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▼ ハレ婚パロ

・第一夫人赤司くん、第二夫人黒子っちがいる青峰家に黄瀬くんが第三夫人として嫁いでくる話。
・にょたではなく、男性妊娠可能、同性婚も当たり前の設定。
・青峰くんハーレム状態なので、青赤、青黒展開もございます。
・青黄は最後まで青黄ですが、火黒、虹赤展開になる予定で、不倫とか離婚とか不貞の子とか地雷要素っぽいのいろいろあります。ごめんなさい。


***




いまから何十年か前までは、出産は女性だけに許された神秘的な行為だったらしい。
人類は何千年もそういう決まりに縛られて子孫を残していた。新しい命を作りだすのは神様じゃなくて、女性たちだった。

……っていうのは保健体育の教科書に載っている昔話であり、現在は、そんな事実はどこにもない。


「騙していたわけじゃないんだ!!オレは本当に、涼太にオレの子供を産んで欲しくて……」
「……だから、何?オレにアンタの子供を産ませて、子供だけ持ち逃げして?……自分の奥さんと、育て上げるつもりだった?」
「違う!……たしかに、オレには妻がいる。だけど、涼太を愛する気持ちとはまたべつの……」
「……女のひとって、痛いから子供産みたくないっていう人多いっスもんねぇ。オレみたいに頑丈で痛みに強そうな男なら、ほいほい産んでくれると思った?……この、クソ野郎ッ!!死ねっ!!」
「うぐっ!!りょ、涼太っ!!ま、待ってくれ……っ!」

未練たらしくすがりつく、情けない男の脇腹を思いっきり蹴り飛ばし、オレは、1年間付き合っていた男に引導を渡した。
腹が立って仕方がない。昨日まで、オレは完全に騙されていた。
年上のサラリーマンだっていうあの男が、まさか、既婚者だったなんて。そんなの、一切知らずにいたのだ。

考えてみればあいつは付き合い始めた当初から、やたらとオレに子供を産ませたがっていた。
オレなら確実に、美形で頑丈で病気知らずのパーフェクトベビーが産めるって何度も褒めてきて、顔を合わせるたびにホテル行こう、セックスしようの繰り返し。
ちょっとわけあってオレはあんまセックスに乗り気じゃなかったから、うまくはぐらかしながらもする時は必ず避妊薬を飲んでやり過ごして、今日まで続けてきたけれど。
案の定、あの男の目的はオレとの結婚なんかじゃなく、自分の子供が欲しいって、それだけだったんだ。

「……最悪」

追いすがる男を振り切って肩で風切って歩いて来て。人気の少ない路地まで来たところでオレはどっと虚脱感に襲われ、へなへなとその場にしゃがみこむ。
実は、こういうのは始めてじゃない。昔からオレは男女問わずモテるタイプで、色んな人と付き合ってきた。だけど、いつも、今回みたいに最悪な別れ方をして終わってる。
既婚者だってことを隠されていたのも、何度目だろう。女の人はオレに子供を産ませたいなんて思わないからなかったけど、付き合った男は大抵あんな感じの奴ばっかだった。
中には純粋にオレの見た目や性格を気に入って、不倫相手でもいいから付き合いたいと思ってた人もいるだろう。そういう人たちもアレだけど、さっきの男のことを思えばまだ善人に思えてくる。

「……誰が、あんな嘘つき野郎の子供なんか産むっつーの」

現代において、出産は女性だけにゆるされた神秘的な行為などではない。
発達した遺伝子学によって、新生児の肉体構造は変化していって。オレたちの親の代くらいからは性別なんてあってないようなものってくらい、出産の条件はフリーになっていた。
だからって、産んでくれって言われてほいほい産めるようなことでもないっていうのは社会全体の総意のまま変わらない。
出産は、物凄い痛みを伴うものだ。一年近く身体の自由を奪われ、今まで自由にやれていたことがどんどん制限される。他人の助けを借りなければ移動もままならなくなるような状態を、簡単に受け入れるわけにはいかない。

誰でも自由に子供を産むことは出来る。
だけど、だからこそ。なんで自分がやんなきゃなんねーの、っていう思いが強くなったのは、現代社会の特徴だってえらい分析者の人たちは言っていた。

「……結婚もしてくれないくせに」

そのくせ、オレたちは古来から出産とセットで扱われていたべつの契約への憧れを捨てることが出来ずにいる。
自分の子孫を残すことよりも、好きな人と社会的に結ばれることのほうが重要だと考えている。それが、現代の若者たちの多くの意見、なのらしい。





失恋の傷を癒すため、オレは大学を出てから働いていたバイト先をやめ、生まれ育った田舎町へ帰ることにした。
実家の両親は突然のオレの帰省にびっくりしていたし、呆れてもいた。
黄瀬家には、上の姉ちゃんの旦那さんが婿養子として入っていて、幼い甥っ子と姪っ子が一人ずついる。賑やかに駆け回る可愛い子供たちと一通り遊び倒し、お昼寝の時間に寝かしつけたところでパートから帰ってきた姉ちゃんに帰省の理由を聞かれ、苦笑しながら答えた。

「まあ、ちょっと色々あって……。なんか、疲れちゃったんスよねぇ」
「何言ってんのよ、若者が。仕事はどうしたの」
「就活うまくいかなかったって前に話したじゃん」
「その後よ。ひょっとして、ずっとバイトでやってたわけ?彼女も作らずに?」
「……ちょっと休んだらまた頑張るっスよ。いまは、ちょっと、何も言わずに休ませて欲しいっス……」

本当の理由なんて、言えるはずもない。
直前まで付き合っていたのが彼女でなく、彼氏だったってことも。べつに今の時代、同性愛なんて珍しいものでもないけれど、姉ちゃんはオレのことを女の子とっかえひっかえの遊び人だって思ってるし、見た目の良さだけがオレの取り得みたいに言ってくる。だから、前の恋人がオレに子供を産ませるのが目的だったことも、更に言えば既婚者であることを隠されていたってのも、打ち明けられるはずがなかった。

「せっかくいい男に産んで貰ったのに、宝の持ち腐れよねぇ。アンタも、青峰くんを見習ったらどうなの?」
「青峰っち……?……青峰っちって、まだこの町にいるんスか?」
「町おこしの筆頭格よ、あの子は。っていうか、あんたたち友達でしょう?聞いてないの?」
「……?何のこと?」

青峰っていう男は、たしかに同じ中学にいた。
部活が一緒で、よく一緒につるんでた。当時付き合ってた彼女とのデートよりも青峰と遊ぶことを優先することも頻繁にあるくらいには仲良くしてた気はするけど、残念ながら中学を卒業したあと、オレが県外の高校に進学したことで親交が途絶えて、それきりだ。
あいつ、いま何してるんだろう。懐かしい名前を耳にして、俄然懐古心に火がついて、興味本位で聞きだした。だけど、それはやめとくべきだった。

「……は?何それ。……うそでしょ?」

中学時代のマブダチが、まさか。
オレの知らないうちに、とんでもないことになっていたなんて。





その日の夕方、オレは姉ちゃんの命令で商店街へ夕飯の買い物に行かされた。
ぶっちゃけ、今日はあんまり外を歩きたくなかった。だって、この町には青峰がいる。
狭い田舎町だ。どこでばったりと顔を合わせるかわからない。会いたくない。それくらい、青峰の現状は衝撃的なものだったんだ。

だけど、いくら実家とは言えいまのオレは居候人の立場だ。家事を一手に引き受けている姉ちゃんの言うことをきかないわけにはいかなくて、憂鬱な気分で買い物に出て。
そこで、思わぬ人物と再会をした。

「……黄瀬か?」
「え?……あっ!!赤司っち?!」

中学時代の記憶とさほど変わりのない寂れた商店街を歩いていたら、前方からなんだかこの町の雰囲気に似つかわしくないセレブ感溢れる物腰の人が近付いてきて、声を掛けられ、はっとする。
皺のない上品な白シャツに、これまた高級素材って感じのカーディガンを羽織ったその人は、青峰と同じ、オレの中学時代の部活仲間の赤司だった。

「懐かしいな。帰って来ていたのか」
「あ、赤司っちこそ……!たしか、京都の名門高校に進学したって聞いてたんスけど!」
「ああ。高校を卒業後、こちらに戻って来てね。それからずっと、この町で暮らしている。……黄瀬は、今は何を?こんな時期に帰省をするなんて、……実家で、何かあったのか?」
「いやいや、なんもないっスよ!家族はみんな元気そのものっス!……ただ、オレは……、ちょっとね、いろいろあって」

赤司の疑問はもっともだ。いまはお盆でもお正月でもないし、平日の夕飯時だ。県外に出たまま音沙汰のなかったオレがここにいるなんて、何事かと思うだろう。

「……あのさ、赤司っち」

家族には、本当の理由は言えなかった。
だけど、懐かしい友達の顔を見たとたん、急激に気持ちが緩んできて。

「時間、ある?せっかくだし、ちょっとお茶でもしてかないっスか?」

誰かに、いまの自分の辛い気持ちを打ち明けたくなってしまっていた。




品行方正な優等生であり、家は昔から代々続く大地主のご令息。お父さんはえらい議員さんっていう赤司とは、中学時代はそれほどめちゃくちゃ仲が良かったわけではない。
同じ部活だったから一緒に過ごすことは多かったけれど、悩み事を相談したりぶっちゃけ話をするような機会はあんまりなかった。
だけど、中学時代からやたらと落ち着いた態度の赤司はすごく信頼感があって、今も。どうしようもないオレの話を、最後まで真剣に聞いてくれた。

「なるほどな。それは、災難だった。……最低な男もいるものだ」
「でしょ?!分かってくれる?!オレ、ほんとショックだったんスよ……。一年も、あんなクソ野郎に騙されてたなんて」
「見限って正解だったよ。お前は、その程度の人間にいいようにされる男ではない。……心からお前を愛し、添い遂げたいと思う人間は他にいくらでもいるだろう。いまはゆっくりと心を休ませ、新たな出会いに向けて準備をするべきだ」
「赤司っち……」

ものすごく親身になって励ましてくれる赤司に、思わず感情が込み上げてきて泣きそうになってしまう。
赤司に話して、よかった。こんなにもオレを救ってくれる人は、ほかにいない。

「ありがと、赤司っち。なんか、聞いて貰っただけでもすごくスッキリしたっス!そうっスよね、オレだけを好きになってくれる人だってきっとどこかに……。って、そう言えば赤司っち、その指輪って……」

そこでオレは赤司の手元に視線を落とし、意外なものを見つける。
左手の薬指にはまったシルバーリング。ってことは、赤司って。

「ああ。実は、こちらに戻ってきてからすぐに入籍をしたんだ」
「ええ?!ま、マジっスか……!!それって、10代で?!」
「もとより、そのために帰郷したようなものだ。どうなることかと思っていたが、今のところはうまくやれている」
「そ、そうなんスか……。ってことは、相手のひとって地元の人?……オレ、知ってるひとっスか?」

自分のわだかまりを払って貰って、オレの心にも余裕ができてきたのかもしれない。
次々と沸いてくる質問をぶつけると、赤司はおだやかに微笑みながら頷いた。

「実は今日、彼とこの喫茶店で待ち合わせをしていたんだ。じきに来る頃だと思うけど……。せっかくの機会だし、紹介させて貰おうか」
「ぜ、ぜひ!!!……そっか、赤司っち、どうりで……」
「なんだ?」
「昔から赤司っちって大人っぽいなって思ってたけど、いまはほんと、安定感があるっていうか……、これが、人妻の余裕ってやつなんスかね?」

聞き上手なのは、持って生まれた性格だけが原因なわけでもないのかもしれない。
いいお嫁さんなんだろうなって、よく分かる。こんなに上品で穏やかな奥さんをゲットした旦那さんっていうのは、いったいどんな幸せ者なんだろう。
羨ましいなって、率直に思う。
こんなことならオレも県外の高校なんか行かず、ずっとこの町に残って、赤司の旦那さん候補に立候補していればよかった。そしたら、オレももっと。



「悪ぃ、征十郎!遅くなった!」

ぼんやりと過去のあやまちを振り返っていたオレの脳みそに、どっかで聞いたことのある声が響いた。
幸せ者の登場だ。そう思ってギクリとしたけれど、この声、なんだっけ。すごく、よく知ってる。

「問題ないよ。偶然、旧友と再会して近況を語り合っていたところだ。黄瀬、紹介するよ。彼が、オレの伴侶である、」

あ、だめだ。
そう思ってオレは体を強張らせる。
振り向いたらいけない。赤司をお嫁さんに貰った果報者の顔なんか、確かめるべきではない。

だって、そいつは。

「青峰大輝だ」

現在、この上なく最低な結婚生活をエンジョイしているという、クソ野郎に落ちた男なのだから。





「……」
「……」

そして事態は思わぬ方向に進んでいる。
赤司の旦那さんが、他でもない青峰だった。その事実を受け入れられないまま、当の赤司はすっと席を立ち。
そう言えば夕食の買い物がまだだった、なんてマイペースなことを言い放ち。買い物が終わるまで待っていてくれ、と青峰に言い残したきり、そそくさと喫茶店を出て行ってしまったのだ。青峰を、こんなところに取り残して。

当然、オレは無言のまま顔を俯かせる。
青峰も何も言わず、さっきまで赤司が座っていた椅子に腰をかけ、赤司の飲み掛けのコーヒーカップに躊躇いなく口をつけていた。

どうしてこんな気まずい展開になってしまったのか。
その答えはただ一つ。昼間、青峰の近況を姉ちゃんから聞かされてしまったせいだ。

「……全然変わってねーな、お前」

もやもやした気持ちをどうしてくれようかと考えている中、向かいに座る男はぽつりとそんなことを口にした。

「この町に戻ってくるとは思わなかったぜ。家族になんかあったのか?」
「……赤司っちと同じこと聞くんスね」
「あ?いや、……そんくらいしかねぇだろ、お前が帰ってくる理由なんざ。お前、中学の頃は田舎嫌がってただろ」
「……嫌いじゃないっスよ。生まれ育った町っスもん。……変わってないのはこの町っス。嫌になるほど落ち着くし、同級生は優しいし……。でも、……帰ってくるべきじゃ、なかったっス」

赤司と話している間はこの事実を忘れることができた。
だけど、現実は残酷だ。まさか、こんな形でオレの意識に嫌な事実を押し付けてくるなんて。

「アンタ、何考えてんスか」

知りたくなかった。
認めたくない。
仲の良かった中学時代の友達が、別の友達と結婚していた。そんなのはよくあることだし、それはいい。素直に祝福出来る。ただ、オレは青峰の選択を褒めることはできない。

「よりによって、赤司っちと結婚しておいて……、なんで、他の人とも結婚してるんスか?!」



オレがこの町を出ていた間に、まったく変わらない景色を保ちながらも大きく変わってしまった事がひとつだけあった。
それは、政府から与えられていた。クソみたいな条例の特区になったこの町で、その条例をあっさりと受け入れて何食わぬ顔で生きているのが、目の前のこの男。

町おこしの筆頭格なんて、そんなたいそれたものじゃない。
一夫多妻制度を採用している。そんな男が褒められる世の中なんて、オレは絶対に認められない。






「何スかハーレム婚って!!そんなの、条例で許されたとしても実際にやっちゃだめなやつじゃないっスか!」
「何怒ってんだよ?べつに、黄瀬には関係ねーだろ。オレが何人と結婚していようが」
「関係はないっスけど、怒るっス!だって、赤司っちっスよ?!他のひとだったとしてもムカついてたけど、よりによって赤司っち!一番やっちゃいけないことしてるっスよ、アンタ!」
「……なんで赤司はダメなんだよ。あいつは器量いいしメシも作れるし、お前嫁にするよりずっとマシだろ」
「……っ!!そんなの当たり前っスよ!だからこそ、許せないっつってんだ!!」

容姿よし、器量よし、頭も良くて性格もいい。
そのうえ家柄もばっちりの赤司が、どうして一夫多妻制の妻のほうにおさまらなきゃならないんだ。
こんなのは間違っている。しかもその赤司をゲットしたのが青峰って、むちゃくちゃおかしい。赤司なら、もっといいとこに嫁にいけるはずだろう。

「……赤司が、んなこと言ってたのかよ?」
「え?……いや、本人はそんな……、い、言えないっしょ!」
「なんでだよ。あいつはオレよりも頭良くて金も持ってる。オレとの結婚が本気で嫌だっつーなら、いくらでも断れるだろ?」
「そ、そりゃ……、そう、っスけど……」

冷静に言い返され、言葉に詰まる。
結婚している、と答えたときの赤司は、全然嫌そうじゃなかった。むしろ、……幸せそうだった。
一夫多妻制の家に嫁いだなんて、全然思えなかった。だけどそんなの有り得ない。オレだったら、絶対に嫌だ。自分の旦那が、他のひとの旦那でもあるなんて。

「つうか、お前こそどーなんだよ」
「は?!オレはそんなの嫌だって……」
「違ぇよ。……まだ結婚もしてねぇんだろ?中学ん時は女とっかえひっかえだったくせに、未だにフラフラしてんのかよ?情けねーな」
「……っ!!」

糾弾していたのはオレのはずだった。
なのに、いつの間にか形勢が逆転している。未だに身を固めていないオレは、一本に絞れない青峰を責める立場になんていなかった。

「そ、それは……」
「付き合ってる奴もいねーの?」
「……い、いたよ。いた、けど……、……別れた、ばっかっス」
「へぇ。そんで?また次に乗り換えるつもりか?」
「……っ、そんなすぐ、切り替えられるわけないじゃないっスか!そりゃ、いつかは誰かと結婚するつもりっスよ!だけどオレは、ちゃんと……」
「オレとするか?」


なんだかいつまでたっても覚悟を決めずにフラフラしてる尻軽みたいな言い方をされて頭に血が上っていた。
だから、次の瞬間青峰が切りだした誘いの意味が、まったく分からなかった。

「……は?」
「お前みてーなめんどくせー奴、嫁にしたがる男も旦那にしたがる女もそうそういねーだろ。しょうがねーから、オレが引き取ってやってもいいぜ?」
「あ……?なに、言ってんスか?なんで、オレが……」
「うし、決めた。結婚しようぜ、黄瀬」
「……」

どうして、こんな話になってんだろう。
オレ、何かおかしなこと言った?青峰に、結婚してくださいって申し込んだっけ?
いや、ない。当たり前のような顔していつ町役場に行くか?なんて聞かれてるけど、ないって。オレ、結婚なんて、そんなの。


「黄瀬くんが三人目になってくれるんですか?それ、すごく助かります」
「ちょっと待って、そんな話……、って、えええ?!?!く、く、黒子っち?!」
「おう、テツ。仕事終わったのか?」
「はい。遅くなってすいません。あ、黄瀬くん、お久しぶりです」
「い、いつの間に……っ、って、え?!黒子っち、さっきの話、聞いて……」

異様な展開に戸惑うオレに追い討ちをかけるように、有り得ない人が有り得ない登場をした。
オレたちのテーブルの横に、いつから立っていたのかなんてそんなのはいまはどうでもいい。いまオレが確認しなきゃいけないのは、……なんだ?

「すいません、盗み聞きをするつもりはなかったんですが、話が盛り上がっていたのでなかなか声を掛けるタイミングがつかめなくて……。それよりも、よかったですね、青峰くん。三人目のお嫁さんが見つかって」
「あー。べつに、オレはお前と赤司の二人で充分だったけど。……もう一人いたほうが、何かと便利なんだろ?」
「それはもう。ハレ婚特区の恩恵でもらえる、町からの補助金が倍に跳ね上がります。正直、青峰くんにはもう少し仕事を増やして貰わなければ家計がヤバイところだったんですけど……。思わぬ救世主が見つかって、良かったです」
「悪ぃな、テツ。苦労掛けて」
「いえ。……家族ですから」

混乱する頭の中で、二人の会話を整理する。
こいつら、いったい何の話をしてるんだ?オレが、三人目?黒子っちは、何人目?っていうか、黒子っちって、何?
いや、オレは知ってる。黒子っちはやっぱりオレの中学時代の同級生で、部活仲間だった。現在は何をしているんだろう。……どうして、黒子家のテツヤくんが、青峰の家族になってるんだろう。

「話はまとまったか?」
「あ、征十郎くん。買い物してくれたんですね、ありがとうございます」
「構わないよ。在宅ワークはオレ一人だからね。それよりも、黄瀬はどうだ?承諾させられたのか?」
「……征十郎、お前、やっぱこいつをオレと結婚させよーとしてたんだな」
「まぁな。……オレが、このチャンスを見過ごすはずがないだろう。待ちに待った、三人目の妻候補だ。……改めて、歓迎するよ。黄瀬、……いや、涼太」

オレの言語機能は完全に壊れている。
そんな中、でかい買い物袋をぶら下げて戻ってきた赤司がオレをむちゃくちゃに砕こうとしている。

「お前がオレたちの家族になってくれる日をずっと待ち望んでいた。大丈夫、何も心配することはない。大輝はオレが選んだ男だ。……必ず、お前を幸福に導いてくれると断言するよ」


買い物袋を青峰に預けた赤司が、真っ直ぐにオレへ右手を差し出してくる。
安心感のある、力強い眼差しだ。この眼で見詰められると、何を不安に感じていいのか分からなくなる。
操られるように、赤司の手を握り返す。すると赤司は、身内にしか見せなさそうなゆるくてやわらかい笑顔をオレに見せ、たちまちオレの意識を惹きつけた。




誰と、結婚することになったんだっけ。
差し出された特別婚姻届の用紙を見ながら、オレは頭を抱えた。

「……やっぱなし、って、ダメっスか?」
「あ?何言ってんだよ、ここまでしておいて。指輪も買ってやっただろ?」
「サイズ教えたことあったっけ……?ピッタリ、っスけど」
「赤司が測ってたじゃん。思ってたより細かったから、じかに触っといて良かったってよ」
「あの握手、オレの指を採寸してたんスね……。ほんと、抜け目ないんスから……」

自分の左手に光る指輪を見詰めながら、本日何度目かのため息をこぼす。
すっかりと絆されてしまった気がするけれど、この指輪はおもちゃなんかじゃない。引くに引けない状況に、追い詰められてるってことは分かった。

「つーか、青峰っち、……ホントにオレでいいんスか?」

とんとん拍子でオレたちは町役場に来ている。今日は、黒子っちと赤司は一緒じゃない。
青峰と二人で並んで歩いてると、オレ的には中学校時代の部活帰りみたいな気分になるのに。青峰的には、新妻といるような気持ちになれているのだろうか。

「なに急に謙虚になってんだよ」
「謙虚っつーか……。出来のいいお嫁さんが二人もいんのに、まだ欲しがるアンタの気持ちがさっぱりって感じっス」
「あいつらはいい嫁だよ。べつに、あいつらに足りないもんがあってお前にプロポーズしたわけじゃねーし」
「……プロポーズ、ねぇ」
「テツが言ってただろ?もう一人嫁が増えたら、補助金が倍に増えるって。家計のことはあいつらに任せっきりだけど、わりとヤベーらしいんだわ」
「お金のためにオレと結婚するつもりっスか?!」
「それだけじゃねーよ。お前、中学の頃からオレのこと好きだっただろ?」

まさかの金銭目的かよ、と引きそうになったオレに、青峰はさらっとおかしなことを言う。
思わず歩く足が止まってしまった。は?ってなって青峰の顔を凝視する。なんだ?って首を傾げられても。お前が、なんだ?

「……オレがいつ、アンタを好きになったって……?」
「なんだお前、テメーで気付いてなかったのかよ?」
「気付くも何も、……そんな事実、なかったっスよ」
「あったよ。お前、女と遊ぶよりオレを優先してたじゃねーか。オレと一緒にいるほうが、楽しかったんだろ?」
「え?……そ、それは……」

きっぱりと指摘されたことに、心当たりがないわけじゃない。
だけど、そんなこと。当時の青峰が気付いているなんて、夢にも思わなかった。
たしかに、楽しかったよ。女の子とデートするのは色々と気を使って疲れがちだったけれど、青峰といるときは全然気楽だった。
恰好つける必要なんて、なかった。好かれたいって意識することもなかった。言いたいことを口に出せて、やりたいことをやりまくって。それで後悔したり反省することなんてひとつもなくて、青峰の前でオレはいつでも素でいられた。

「……そりゃ、青峰っちがオレの恋愛対象から外れてたからじゃん」

好きだった、わけじゃない。
男友達って、そういうもんだろ。
あの時のアンタは、結婚相手の候補なんかじゃなかった。アンタの子供を産む立場になるなんて、考えたこともなかった。
だから、いつも楽しかった。

「じゃあいいじゃん。お前にとっちゃ、その方が幸せだろ」
「幸せ……かなぁ」
「赤司から聞いたぜ。お前、他の女と結婚してる男に騙されて子供産まされそうになったんだろ?……相変わらずバカだよな。男を見る目がねぇっつーか……。ほんと、しょーがねぇ奴」
「青峰っち……っ」
「でも、オレと一緒になりゃ安心だろ?オレには、出来のいい嫁がすでに二人いる。お前は今後、二度と変な男に騙されることはねーし、無理に家庭に収まって嫁の責任をひとりで抱え込むこともねぇ。あいつらがいるからな」
「……そん、なの」
「昔から思ってたんだよ。ハレ婚っつーのは、お前みてーな危なっかしい奴のために出来た条例なんじゃねーのって。……お前が誰かの夫や妻に収まって、大人しくそいつのためだけに生きてるなんて、想像もつかなかったしな」
「……ひどい言われ様っスね」
「自由でいいんじゃねーの?」

不安も悩みも一切ない。そんな晴れやかな表情で聞かれると、そうかもって、納得してしまう。
この先誰かと夫婦になったって、夫婦の役割は別々だ。夫にしろ、妻にしろ。家族の中でたったひとつのポジションにつくことになれば、孤独を感じるかもしれない。役割の違うアンタに何が分かるんだって、相手を責めることもあるかもしれない。
だけど、青峰と一緒になれば、オレには役割を分担してくれるナイスな仲間が出来る。

「……なんかこれ、青峰っちと結婚するってより、……赤司っちや黒子っちと同じとこに嫁に来たって気持ちのほうが強いかも」
「それでいんだよ、お前は。昔っから征十郎の言うことはよく聞いてたじゃん。テツにも懐いてたみてぇだし」
「まあ、あの二人は信頼出来るっスからね。……まあ、よろしく頼むわ。言っとくけどオレ、家事とか一切出来ないっスからね?」
「おう。征十郎とテツにしっかり教えて貰え。力仕事はお前が一番適任だろ」
「そこは自信あるっスけど……、え、力仕事って普通は嫁に代わって旦那がやるもんじゃないんスか?」
「よそはよそだ。そーいや、テツがそろそろ換気扇の掃除してぇっつってたな。お前の初仕事、それになるんじゃね?」
「……はぁ。まあ、いいっスけど」

どんな生活が待っているのか、想像もつかない。
だけど、ちょっと前に手酷い失恋をしたことなんて忘れちゃうくらいにわくわくしているのは、事実だ。

大好きな人と結ばれて、その人との子供を作って、かけがえのない存在を増やして行く。
そんな、一般的な憧れの結婚とはちょっと違うものにたどり着いてしまったようだけど。

「さっさとこれ提出して、帰ってメシにしよーぜ。征十郎とテツが張り切ってたからな。今日は、お前の歓迎パーティーするんだと」

オレの居場所は、確実に約束されている。
それを思うと嬉しくて、小さな声で「ありがと」と呟いた。












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