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▼ 2






一夫多妻制度の現実を思い知ったのは、入籍したその夜のことだった。

「あれぇ?黒子っち、赤司っちと青峰っちどこ行ったんスかぁ?」
「先に休むそうです。……涼太くん、大丈夫ですか?少し飲み過ぎでは?」
「だって、気持ちいーんスもん!黒子っちは全然飲んでないっスよね、お酒、苦手?」
「体質的に向いてないみたいで……。そろそろ涼太くんも休んでください。ここの片付けはボクがしておきますから」

夜更けまで宴会していて、すっかり酔いの回ったオレはいい気分で廊下に出た。
青峰家は思ってたよりも広くてちゃんとした平屋の一軒家で、昼間のうちにオレの部屋は一番奥の空き部屋だったところだって案内を受けている。
この家には寝室が三つある。オレが来るまで住人は三人だったわけだから、オレが来たことで青峰の部屋がなくなっちゃうじゃんって思ったけれど、そこは問題ないようだ。青峰の部屋は、オレが来る前からなかったらしい。
それが何を意味するのか、昼間は深く考えていなかった。
だけど、普通の家よりも長い廊下を歩いている途中で、その答えをオレは知る。

「ん……?」

そこは、オレの部屋の隣に位置する部屋の前。
中から微かな啜り泣きのような声が聞こえて、驚いて足を止める。
ここ、たしか赤司の部屋だ。中の電気は消えているようだけど、赤司、まだ起きてるのかな。
そんならおやすみの挨拶でもしてこっかなって思ってドアに手をかけた瞬間、オレはここで足を止めたことを後悔することになる。

「ぁ……っ、だい、き……、しつ、こい…っ」
「なに言ってんだよ。……お前好きだろ?こういうの」
「ふ…、…すき、だよ……。だけど、もう……」
「ガマン出来ねぇ?ったく、しょーがねぇな。……入れてやるから、お前が上になれよ、征十郎」

薄い壁の向こうから聞こえてくる声は、赤司と青峰のものだった。
その会話に入り混じる弾んだ吐息が、オレの想像をふくらませる。……いや、おい、ナニしてんだお前ら。

待って。ちょっと待って。
オレと黒子っちが同じ屋根の下にいるって、この二人知ってるよな?
いや、知ってたからって控える理由はない。二人は、夫婦なんだ。自宅の寝室で夜の営みに励むのは、当たり前のことだ。でも、だからって。

青峰、アンタ今日オレとどこに何しに行った?
赤司も、さっきまで、オレの歓迎パーティーしてただろ?オレと青峰の結婚をさんざん祝ってくれてただろ?
いくら仲良し夫婦だって、こんな夜に、主役のオレをほっぽいて、こんなこと……。

「あん……っ、まて、大輝、まだ、動く、な、ぁあっ」
「…んだよ、今日、いつもより締りがいいな?興奮してんのか?」
「あっ、…それは、こちらの台詞、だ……っ、んっ、……ずいぶんと、おおきい、な……?」
「テンション上がってんだよ。オラ、もっと腰落とせ。……聞かせてやれよ、お前の声」
「ふ、ぁ…っ、あっ、そこ、気持ちい、……っ、あぁっ!!」

かちんこちんに固まってしまった足を、どうやって動かしたらいいのか分からなかった。
あの赤司が。清楚で上品な赤司が、この壁の向こうでどんな体勢で青峰に抱かれ、こんなあられもない声をあげてんのか。ドキドキして、冷や汗が止まらない。
そうこうしてる間に、赤司の声はどんどん派手になってく。腰と腰がぶつかる音まで、がっつりとオレの耳に届けられ。

「……勘弁しろよぉ……」

自ずと熱を持って堅くなる下半身を持て余し、オレは中腰になりながらも必死に便所へ駆け込んだ。






「おはよう、涼太。二日酔いは大丈夫か?」
「……はよっス。……オレは、全然、これくらい……、……あ、赤司っちこそ、昨日はさんざん……」

翌朝、朝食のいい匂いに誘われふらふらとダイニングに足を向けたオレを迎えた赤司は、いつもとまったく変わらない落ち着いた態度で朝の挨拶をしてきた。
オレはそんな赤司の顔が一切見れない。だって、知ってしまった。この人、こんなに澄ました顔をしていて、エッチになるととんでもなく乱れる人だってことを。

「……早めに切り上げたつもりだが、騒がしくしてしまってすまなかったな。オレも大輝も、気分が高まってしまっていてね」
「……そりゃ、夫婦っスもん。あるっスよね、そういうこと」
「今後は、涼太が馴れるまで控えるよう努めるよ。だが、涼太の時はオレたちのことは気にせず、盛大に騒いでくれてかまわない。……大輝は、そういうセックスのほうが好きなようだ」
「っ!!!お、オレは、それなくていいっス!つうか、ないっスから!赤司っちと黒子っちでうまく回してくれていいっス!」

赤司がセックスという単語を口にした事と、それが自分にも回ってくることを自覚させられたことで、オレはめちゃくちゃ動揺した。
すっかり頭の中から排除していたことだけど、オレは青峰と夫婦になったんだ。それってつまり、オレも、嫁としての夜の役割を果たす可能性があるってことで。
だけどそんなの、想像もつかない。オレが青峰に抱かれる?冗談じゃない。オレにとってのあいつは、未だに中学時代のマブダチから変わってないんだ。

「そんなことを言うな。ああ見えて大輝は上手い。お前のことも、充分に気持ち良くしてくれるはずだよ」
「し、して貰わなくて結構っス!オレは、その、……そういうの、好きじゃないっスから」
「へぇ。意外だな……。処女ではないのだろう?」
「……っ!!赤司っちには関係ないっしょ!いいから、メシにしよっ!!黒子っち、オレ、ごはんよそるの手伝うっス!これだれの茶碗?!」
「ありがとうございます。水色のがボクで、赤い青海波模様が征十郎くんで、涼太くんはまだ食器が揃ってないのでお客様用になってしまいますが……。あ、それと大きいのが大輝くんのです」
「お、大きいの……」
「ナニを想像しているんです?」
「し、してないっス!!これが青峰っちの茶碗っスね?!あいつ、相変わらず山盛り食べるんスか?!」
「はい、いっぱいにしてあげてください。……あの、押し付け過ぎです。そんな力いっぱい叩きつけて堅くしなくても、もっとやさしく……、あ、そうです、上手です。おいしそうです」
「……黒子っち、なんか心なしエロい言い方してないっスか?」
「え?……そうですか?」
「……黒子っちも、人妻なんスよねぇ……」

ごはんの盛り方を丁寧に説明してくれてる黒子っちがエロく感じてしまうのは、この事実のせいだ。
昨晩までまったく意識してなかったのに。赤司も黒子っちも、青峰に抱かれてるってことを思い知ってしまうと、オレは。

「……やっぱ、オレ、ハレ婚無理かも……」

こんなにいやらしい空間で平然といられる自信があまりなかった。





昼間は保育園のパートに出てるっていう黒子っちをお見送りした後、オレは赤司から洗濯の仕方を教えてもらい、四人分の洗濯物を無事に干し終えた。
青峰は、朝飯を食べに顔を出したあとすぐに赤司の部屋に戻ってしまった。眠り足りないのだと言う青峰が次に起きてきたのは、オレたちがひと通り家事を済ませた昼前のことだった。

「つーか、青峰っちは仕事してないんスか?」
「週に一度、小学校のミニバスコーチをしているよ。臨時雇用なので、ほぼボランティアに近いようだけど」
「え……、それが一家の大黒柱の仕事?そんなんで大丈夫なんスか?」
「青峰家のおもな収入源は、町からの補助金とテツヤのパート代だ。足りなくなるようならオレがFXで稼げばどうにかなっている」
「……そうっスか。そりゃ、嫁増やして補助金がっつり貰おうって言うわけだ」

思ってたよりも深刻な家計状況の一端を明かされ、オレはげんなりする。
一家の大黒柱がそれでいいのかってすごく思う。ほとんどニートみたいなものじゃないか。

「……そこは、オレとテツヤも案じてはいるけどね。大輝本人に勤労の意欲がなければ、あまり文句を言うわけにもいかない」
「あ、甘いっス……。お嫁さんが出来過ぎるのも問題っスよ……」
「涼太は、どうやって家計を援助してくれるつもりなんだ?」
「へ?!お、オレっスか?!オレは、えっと……」

思いのほかヤバそうな青峰家の家計を知ってしまったところで、この家の一員となったオレもそれなりに頑張らなければいけない。
こんな田舎町にオレの働き口があるだろうか。はたして。

「……ちょっと、その辺ブラついて何かないか探してみるっス。喫茶店の店員とかなら、たぶん出来ると思うし……」
「助かるよ。ついでに、夕食の買い物を頼んでも良いか?」
「オッケーっス!今日の夕飯なんスか?」
「鍋だ」
「鍋?!この季節に?!」
「昨晩は大輝のリクエストに応えて肉料理ばかりだった。今日は胃を休めたい。それに、家族4人で鍋をつつくのは意外と楽しいものだよ、涼太」
「りょ、了解っス……、じゃあ、行ってくるね」

まさかの献立に驚きながらも、すらすらと書いてくれた買い出しメモを受け取り、出掛ける支度に入る。
その途中、廊下でトイレから出てきた青峰と顔を合わせたけど、昨晩と朝のことがあって、オレは青峰に声を掛けることも出来ずにそのまま家を飛び出した。





「つっても、なかなかないもんスね、バイト先……」

あてもなく町をふらつきながら、目についた店に足を踏み入れてみてはバイトを募集してないか探ってみたのだけど、成果はゼロだった。
もちろん、商店街の人たちは大体昔からの顔馴染みだ。狭い世間で、すでにオレが青峰の嫁になったことはみんなが知っていた。

若者はどんどんふるさとを離れ、都会に出て行ってしまうそうだけど、この町がハレ婚特区に指定されたことで移住してくる人もそれなりに多いのだと言う。
そりゃ、ハーレム婚ってのは男の夢だ。オレが嫁ではなく、そっちの立場だったなら大喜びで受け入れられていたかもしれない。
だけど残念ながら、この町にはピチピチのギャルなんてほとんどいない。多くの嫁を得ることが出来る制度が確立していても、相手がいないんじゃ話は進まない。
それでも、青峰みたいな地元の若者が進んでハレ婚を成功させたことは移住人口を増やす引き金にはなったし、町おこしに貢献してるってのは本当なようだった。

「ハレ婚……なぁ」

三番目の嫁の立場からしてみると、それはあまりいいもんじゃない。
自分の夫が、他の嫁とエロいことしてんのを当たり前として受け入れなければならないのだ。それって本来は、結構辛いことなんじゃないかなって思う。
もしもオレが本当に青峰を好きで結婚したとしたなら。たぶん、赤司や黒子っちにむちゃくちゃ嫉妬して、耐えられなかった。

いいのか悪いのか、いまいち分からない。
オレはまだ、青峰との夫婦関係についてもよく理解しきれてない。

「……大丈夫、なのかなぁ」

嫁の役割を分担する人はいる。オレは、ひとりじゃない。それがオレにとってのハレ婚のメリットだ。
だけど、有り得るのだろうか。好きでもない人とこの先ずっと、夫婦でいるなんてこと。
もしも赤司か黒子っちのどちらかが、もしくは両方が青峰と離婚して出て行ってしまったら、オレはどうなってしまうのだろう。オレだけで、青峰を夫として支えることができるのか。いやそんなの無理だ。あの二人には、なんとしても青峰家に居付いて貰わないと。そのために出来ることはしっかりしよう。そう決意を固めて、次の店へ足を踏み入れようとしたその時。


「涼太!!やっと見つけた……!」
「え?……っ!!うそ、アンタ、なんで……?!」

突然、背後から伸びてきた腕によって強く肩を掴まれた。
驚いて振り返る。そして見たのは。

憎んでも憎みきれない。
つい数日前に、オレを失恋に追い込んだ張本人のクソ野郎、だったのだ。





「な、何しに来たんスか?!こんな田舎まで追いかけてきて……っ」
「当たり前だろ?!ちゃんと話をきいてくれよ!涼太、オレはお前のことを本当に……」
「うるせーな!オレは話なんかしたくねぇっス!アンタは、オレのこと……」
「本当に好きだったんだ!これだけは信じてくれっっ!!オレはいつか、妻と別れてお前と一緒になるつもりだったッ!!」

のどかな商店街にも、道行く人はちらほらいる。
その人たちが一斉にオレたちに注目してる。それくらいでかい声で喋り散らすこの男に、オレは心底イラっとした。

「そんな話、信じるとでも思ってんスか?!離婚出来るなら、とっくに出来てたはずじゃん!アンタはオレに子供を産ませたいだけだった!!違う?!」
「違う!!……たしかにオレは涼太との子供が欲しかったよ。だけどそれは、お前のことを本気で愛していたから……っ」
「そん、……なの……」

信じられるわけがない。
だけど、必死に縋る相手の目を見てしまった瞬間。オレの心が、激しく揺さぶられた。

「……今すぐは無理だけど、いずれ妻とは別れる。約束するよ、涼太。一緒に東京へ帰ろう」
「……でも」
「お前が嫌だと言うなら、正式に籍を入れるまでは子作りを強制することもしない。きちんと避妊するし、涼太のやりたいことを反対したりしない。……オレには、涼太が必要なんだ」
「……」

ダメだ、と思う。
もう、遅い。何て言われても、オレはすでに青峰と結婚をしてしまったし、この人のところに戻るわけにはいかない。
だけど、この人は。

「……本当に、……オレだけ、なんスか?」
「当たり前だ!涼太以上に愛せる人なんて、他にいない……っ」
「ほかに、どんな素敵な人がアンタを好きになっても?……オレだけを、選んでくれるんスか?」
「約束する!!絶対に浮気なんてしない!だから、涼太……っ」

真に受けても、いいのだろうか。
青峰と違って、オレだけを必要としてくれるこの人に。
ついていっても、後悔はしない、だろうか。

「だったら……」

いい、と言いそうになった。その瞬間。
オレは、この場にいるはずのない人の声を耳にすることになる。


「オイ黄瀬ェ、いつまで買い物してんだよ。……つーか、誰だよその男?」
「……っ!!あ、青峰っち?!」

まさか、こんな現場に来てしまうなんて。
なんてタイミングが悪い奴なんだろう。慌ててオレは男の腕を振り払い、声を掛けてきた青峰を振り返る。

目が合った瞬間、青峰は険しい表情を浮かべた。
オレとこの男の仲を疑ってる、そんな顔だった。

「……何してんだよ。お前、そいつが誰の嫁か分かって話し掛けてんのか?」
「りょ、涼太……、このチンピラはいったい……」

めちゃくちゃガラの悪い態度の青峰とは打って変わり、オレの元彼は青峰の威圧感に完全に飲まれていた。
「えっと、その、この人は……」
「黄瀬、帰んぞ。赤司から聞いたけど、働き口探すのは、後でいーよ」
「え?あ、ちょっと待って、青峰っち……」
「涼太!」
「うっせーよ!人の嫁の名前を気安く呼び捨てにすんじゃねぇ!!」

強引に腕を引かれ戸惑うオレを止めようとする元彼に、青峰は渾身の啖呵を切った。この大声には、オレもかなりびっくりした。

「よ、嫁……?な、何を言ってるんだ、涼太は、オレの……」
「お前のじゃねぇよ。オレの嫁だ。見えてんだろ?この指輪。オレが買ってやったんだよ」
「ゆ、指輪……?!りょ、涼太、お前、まさか……」
「……まあ、そーゆうことっス。オレ、この人と結婚、して……」
「なんだって?!」
「……だから、ごめん。オレ、アンタとは本当にこれ以上……」

一時は心が揺れてしまったけれど、現実はこうだ。
改めて別れる意思を伝えようとする。だけど、男は簡単に引き下がってくれなかった。

「どうしたんだ涼太!そんなガラの悪い男の嫁になるなんて、お前らしくない……っ!涼太、お前は騙されてるんだ!目を醒ましてくれ……!そんな男についていったら、きっとお前は不幸になるっ」
「いや、見た目で人の夫を判断しないで欲しいんスけど……。まあ、たしかにこの人、悪そうっスけど」
「涼太は見た目だけでなく人柄もいいから騙されているのだろうけど、オレは違うぞ!この男は確実に涼太のカラダ目当てだ!さんざん弄んでポイ捨てにする未来がオレには見える!いまの涼太は最高に美人だから惹かれるのは分かる。だが、数年経って涼太の美貌が衰えた時こそ、その男の本性が明らかになるんだ!」
「……あのさぁ、アンタ、さっきから……」

勝手に決めつけたようなことを言う男に、オレは苛立ちを覚えて言い返そうとした。
たしかに青峰はガラが悪い。だけど、この男と違って青峰は一度もオレに子供を産んでくれなんて言ってない。
カラダ目当てはどっちだよ。そう言おうとした。だけどその前に、青峰が口を開いた。

「テメー、こいつのこと何も分かってねぇな。ったく、……こんな奴にいいようにされてたなんて、吐き気がするぜ」
「あ、青峰っち……?」
「そ、それはこっちの台詞だ!すぐに涼太から離れろ!涼太を幸せにするのは、この、」
「オレしかいねぇよ」

はぁ、って呆れたようにため息をついた青峰が、相手の発言を奪って宣言する。
一瞬、その繋がり方が良く分からなくて唖然とした。わかったのは、青峰が堂々としているってことだけだ。

「な、なんだと……?」
「……テメーとは、年季が違ぇんだよ。オレは、中学の頃からこいつを知ってる。……こいつのダメっぷりを、さんざん見せつけられてんだ。っとに、……馬鹿な奴だ」
「は?!なんでいまオレ、ディスられたんスか?!」
「見る目がねぇどころか、選んでもいねぇだろ。告白されりゃ、相手のことろくに知らねーままほいほい付き合って、勝手に愛想尽かされて、懲りもせずにまた似たようなのに引っ掛けられて。そんなんだからこんなろくでもねぇ男に付き纏われるんだよ。学習しろ、馬鹿」

全面的にオレが悪い。
そんな言い方をする青峰にむっとして、言い返そうとした。だけどやっぱり、青峰は言わせてくれなかった。

「だからこいつは、オレじゃなきゃダメなんだ」

嘘みたいに真剣な目で、青峰は言い放つ。

「そんで、オレも」

嘘みたいに真剣な声で。

「1ミリでもこいつを不幸にする可能性のあるどっかの知らねぇ野郎になんざ、死んでも渡したくねぇ」

それがハレ婚実現者の言葉かって言いたくなるような独占欲まみれの恥ずかしい発言を、きっぱりと、ぶちまけた。





商店街の真ん中で、絶対嫁宣言を行った青峰に道行く人々から盛大な拍手が送られたあと、無性に気恥ずかしくなったオレは青峰の腕を引っ張ってその場から脱出した。
なんてことを言うんだ。あんな、往来で。オレの、元彼の前で。

「……ばかじゃないっスか、青峰っち」
「バカはどっちだ。なんで逃げんだよ。あいつ、一発ぶんなぐっとかねーとまた追ってくるかもしんねーぞ?」
「……そんな度胸のある男じゃねっスよ、あいつは。……あそこまで潔くオレを渡さない宣言されたら、そんだけでビビって尻尾巻いて逃げてく。……オレ、身をもって知ってるんス。だから、……何度も騙されちゃってたんスよね」

辛い失恋を経たあとに出会い、優しくしてくれたひとはすべて運命の人だと思いこんできた。
このひとは、大丈夫。今度こそ、幸せな結婚に至れるって、何度も何度も思って、失敗した。
結局オレにその幸せをくれたのは、隣にいるこの男だけだ。悔しいけれど。オレはもう、『次』に期待を持てない。

「……つーか、いつからそんなこと思ってたんスか?」
「あ?いつからって……、そりゃ、中学の頃からだけど」
「は?!ちゅ、中学からって……、じゃあ、アンタ、その頃からオレと結婚する気でいたって言うんスか?!」
「お前がよそでいい感じになってりゃ、忘れるつもりでいたけど。そーじゃなかったからな。もう、これ以上泳がせても無駄なだけだろ」
「泳がせ……って、わ、わかんないじゃないっスか!まだオレは出会えていないだけで、この先は本当に……」
「分かるよ。お前今、めちゃくちゃ嬉しそうじゃん」

こんなこと、言われたくなかった。
バレないと思ってた。だけどオレには本当に、この人の前では素の感情をぼろぼろとこぼしてしまうような設定が組まれているらしい。

「だって、……だって、」
「……バカ、泣くなよ。似合ってねーぞ」
「誰が、……泣かせてんだ」
「……これで最後にしろ。オラ」

感極まるオレに、青峰はちょっと困ったような顔をして。嫌々そうにしながらも、オレの腕を引っ張って自分の肩に顔面を押し付けるように、オレの泣き場所を作ってくれた。

似合ってないって、失礼だよな。
でも、青峰にとってはそうなんだろう。オレに涙は似合わない。だって、オレは幸せにならなきゃいけないんだ。
いつも、楽しそうに笑ってないと。青峰の理想は、そういうのだって思い知らされた。
オレをそうするのは、他のひとにも出来るかも知れない。だけど確実じゃない。絶対に、それが実現できるって安心できるのは。1ミリの不幸も回避してくれるのは。青峰自身、だけなのだ。

「傲慢過ぎっスよ、アンタ……」
「あ?何がだよ」
「……信じてっから」

だから、どうか、そばにいて。
他に好きな人がいてくれてもいい。三番目でもいい。オレを離さないでいてくれんなら、それだけで幸せでいられるから。

「……順番なんつーのは、入籍した時期の違いだろ。オレは、あいつらと同じようにお前を」


ああ。そうだ。
青峰は、ハレ婚なんて条例が決まってない中学時代から、オレを自分の嫁にするつもりでいたんだっけ?











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