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▼ 最純トパーズ




雑木林を抜けると、一軒の古い屋敷が建っていた。
ユーレイ屋敷みたいなその外観は、幼い子供の好奇心を強く揺さぶって。
あまり遠くへ行ってはいけないという祖父の命令を遠くへ追いやり、足を進めた。

そこで出会ったユーレイは、オレと同じくらいの年齢の男の子で。
やたらと色が白くて髪が赤くて、瞳の色が左右で違っていた。
白い浴衣の裾の先は背丈の高い草むらに隠れてて、こっちに向かって歩いてくるのを見ていたら。
途中でオレに気付いたその子は、驚くでもなく口端を上げてこう言った。
(はじめまして。君が来るのを待ってたよ)


昔、オレはこの村でユーレイに出会った。
小柄で華奢で、足の生えたユーレイに。




「お前がこの村に帰る日が来るとはな。何年ぶりだ」
「んー、覚えてないくらい昔だよ。実際、ここで暮らしたときのこととか全然思い出せないし」
「そうか」
「でもミドチンのことは覚えてたよ。迎えに来てくれてありがと。駅から車で30分のとこ歩かされるのかと思ってビクビクしてたし」
「礼ならばお前の叔母に言え。…それに、お前の祖父にも随分世話になったからな」

田舎に住んでるオレの実の祖父が急逝したって聞いたのは、先週のことだった。
日柄とお坊さんの都合で葬式が翌週にずれたことで、本来は顔を出せないはずだったオレは親のゴリ押しによって強制的に行かされることになった。
オレがこの村に住んでいたのはずっと昔。小学校に上がる前には両親と一緒に引っ越してる。
距離と、両親の仕事の忙しさが原因でそれ以来は一度もここに来ることはなかったし、今回の葬式についても同じ理由で断るはずだったのに、大学生のオレくらいは顔を見せに行けと言われて渋々来たわけなんだけど、無人駅を降りたその先に停まっていた車の運転手がミドチンだって分かった途端にちょっとだけテンションが上がった。

「ミドチンはずっとこの村にいたの?」
「いや、今は出ている。お前と違って両親は残っているからたまたま帰省していただけだ」
「ふーん。大学生?」
「ああ」
「そっか。ミドチンでかくなったね。あとなんか頭良さそう」
「…キサマが身長のことを言うな。なんだその図体は」
「あはは、でもオレは昔からデカかったし?ミドチンは違うっしょ。…あ、なんかちょっと思い出してきた。よく一緒に遊んだよね、5人でさ」
「忘れていたのか」
「うん、だってもう何年も前のこと?…そーだ、峰ちんと桃ちん!それから…黒ちん!みんな村にいんの?」
「村に残ったのは青峰だけだ。あとの二人はやはり大学進学時に出ている。ただ、毎年同じ時期に帰省しているから、今年もそろそろ戻ってくるだろうな」
「ふぅん。…峰ちん残ってんだ。何やってんの?こんな何もない村でさ」

幼馴染、と言っても差し支えはないと思う。
たしか、この村にはオレと同い年の子供がオレ以外に4人いた。一軒一軒の立地間隔が広い村だから、家が近いってことはなかったけれど、毎日5人で集まって何らかの遊びをしていたことを思い出す。
そのうちの一人が、今オレを駅まで車で迎えに来てくれたミドチンで。オレが来ることを知った叔母さんが、駅までの送迎をミドチンに頼んでくれたらしい。
無音の車内でちょっとだけ懐かしい昔話や知ってる人の近況なんかを聞きつつ、田んぼしかない外の風景を眺めてた。あっと言う間に車はオレの祖父母の家の前に到着した。



葬式の準備はほぼ整っていた。
ミドチンと別れて家に入り、叔母さんたちに挨拶をする。オレの顔を見上げた叔母さんたちは言葉を失って驚いていたけれど、名前を言うとすぐに思い出してくれた。大きくなったわねって、いろんな人に言われた。
「敦くんが来てくれて良かったわ。おじいちゃん、ずっとあなたたちに会いたがってたのよ」
「…急だったの?病気とかじゃなくて?」
「えぇ。それまではピンピンしてたのだけど、本当に急に倒れちゃって…。病院に運ばれたその夜にぽっくりと亡くなったの」
「そっか。…オレも、生きてるうちに来れたらよかったな」
「お線香をあげるだけでもきっと喜ぶわよ。もうすぐお坊さんが来るから、敦くんは向こうの部屋で休んでて。あ、ここにはいつまでいられるの?」
「忙しそうだったら2〜3日は手伝って来いって」
「そう、助かるわ。それならば昔使ってた部屋が今も空き部屋になっているから、そこを使ってちょうだい。後で布団を運ぶわね」
叔母さんの指示を受け、荷物を持って廊下に出る。ここに住んでいた頃はたしか親子3人で一つの部屋を使っていた。あの部屋は、どこにあったっけ。
マンション暮らしに馴染んでいたオレは広い日本家屋の中で軽く迷いながら、奥へ奥へと進んでいく。
家の中のどこにいても、線香と古い木のにおいがした。


なんとか辿り着いた部屋は空き部屋と言う割には埃一つない状態を保たれていて、窓も開いていた。
荷物を置いて、スーツの上を脱いだ。ネクタイも緩めちゃおうかと思ったけど、じきにお坊さんが来るって言ってたし我慢しよう。
畳はさすがに変色してて、年季入った感が隠せない。その古い畳の上に腰をついて、ぼんやりと部屋の中を見渡した。
この村に入り、昔住んでいた家に来た。幼馴染に会ったし、親戚にも会った。だけどまだ、どこか非現実的な気がするのは馴染みの薄さから。開けた窓から絶えず聞こえる虫の声と草木の匂いも。懐かしいと言うよりは、いつもと違うっていう印象だ。
思いだそうと思えば思いだせる。この部屋で両親と川の字になって寝てた夜とか。この村には保育園みたいな託児所的施設がないから、朝になって両親が仕事に行くとオレはすぐに幼馴染と暗黙の了解になってた集合場所へ足を向けたこと。
草むらを駆け回って、虫を捕ったり鬼ごっこをしたりした。ひとりだけ女の子がいたから、その子に合わせておままごとみたいなこともしたけれど、最後までそれに付き合ってたのは一際身体が小さくて大人しい黒ちんだけだった。
二人がおままごとに没頭している間にすっかり飽きたオレたちは、二人を置き去りにして野山を探索に行ってしまっては戻ってきたときにさっちんに泣かれたりして。普段はさっちんに対して冷たかったりする峰ちんがさっちんの涙に誰よりも弱ってるのがすごく面白かったことなんかをみるみるうちに思い出してく。
あとは、どんな遊びをしたっけな。
野生的なことばかりしていた。他に出来ることがなかったから。泥だらけになって、草木を分け入ってチャンバラして傷だらけになったこともあった。それから。

かくれんぼをしたとき、オレはよく村の外れの雑木林に身を潜めてた。
毎回同じようなとこに隠れてたから、見つかる率も高かったけれど、学習しないでそうしてて。
だけど、あの日は。
引っ越すことが決まってて、もうすぐこの村とお別れになるって分かってたあの日のかくれんぼは、オレの意識に負けず嫌いの火がついて。
もっと深く。誰にも見つからない場所へ隠れたい。そう思って歩き続けた、その先で。

「よぉ、紫原」
「!…びっくりした。あれ?アンタ」
「緑間の言ってたこと、マジだったんだな。お前、スゲーデカくなったな」
「…峰ちん?」

回想に耽っていたオレの思考は、突然登場したその男の顔を見たことによって中断される。
異様に色が黒くて、青みがかった黒髪の目つきの悪いこの男は。さっき記憶の中で暴れ回っていたガキ大将と、よく似た風貌をしていたから。
「…なんで峰ちんいんの?」
「オレだけじゃねーよ。お前のじいさんには村の奴らは全員世話になってたからな。村の連中はほとんど来てる。ま、オレは仕事みてぇなもんだけど」
「ああ、峰ちん村役場に就職したんだっけ」
「もう葬式始まるってよ。お前もダレてねーでさっさと来いよ」
「ん、分かったー」
黒いスーツを着た峰ちんに急かされ、脱いだ上着を持って立ち上がる。廊下に出て、前を歩く峰ちんの後頭部を見ながら、こいつもデカくなったなって凄く思った。


葬式にはさっき別れたミドチンも黒スーツで来てくれてて、目が合って軽く会釈してきた。
叔母さんのとこに行って、親族の座るとこに連れて行かれて、馴れない正座体勢でお坊さんが読み上げるお経の声を無心で聞く。
峰ちんの言ってた通り、参列者の数はかなり多い。村の人間がほとんど来てるってのも大袈裟じゃないみたいだ。
その分の焼香が終わるまでずっと正座しっぱなしだったので、終わる頃にはすぐに立てないほど足が痺れてしまった。


一番近くの火葬場へ行って、骨になった祖父が箱に収まるのを見届けて、帰りはミドチンの車で峰ちんと三人で家に戻った。
「紫原、お前いま何してんの?大学生?」
「そーだよ。でもたぶんミドチンとは種類の違う大学生。毎日ヒマを持て余してる感じだし」
「緑間だって同じだろ。お前ら遊んでねーでさっさと働けよ」
「ミドチンって何系の大学行ってんの?」
「医学部だ。遊んでいるわけではない」
「げ、医学部なの?やっぱ頭いんじゃん。しかも金掛かるっしょ。…あ、そっか。ミドチンの家って」
「忘れていたのか」
「うん。そういやうちの母親、ミドチンちの診療所に勤めてた。てことは、卒業したらそのまま後継ぐの?」
「…おそらくな」
ミドチンの家はこの村で唯一の診療所をやってて、お父さんは開業医、お母さんは看護師さんっていうサラブレットがミドチンだ。ちなみにオレの母親も看護師で、引っ越すまではミドチンの家で働いてたことを思いだした。
「…なかなか出られないもんだね、長く育ったこの村から」
「元々出るつもりなどなかった」
「さつきも専門卒業したら戻ってくるっつってたぜ」
「さっちんは何の学校行ってんの?」
「看護師の専門学校。あいつは緑間んとこじゃなくて、隣村のデカイ病院に勤めるとか言ってたけど」
「病院?」
「紫原が引っ越した後に出来たのだよ。山向こうに、…あれは病院と言うよりは、保養施設なのだろうが」
「へー、商売仇じゃん。ミドチンち大丈夫?」
「うちはあくまで開業医だから影響はない。そもそも商売ではないだろう」
「ふぅん、そういうもんか。あとひとりは?黒ちんも出てったんでしょ?」
「あいつは…どうだろうな。家を継ぐつもりはなさそーだし」
「黒ちんの家って何やってんの?」
「…お前、さっきテツの親父に挨拶してただろ」
「え?」
「坊主だよ。テツんちは寺だ」
「へぇ、似合いそう」
「どこがだよ。お前テツのこと忘れてんじゃねーのか?」
「影ウスかったかんねー。…ていうか、ミドチンと峰ちんが変わらな過ぎ。…この村も、全然変わってないから…なんか、変な感じ」

車内から見る景色はどんどんさびしいものに変わっていき、そして村の入り口の雑木林が視界に入ったことでオレは口を閉じる。
あの林も、幼い頃に見た風景とまるで変わっていない。
格好の隠れ場だった。昼間でも薄暗くて、葉ずれの音が呼吸の音を掻き消す空間。
方向感覚も分からなくなりそうなそこを奥へ奥へ進んで行く。すると、そこには。

「…っ!」
「どうした、紫原?」
「あ、いや、…いま、何か聞こえなかった?」
「は?緑間?」
「…何も聞こえていないが。空耳じゃないか?」
「空耳…」

耳に手を当て、視線を窓の向こうへ飛ばしてみる。
風の音と間違えたのだろうか。

(おかえり)

抑揚のないその声は。
遠い記憶の向こうに追いやられた、あのユーレイの声によく似ている気がした。










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