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▼ 13





果たして、紫原が前立腺の存在を知っていたのかどうかは定かではない。
ただ、一部の感触が他と異なることに留意しただけだろうか。そこを突いたり擦ったりされると、否応にもオレの体は力を失う。
気を抜けば腰砕けになってしまいそうだったが、努めて平静を装い紫原の接触を受け続けていると、彼からこんな報告と疑問を投げかけられた。

「だいぶほぐれてきたみたいだけど、赤ちんどう?気持ちいい?」

それに対し素直に頷いてしまいそうになるが、すぐに発生した危機感によって阻まれた。
直に前立腺への刺激を受けることで強い快感が生まれ脳に伝達される。前もってその知識は有していたが、実際に自身の肉体で再現されると、どうだ。
この快楽を認め、受容することで、懸命に保っていた理性がどこかへ飛ばされそうな不安感がオレに否定的な態度を取らせた。

「……お前が納得できるほどに広がったのなら、次の段階へ進めるよ」
「え〜?赤ちんが気持ちよくないならやってる意味ないじゃん……。……中にあるはずなんだけどなぁ、性感帯っての」
「……」

具体的な名称や機能性は知らないようだが、紫原がオレの理性を破る手段を探っていることは分かった。
出来れば、もう少し自分の欲求に忠実になって貰いたいものだ。オレの身体のことなどは気にせず、一気に進めてくれたなら。
こんな責め苦のような状態から、解放されるはずなのに。

これ違うのかな〜?等と言いながら前立腺に指を押し付けられ、思考が一瞬スパークする。
そろそろ、限界かもしれない。腰砕けになって醜態を見せる前に、強引にでも先へ進むことを望むべきか。

「紫原……」
すっかり彼の頭にしがみつくような体勢になっていたオレは、極限の理性を振り絞り訴える。
「もう充分だ。そろそろ合格にしてくれ……」
「ん〜……、たぶん、挿れるだけなら大丈夫かもしんない、けど……。痛いだけじゃ、赤ちん辛くない?」
「……大丈夫だよ。オレは、その痛みが欲しいんだ」

肉体、ないし精神に刻み付けられる痛みは、強ければ強いほど鮮烈な記憶に変わる。
許容量を超えた痛みは意識の在り方に影響を齎し、一時的、あるいは永続的な障害を抱えることもある。
だからオレは、紫原にそれを求めた。
遠く離れた地で生活を送り、姿が見えなくても、ぬくもりに触れられなくても。ずっと、おまえを感じていられるように。

「強い痛みを、オレの体に残してくれ」



体内から紫原の指が引き抜かれる。
懐柔する際、幾度かローションを注ぎ足したことでその部分の潤いは粘着質な水音を立てた。
互いに深く息を吐き、視線が交わる。苦笑を浮かべながら紫原は言った。

「このまま、赤ちんが挿れてくれる?」
「……わかった。異常を感じたら直ぐに教えてくれ」

もう一度深呼吸を行い、片手で紫原の性器を支え、位置を定める。先端の熱が伝わるだけで、痺れるような感覚が神経を伝った。

「怖い?」
「……少しね。……お前がもう少し利己的な男だったら、と思わずにはいられないよ」
「え〜?」
「こちらの意思など構わずに、ひと息に貫いてくれたなら……、オレの気も、軽やかだった」

やや呼吸の乱れはあるが、平時とあまり変わりない紫原の声に意を決し、腰を落とす。
激痛が体を駆け抜け、思わず尻込みしてしまう。紫原の右手がオレの背をやんわりと撫でてきた。

「もうちょいいける?先っぽが入ったら、ちょっとラクになると思う……」

穏やかで、それでいて切なげな紫原の声に、頷きを返して目を瞑る。
性器の形状からして、もっとも太い部分を通過すればこの痛みも過ぎ去ることは分かっていた。無為に広がるこの状況を超えれば、あとは。

「赤ちん、息、すって、吐いて」
背中を撫でながら励ますように声を掛けてくれる紫原の声に従い、深呼吸を挟んで、もう一度。
「……、ッ」
「……ぃ、じょうぶ?」
「あ、あぁ……、すこし、待ってくれ……」

何を、と言うわけではないが、とっさに口をついて出たオレの泣き言に、紫原は無言で頷く。
どこまで飲み込んだのかは定かではないが、先ほどよりは痛みがひいている。そのままゆっくりと腰を沈め、ある程度まで進んだところで急に脱力感を覚え、紫原の体に寄り掛かった。

「赤ちん?」
「……これ以上奥へは、埋められそうにない……な……」
「ん。……や、でも結構入った……。すごいね、赤ちん……、やっぱ根性あるよ」

紫原の賞賛に悪意があるとは思わないが、こんなことを褒められてもいい気分にはなれない。
意趣返しに、彼の背中に回した指の爪先を軽く皮膚に食い込ませる。「イテッ!」と反射的に声を上げた彼は、それから、ふふ、と笑みを零した。

「爪立てないでよ、赤ち〜ん……、部活の人に見られたら、また変なこと言われるじゃん〜」
「これくらい……痕にも残らないよ」
「えー?じゃあ、もっと強くしてもいいよ?」
「……残されたい、のか?」
「夢じゃないって、証拠になるじゃん」

紫原のおっとりとした声音を受け、緊迫していた気持ちが次第にほぐされていく。
つられて笑いながら爪を立てた箇所を指の腹で丁寧にさすり、傷つける意思のないことを示す。

「…っ、赤ちん?」
そのささやかな刺激に、紫原ははっと息を飲んだ。
「……お前には、いずれ修復して消える傷よりも、もっとたしかな証拠を刻みたい」
「え?あ…っ、」
「オレの体にも……ね」

重ね合わせた皮膚の温度。肌をくすぐる吐息の感触。
そして身体の内側に埋め込まれた紫原の肉体の一部から伝わる間隔の短い鼓動の音は、どこまでも心地好く。
先ほどまで神経を支配していた痛みが薄れ、ひどく満たされた気分で彼を感じる。

この行為に、痛み以外の何かが得られるとは思っていなかった。
だがその思惑は掻き消され。痛みを凌駕する充足感に浸りながら紫原の体に身を預けていると、もぞり、と彼が身じろいだのが分かった。

「紫原……?」
「え、っとね、赤ちん。このまま、くっついててもいいんだけど……。オレ、そろそろ、きっつい……」
「……あぁ」

体内に紫原を招きいれただけで充実してしまったが、彼のほうはそうもいかない。
オレよりも長い間あらゆる欲求を制御し続けた紫原の切羽詰ったような声を聞き、咄嗟に次の動作をシミュレーションする。

「……少し、上下に動かしてみよう」
「できる?」
「大丈夫だ……。……」

声を掛け、少しずつ腰を上げて内部に収まっていたものを引き抜く。
性器の堅い頭部分が壁に擦れることで異様な感覚をおぼえるが、口にすることはなく際まで引き上げ。そして再び、同じように腰を沈める。
こんな感じで、いいのだろうか?
視線で伺いを立てると、紫原はハァ、と熱っぽい息を漏らした。

「いいよ、赤ちん、そのままやって」
「あ、あぁ……」
「できればもうちょい、機敏に動いて貰えると嬉しいけど」
「わかった、やってみよう……」

だいぶ中の圧迫感には馴れてきたため、無理な要求ではない。
そう思いながら同じように腰を上下にスライドさせ、二回、三回、と回数を重ねるごとに速度を増す。

「…ッ、赤ちん!」
「な、なんだ…?!」

突如、紫原が右手でオレの腕を掴む。
何か、おかしな動きをしてしまったのだろうか。不安に駆られながら紫原の顔を見ると、彼は。
「ちょ、ちょっとストップ……、これ、すげぇ気持ちいい……」
「え……?」
「絶妙に締め付けたりゆるめたりしてない……?え?無意識……?!」

頬を上気させ、興奮気味に指摘する紫原の言葉に、戸惑いを覚える。
オレは腰を動かしているだけで、それ以外に特別意識した動きを加えた覚えはない。
まして、内部の伸縮をコントロールするなど。

「何もしていないよ……。気のせいだろう」

そうは言ってみるものの、間近で見せられる紫原の興奮に染まった表情と、体内に収められた灼熱の鼓動の感じ方が、それまでとは性質の異なるものに変化していく。
最適な湯音に全身を浸し包まれるような心地好さから。
「……」
ぞくりと背筋を奮わせる、得体の知れない、未知の感覚へ。

「……あー、やばい、これ、もうちょっと擦られたらイくかも……」
「……」
「赤ちんは?あんま気持ちくない?」
「……オレ、は……」

動作の停止を求められ、オレ自体はそうしている。
だが、内部の熱は小刻みな振動を止め処なく加えてくる。紫原が下から突きあげるようにしているのだ。控え目な動きではあるが、自分の意思とは関わりのない刺激を与えられている、というのは、それだけで。

「……っ、よく、ない…ッ!」

じわじわと焦がすような感覚に動揺を覚え、指で前立腺を刺激されたときの不安感が蘇る。
いま、理性を失うことになったら。オレは、紫原の負傷も、彼が未だに達していないことも忘れ、構わずに自分の快楽だけを追って行動してしまう。
律しなければ。自我を保ち、相手の体を尊重する余裕を保たなければ。
独り善がりに欲求を昇華させるような事態は避けなければならない。

「オレは、いい。射精をしたいなら、お前一人で……」
「……っても、いんだけど……。……あのさ、赤ちん」

否定を口にしたオレの腰に、紫原の大きな手のひらの感触が押し当てられる。
触れる、だけではなく、少し強めに腰骨を抑えた彼は、オレの耳元に唇を寄せ。
静かに、囁いた。

「もうちょい奥まで入るっしょ?痛くないなら、当たるまで咥え込んでよ」

要求の意図は、読み取れなかった。
だが、オレが意識して最奥まで届かせぬように腰を動かしていた理由を、見透かされたような気がした。
痛みを無視してそうすれば、彼の性器の先端は確実に当たってしまう。性感帯であるその箇所へ。
そこを繰り返し突かれれば。どうなるのかは、明白だ。どれほど気力を振り絞っても、オレは。

「無理にしなくてもいいけど……、だめ?」

この葛藤に気付いているのかいないのか、窺うような声音を発する紫原に意識を揺さぶられる。
どこまでオレの思考を理解しているのだろうか。言葉通りであれば、オレが動けずにいるのは挿入の痛みを堪え、それ以上深く進めることを躊躇っていると感じているように思える。
譲歩の姿勢を見せた紫原に、甘えて頷くことは可能だった。そうすれば互いに納得し、彼が射精するまで性器を擦り続ければ終わる。オレの求める結果は、それだった。

なのに。

「……っ」

肉体の一部分が繋がっている状態とはいえ、皮膚に遮られた別の身体の持つ意思がこちらに侵入して来ることはない。
皮を剥いだとしても、同じことだ。ひとつの肉体が有する精神はひとつきりであり、視認することのできない意思や感情の共有は不可能なはずだった。
だけどオレは、紫原の発する熱や鼓動の音を介し。同じ温度に高められ、波打つ音のリズムを合わせることによって、あたかも。

彼と、ひとつの肉体を共有しているような錯覚の中で、意思の疎通を強く望んだ。


「……紫原」
かすかな不安はまだ胸中で燻っている。
だからオレは彼の答えを確認する。
「気持ちいい……か?」
弾む息と、堪えきれようのない衝動から止まらぬ小刻みな内部の振動が、紫原の興奮を如実に伝えている。それでもオレは、彼の唇から言葉を引き出したかった。
「……ん。…すげぇ、いい……っ」
そして素直な感情を肉体で、そして意識で受容し。

「う、ぁ、赤ちん…?」
少し強引に彼のものを際まで引き抜き、驚いて見上げてきた顔へ笑みを落とす。
覚悟をしろ、と胸中で呟き。理性を飛ばす決意を固め、目を閉じ、ひと息に。

「…ッ、あっ?!」

勢いをつけてずるりと沈ませた直後、全身に電流を加えられたような目の眩む刺激に思わず鋭い悲鳴がこぼれる。
想像、以上だ。これは、凄いな。

「んっ、…あ、んん…ッ」
「あ、赤ちん…?!ここ……?!」
「ひゃッ!あっ、ぅ…っ」

必死に紫原の首にしがみつき、当たるように腰を動かす。このあられもない反応で紫原は察したらしい。オレの、性感帯の正確な位置を。
「あっ、あっ、いやっ…、だ、め…ッ」
「……嘘でしょ?これ、……気持ちいんでしょ?」
無意識に腰を引こうとしたオレを許さず、紫原は故意にそこへ当ててくる。思わず否定的な言葉が漏れるが、彼は構うことなく。
「だ、めだ…っ、きもち、い…ッ!!」
絶え間なく溢れる感情を声にして発したとき。ぱちんと、脳内で何かが弾けた感覚に襲われ。
「あっ、きもちい……っ、む、…ッ、あつし、あつし…ッ!!」
「……ッ」

自分を支配する男の名前を、必死に呼ぶ。
なりふり構うことなど出来ない。オレの脳が認識するのは、与えられる強烈な快楽と、彼の存在だけだ。

痛みも羞恥も圧迫感も消滅し。
体内でいっそう堅く膨張したものによってさらなる悦楽を享受し、そして。

「あ、かち…ッ、ん、も、イく…ッ」
掠れたその声を聞いた途端、右手を自分の性器に宛がい、強く擦り上げてその瞬間を迎える。
抑制の箍は外れた。オレの望みは、ひとつだけ。
「…――――――ッ!!」

体内に放たれた熱の感覚により、極まった欲望を体外へ吐き出す。
乱れた呼吸を整える間もなく、過敏な神経は次の欲望を掻き立てる。

「……もっと、」

剥き出しの願望を放出した途端、弾けて衰えたはずのふたつの性器がオレたちの意思に応じて息を吹き返した。
この時点でオレに意識があったかどうかは定かではない。体が動いていたとしたなら、それは。

ずっと、故意に隠していた。
オレの本性、そのものだ。













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