなら無理に帰宅しなくてもいい。テツヤは怒るかもしれないが、オレがうまくなだめておく」
「え……っ、い、いや、それは……」
「誕生日は、特別な日だ。大切にしたほうがいい。ただし、連絡はするように。いいね?」
「りょ、了解っス……!って、いや、泊まらないからっ!ちゃんと帰ってくるっスよ!赤司っちと黒子っちもオレのこと祝ってくれるんスよね?」
「もちろん、準備はしておくよ。気が向いたら、帰っておいで」
「……絶対帰るから。ちゃんと待ってて欲しいっス!」

赤司のお許しが出たところで、よしきた!と引き受けられるはずもない。
青峰だって、出来ないって思ってるはずだ。オレが嫁いで来てから、日替わりで嫁の寝室を移る青峰のローテーションは一度だって狂ってない。
遅い時間まで赤司が真剣にパソコンと向き合ってたって赤司の部屋でイビキかいてたし、黒子っちが仕事で疲れてへとへとになって帰って来ても風呂入って速攻で黒子っちの部屋に閉じ篭る。
掃除機掛けしてるオレのケツを撫でてちょっといちゃいちゃ展開になったって、その夜がオレの番じゃなければ絶対にオレの部屋には来ないし、赤司が危険日かもしれないっていう日にもちょっともったいなさそうな顔をしながらオレや黒子っちの部屋に行く。

青峰家のルールは、完全に徹底されていた。
誕生日ごときで、それが覆されるなんて思うわけもなかった。





そして当日。よく晴れた昼前に、オレと青峰は家を出た。

「どこ行くんだよ?」
「んー、考えたんスけど、青峰っち、あんまこの町出たことないっしょ?」
「まあ。用事ねーし」
「オレが昔住んでたとこ連れてってあげるっス!通ってたカフェでランチして、服とか見に行って、そしたらその後は……、行ってのお楽しみっス!」

オレの誕生日のデートプランを、オレが自分で考えるのってなんかおかしくないか?って思わなくもないけど、行きたいとこへ行ってしたいことをさせて貰えるのに文句はない。
定番のデートパターンではあるけれど、たぶん、青峰はこういうの馴れてないはずだ。

「カフェでランチなぁ……、腹膨れんのかよ?焼肉行こうぜ」
「オレの行きたいとこでいいっつったじゃん!今日はオレが王様っスよ!青峰っちは黙ってオレについてくるっス!」
「へーへー。ったく、しょーがねーな」

気が進まないって顔をしながらも、渡した切符は素直に受け取り、駅の改札を通って東京行きの電車へ乗る。
ちょっとだけ長い旅路になるけれど、何を話そうか。ウキウキしながら空いてる席に座るけど。

「……ま、こーなるっスよね」

電車が出発して2分で青峰は勝手に寝た。




おしゃれなカフェのランチではやっぱり青峰の腹は満たされず、買い物するのを諦めて、オレたちはマジバに立ち寄ることにした。
時間が経つのは早くって、気付けばもう夕方だ。ってことで、オレは事前に予約しておいたスポーツ施設へ青峰を誘導する。

「……おい、ここで何するつもりだよ?」
「決まってるっしょ、オレと青峰っちっスよ?いい靴履いてるっスね、青峰っち。さーて、現役退いて早数年のオレに勝てるかな?」
「……やんねーよ。他行くぞ」
「え?!ま、待った!せっかく来たんだから、一本くらいやろーよ、1on1!」
「やんねぇっつってんだろ」

オレの目的を知った途端、みるみるうちに不機嫌になった青峰が心底やりたくないって思ってるのは分かった。だけどオレは引かない。青峰の腕を掴んで引き止め、誕生日の権利を振りかざす。

「付き合ってくれるって言ったじゃないっスか。オレ、ずっと楽しみにしてたんスよ?」
「……バスケがやりてーなら、征十郎かテツに付き合って貰えよ。あいつらも、今でも充分動けるらしいぜ?」
「オレは青峰っちとやりたいんスよ!中学の頃みたいに。……楽しかったっスよね、毎日毎日飽きもせず、日が暮れるまでやり合って」
「忘れた。つーかお前、一度もオレに勝てなかったくせに楽しかったのかよ?マゾか?」
「違うっスよ!勝負のゆくえより、アンタと真剣勝負できるのが楽しかったんス。かっこよかったな、あの頃の青峰っち。勝てるわけねーなって思っても、なんべんも挑みたくなったのはさ、……いつまでも間近で見たかったからっスよ」
「……」
「3本先取でいいっス!5本でもオッケーっスから!ねえ、青峰っち!」

唇を結んでオレを睨む青峰の目つきが、次第にゆるんでいくのが分かった。
そうだ。中学時代だって、オレは青峰に何度も勝負を挑んで、断られても食い下がって、最終的には満足いくまで相手をして貰ってる。今回だって、きっと。

「しょーがねーな。わかったわかった、やってやる。その代わり、オレが勝ったら、お前」

負けられない条件を提示しつつも、青峰は受けてくれるって信じてた。

「この後ホテルでセックスだからな」

これは、本当に負けられない条件だったけど。




週イチでミニバスチームのコーチをやってるだけの男のくせに、対峙した青峰の気迫は半端なかった。
これが、まるっきりブランクの空いたオレとの違いなのかって圧倒されかけたけど、青峰が本気でオレとやろうとしてくれてんのが分かって嬉しくて、オレも、長い間仕舞いこんでた闘争心を引き摺り出す。
手強い相手だ。だけど、まったく歯が立たなかったわけじゃない。ブチ抜いてしまえばオレのシュートは確実に入る。その次は、青峰を止めればいいだけの話だ。

それはそんなに難しいことでもなかったはずなのに。

「くそ!青峰っち、もっかい!もっかいっス!」
「……もう3本決めただろーが。諦めろよ。お前じゃ、何年かかってもオレには勝てねぇんだよ」
「うー、そんなことねーっス!もうちょいカンを取り戻したら、1本くらい……」
「取らせねーよ、バーカ。つうか、お前しつけぇ。どうせ抜かれんだから、食い下がってくんなよ」
「うるさいっス!そんなこと言って……、さっき、一瞬ひやっとしてたっしょ。それに……、ちょっと笑ってたっスよ?」

その指摘には青峰も不意をつかれたような表情をする。たぶん、自覚はなかったんだろう。だって、わざとらしくなかった。思わず、みたいな笑い方だった。

「オレとやるの、楽しいっしょ?いんスよ?あと3本付き合ってあげても?」
「……もういいって。これ以上はさすがに」
「えー、まだまだいけるっしょ!オレは全然!」
「ああ、次はお前を抜けねーよ」
「またそんな、……え?」

転がってるボールを片手で拾いあげた青峰が、いま、なんか、おかしなことを言った。
また自信過剰なことを言いやがってって流そうとしたけど、違った。青峰の口から出たとは思えない弱気な発言に、オレは耳を疑う。

「いま、なんて……」
「わりと、動けんじゃん?小学生のガキ共相手にしてんのとはやっぱ違ぇな。あーめんどくせ。お前、そんなにバスケ出来んなら現役復帰しろっての」
「そりゃこっちのセリフっスよ!アンタこそ、キレッキレじゃないっスか……。次、やったって、たぶん」
「だから、もうオレの足はお前の動きに合わせらんねーっつってんだよ。これ以上やってオレが歩けなくなったら、どうやって帰んだよ。テメーが背負ってくのかよ?」
「足って……、……どうか、したんスか?」

青峰は、嘘でも自分の不調を原因に勝負を避けるようなことはしない人だった。
眠いから、とか、めんどくさいから、とか。そんなふざけた理由で逃げられることはあったけれど、実際に故障気味のときだって、それを理由にオレを拒絶したことはない。
だとしたら、いまのは。

「怪我……したんスか?」
「……高三のときにな。リハビリしていまの状態まで戻したけど、こっから先は改善なしだ」
「嘘でしょ……?そんなの、オレ……」
「……だから嫌だっつったんだよ、お前と1on1やるの」

持ち上げたボールをゴールに向かって打てば、それは磁石でもくっついてるのかってくらい正確にリングをくぐり抜ける。どんな体勢で打っても、青峰のシュートは決して外れない。その摩訶不思議現象は、いまでもこの目で確認することができるのに。

「つうか、それならそうって先に言ってくれりゃいいじゃん!そしたらオレ……」
「どうしてもオレと、やりたかったんだろ?」
「そ、それは……」
「手抜きじゃなく、ガチの勝負で。……先に話したらお前、やめるか、オレに遠慮して手加減してただろ。……冗談じゃねーよ、お前なんかに気ぃ遣われて、たまるかってんだ」
「だ、だからって…!」
「……もう、引けよ。カッコイイオレは見せてやっただろ?オラ、もう行くぞ。ここでくっちゃべってても、時間の無駄、」
「オレ、背負うよ」

青峰が、どんな気持ちでオレの勝負を受けてくれたのか。
はっきりと理解したオレは、当然、こうとしか言えない。

「青峰っちが全力出しきってフラフラになったら、オレが背負って連れてく。だから……、また、やろうよ」
「……お前なぁ、オレの話」
「聞いてるよっ!でも、アンタはバスケやめちゃダメだ!だって、まだ、全然好きじゃん!」
「……っ」
「バレないと思った?バカじゃん?オレ、ずっとアンタのこと見てたんスよ?ほかの相手としてる時だって、アンタの技を盗みたくて目を皿にしてじっと見てた!……だから、分かるよ。青峰っちがいまもバスケ好きで、強い相手とやりたくて、でも、諦めようと思ってるってこと。……諦めなくて、いんスよ」
「……バカはどっちだよ。お前と違って、オレの足は」
「だからっ、使い物にならなくなったらオレが引き摺ってってやるって言ってんだ!オレを誰だと思ってんスか?オレは、アンタの……っ」

やりたいことがあるなら、気が済むまでやって欲しい。
あとのことはどーだっていい。もし本当にダメになって立てなくなったとしても。オレの全身で、青峰を支えることができる。
だってオレはデカいんだ。赤司や黒子っちと違って、全体重をかけられたってへっちゃらだ。
そのオレが、アンタの嫁になってやったんだ。心配はない。自由に使っていい。
これは、アンタが言ったんだ。
オレの使用権を持っているのは、他の誰でもない。

「……アンタのもん、なんスから。他の嫁に活用させる前に、……青峰っちの役に、立たせてよ」



震える声で、呟いた。
少しの間、静寂があたりを包みこんだ。
それから、青峰が。
小さな声で、「黄瀬」とオレを呼んで。


きつく、抱き締められたその瞬間。
オレの胸に響いたのは、黒子っちの発言だ。

(ボクの幸せは、あの人の幸せなので)

それは、こういうことなんだって。
無言でオレを抱き締める、青峰の体温と息遣いがオレに強く、教えてくれた。







それから次の勝負に移ることはなく、レンタル時間経過の一歩前でオレたちは施設を後にした。
ほぼ無言で並んで歩いて、向かう先は最寄駅。そろそろ帰らないと、田舎へ向かう電車の終電時間はギリギリだ。

「……今日、オレと1on1したこと、テツには言うなよ」
「え?あ、ああ、心配しちゃうっスもんね。わかった、内緒にしとくっス」
「いや……。……あいつも、お前と同じようなこと言ってたんだよ。オレにまた、バスケやれって。バスケしてる時のオレが、一番オレらしいからとか何とか言って」
「え……?」

黒子っちの大好きな青峰に無茶させたことがバレたら、黒子っちは激怒するだろうと思った。
だけど、そうだ。黒子っちだって、周りのひとのことを良く見てる。オレが気付くような青峰の状態に、黒子っちが気付かないなんてことはないだろう。
でも、だとしたら。

「……黒子っちのお願いは、聞いてあげなかったんスか?」
「……一応、ミニバスのコーチはテツが持ってきた話で、それ受けてやって叶えたつもりだった。まあ、あいつはそれをきっかけに、オレを現役復帰させよーと企んでたのかもしれねぇけど。無理だっつって、バッシュも全部捨てさせたんだよな」
「じゃあ、喜んでくれるんじゃないんスか?だって青峰っち、またやるんスよね?」
「……それとこれとは話はべつだ。あっさりやるわっつったら、テツの頼みは無視してたのに、お前のわがままは聞いてやってるみてぇになるだろ」
「それは、……まずいっスね。逆の立場だったら家出モンっスわ」
「テツはお前みてーにガキじゃねーからそこまでバカやんねーと思うけど、とりあえず、黙ってろ」
「了解っス。……ところで、青峰っち」

駅に到着し、券売機で切符を購入すべく、サイフから硬貨を取り出した青峰っちの横顔を見ながらオレはすっかりと有耶無耶になっていた事実を引き出した。

「勝負の条件は、流れたって考えていいんスね?」
「……」

田舎までの切符を二人分。ボタンを押して、出てきた切符を青峰はすぐに持ち上げようとしなかった。

「……まあ、今日はもう時間ないっスもんね。それに、3本で終わっちゃったし。あれ、本当は5本勝負だったし、決着は次の機会に持ち越しってことでいっか」

動かない青峰の代わりに手を伸ばし、二枚の切符を取って一枚を青峰の手の中に無理やり押し込む。
そして改札へ足を向けるけど、青峰はオレについてこない。

「青峰っち?どうし……」
「テメーは、ほんとに……。……黙っときゃ、それで済むようなことを」
「え?」
「決着はついたっつーの」


改札の向こうにある表示板には、最終電車の時刻が表示されている。
はやく、ホームへ行かないと。二人が、オレたちの帰りを待っているんだから。

「青峰っち、帰らなきゃ、」
「……帰れねーよ」




少し焦るオレの眼前で、青峰は、手にしていた切符をびりびりに破いた。
目を疑う光景に、何も言えず。ただ呆然と立ち尽くすオレに近づいてきた青峰は、まっすぐオレの目を見据えながら。

「行くぞ」

がっしりとオレの腕を掴み、改札とは逆の方角へ走りだす。
その力強い腕を、振り解くことなんていまのオレには出来なかった。











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