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▼ 3





ひと騒動起こしながらも無事に青峰家に到着したオレたちを、二人の出来たお嫁さんたちは出迎えてくれた。

「おかえり。迎えに行かせた大輝がなかなか戻ってこなかったから、少し心配したよ」
「あ……、ご、ごめん、オレ、バイト先決められなかったっス」
「その話はもういい。……実は、大輝に余計なことを言うなと叱られてしまったんだ。涼太はまだこの家に嫁いできたばかりなのだから、自由にさせてやれと。オレも、人手が増えたことで思いのほか気分が高揚していたようだ。反省するよ」
「あ、赤司っちは悪くないっスよ!……でも、そのうちちゃんと仕事するから。青峰家の家計は三人でがんばって支えて行かないとっスからね!」

むんって腕を上げて力瘤のポーズをすると、赤司は小さく笑って「頼りにしてるよ」と言ってくれた。
そう、オレはちゃんと、この家の一員として必要とされている。
オレは、青峰家の嫁の一人として受け入れたのだから。



だけどまだ、この事実を受け入れるには大人になれていない気はする。

「大輝くん、ボク先に入浴して、部屋で待ってますね」
「おう。たっぷり風呂に浸かって身体休めて来いよ」
「そのあとは、お手柔らかにお願いします」

夕食の片付けを終え、当然のように青峰に声を掛けた黒子っちがダイニングを後にするのを、オレは緊張した面持ちで見送った。
今夜は、黒子っちの番なのだ。これから青峰は、黒子っちを抱くのだと。思い出してしまうと、なんだか腹の奥がざわついた。

「涼太、落ち着け。あと一日我慢すれば、次はお前の番だ」
「が、ガマンって……!そんなんじゃねぇっス!」
「んだよ、黄瀬。ガマン出来ねーのか?しょーがねーなァ」
「ち、違ぇよ!言っとくけど、オレはべつにアンタとエロいことする気はないっスからね!オレの番なんか、飛ばしてくれて結構っスから!」
「……まだそんなことを言っているのか」
「へぇへぇ。嫌がる相手と無理にヤるつもりはねーよ。征十郎、オレちょっと外で飲んでくるわ」
「酒の買い置きはあっただろう。わざわざ外に出ずとも……」
「今日はちっと高ぶってっからな。クールダウンしねーと、テツがヘロヘロになっちまうだろ?」
「はぁ?!あ、青峰っち!!アンタ、黒子っち相手にも手加減なしなんスか?!体格差考えろよっ!」
「よせ、涼太。……テツヤには伝えておく。大輝、気をつけて」
「おう、あとは頼んだぜ」

黒子っちが青峰に押し倒されている状況を想像したら黒子っちが可哀相になってしまい、思わず抗議したけれど、青峰は涼しい顔で去って行く。
あいつ、ほんと見境ないな。昨晩だって、赤司相手に結構遠慮ないことしてたっぽいし。自分よりも小柄な相手に、よくがっつけるなってムカムカしいたら、その横で青峰が平らげた食器を重ねていた赤司がくすくすと笑い出した。

「…何笑ってるんスか」
「いや。素直だな、と思ってね」
「はぁ?赤司っちは、ひどいと思わないんスか?!赤司っちは性格もしっかりしててやなことは嫌って言える人だからまだしも、黒子っち相手にもあんな……」
「大丈夫、大輝はテツヤが嫌がることはしないし、彼らの交わりは涼太が思うほど一方的なものではない。テツヤだって充分楽しんでいるよ。……ただ、クールダウンが必要なほど大輝が自制を心掛けているのは、珍しいな」
「へ?いや、それは当然しなきゃだめっしょ。黒子っちが壊れちゃ……」
「大輝が、誰のおかげで高ぶっているのか分からないのか?」

薄く笑いながら聞かれた質問の意味が分からなくて、首をかしげる。
誰のおかげって。そんなの、これから抱く相手のおかげに決まって、

「……昨晩もずいぶん興奮していたようだけど、本当に、涼太の嫁入り効果は覿面だな」
「え?……お、れ……?」
「素直なのはいいことだ。……明日の夜が楽しみだな、涼太」

かちゃかちゃと音を立てて重ねた食器を持ち上げ、赤司が席を立つ。
その背中をぼんやりと眺めながら、ゆっくりと理解していく。赤司が素直だと表現したのは、黒子っちに無体を働く青峰を想像して怒るオレじゃなくて。

「……そーいや、そーだったっスね」

中学の頃から望んでいた相手を嫁に迎えることを叶えたばかりの、青峰のテンションについてだったのだ。



むちゃくちゃ気恥ずかしくはあるけれど、悪い気はしない。
そんな昔からオレを想ってくれてる人がいた。オレは夢にも思わなかったけど。求められてるって、嬉しいことだ。

「ところで涼太、今朝の話だけど」

食器を洗い終えた赤司が濡れた手をタオルで拭いながら、ダイニングでテレビを見ていたオレの向かいの椅子に腰を下ろしながら言ってきた。
「セックスを好まないと言うのは、何か理由があってのことか?」
「ぶはっ!!え、あ……、そ、その話っスか」
「念のため、確認しておきたい。家族の一員としてね。……過去に交際した相手に、酷い仕打ちをされたことがあるのか?」
「いや……、そういう事実は、ないんスけど……」

口が滑って打ち明けたことを、赤司はしっかりと覚えていた。
改めて訊ねられると、返答に困ってしまう。嘘をついたわけではない。オレは本当に、そういうことすんのがあんまり得意じゃない。

「なんかさ、……気持ち悪いんスよ、人に触られんの」
「そうか?お前はどちらかと言うと、スキンシップを好む男のように感じていたが」
「普通に触るのは大丈夫なんスよ。でも、エロいことするのは、なんか……ニガテ、なんスよね」

虐待されてたとか、暴行されたことがあるとか。そんなトラウマがあるわけじゃない。
自分自身、その意識がどこから来てるのかはよく分かってない。ただ、漠然と、出来れば避けたいなって思ってしまってたのは事実だ。

「今までのセックスで勃起や射精をしなかったことはあるのか?」
「え?……えっと、それはその、まあ、やることはやってた……っスけど」
「女性相手の時はどうだ。相手の体に触れることに対して嫌悪を覚えたことは?」
「そ、それはないっス……!普通に女の子の胸とか、好きっスもん!……むしろ、そーやっていちゃいちゃするだけのほうがまだ楽しいし、なんか、べつに妊娠目的じゃないなら入れたりしなくてもいんじゃないかなーとか……」
「苦手なのは挿入か。重ねて聞くが、濡らしもせずに無理やり押し入られたとか、裂けて出血したとか、そういった経験はないんだな?」
「……まあ、オレもこんなナリなんで。力づくで捻じ伏せられたってぶん殴って逃げるだけの腕力はあるし、痛めつけられたことはないっスよ。……そういう、トラウマなことはほんとにないっス」
「そうか。だったら、大輝には根気良くお前の体を開いて貰うしかないな。……セックス恐怖症の気があるというのなら、オレが克服に助力しようとも考えたのだけど」
「あ、赤司っちが……?え、えっと、それはどういう……」
「簡単なことだ。セックスは楽しく、気持ちの良いものだと認識すればいい。……好いた相手とするなら、なおのことね」

意味深に笑いながら片目を閉じた赤司に、オレはごくりと生唾を飲み込んだ。
くそ。今までのオレだったら、赤司がこんなエロ女教師みたいなこと言うはずがないって現実逃避するはずなのに。昨晩のドエロい声を聞いてしまったオレは、赤司ならやりかねないって思ってしまってる。そして、その手ほどきに物凄く興味を刺激されてしまっている。

「あ、赤司っち!オレ……」
「まあ、ひとまず明日の夜、大輝と床を共にしてみてからの話だ。どうしても大輝とセックスが出来ないというのなら、試してみる価値はある。……オレは、問題ないと思っているけどね」
「え……?協力、してくれないんスか?」
「状況次第だよ。……なんだ?大輝よりも先に、オレに抱かれてみたいのか?」
「え?!あ、そっち?!そっちは、ちょっと……」

ふっと余裕のある笑みを見せた赤司の顔はいやに男前だったけど、そっちはちょっと、ご遠慮したい。さすがのオレも、自分より小さい人に抱かれるのは抵抗ある。
……青峰ならいいってわけでも、ないけれど。

「そろそろ、テツヤが風呂から上がった頃かな。涼太、先に浴室を使ってもいいか?」
「あ、どうぞどうぞ!オレ部屋にいるんで、上がったら声掛けて欲しいっス」

時計をみれば、青峰が部屋を出て行ってからすでに一時間以上経過してる。玄関のドアが開け閉めされた音は聞こえてないけど、そろそろ青峰も戻って来て黒子っちの部屋へ向かう頃だろう。

「青峰っちと……かぁ」

そんなこと、普通に出来るのだろうか。
もし、うまくできたとしても。
次の日から、オレは青峰と今までと同じ顔で話をしてもいいのだろうか。





入浴したてほかほかの赤司に声を掛けられ、いい返事をしてから風呂へ向かう。
裸になって浴槽に浸かりながら、ぼんやりと自分の体を見下ろす。さっきオレの部屋に呼びに来た時、赤司は浴衣を着ていた。その身体の線は、中学の頃の記憶よりもずっと細く感じた。

「……赤司っちも黒子っちも、あんな華奢なのになぁ」

それに比べてオレの身体はこんなに立派だ。
身長は青峰とほとんど同じだし、スポーツを引退した今でもそこそこの筋肉はついてる。どう見ても男らしい体つきをコンプレックスに感じたことはないけれど、いまはちょっと、気が引けてる。
こんな身体でも、青峰はいけるのだろうか。
嫌がる相手とは無理にしないとは言ってたけれど。オレがその気になって裸を見せた途端、やっぱお前は無理だわって言われたらどうしよう。
そう言えば青峰って中学の頃はおっぱいおっぱい喚いてたっけ。クラスの女子にドン引きされるほど女体に興味津々だった青峰が、こんなやわらかさの欠片もない体で満足できるのだろうか。

変なことを考えながら、オレは自分の胸に手を当てて、がしっと掴んで中央に寄せてみた。
もちろん、谷間なんて出来るはずもない。ただ、中身は筋肉ではあるものの厚みはあるからそれなりに弾力はある。……たぶん、赤司や黒子っちみたいに薄い身体にはないものだ。

「こ、これなら……」

ちょっとは満足して貰えるかなって安心したところで、突然。
浴室の引き戸ががらりと開かれ、オレは声にならない悲鳴をあげた。


「……ッ?!?!?!」
「あ?んだよ、黄瀬。お前まだ風呂入って……って、……何自分の胸揉んでんだよ?」
「も……っ、揉んでねぇよ!ちょ、ばか!入ってくんな!!」
「っせーな、喚くなバカ」

オレが浴槽に浸かってようがおかまいなしで、ぶら下がったご立派なものを隠しもせずに青峰は浴用イスに腰を下ろし、シャワーコックを捻った。
咄嗟にオレは前のめりに姿勢を変え、青峰に体を見られないようガードする。青峰は構わずに頭からシャワーをかぶって、頭を洗いだした。

「……」

青峰の視界が塞がれてるのをいいことに、オレは横目で青峰の体をじとっと眺める。
相変わらず、いい身体をしている。男として、憧れざるを得ない綺麗な腹筋だ。
オレは赤司や黒子っちよりは体格いいって自負しているけれど、青峰ほど立派にはなれなかった。体質の違いか、食生活のせいなのか。どんなに筋トレを頑張っても、あんなに見事なシックスパックは作れない。
ていうか、青峰もすごいな。もう現役は離れてるはずなのに、未だにあの体つきをキープしてんだ。
週に一度ミニバスチームのコーチしてるって聞いたけど、それだけではあんなに鍛えられないだろう。ほかに、なんかしてんのかな。っていうか、青峰って高校卒業してから何してたんだろう。ずっとニートだったわけでもないよな?

「……なに、人の身体じろじろ見てんだよ」
「っ!!み、見てねぇよ!洗い終わったんならさっさと出てけっ」
「ああ?テメー、オレのは見ておいて自分のは見せねぇつもりか?」
「え?……う、うわっ!」

いつの間にかシャンプーを洗い落とした青峰が、濡れてぺったりした頭のままオレを睨み、そして浴槽に手を突っ込んできた。たちまちオレの腕は掴み取られ、強引に浴槽から引っ張られる。

「ちょ、何すんスか!いたた……っ」
「……お前、ちょっと痩せたか?んだよ、この身体」
「え……?えっ?!ちょ、や、さ、触るなっ!!」

腕を掴む手とは逆の手が、がしっとオレの腰に回ってきて。急な接触にビクっとなったオレの反応を見て、青峰は面白そうに目を細めた。

「……っ、笑うな!」
「いや、……んだよ、お前、ずいぶん敏感なんじゃねーの?」
「う、うるさい!急に触るから……っ、あ……ッ」
「……へぇ」

お湯に濡れた指が、つつ、と背中を這って行く。
その感覚にぞくりとして、思わず変な声をあげてしまった。そこで青峰は、何かに気付いたように息を吐く。

「な、何……」
「……征十郎から聞いたぜ。お前、セックス嫌いなんだって?」
「な……っ、何でも言っちゃうんスね、赤司っち……。……そうっスよ、オレは、エロいことが嫌いっス!だから、そんな触り方……っ」
「違ぇだろ、お前は。……嫌がってるようには、全然見えねぇ」

青峰の指が体を撫でるたび、力が抜けてしまう。
しっかりしなきゃ、と気を張るけれど。ぎゅっと目を閉じて気合を入れようとした途端、べろりと耳を舐められて、ひゃああって悲鳴と共にオレは湯船にぱしゃりと落ちた。

「あ、あ、あ……、何すっ……」
「く、ははっ!何つー声だよ、お前」
「こ、んなこと、されたら、……だれ、だって……っ」
「ねーよ。お前の感度は別格。……かわいいじゃん」
「っ!!」

真っ赤になって俯いて、必死に抗議の声を絞りだそうとするけれど。
嬉しそうな声でそんなことを言われて、オレは何も言えなくなった。

「あんま煽るんじゃねーよ。せっかく酒入れてクールダウンしたっつーのに、無駄に盛り上がっちまうだろ」
「う……、お、オレのせいじゃないっス……」
「おう、明日テツの腰が立たなかったら、お前、代わりに仕事行ってやれよ」
「ま、待って!!お願いだから、黒子っちにご無体働かないで……っ!そんなのは、オレが……っ」

オレが、受けて立つから。
やばいなら、ここで一回抜いてって。
黒子っちに無理させないで。オレのせいで、あの人をめちゃくちゃに抱くのはやめて。

そんな思いで顔をあげ、訴え掛けると青峰は。

「……今日は、お前の番じゃねぇだろ?」

ものすごく優しい顔をしてそう言って、オレの頭をぽんと叩いた。

「安心しろ。テツはテツ。お前はお前だ。……手加減なく抱き潰すのは、明日までガマンしてやる」
「ひ……、あ、青峰っち、それもなんか……」
「火ぃつけたのはお前だぜ?責任取れよ、黄瀬」
「うぅ……」

オレ、何もしてないのに。
青峰が勝手に風呂に乱入してきて、オレに触って、盛り上がったってだけなのに。
なんでこんな、黒子っちを人質に取られてるみたいな気分にさせられて、大人しく頷いてしまってるんだろう。

「んじゃ、行ってくるわ」
「あ、青峰っち!」
「何だよ?」
「……約束、っスからね」

黒子っちにはひどいことしないでよ。
下から睨みながらそう言うと、青峰はまたにって笑って。

それだけで、何も言わずに浴室を後にした。






翌朝の黒子っちの様子が気になって仕方がなかったけれど、台所に立ってゆで卵のゆで加減を念入りにチェックしている黒子っちの背中は特に昨日と変わりなかった。

「お、おはよ、黒子っち……」
「おはようございます、涼太くん。すいません、ちょっとお手伝いして貰えますか?」
「え?あ、ハイ!何すればいいっスか?!」
「サラダ出したいんで、レタスを千切って欲しいんですけど……。……元気ですね?」
「黒子っちは大丈夫っスか?!どっか、痛いとこないっスか?!」
「ええと……、大丈夫、です?」
「そんならいいんスけど……」

黒子っちは昔からあんま感情を表に出さない人だったし、怪我してても体調崩してても、他人に悟られないように振舞うのが上手だった。
だから余計に不安になってしまう。昨晩、あいつにめちゃくちゃやられてないかって。

「涼太、テツヤはどこも痛めていないよ。昨晩も、早いうちに就寝できただろう?」
「あ……。はい、昨日の大輝くんは珍しく、すごく早くて……。助かりました」
「え……、いつもはそんなにねちっこいんスか?」
「体格差を考慮して、時間をかけてくれてるようなのですが、ボクとしては持久戦に持ち込まれるより短期決戦で終えて貰ったほうが体力的に楽なんです」
「それは伝えなければ、大輝には分からないよ。テツヤ、お前は彼に遠慮し過ぎる節がある」
「……長く愛して貰うのも、嫌いじゃないんで。大輝くんのすることなら、何でも嬉しいです」
「え……、え……、黒子っち、そんななんスか……?」

ふわりと微笑みながら青峰への愛情を示す黒子っちに、驚くと同時に胸がちくっとした。
正直、赤司も黒子っちもどうして青峰なんかの嫁に納まったのか、その理由が分かってなかった。なんか弱味でも握られてんのかって疑うくらいだったけど、もしかして。黒子っちの場合は、本当に青峰のことが大好きで嫁いできているのかもしれない。
そうすると、昨晩お風呂で青峰といちゃついてしまったことに関して、ものすごく罪悪感が込み上げてくる。せっかく、二人きりの夜だったのに。その前に、オレが青峰を汚してしまったような気がして。

「く、黒子っち!あの、オレ……」
「だから、涼太くんが大輝くんのお嫁さんになってくれたことは本当に感謝してます」
「え……?」
「大輝くんが喜んでくれると、ボクも嬉しい。ボクの幸せは、あの人の幸せなので」
「……そ、そう、……なんスか……」

聖母のような顔をして、夫の幸福を自分のことのように祝福している。
なんて、出来たお嫁さんなのだろう。謙虚で慎ましい、嫁の鑑だ。
感動する。青峰が羨ましいと感じる。だけどそれ以上に、……敵わないって、思ってしまっている。
オレはずっと、自分のことしか考えてなかった。黒子っちみたいに、青峰のすることはなんでも許容できるなんて、広い心を持てずにいた。

でも、それじゃダメなんだろうな。
オレも、あいつの嫁になったからには。
黒子っちのように、あいつのすべてを受け入れて。
あいつの喜ぶことを、してあげなきゃならないんだろう。





その夜は、4人全員で夕食を食べている間から、オレの緊張は続いていた。
その悪い空気がみんなに伝わってしまっているのか。誰も喋らない夕食時間が終わり、オレは黒子っちの勧めで一番風呂に入りに行く。

とうとう、来てしまった。
これから、オレは青峰に抱かれる。

「うぅ……、これ、夢じゃないんスかね……」

時間掛けてたっぷりと体を洗い、髪のトリートメントもばっちりする。
風呂上がりは鏡の前に立って、入念に変なとこがないかチェックをする。
昨日のうちにさんざん見せてしまった裸だけど、今夜は昨日みたいな不意打ちじゃない。オレは自分の体を、他人に抱かれるための身体として観察して。……また、自信をなくす。

本当に、こんなんでいいのだろうか。
実家から持ってきたちょっと高いシャンプーとボディソープはとてもいい匂いをしているし、念入りに塗りつけた保湿ローションのおかげで肌はつるつるしてる。それでも、元の素材は確実に男で、これで青峰を喜ばせられるのかって本当に自信がない。
今まで、こんなこと気にしたこともなかった。
容姿レベルが高いのは自覚してたし、裸になって自信を失うのはいつだって相手の方。
女の子はオレの肌が自分よりもきめ細かくてキレイだってことで見せるのを恥ずかしがっていたし、男はオレの体つきのほうが逞しくて恰好いいって怖気づいてた。オレはいつも、そんなことない、そっちだって充分魅力的だって、思ってないことを嘯いて。優越感を感じながら、体を合わせてきた。

だけど今夜、価値を図るのはオレじゃなくて青峰だ。
赤司や黒子っちと比べて、オレはどうなんだろう。青峰が抱きたくなるような態度を出せるだろうか。
もしも、青峰に幻滅されたとしたら。
オレは、明日からどうやって生きてけばいいんだろう。




「……長ぇよ、風呂。いい加減にしろよテメー」
「うぉあ?!あ、青峰っち?!」

重たい気持ちを引き摺って、シャツと短パンに着替えて浴室を出ると、そのドアの横に青峰があぐらをかいて座っていた。
そして血走った目でオレを睨むと、イライラが納まらないって感じで立ち上がり。戸惑うオレの腕をがしっと掴んで、ずいずい廊下を歩きだした。


「ちょ、なに……?!何怒ってんスか?!」
「うっせーな、たまってんだよ!いくらなんでも風呂に時間掛け過ぎだろお前!」
「だ、だって……っ!うわっ!!」

ばたばた足音を立てながら行きついた先は当然、オレの寝室。
いつの間にか蒲団はきちんと敷いてあって、その上につき飛ばされたオレは無惨に転がり、落ち着く間もなく青峰に圧し掛かられる。

「ちょ、ちょっとタンマ!!待って、青峰っち!アンタ、風呂は?!」
「んなもんいらねーよ。テメーがチンタラしてっからだろ」
「や……、オレ、待つから!風呂くらい、ぱぱっと……」
「オレが待てねぇんだよ。大人しく寝てろ」

瞬く間にパンツが脱がされ、下半身丸出しにされたオレはうっと言葉を詰まらせる。
見上げた青峰の顔は、言葉通り。待てないって顔だった。
その獰猛な目つきに気圧されてしまってる間に、青峰はオレのシャツを胸の上までたくし上げ、平らな胸をまさぐりだす。

「うあ……っ、ちょ、や、だってぇ……っ」
青峰に見られて、触られてる。テンパった頭の中でそう理解した途端、ぐわっと羞恥が込み上げてきて、両手を青峰の肩に押し合ってて離れるようにと訴える。
だけど青峰にそんな拒絶は通じない。片手でオレの抗議を押さえ込むと、頭の上に押さえつけ。欲望にギラついた眼差しを真っ直ぐにぶつけながら、舌なめずりをした。
「あ、青み……」
「……黄瀬?」
そのまままた胸を撫でられ、ぞくぞくする一方で、心の中は駄目な気持ちが濁流のように暴走している。
とうとう視界が滲んできて、情けない声で青峰を呼んだ。ようやく青峰がオレの心境に気付いて、眉を顰める。
「てめ……っ、な、何つーツラしてんだ……」
「だ、だって……っ、だって、こんなの……っ」

想像と、違った。
こんなにがっついた人に押し倒されると、思ってなかった。

青峰には二人の出来た嫁がいて、毎晩かわりばんこにセックスしてて、焦らしプレイもお手のものってくらい馴れてて、オレのことだって。三人目の嫁のことなんて。新しく来たってだけで、ほかの嫁と何も変わらないはず、なのに。

「な、んで……、きゅ、に……っ」

もう堪えきれなって、ぽろぽろと目尻から涙が溢れだす。
青峰はピシリと固まっていて、何も言わない。

「きゅうに……、中学生みたいに、なんないでよぉ……っ」

オレがダメになったのは、そういう理由だった。



獰猛な肉食獣みたいな目つきにビビったんじゃない。
血の気が多くて先走る。青峰のそういう顔は、ずっと前から知っていた。
だから、ダメだった。
二人のお嫁さんがいて、落ち着いた大人になったはずの青峰が、中学時代にオレとつるんでバスケ勝負に明け暮れてたときみたいな真剣な顔を間近で見せつけられたのが、悲しくなった。

「き、黄瀬……」

気の抜けたような声でオレを呼ぶ青峰の拘束がゆるんだ瞬間、ばっと両手で顔面を覆ってその顔を見えなくする。見たくない。青峰の戸惑う顔なんて。
「…あー、もぉ、……だから、むりだって……」
泣き言しか言えない。これはもう、オレの体質とか性癖とか、そういう次元の問題じゃなかった。

オレは、青峰とはできない。
だって、この人とオレは仲の良い友達だった。
友達から恋人になって結婚するカップルは世の中にごまんといる。年月の経過が関係性を変えてくのはよくあることだ。
だけどオレは割り切れてない。なぜなら、その中学時代の印象が。思い出が。

あまりにも、美し過ぎたからだ。

「青峰っちと違って、オレは、ちょっと前までアンタのことを……、かっこいいけどやさしくなくて、ちょっと馬鹿な友達としか、思ってなかったんだ……」
「……かっこいいだけでいいだろ、そこ」
「尊敬もしてた。同い年なのにバスケすっごいうまくて、エースで、赤司っちや黒子っちにも信頼されてて……、でも、真剣な顔で勝負してくれんのはチームでオレだけだったから、すっげ、いい気分だったんスよ」
「そりゃ……、お前くらいなもんだったからな、オレに向かってくんの」
「それが、いまはなに?嫁が二人いる?毎晩かわりばんこ抱いて、どっちかを贔屓することもなく、性格や体格差を思いやって、満足させてる?ニートみたいな生活送ってるくせに、なんで、そんな甲斐性身につけちゃってんの?……そんでもって」

なんでオレだけ、気遣ってくれないの。
怯えたわけじゃない。だけど、ビックリした。
初めての夜なのに。雰囲気もへったくれもなくて、蒲団に押し倒されてのっかられるなんて、こんなのある?こんなガサツで乱暴な、恋も知らない勢い任せの中学生みたいなことをされたら。

「……黄瀬、お前」

わかってる。
オレは赤司や黒子っちと違ってガタイがいいから、ちょっとくらい乱暴に扱ったって壊れないって、アンタは知ってた。だから、遠慮なしで転がした。
ちゃんと相手がオレだって認識してる。全く知らない間柄じゃないから。

「本当に、」

恋も知らない中学生みたいになってんのはオレも同じだ。
青峰好みの身体じゃないってことをめちゃくちゃ心配してた。抱かれた次の日、どんな顔していいのか分からないままだった。
ここだけ、時間が巻き戻ったみたいになってた。なのにすることは中学生の頃には全然思いつきもしなかったエロい行為で、オレたちは、夫婦っていう関係で。
割り切ったつもりでいた。でも実はその展開に、全くついていけてなかったみたいで。

「……オレのこと、好き過ぎだろ」


蚊のなくような小さな、低い声でそんなことを呟かれた。
それにギョっとなって顔面の覆いを外す。見上げた青峰の顔が照れ臭そうにしかめられてて、また驚いた。
「は……?な、何、それ……?」
「なんでお前、そんなに変わらねぇんだよ……。何人も男相手にして、そんなエロい身体になったんだろ?ちょっと触ってやっただけで物欲しげなツラして見てくるくせに、清純ぶってんじゃねーよ」
「え、エロくないし、ぶってもないっス!それに、オレは……」
「オレに抱かれたら、中学時代のキレーな思い出が汚されるとか思ってんじゃねぇよ。ふざけんな。こっちは、やっとの思いでここまで来たっつーのに」
「ふぇ?」

天井の電気を背にした上に、地黒の青峰が照れてるのかどうなのか、その肌色から判別するのは難しい。でもこの表情は、確実に。口が悪いのも、その証拠。
そしてオレに突きつけられるのは、美しい思い出に紛れて息づいてた、古い現実。

「言っとくけどオレは中学時代に何度もお前のアホみてーな笑い顔近付けられるたび、そのキレーなツラをめちゃくちゃに歪ませてひんひん泣かせてぇって思ってたんだぜ」
「え……、……えぇー?」
「何も知らねぇで、無防備に愛想振り撒きやがって。バカはどっちだ?何が尊敬だ。お前がそんなだったから、オレは手も足も出せなかった。……くっそ、泣いてんじゃねーよっ」
「……泣かせないって、言ったじゃん」
「昼と夜は別だろ。つーか、なんなんだお前。……めっちゃくちゃにしてぇって、思うのに」

ぐずって鼻を啜った瞬間、青峰の大きな手のひらがオレの頬を包む。
オレは瞬きもできず、歪んだ視界でじっと青峰の顔を見上げる。

「どろどろに甘やかして、オレなしじゃ生きらんねーようにしたくなる。……っと、わけわかんねぇ」
「……っ、」

あまく、微笑みかけられたのは一瞬のことだった。
すぐにオレの視界から青峰の顔はなくなって、ずしりとした重みがオレの身体すべてにのしかかってくる。マジか、これ、全体重だ。

「あ、青峰っち、重た……」
「……しょーがねぇから、待っててやるよ」

耳のすぐ傍で低い声が囁かれた。
その瞬間、重苦しい感覚がどっかにブッ飛ぶ。感情は、すごく現金だ。

「だから、とっとと馴れろよ、オレとの生活に」
「……エッチ、しなくてもいいんスか?」
「言っただろ。オレは嫌がる相手を無理やり犯すよーなマネはしねぇって」
「……信じられる?」
「信じろよバカ」
「オレの代わりに、赤司っちや黒子っちにひどいことしない?」
「……んだ、そりゃ。あいつらがオレの何だと思ってんだ」

おそるおそる、両手を青峰の背中に回す。堅くて広い。中学時代は最後まで届く事のなかった憧れの背中だ。

「……青峰っち、だ」

中学時代のオレが、本当にこの人のことを好きだったのかどうかはオレ自身よくわからない。
だけど触れた身体ははっきりとした感触があって、記憶してるよりもおおきくて、やさしい。
くっついた胸と胸の音が、重なっててすごく、ほっとする。

まだ、はっきりとは言えないけれど。
きっといま、オレはこの人のことが好きになりつつある。

「青峰っちぃ……」

みっともない鼻声でその名前を呼ぶ。ちょっと身体が震えて、相手が笑ったのがわかった。











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