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「ショック療法が有効かもしれません」
「そうだな。テツヤ、媚薬とローターの調達を頼む。縛るのはオレが引き受けよう」
「それ専用の縄とかもありますよ。傷痕がつきにくくて便利なものです」
「ならば用意を頼む。……三日以内に仕上げないとな」
「あ、朝っぱらから物騒な相談しないで欲しいっス!!ていうか、これは青峰っちも同意の上っスから!!そ、そんな怒んないでよ……」

翌朝の食卓には、赤飯が出されていた。
オレと青峰の初夜をお祝いする朝食メニューだったのだけど、残念ながら二人のお気遣いは無駄に終わる。青峰は、朝までオレを抱き締めて眠るというきわめて健全な状態で一夜を過ごしたのだ。

その事実をおずおずと打ち明けた途端、二人の嫁の顔から表情が消えた。
なんだこのクズは、って目で見られた末にこんな相談が目の前で行われて、居た堪れない気持ちも吹き飛んでしまった。

「よ、嫁としてやるべきことはちゃんとやるっス!赤司っち、今日の夕飯作り、オレも手伝うから!」
「いや、結構だ。涼太の図体で台所に立たれると、狭くてやり辛い」
「黒子っち!オレ、黒子っちの部屋も隅々までお掃除しとくね!床もワックス掛けてピッカピカにしとくっス!」
「ボクの部屋は和室なので、やめてください。掃除機掛けも、畳が傷みそうなのでいりません。それよりも涼太くんは自分の尻穴の拡張に励んでいてください」
「赤司っち、黒子っちぃ……」
「これはどうだろう。明後日の朝、涼太の肛門に媚薬を塗った貞操帯仕様のバイブを取り付け、鍵を大輝に預ける。そうすればすぐにでも挿入が可能だろう?」
「やめて!!!爽やかな顔してエグいアイディア出さないで!!!……ほんとに、大丈夫っスから!いまはむりでも、そのうち……、もうちょっとしたら、たぶん、普通に出来るんで……」

できる、はずだ。
だって、オレはちゃんと青峰のことが好きなんだ。
昨晩みたいに、くっついて寝るのは安心出来たし気持ち良かった。ちょっとずつ馴らして貰えば、受け入れられる日はきっとくる。……他のを入れたことはあるわけだし。
それに、青峰は約束してくれた。オレがダメだからって、赤司や黒子っちに被害が及ぶようなことはないって。二人のことはちゃんと大事にしてくれる。今までと同様、体格や体力差を考慮して、無理のない性生活を送れるって言ってた。

「そんなことは心配していないが……、まったく、大輝は涼太に甘過ぎるな」
「……ボクは、全然納得出来ません」
「黒子っち?」
「セックスもさせない嫁なんて、無能としか言えないじゃないですか。涼太くん、君は何のためにこの家に嫁いできたんですか?大輝くんが何と言おうが、ボクは許せません。……彼に抱かれる覚悟がないのなら、即刻この家から出て行ってください」
「テツヤ、やめろ」
「く、黒子っち……」

黒子っちに、見たこともない冷たい表情でそう言われ、オレはものすごく悲しい気持ちになる。
黒子っちの言葉は正しい。夫とのエッチを拒む嫁なんて、その機能を果たして居ないにもほどがある。黒子っちは青峰っちのことを凄く好きで、あいつの願いを何でも叶えてあげたいって思って居るのだから、オレの態度が許せないっていうのはもっともだ。

「ご、ごめん、オレ……」
「……テツヤ、言い過ぎだ。たしかに涼太の態度は大輝の妻として相応しくないが、他でもない、大輝がそれを容認したんだ。ならば、オレたちに不満を唱える資格はない」
「ですが、征十郎くん……」
「テツヤは大輝のことを、傍でずっと見てきた。だからこそ、大輝がもっとも望むことが理解でき、それが叶えられぬと分かれば歯がゆい気持ちになるのだろう?だが、考えてみろ。ここで涼太をこの家から追い出したところで、もっとも悲しむのは誰だ?」
「……仕事へ行ってきます。涼太くん、ボクの部屋には絶対に入らないでくださいね」

最後まで冷たい表情のまま出掛けて行った黒子っちを見送りながら、オレはとてつもない後悔に襲われる。
嘘でも、ちゃんとエッチしたって言えばよかった。黒子っちにあんな顔をされるのは、すごく辛かった。

「涼太、あまり気に病むな。テツヤは大輝のこととなると、ああやって感情的になることが以前から頻繁にあった。オレが家の都合で海外に出向くことになった時も、大輝を置いて海外旅行なんて嫁の風上にもおけないと憤慨していたな」
「あ、赤司っちに対してもっスか?!あの黒子っちが……」
「情の深い男だよ。その傾向は中学の頃から認識していたけれど……、オレたちがこの地を離れている間に、何かあったのかもしれないな。テツヤの大輝への執着心は、いっそう強くなっている」
「……そうなんスかね。……っていうか、いまさらな疑問っスけど、……第一夫人は、赤司っちなんスね?」

赤司は、高校を卒業して地元に戻って来てすぐに青峰と結婚したって言っていた。
でもその間、青峰の側にはずっと黒子っちがいたはず。それなのに、黒子っちは二番目なのかって今になって気がついて訊ねると、赤司は苦笑を浮かべながら教えてくれた。

「これも話したと思うが……、オレが京都からこちらへ戻ってきたのは、大輝の妻となるためだ。婚約は、高校在籍中に決定していた。当時、大輝とテツヤは恋人関係にあったと思うが、籍は入れていなかった」
「へ?!つ、付き合ってる相手がいるのに、赤司っちと結婚したんスかあいつ……?」
「この町がハレ婚特区に制定されたのは、オレたちが高三の頃だ。……この条例発足に際して、議員であるオレの父が積極的に動いていてね。成功のモデルケースを作るために、オレと大輝の入籍が取り決まった。分かるだろう?オレが青峰家の第一夫人である理由は、父の顔を立てるためだけだ」
「……そ、それって……、せ、政略結婚ってやつ、なんじゃ……」
「そんな時代ではないけどね。それに、大輝はオレに対してもテツヤと同様に恋人のような顔で接してくれた。……不満は、あまりなかったよ」
「赤司っち……」

思わぬ事実をつきつけられ、どんなリアクションを取ったらいいか分からなくなる。
それに。……思い出してしまった。いま、こうして何もかも受け入れたような顔でオレの前にいる赤司は、たしか、中学のとき。

「あ、あのさ、赤司っちって、昔……」
「そろそろ大輝を起こしてくるか。今日は天気がいいから、すべての蒲団を干したいな。手伝ってくれるか?涼太」
「え?あ、それはもちろん!力仕事なら任せて欲しいっス!」

昔話の結末はうやむやにされてしまったけれど、なんだか、胸の奥がざわざわした。
それまで記憶の彼方に葬り去ってた事実がある。中学の頃、それはわりと有名だった。

中学時代の赤司には。
ひとつ年上の先輩との噂があった。






「つうかそれ、オレらの部活の先輩だぜ。覚えてねーの?お前よくヤキ入れられてたじゃん」
「ぅ覚えてるっスよ!オレ、入部したての時めっちゃ怒られたっスもん!……赤司っちの前の主将っしょ?」
「おー、虹村さん」
「そうそう、虹村サン。……あのひと、赤司っちの彼氏だったんスか?」
「そこは知らなかったのかよ……」

蒲団を干しに青峰を叩き起こしに行ったら、オレの蒲団が薄っぺら過ぎて身体が痛いと苦情を申し立てられた。
それを赤司に伝えたら、急な引越しだったので古い蒲団しか用意できなかったことを伝えそびれていたってことで、いま、オレは青峰と一緒に寝具の買い出しに出ている。
オレの蒲団なんだから一人で買いに行けるって主張したけど、田舎町に寝具屋さんはないのでちょっと車を使って遠出しなきゃならなくて、都会暮らしが長かったオレは免許を持ってない。そんなわけで、青峰に車を出して貰うついでに荷物持ちを手伝ってもらうことになったのだ。

運転する青峰を見たのは初めてで、ちょっとばかりその横顔にときめきそうになる。
でもそれは置いといて、オレは今朝、赤司との会話で思いだしたことの確認を青峰にしてみた。
そうすると。覚えていそうで覚えていなかった事実が浮き彫りになったのだ。

「虹村サンって、おっかないイメージしかないんスけど……元ヤンだったっスよね?」
「……まあ、だろうな」
「赤司っちってちょとヤンキー入ってる感じがタイプなんスかねぇ……」
「オレのどこがヤンキーだよ」
「え」
「テメーコラ、ドリフトかますぞ」

対向車の影も形もない見晴らしのいい公道で、急にアクセルを踏み込んだのにビックリして思わずシートベルトにしがみつく。そのリアクションが大袈裟すぎだって青峰は笑うけど、しょうがないだろ、オレはまだ馴れてないんだから。

「暴走族め……」
「おー。吹っ飛ばされねーようにしっかり掴まっとけ。ま、先月切符切られたばっかだからやんねーけど」
「安全運転しろよ!」
「へいへい。で?虹村が何だって?」
「え?なんだっけ……。あ、そうそう、今朝ちょっと、赤司っちが青峰っちと結婚した流れ聞いてさ。……その、元カレさんとはどーなったのかなって気になっただけっス」
「お前ホント覚えてねーの?2年の終わり頃、征十郎のやつめちゃくちゃ荒れてたじゃん」
「……そうだっけ?赤司っちはずっと今みたいに大人な感じじゃなかった?」
「虹村さんがいなくなってっからだよ。半年くらい荒んだ生活送ってたぜ、あいつ」
「えー……想像つかないんスけど。ってか、いなくなったって?……一個上なら、卒業したってことじゃないんスか?」
「その後の進路が問題だったんだよ」
「どこの高校行ったんスか?」
「アメリカ」

ヤンキーの先輩の進路だ。
オレみたいに都会大好きっ子で、一刻も早く田舎を抜け出したいと夢見てた中坊ならともかく、後輩の恋人がいて、それはあの誰が見ても最上級レベルの赤司で、しかもヤンキーの先輩が。まさか、海を越えた進路へ向かっていたなんて、この事実はオレの記憶の中には一切ない。

「そ、それじゃあ、赤司っちって……」
「……自分の進路決める時期になったら、なんか吹っ切れたみてーになってたけど。初めてホレた男にポイ捨てされたのは、かなり堪えたんじゃねーの?」
「じゃねーのって……、その時の赤司っちのこと、アンタ覚えてるんだろ?え、ひょっとして、失恋の傷を癒してあげたのが青峰っちで、今の結婚生活に至るって話っスか?!」
「んなわけねーだろ。征十郎も言ってただろ?オレとあいつは、征略結婚みてーなもんだったって。中坊の頃なんざ、ろくに話もしてねーし。……どっかの誰かさんがオレに構って構ってってうるさかったからな」
「誰のことっスか。……それはそうと、赤司っちが男にフラれてたなんて……。意外過ぎるっス」
「お前だってフラれまくってただろ」
「オレはフる方っスよ!ちょっと騙され易かっただけで、最後は自分からトドメ刺してたっス!!あ、いや、赤司っちも最終的には自分で虹村サンにお別れしたのかな?……そうだと、いいっスけど」
「……何が気になるんだよ?」
「いや……だって、政略結婚っスよ?赤司っちが、今もまだ虹村サンに未練があったとしたら、アンタすんごいヒドイ男っスよ?」
「……征十郎はそんな器じゃねーよ。あいつはお前とは違うんだ。テメーが一緒になる男くらい、テメーで決めれる」
「うわ、ひっど!!赤司っちがホントに吹っ切れてたとしてもひっど!!どーするんスか、虹村サンがある日突然ひょっこり帰って来て、やっぱ赤司貰うわって連れ去っちゃったりしたら」
「……それ決めんのも征十郎自身だろ。大丈夫だ。あいつはしっかりしてっから」

不穏な想像をするオレに、だけど青峰は何も疑ってないって顔をして言い切る。

「あいつの言うことは、大体正しいからな」

その揺るぎない信頼感を見せつけられて、オレは内心、もやっとした。





「ただいまーっス!青峰っち、そっちちゃんと持ってよ!ドアに引っ掛かってるっスよ!」
「……なんでこんなデケー蒲団買ってんだよ。無駄金使って、テツに怒られても知らねぇぞ?」
「そのサイズの中では一番安いの選んだっスよ!それに、どーせアンタも使う蒲団なんスからね!これから暑くなったら、昨日みたいにべったり抱っこして寝たりとか無理っスから!」
「へーへー。……お、征十郎。ただいま」

ぎゃんぎゃん騒ぎたてながら、新品の寝具一式を家の中に運びこんでたら、奥の部屋から赤司が出てきてくれて、運ぶのを手伝ってくれた。
この蒲団代は青峰家の家計費から出して貰ったものだけど、実は赤司と黒子っちにもお土産がある。オレのなけなしの貯金をはたいて買ったものだ。

「見て!赤司っち!新しいパジャマっス!」
「……これをオレに?」
「オレは止めたんだぜ?征十郎は寝る時大体浴衣だし」
「いーじゃないっスかたまには!青峰っちだって可愛いって言ってたじゃないっスか、この柄!」
「女みてーだっつったんだよ。……つうか、なんで征十郎とテツだけだよ。テメーの分はどうした」
「いやいや、オレが一番似合わないって話じゃないっスか?オレ、パジャマなんて幼稚園以来まったく着て寝てねっスもん」
「んなの、征十郎だって……」
「オレは中学まで着ていたよ。……懐かしいな。ありがとう、涼太。テツヤもきっと、喜ぶよ」

都会暮らししてた時はちょっとしたモデルのバイトもしたことのあるオレがチョイスしたパジャマだ。そんなに高いもんじゃないけど、赤司ははにかんだ笑みを浮かべてオレのプレゼントを受け取ってくれた。

「お返しに、涼太には浴衣を誂えさせて貰おうかな」
「え?!オレ、浴衣着て寝たらもうぐっちゃぐちゃっスよ?布巻いて寝た人状態っスよ?」
「着てねーな、それ」
「セックスする際には非常に楽だけど」
「えぇと、赤司っち……」
「冗談だ。……昨年の納涼祭に、テツヤと二人で浴衣を着て花火を観に行ったんだ。今年の夏は、涼太も一緒だ」
「え?お祭りっスか?!あ、中学の頃みんなで行ったっスよね!花火大会か〜、懐かしっスね!」
「お前、あの時も浴衣着てなかったか?女物の」
「女物じゃねっスよ!柄は可愛めだったけど、れっきとしたメンズ浴衣だったっス!つーか、サイズ的にオレが女物着れるわけないじゃないっスか!」
「あとでじっくりと採寸させて貰うよ。……鼻の下を伸ばすなよ、大輝」
「あ?!う、うるせーな、伸ばしてねーよ!誰が、こんなゴツイ男の浴衣姿に興奮するってんだ!」
「そーっスよ!赤司っちの浴衣姿ならぐっと来るもんがあるっスけど、どう考えたってオレの浴衣は……、ってオイ!青峰っち今何つった?!」

どさくさに紛れて体型をディスられたことに気付いて青峰を睨むけど、その緊迫感は赤司の鈴鳴りみたいな可愛らしい笑い声によってしゅん、と消えた。
……赤司って、こんな笑い方もするんだ。オレ、初めて見た、かも。

「本当に、お前たちは中学時代と変わらないな。……お前たちのやり取りを見ていると、オレ自身もあの当時に遡ったような気分になるよ」
「だって赤司っち!こいつ……っ」
「安心してくれ。涼太には、大輝の鼻を明かすような色っぽい浴衣を着付けてやる。待ちきれずに野外で脱がしたくなるような姿にね」
「おう、去年のテツはたまんなかったな」
「はぁ?!アンタ、黒子っちに野外プレイを申し込んだんっスか?!バカじゃねーの?!あの白い肌が蚊に食われたらどう責任取るつもりなんスか!」
「あー、虫刺されもわかんねーくらいカモフラージュしてやったけど」
「……最低っス!赤司っち、こいつ今度素っ裸にして夜の庭に放り出して蚊の餌食にしてやろっ!!」
「……そうだね。……夏の訪れが、楽しみだ」

やっぱり黒子っちに酷い仕打ちをしてた青峰が許せなくて仕返ししなきゃ気が済まないって思いで赤司に同意を求めたら、赤司は、さっきとは違う笑い方でオレたちを見ていた。
その微細な変化に、思わずオレはドキっとなる。

「そろそろ夕食の支度に取りかかるよ。涼太、大輝、お前たちは買ってきた寝具の調子でも見て来い。……くれぐれも、汚さない程度にね」

そして冗談だか本気なのか区別のつかない表情を見せた赤司は、足音も立たない上品な歩き方でダイニングの方へ消えて行った。





中学の頃はあんまり感情を見せなくて、大人で、リアクションの薄い人だなって印象が強かった。
だけど、こうして一緒に暮らしていると、赤司の笑い方は色んな種類がある。あの人も、腹を抱えて全力で笑い転げることもあるのだろうか。

「はぁー、ふっかふか!見てて、青峰っち!オレの華麗なダイブを!」
「バッカ、埃になんだろ!ガキか、テメーは」
「あははっ!昨日までの蒲団がお煎餅だっただけに、最高っスわこの感触!」
「へー。どれ?」

ぼふっと蒲団にダイブしてごろんと転がって仰向けになったオレの視界が、途端に暗くなる。うって思った直後、目の前には青峰の顔面があった。

「……ちょっと青峰っち、何スかこの体勢」
「感触確かめてやってんだろ。……ちょっと柔らか過ぎじゃね?」
「そおっスか?でも、やわらかいほうが背中痛くならなそーじゃん?」
「お前どけよ。オレが寝る」
「うわっ、ちょ……!」

せっかくいい感触を味わっていたのに、青峰はオレの体をごろりと横に転がし、さっきまでオレが寝てたとこに仰向けになった。
場所を取られたのにムカついて、もーって思いながら四つんばいで青峰の隣に近付く。青峰がオレを見上げながら笑った。

「やっぱこれやわらか過ぎんだろ。お前にはもったいねーな」
「は?!何スかそれ、オレの蒲団強奪する気まんまんじゃないっスか!」
「あー眠たくなってきた。黄瀬、オレこのまま寝るからメシ出来たら起こせよ」
「ふ、ふざけんな!オレの蒲団っスよ!?それに、今寝たら夜寝れなくなって赤司っちが大迷惑……って、青峰っち!目ぇ閉じんな!!」

ふわふわの蒲団に寝転がって、本気で寝てしまいそうな青峰に焦ったオレは、そのでかい図体の上に馬乗りになって首締めて起こそうとした。
そしたらその手が、下から引っ張られて。
「うわっ!!」
「……だったら、眠気も吹き飛ぶようなことでもするか?」
バランスを崩したオレの身体はまんまと青峰の上に倒れ込み、すかさず青峰の腕がオレの背中と腰に回ってぎゅっと羽交い絞めにされる。
なんだこれ。昨日の今日で、またオレを抱き枕にするつもりか。冗談じゃない。オレはこんな堅い抱き枕は嫌だ。
「は、なせよ……っ!まだ、寝る時間じゃないって、……ひっ!!」
拘束から逃れようと身を捩った瞬間、オレの身体から一気に力が抜かれてしまう。
腰に回った青峰の手が、いきなり、オレのパンツの中に入って来たからだ。
「ちょ、青峰っち……っ、どこに手ぇ突っ込んでんスか!」
「ホント、感触いーな、お前の肌は。堅ぇけど」
「んなの、あたりま、……ぃっ?!」

本当に、勘弁して欲しい。
まだ、夕飯時間さえも迎えてないのに。
パンツの中に入って来た青峰の手が、脇目も振らずに探り当てたのは、ケツの割れ目だ。当然、濡らしてもいない指を宛がわれたところで中に入るはずもないのだけど。乾いた指先が、つう、とそこをなぞるだけで、オレの背筋にビビっとしたもんが流れて、すごく嫌な予感がした。

「ま、待って、青峰っち……っ、んなとこ、触んないでっ」
「いま、軽く口開いたけど?」
「ひ、らいてねぇよ……っ!マジ、むり、だから……っ、はな、して……、はぁっ、や、だ……っ!」

堅く目を閉じて、ついでに尻の穴も締まるように力むと、すぐ近くで青峰が低く笑う音が聞こえた。
くそ、馬鹿にしやがって。怒鳴りつけてやろうと思ったけど、穴をなぞることを諦めた青峰の手が動きを変え、片方のケツをがしっと鷲掴みにしてきたのでオレは何も言えなくなった。

「ぁ、青峰っちぃ〜……っ」
「小せーケツだな、オイ。……なあ、早く、ここで咥えられるよーにしろよ?」
「……っ、オッサンみたいなこと、言ってんじゃねー……っ!」
「誰がオッサンだ。ケツ割るぞ?オラ」
「もう割れてるよ!ったく、人のケツで遊ぶな、ばか」

やらしい手つきが打って変わって、悪戯小僧みたいにオレのケツをぱちぱち叩く。おかげで変な気分になりそうだったのがどっかに飛んで、オレはちゃんと悪態をつくことができたわけだけど。

「もー、青峰っち、いい加減に……」
「何をしているんですか?」


離してくれと、改めて訴えようとしたその時だ。
ドアのほうから聞こえた冷たい声音に、びっくりして視線を向ける。ドアはいつ開いてたのか、それとも最初から開けっぱなしのままじゃれ合ってたのか。そこには、黒子っちが冷たい目をして立っていた。

「く、黒子っち!お、おかえりなさいっス!」
「……じきに夕食なんで、ダイニングに来て下さい。征十郎くん一人で大変そうなんで」
「え?で、でも、オレが台所手伝ったら邪魔だって……」
「食器を運ぶくらい、出来るでしょう?早く移動してください。……それと、大輝くん」

未だにパンツの中にあった青峰の手を無理やり引き剥がし、体を起こす。青峰は寝転んだまま、黒子っちの氷のような声を聞いてる。

「……涼太くんとの夜までは、あと二日あります。勘違い、しないでくださいね?」


黒子っちの静かな怒りは、ふてぶてしい青峰の表情をぴしりと強張らせるくらいには効果的なようだった。






「そうですか、蒲団を。すいません、ボクも気にはなっていたんですけど、忙しくて後回しにしてしまいました。……昨晩は寝苦しかったでしょう?無駄な夜を過ごしていたそうですけど」

食事の席で煎餅蒲団を買い替えたことを報告すると、黒子っちは真顔のまま淡々とそう言った。
正直、オレは黒子っちのリアクションが掴み難くて言葉に詰まっている。さっきはオレの番じゃないのにいちゃつくなって怒ってたのに、いまは昨晩何もせずにただ寝てたことを責められているようだ。黒子っちは、オレと青峰に仲良くしていて欲しいのか、そうじゃないのか、いまいちよくわからない。

「そうだ、テツヤ。涼太がお土産を買ってきてくれたそうだよ」
「え?……お土産ですか?」
「そ、そーなんス!オレの自腹っス!黒子っち、はい、これ!」

重たい雰囲気の中、赤司の落ち着いた声によって弾かれたように立ち上がり、黒子っちへのプレゼントを手に取る。
どうぞ、と差し出すと。黒子っちは大きな目を丸く見開いて、受け取ってくれた。

「あり、がとうございます……」
「黒子っちも寝る時はTシャツ派っスよね!昼間、赤司っちとも話してたんスけど、いくつくらいまでパジャマで寝てた?」
「そうですね……。小学生の頃はパジャマだった気がします」
「あ?テツは中学のときもパジャマ着てたじゃねーか」
「……ああ、そうですね。……大輝くんと暮らすようになって、パジャマを着なくなったんですね」

記憶違いがあったようだけど、それを正したのはなぜか当時は他人だったはずの青峰だ。
なんで?!って思って青峰を見るけど、オレの視線に気付いてるくせにこっちを見ない青峰はもくもくとごはんをかっ食らってる。

「……黒子っちって、中学のころ、青峰っちと一緒に住んでた……んスか?」
仕方がないから自分で聞くと、黒子っちは少し答えるのを待ってから、こくんと頷いた。
「うっそ、それっていつ?オレ、全然知らなかった……!」
「誰にも言ってませんでしたから」
「赤司っち、知ってた?」
「いや。オレも、この家に嫁いで来てから初めて聞かされたことだ。当時のテツヤは億尾にも出さなかったけれど……、大変だったそうだね」
「……大輝くんがいなかったら、ボクはたぶん遠くの学校へ転校していたと思います。わりと、絶体絶命のピンチだったんで」
「そ、そんなに……?!」
「父親が、知人の借金の連帯保証人になっていて、その件で色々と。いまは両親ともこの地を離れて、長らく会ってないです」
「そ……そんなことがあったんスね……、……っていうか、」

本当、なのだろうか。
中学時代の黒子っちは、大人しくて、あんまり自己主張することもなくて。当たり前のようにそこにいて、オレと青峰がケンカしてる時も穏やかな雰囲気で見守ってくれて、すごく、安心出来る存在だった。
辛いことがあったなんて、全然感じさせなかった。だけど青峰は、黒子っちの辛さを分かって、助けてあげていたのか。

「本当に、色々ありましたよ。ボクは青峰くんに迷惑をかけたくなくて、ひとりで生活するためにお金を稼ごうとして……」
「テツ、余計なこと言うなよ」
「家族には、知って貰いたいです」
「……」
「く、黒子っち……?」
「援助交際をしようとしていました。結局、相手の人に声を掛けられた瞬間に大輝くんが飛んで来て、相手の人を殴って一緒に逃げることになったんですけど」

思いのほか、バイオレンスな展開だった。
日頃の大人しさと見た目の地味さに油断しがちだけど、たしかに黒子っちは昔から、時々すごく大胆で突拍子もない行動に出ることがあった。だけど、まさか、援助交際とか。黒子っちは中学の頃から可愛い顔をしていたし、そりゃ、出るとこ出たらお金出してでも相手して貰いたいって大人はごまんといただろう。だからって。

「う……、ひ、ひどい、話っスね……」
「……涼太くん?」
「黒子っちがそんなに思い詰めてたなんて、オレ、全然知らなくて……、……何も、してあげらんなかった……」

自分から話すのは、勇気がいっただろう。
だから、オレは気付いてあげなきゃいけなかった。
あんなに、毎日一緒にいたのに。青峰が気付けたようなことを、オレは、全然。

黒子っちのことだけじゃない。
昼間、青峰から聞いた赤司の過去。それも、オレはよく覚えてなかった。

どうして、オレは中学時代の思い出を美しいものとしか認識してなかったのだろう。
オレの周りには、こんなに傷付いていた人たちがいたのに。

「涼太くんは、知らないでいてくれて良かったんです」
「……え?」
「学校に行って、君が楽しそうに笑ってる姿を見たら、重たい気持ちも晴れました。それは、大輝くんも征十郎くんも、同じですよね?」

オレがひとりで能天気に笑ってたのは、決して悪いことじゃなかった。
そう言うように、黒子っちの視線を受けた赤司は微笑みながら頷いた。

「そうだな。涼太の明るさには自ずと引っ張られるところもあった。一家に一台は、欲しかった存在だ」
「赤司っち……」
「暗闇を照らす太陽のような男だ。そしてそれは今も変わらない。そうだろう?大輝」

話を振られた青峰へ視線を向ける。
青峰は、苦い表情を浮かべていた。空になった茶碗をテーブルに置いて、つまらなそうに呟く。

「べつに、うちに闇なんざねーけど。お前ら二人が言うなら、そーなんじゃねーの。どうせ、黄瀬の取り得はそれと、あと無駄にツラがいいことくれーなもんだし。こんなんでよけりゃ、自由に活用してくれ」
「なんでアンタがオレの使用権を振りかざしてんスか!」
「オレの嫁だろ?」
「ぐ……、それは、そうっスけどぉ!」
「ボクは大輝くんの許可をいただかなくても、涼太くんをフル活用させてもらうつもりですけど」
「黒子っち?!」
「いえ、大輝くんから奪ってやろうなんてことは考えてません。ただ、涼太くんは大輝くんの妻であると同時に、ボクたちの大事な家族ですから。……妹か弟が出来たみたいな気分です」

そう言ってふわっと笑った黒子っちに、思わず見惚れたオレはちょっと、泣いてしまいそうになる。
オレだって。赤司や黒子っちと家族になれたの、すごく嬉しい。実家に姉ちゃんはいるけれど、そっちもそこそこ大事なもんだけど。
後からやってきたオレをこうしてあたたかく迎え入れてくれた家族のために、出来ることはなんでもしてあげたいと心から思えた。

「……赤司っち、黒子っち!オレ、二人みたいな立派な嫁になるっス!」

青峰家の三人目の嫁として。二人のセンパイに、恥をかかせるようなマネだけはしたくない。
その決意をはっきりと表明すると、二人はにこやかに微笑んで。

「そうか、その言葉を待っていたよ。テツヤ、手配は進んでいるのか?」
「はい、お昼休みに通販予約したんで、近日中に届くと思います。色々あっておもしろいですね、ああいうの。征十郎くんも使ってみます?」
「いや、オレは遠慮しておくよ。……なんだ?大輝。使って欲しいのか?」
「悪かねーけど、前にテツに使ってやったやつがあったろ。あれどーした」
「使い回しは衛生上よろしくないので、数回使用したら処分してます。……新しいおもちゃなら、試してもいいですよ?」
「よし、メシ食ったらサイト教えろよ。オレが選んでや、ってぇな、黄瀬!何すんだっ!」
「く、黒子っちに変なこと仕込むのマジやめてっっ!!ほんと、そうするくらいなら、オレに……」

朝の会話の続きが始まったうえに、青峰がイキイキとして首を突っ込んだのがダメで、殴って止めて。
思わず余計なことを言いそうになったオレにみんなの視線が集中した途端。

「……オレにも、しないで欲しいっスけど」

青峰家の嫁たちは、総じてエロくて度胸がある。
堂々と青峰家の嫁を名乗るには、オレの精神力はまだまだ未熟だった。











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