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▼ 12





絶頂が齎した脱力感にしばし茫然自失としていたオレは、すっかり背凭れと認識していた背後の紫原が身じろぐ気配にはっとする。

「む、紫原……、すまない、お前もすぐに……」
「何謝ってんの?べつに、オレがしたくてやったんだし?……でもちょっと、妄想してたのとは違ったな〜……」
「妄想……?」
「もっと盛大に喘ぐかと思ってた…。赤ちんの声って、普段は静かだけど体育館とかだと妙に響くじゃん?……喘がせたかったな〜」
「……紫原」

未だにオレの腰辺りに当てられている堅くなったものの扱いをどうして欲しいのか訊ねようとしたところ、紫原は先ほどのオレの反応が物足りない、と言わんばかりの感想を口にしてくる。
わざとオレの羞恥を煽ろうとしているのか。だとしたら逆効果であり、オレは少し冷静な気分になれた。

「先に射精をしておいてこんなことを言うのも何だけど、性器を摩擦して射精に至るメカニズムは自慰行為のそれと相違ない。……お前はそれで、喘ぎ声が出せると言うのか?」
「……なんてこと言うの、赤ちん……。さっきのがオナニーだって言うの?!冗談じゃねーし!オレがイかせてやったんじゃん!」
「摩擦を加えたのはお前の手だが、それは自分の手であっても同じことだ」
「へー?そう言うこと言う?じゃあいいよ、オレもう二度と赤ちんのチンコ擦ってやんない!自分でヌいてよねっ!」
「……分かった、約束しよう。だが、」

僅かに右側へ身を捻り、右手を背後に回す。
それを自分の腰部、つまり、紫原の性器が当たっている部分へ下ろすと、紫原の身体がビクっと跳ね上がった。

「お前のこれは、オレに処理させて貰う。一方的にされたのでは、不公平だからね」
「……処理って言うなし…。まぁ、いいよ。そんなに言うなら、擦るなり舐めるなり咥えるなりしてみてよ。期待してるよ?赤ち〜ん?」
「……望むところだ」

挑発的な発言を受け、俄然、意欲を掻き立てられる。
さらに身をよじり、顔を俯かせたまま紫原と向かい合わせの体勢に戻り。自分のものよりも明らかに大きいそれに指を絡めた。

ものは湯の中にある。残念ながらこの状況で舐めたり咥えたりすることは出来ないが、指をどのように動かせば彼の射精感を引きあげることが出来るのかは分かる。
「さっきの話、ちょっと気になったんだけど……」
少し上擦った紫原の声は、指を上下に動かしながら聞く。
「赤ちんでも、マスかいたりしたことあんの?」
「……生理現象は、第二次性徴を迎え精通を果たした男子ならば誰にも起こり得ることだよ。処理方法を知らなければ困るだろう」
「生理現象か〜……、じゃあ、おかず使って自主的にヌくってのはないんだ?」
「おかず……?」
「エロ本見たり、エロい妄想したり?」
「……ないな。夢精現象は覚醒時に覚えていなくても性行為に耽る夢を見たことが原因とも言われているが、これといって対象を意識したことはない。もっとも、オレにこんな行為を求めたのは、お前が初めてだ。だから……」

紫原がオレの性知識を確かめようとこんな質問を投げてきていることは分かった。
そしてオレは彼の予想通り、性経験は少ない。だが、いまの紫原に意趣返しを行う発言を用意することは容易い。

「今後は、この夜がオレの生理現象における「おかず」とやらになるのかもしれないね」
「……っ」

推測通り、オレの手の中の性器が極度に容積を増した。
単純なものだ。同性であるから理解は出来るが、男という生物は性的欲求を抱く対象の「初めて」というものに至極弱い。
オレとて、同じだ。

「お前にとってもそうなるよう、最善の努力は尽くすつもりだよ。紫原、他にして欲しいことはあるか?」
「ん……、いっぱい、ある、けど……、っ」
「なんだ?言ってみろ」
「……やっぱ、膝に乗ってくんない?」
「……」

その前にしておきたいことはあるだろう。勃起によって反り上がった性器は今にも弾けそうな状態だ。そこで、繰り返し却下してきたこの願望を囁かれるとは思いもよらなかった。

「足、跨いで、膝立ちになれば、当たらなくて済むじゃん……?赤ちんも、そのほうが絶対ラクだよ……」
「……仕方がないな」

気乗りはしないが、すでに肌の密着はこれ以上ないくらいにされている。
この状態だと互いの顔が見えてしまうため羞恥心はどうしても拭い切れないが。そこまで言うのであれば、覚悟を決め、浴槽の底に両膝をついて腰を上げ。紫原のたっての願いを受け入れる。

肩に手を置け、と言うので、躊躇いながらも負傷していない彼の右側に手を掛ける。
そうして見下ろすと、平時とは真逆の位置から注がれる視線に気付き、ふっと表情を緩めた。
「ここからお前の顔を見下ろすのは、悪い気分ではないね」
「あ〜、赤ちんそういうの好きだよね。階段の上とか、高いとこから人を見下したり、跪かせて見上げさせるの」
「下から仰ぎ見るよりも、俯瞰して眺めたほうが広い視野で見渡せる。高所を好むのは、馬鹿と煙だけではないよ」
「言ってない言ってない。……まぁいいや、オレ的にもレアな眺めだし。それに……、触りやすくなったし」

水位よりもやや下方に位置するオレの腰に、紫原の右手が回ってくる。
その大きな手が臀部を撫で下ろし、仙骨に移ると、にわかに不穏な気配を感じた。

「……何処を触っているんだ」
「小さい尻してんなぁって思って」
「形状の感想は聞いてない。……何がしたいんだ?」

懸命に撫で回す紫原には悪いが、この身体には女性のそれのような膨らみやソフトな感触はあまりない。いくら触れてもこれでは性的欲求を満たすことは出来ないだろう、と思ったが、そんなことは彼も理解しているはずだ。
言葉には出さず、そのままにしていると、紫原の指先が臀部の左右を開くような動きをした。
「……紫原」
さすがにこれは、と思い彼の名を呼び咎めるが、紫原の手はそこから離れない。
顔を見下ろせば、眉を寄せてやや険しい表情になっている。何を考えているのだろうか。
「どうした?」
「ん〜……、思ってたより小さくて、……狭そうだよね」
「狭い?……それは、肛門のことを言っているのか?」
「何?他に挿れる穴持ってんの?赤ちん」
「……」

雑談を交えながらの行為だったため、最終的に何を目指しているのかを半ば忘れ掛けていたのかもしれない。
だが紫原の思考には明確な目的があった。肛門の周りを解すように揉み始めた彼の指圧が、それだ。

「……ここを使うつもりか?」
「え?……待って、赤ちん、ひょっとして抜いて終わりだと思ってた?」
「思っていたよ。オレたちは同性で、お前は負傷者で、ここは浴室だ。少し頭を冷やせ、紫原」
「男同士だからここ弄ってんじゃん。オレの怪我はそんな気にしなくていいよ、この恰好なら赤ちんに潰されたり自分の体重支えたりして腕に負担は掛からないし?あと、フロが嫌ならベッドまで運んであげ……、あ、それはむりだ」
「無理に決まってるだろう……。考えればすぐに分かることだ」
「考えた時は出来るって思ったけど、やってみたら無理だって分かったんだよ」
「何……?」
「黄瀬ちんたちとメシ食いに行った日、赤ちん自分の部屋じゃなくて居間で寝ちゃったじゃん?あの時、運んであげよーとしたんだけど……、意外と重いんだね、赤ちんって」

近い過去に発生していた知らざる事実を聞かされ、目を見開いて紫原の顔を凝視する。
何をしているんだ。その腕で、意識のない人間を持ち上げられるはずはないだろう。どうしてそんなことを試そうと思ったんだ?馬鹿なのか?

「だって、ちょっと恰好良いじゃん……。変なとこで寝ちゃった赤ちんを、腕の怪我を推してベッドに運ぶ、とか。そーゆうことして、恩を売る……っていうか」
「……もしそれが成功していたとしても、オレは無茶をしたお前を責め立てていたと思う。恩を売る、という結果は望めなかっただろうね」
「あ、じゃあ、気を惹きたかったのかも〜」
「……」

あの日の失態はあまり思い出したくはないが、目覚めた時に自分の体に掛かっていた毛布からオレは紫原の気遣いを知った。
それだけでもオレは充分だった。だが、あれ以上の行為が、意識のないうちに行われようとしていたなどとは。

「……お前と言う男は……」
「だから、寝室まで運ぶのはいまは無理だけど、して欲しいなら腕治ったらいくらでもやるし、今日はさぁ、このまま……」
「……そうだな」

性急に体を繋げなくとも、今はいいと考えていた。
だが、オレが提示した、性交へのあらゆる問題点を容易く解決した紫原の頭にその結論は一切ない。
それをこの距離でありありと見せつけられ、オレの意思はやわらかく形を曲げ。
彼の求めに応じたい、という欲求に塗り替えられた。

「……いいよ、しよう」
「ほんと?じゃあ赤ちん、指挿れるから身体の力抜いて……」
「待て。ここで、とは言ってない。ここでそれに及んだら、オレもお前ものぼせてしまう」
「え〜、でも、運べないって……」
「運ばなくていいよ。オレは自分で歩けるし、それに……」

肛門性交の知識はあまり詳しくはない。
だが、自分の肉体がどのような形状をしているかは分かる。本来の用途とは異なる使い方をすると言うのならば、それなりの準備が必要だ。
いったんトイレに行き、洗浄とある程度の拡張は自分で行いたい。
その下準備も含めて性交だ、と言いそうな紫原に考えを読まれるのは得策ではない。確実に邪魔をされると踏んだオレは、彼の喜びそうな言葉を探し求め、口に出す。

「……初めて、なんだ。お前に抱かれるのは、……ベッドが良い」

脳内でイメージしたよりもか弱く、感情が溢れ出てしまったその声で、紫原をにんまりと笑わせてしまったのはオレのミスだ。





トイレでの作業を済ませ、意を決して紫原の待つ寝室へ足を向ける。
拡張二はもう少し時間を掛けたかったが、浴室で紫原は射精をしていない。あまり待たせるのも酷だろうと判断し、急ぎ彼の元へ向かった。

はっきり言って、今から行う行為に関してはイメージが乏しい。
排泄器官が意外と伸縮するものだとは知っていたが、彼のものを受け入れられるほど広がるかどうかは分からない。おそらく、極限の痛みを伴うことだろう。

「痛み……か」

それならばそれで、悪くはないかも知れない。
異なる肉体を有する以上、繋がる手段は限られている。その僅かな手段で、自分の肉体に「痛み」と言う彼の痕跡が残されるというのなら、それは。

オレが紫原の髪を切り、彼の肉体に自分の手が加わった証を残せたように。
彼がオレの肉体に与える、不確かな無形の感覚に、痛覚と言う名称が加わることにより。


明日から離れた地でそれぞれの時間を送るオレたちにとって、必要な証明と成り得るかもしれない。





ベッドに乗り上げていた紫原は、近付いたオレの腕を右手で掴み、自らに引き寄せ唇を塞いだ。
「してなかったなって思って」
軽く触れ、離れた彼はそう言って笑う。
その表情に面映ゆくも心地好い感覚を得て、寝そべる彼の体を跨いで乗り上げ。今度はこちらから唇を覆った。

顔中に口付けを落としゆく中、くすぐったいと言う紫原の声を聞き入れ続いての要求を窺う。
浴室よりも身体の稼動範囲は広く自由だ。ここでなら、先ほどは断った性器の口淫も不可能ではないよ、と囁くと、紫原の頬に赤味が差した。
「それは……いいよ。いま、結構ギリギリだし。そんなんされたら、すぐ出るかもしんない」
「そうか。それは困るね。だったら……、早速だけど、挿入してみようか」

性感の高まりは、意外なほど早かった。
紫原の肌に触れ、口付けを繰り返しているその間にも、こちらの体は熱を上げていた。直接性器に触れていなくてもこうなるのは意外だったが、今は好都合だ。深く考えることはせず、紫原の下肢を隠す下着へ手を伸ばし。彼の申告が正しいことを確認した。

「……なんか、あっさりしてるけど。さっきトイレで何してたの?」
浴室でのオレの態度が嘘のように掻き消えている、と訝しむ紫原は、オレが脱がせ易いように腰を浮かせながら訊ねてきた。
「何ということはないよ。性交可能な状態にしただけだ」
「……自分で?出来たの?」
予想通り、紫原はオレの回答に不服そうな反応を見せる。そんなことは自分に任せて欲しかった、と言わんばかりに唇を尖らせる紫原の気持ちは嬉しい。だが、気持ちだけで充分だ。
問い掛けには答えることをせず、膝立ちになって自分の下着に手を掛ける。それまでじっとしていた紫原が上体を起こし、腰骨に触れてきた。
「……横になったままでもかまわないよ。挿入は、オレが果たす」
「うん、まぁ、それでいいけど……。その前に、確認させてよ」
「疑い深いな……」
「オレだって大事なもんを預けるんだから、疑い深くもなるよ」

それもそうか、と視線を落とし、屹立した性器の形状を認識する。
ごくり、と息を飲み、少しの不安を感じた。浴室で触れた時よりも、大きい、かもしれない。
多少指で攪拌した程度の穴に、これを受け入れることは出来るのだろうか。脳内で算段を始めたとき、紫原の指が明確な意図を持って潜り込んで来た。

「……ッ」
「あ……、ほんと、濡れてる……」
やや遠慮がちに指を入れた彼は、感心したような声でそこの状況を口にした。
「……でも、全然狭いよ?赤ちん、ほんとにこれでオッケーだと思った?」
「そ、んなに、簡単には……いかないよ」
「だよね。……良かった」

ぐるりと指を回し、引き抜いた彼は、心なしか嬉しそうな声を上げた。
そしてまた同じように中を開いて。先ほどよりも深く侵入させた指の感覚を受容し、オレは彼の意図を知る。

「確認、だけではなかったのか……?」
「オレ、平和主義だから〜。無駄な争いはしたくないし、勝ち目のない勝負も受けたくないの。だから、我慢して大人しくしててよ、赤ちん」
「やはり、こうなるのか……」

思い通りにはいかない紫原の行動に、脱力感を覚えて息を吐く。
オレに寄り掛かってていいよ、と言う紫原の声に遠慮なくそうさせて貰い、両腕を彼の首に回し。

身体の内側を他人に探られる、という稀有な状況は、想定していたよりも長い時間続いた。












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