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▼ 11





はっきりと恋愛感情を宣言したオレに、紫原は渋面を作って見せた。

「好きって……、どういう好き?」
「どうもこうも……、分類があるのか?」
「あるじゃん、こう、友達としての好きとか、家族じゃないけど家族みたいに思ってるとか…、扱い易くて便利だから好き、とか?」
「そういうことであれば、簡単な話だ。お前はオレにキスをしたね?あの行為に嫌悪感はなかった」
「へ……」
「さらに嫌な行為をする、とも言っていたな。受けて立つよ」

紫原の動揺を認めながら、彼の求めに応じて質問の答えを淡々と口にする。

「お前が望むことなら何でもしよう。オレはお前に好かれたい」
「ちょ、ちょっと待って……、なに?急に……」
「急ということはないよ。この欲求は、昨日、お前が通院している最中に……、お前の着信を取り、お前の想いに触れ、素直に願望を打ち明けたときからあった」

(早く、逢いたい)

その願望には深い理由なんて何もなかった。
急ぎ伝えたい事柄があったわけでもない。別れの時間が迫っていたわけでもない。
喪失感や孤独感を埋めるためであったなら、紫原にこだわる必要はなかった。
あの時オレが望んだのは、紫原ただ一人。
その顔を見て、直接声を聞き、触れてぬくもりを確かめたいと渇望し、足の進みを速めたのは。

恋しい相手を求める以外に、理由はない。

「オレはもう二度と「彼」の代わりを他人で代用しようなどとは思わない。まして、「彼」の代わりとなる人格を自分の中に生み出すことも出来ないだろうね。……これほど確かで、かけがえのない存在を知ってしまったのだから」
「……確かなんて、わかんないじゃん。人の心って、結構簡単に移り変わるよ?」
「あぁ、知っているよ。思考の繋がらない他人の考えは一切読めないし、いくら恋い慕っても叶わぬこともある。紫原、そういう場合はどのように動けばいいのか知っているか?」
「え……、どうすんの?」
「好かれる努力をすることだ」

容姿にしろ、性格にしろ、ある程度リサーチすればその者の好みを把握することは出来る。
情報さえ入手すれば、あとは簡単だ。好みに応じた容姿や性格を作り上げ、相手の欲求を満たし、相手にとって自分が必要な存在となるよう努力を積めばいい。

紫原が弱ったオレを好んだなら、いくらでも隙を見せてやってもいい。
だがそうでないことは知っている。先ほど聞いた。

「明日、オレは京都へ帰り、お前を秋田へ見送る。それまでの時間は、甲斐甲斐しくお前の世話を焼くことにするよ」
「え〜、何その恩ぎせがましい言い方……。赤ちん、やっぱ京都に帰らないでオレと一緒に来てよ。そうしてくれた方が、オレ、もっと赤ちんのこと……」
「断る。オレにもオレの生活があるからね。ずっと、お前と共にはいられない」

情愛にかまけて流されるわけにはいかない。
オレが紫原を「彼」の代わりではなく、恋愛対象として認めたのも、それが可能だったからだ。

ずっと側にいて、すべての思考を共有し合わずとも。
たった一つの感情を共有していれば、遠く離れていても繋がりは感じられる。

「24時間、直にそれを見せ続けるわけにはいかないが、毎日電話をするし、月に一度は会いに行く。それがお前の気持ちを繋ぎ止めるための、オレの努力だ」
「……赤ちん、そんなので本当にオレに好かれるって思ってる?」
「ああ、思っている」
「……あのさ、オレの心読めないって、嘘でしょ?それ、」

揺らぎない自信を持って断言する。
ついに紫原は右手で顔面を覆い、本音をこぼした。

「……むちゃくちゃ嬉しい」


その声が、表情が。オレの胸を強く打つ。
締め付けられる感覚、と言うのはこういうことを言うのだろうか?
悲しくもない。憤りも感じない。ただ、満たされた感覚が全身を支配して。
オレの頬には自ずと笑みが刻まれる。



これで、オレの話はおしまいだ。
あとは、先ほど宣言した通り、残りの時間を有意義に使わせて貰うことにしよう。
そう思いながら、時計を見遣る。食事を終えてからそれなりの時間が経過していた。
椅子を立ち、紫原に訊ねる。
「そろそろ入浴にしようか」
「……ん。お願いします」
「なんだ?急に改まって」
控え目な口調に笑い、首を傾げると、紫原は顔を覆い隠したままぼそぼそと呟く。
「ぶっちゃけ、もう、……ガマンできる気がしない」
「……我慢?何をだ」
「受けて立つって言ったっしょ?!もぉ、赤ちん、ほんとに分かってんの……?」

この期に及んで気持ちを疑われていることに腹立たしさを覚えるが、紫原の意図が読めないことは確かだ。素直に訊ねる。すると。

「オレ、赤ちんちのあの広いバスタブ見てからずっと一人で妄想してたし……。ねぇ、赤ちん。何でもしてくれるって言ったよね?」
「またそれか……。いいよ、お前の要求ならば叶えよう」
「じゃあ頼むよ?……一緒に入って」

この要請は、想定外だった。





紫原の肌などこの一週間で何度も見ている。
だが、こちらが彼の前で服を脱ぎ、素肌を晒すことはなかった。彼の入浴を手伝う際、オレは着衣のまま浴室に入っていたし、彼もそれを容認していた。
かと言って、初めて彼に裸を見せるわけではない。つい先週、試合に備えた練習の日々、使用する更衣室は同じ部屋だった。異性の眼に触れることもない空間で、オレたちは当然のように練習着を脱ぎ払い、半裸のままその日の練習中に気づいたことを話し合ったりもしていた。
二年ほど前に遡れば、それは日常に溶け込んだ当然の光景だった。
二年の月日を経て紫原の肉体はかなりの変貌を遂げていたが、それは彼に限ってのことではない。オレにとっては、その程度の認識だった。

紫原にとっても同様だろう。
更衣室で話をしていて、態度に異変を感じたことはない。二年前と変わらず、当たり前の顔をしてオレの話に相槌を打っていた。

だが、今のこの態度はどうだ。

「なんか、目のやり場に困るよね……」
「だったら壁でも見ていろ。こっちを見て居てくれ、なんてオレは一言も言ってない」
「でも勿体ない気がする〜…。赤ちん、早く泡流しなよ」
「……」

先に紫原の体を洗い、浴槽へ浸からせてから自分の体を洗う、その間。
全身に向けられる彼の視線に、否応にも羞恥心を掻きたてられる。
裸を見られて恥ずかしいと思うのは、彼への意識が変わったせいだろうか?そんな疑問を持ちつつ身体の泡を流し、浴槽へ視線を向ける。

「……紫原、少し体を寄せてくれないか?」
「足曲げて小さくなれってこと?……いーじゃん、せっかく広いんだから伸ばさせてよ」
「それではオレの入るスペースがない」
「オレの足の上に乗っていいよ〜?」
「……」
「すいません、調子に乗り過ぎました」

一般よりも広い浴槽とは言え、紫原が収まれば面積はほぼ埋め尽くされる。彼の言うように膝の上にでも体を下ろせば二人で湯に浸かることは可能かもしれないが、湯に濡れた肌を合わせるのはさすがに抵抗がある。
それを視線で訴えれば、紫原はすごすごと両膝を立て、オレの入るスペースを空けてくれた。

「二人だと、やっぱ狭く感じるね〜」
「そうだな……。湯加減はどうだ?」
「最高〜。なんか、温泉浸かってる気分」
「温泉か……。捻挫や骨折には湯治も有効だね。東北地方には名湯がたくさんあるし、リハビリがてら出掛けてもいいかもしれないな」
「うん、じゃあ、赤ちんが本当に会いに来てくれたら、どっか連れてってあげるよ」
「……そうか。それは楽しみだ」
「オレもまだあんま温泉とか行ったことないんだよね〜。合宿で泊まる旅館は大体温泉あったけど、そんくらいかなぁ?」

他愛無い雑談の中、不意に紫原の湯船に沈んだ指が水面に浮上し、ぱしゃりと水音を立てた。
その音に体を強張らせ、視線を向ける。彼の指はオレの予想を裏切り、自らの前髪を掻き上げた。

「ん?どーしたの〜?」
「いや……。紫原、そろそろ上がらないか?」
「え?早くない?もうのぼせちゃった?」
「そういうわけではないが……。いや、」

少し、のぼせているのかもしれない。
湯気が立ち込める室内で、全身の温度上昇はいつになく著しい。

「ほんとだ。身体赤くなってんね」
「……ッ、」

視界外から伸びてきた紫原の指が、肩に触れ。
思わず大袈裟に身を竦ませたことで、オレはだいぶ紫原を調子付かせてしまったようだ。

「……赤ちん、いまビクってした?なに?ビビってんの〜?」
「驚いただけだ。決してそういうわけじゃない」
「挑発的なこと言ってたわりに、身構えてるよね?でも、安心してよ、ほら」
そう言いながら、三角巾を外した代わりに防水カバーに覆われた左手を持ち上げ、首を傾げる。
「悪さは出来ないって、知ってるっしょ?」
「右手は自由だと思っていたが?」
「……バレた?って、疑い過ぎだって……。いくらオレでも、右手一本で赤ちんをどうこう出来るわけないじゃん」
「……ならば、何もしないつもりか?」

警戒心を表に出してしまっているのは分かるが、紫原の態度は癪に障る。
オレを軽んじているわけではなく、安心させようとしているのだとしても。固めた決意を翻されるのは、困る。

「まぁ……そりゃ、治ってからしたいよね、そーゆうことは」
「無茶な体勢を取らなければいいだろう」
「えー、……じゃあ言うけど。足伸ばさせてよ」
「……」
「この体勢だと安定しないんだよ。ほら、赤ちん腰上げて。オレの膝跨いで座ってい、」
「提案がある」

どうしても紫原は身を縮めこませる体勢が不得意らしい。
だが、こちらも簡単には譲れない。そのため、代案を申し入れることにした。

「膝の上に乗るのは嫌だ。だが、お前が足を開き、その間に座るのであればかまわない」
「……あぁ、それならいいんだ……。わかった、じゃあ」
遠慮なく、と言いながら長い足が湯船を波立たせる。
すると解放的な気分になれたのか、紫原の表情は晴れ晴れとしていた。
「赤ちんも足伸ばせそーじゃない?」
「……どう見ても無理だろう」
「んーん、そーじゃなくて。背中、こっちに向けてさ」

右手の指でくるりと円を描く紫原の考えを察し、半信半疑で身体の向きを変更する。
浴槽へ視線を落とすと、紫原の長い脚が見え。ちょうど向こう側の縁に足裏が届く長さであると分かり、この長さがあればオレもある程度は足を伸ばせそうだった。

少し膝を曲げながらそうする。
「赤ちん、もーちょいこっち寄っていいよ?」
背後から聞こえた声に余裕を感じ、それならばと腰の位置をずらしたところで。

「…っ!?」
「はいはい、大人しくしててよ。オレ、怪我人なんだから暴れないでね〜?」

腹部にぐるりと巻きついた一本の腕がオレの体を後方へ引き寄せ、紫原の声が右側頭部あたりから聞こえた。同時に、背中へ密着した肌の感覚にオレは息を飲む。

「む、紫原……、これは、近過ぎないか……?」
「でもこの方がラクでしょ〜?いーよ、赤ちん。オレに寄り掛かって」
「し、しかし、お前は腕が……」
「じゃあこーする」

寄り掛かればオレの体重で紫原の腕に負担が掛かる可能性を危惧したが、紫原は難なく解決策をオレの視界に示した。
背後から現れた防水カバーに覆われた左腕が、オレの左肩に引っ掛かり、ぷらぷらと頼りなく着水する。……こうしてオレの視界に負傷部位が入れば、意識を払うことは出来るということだろう。

ただし、紫原がそうしたことによって背面の密着はさらに深まる。
右腕は未だにオレの腹を抱え込んでおり、傍から見たらラッコの親子のような体勢になっていた。

互いの顔が見えない分、羞恥心はやや薄まっている。
肌の密着感への抵抗も感じなくなってきた。安定感もあるので、馴染むのは時間の問題だろう。

だが、とても見過ごせない形態の変化にオレは気づいてしまった。

「……紫原」
「ん〜?」
「その……、……当たっている、のだが」

体勢が体勢なため、それは不可避の事態だろう。
だが、ただ接触しているだけならば何も問題はない。上半身も下半身も、覆う皮膚は同じものだ。
問題視してしまうのは、その。

「生理現象?」
「……やはり、そろそろ上がろう。オレも男だし、お前の気持ちは分かる」

同じ性別であるがゆえに察した事実を穏便に伝え、それをどうにかするためにはこれ以上入浴している場合ではないと判断し、紫原に右腕に手を当てて接触を解くように訴える。
だが、紫原はなぜだかぐいっと体を押し付けてきた。

「紫原……?」
「分かってない。生理現象なわけないでしょ、これが」
「え……?」
「生理現象ってエロ目的以外で勃つことだよ?赤ちん、オレはいま、ずっと好きだった人が裸でオレの腕の中にすっぽり収まってる状況に直面してんだけど、これで勃ってるってどういうことか分かる?」

ここにきて紫原がオレを恋愛対象とはっきり認め、口にしたことで、彼の言う生理現象ではない勃起の理由を理解してしまう。
それは、本来の目的を成しているといってもいい。性器は性的欲求の有無を如実に表す雄弁な器官なのだから。

「……どう、したらいいんだ……?」

身動きが出来ないまま、紫原の要求を確認する。
彼は即答を避け、熱のこもったため息をこぼし。それから、告げた。

「出したいのはやまやまなんだけど、ここで出したら、赤ちん怒る?」
「怒りはしないが……、困る、な」

どくどくと鼓動の音が加速していく。
振り向くに振り向けない心境で視線を下に落とすと、あまり認めたくない現象が自分の身体にも発生している事実を知る。
紫原に動かれたら、こちらの状況もバレてしまうかもしれない。裸は見せた、と言っても、この状態の下半身を他人に見せることには抵抗がある。
最たる希望は、互いが落ち着くまでこのままじっとしていたい、のだが。

「困るくらいだったら、まぁ、いいよね?」

蟲惑的に甘い紫原の声が、先ほどよりも耳に近い位置から聞こえた。
自制心が揺さぶられる。流されては駄目だと強く思う、反面。
オレの腹部にあった紫原の右手が下方へ移り、内腿に触れた途端。
不確かだった欲望が発火し、前後不覚な感覚に陥り、そこへ。

決定打が、投げ込まれる。

「触っていい?」

そうして欲しいと、心底願った。











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