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▼ 8





「…何だよ?赤司」
「いや……。すまない、青峰。話を聞いてくれて、ありがとう」
「あ?んだよ、まだ途中なんじゃねーの?」
「……ここまででいい。後のことは、……オレ自身で、何とかする」

自分以外の人間に、相談したいという欲求はある。
ひとりではどうにも打破できない。助けを請いたい。誰でもいい。道を示して、欲しかった。

だがそれでは、駄目なのだ。
他者に助言を求めれば、その先の行動を判断するのは自分だとしても。……今までと、何も変わらない。

ああ、そうか。
不意にすっと、胸中に「答え」が出現したような気がした。

それは誰かが発した声ではなく。
自然にどこかから生み落とされ、オレに、直視しろと感覚で訴える。

それを形作ったのは消えたはずの「彼」ではなく。
オレとは異なる肉体を持つ、別の誰かでもなく。

ただひとり、オレの胸中を自在に探れる存在。オレ自身が、見つけた答えだ。




青峰との会話が済んだことを伝えるため、黄瀬と緑間を呼び寄せる。
二人の決着がついたかどうかは定かではないが、三人を伴い紫原と黒子の待つベンチの側へ足を向けた。

「そろそろ解散にしよう。次に全員が揃うのはいつになるかは分からないが、近いうちに、また」
「え?でも、赤司っちたちまだこっちにいるんスよね?明日も遊ぶ?オレはオッケーっスよ!」
「マジかよ、黄瀬ェ……お前、どんだけヒマなんだよ」
「ああ。暇なのは黄瀬だけだ。オレは明日、用事がある。連日お前らに付き合うわけにはいかないのだよ」
「え〜っ、そんじゃ黒子っちは?赤司っちと紫原っちは?」
「僕は大丈夫ですけど……、でも、遠慮しておきます。赤司くんと紫原くんも、たまの帰省で忙しいでしょう?紫原くんは怪我もしてることですし、ゆっくりとリハビリに励んでください」
次の誘いをしてくれる黄瀬には悪いが、オレは黒子の言葉に頷かせて貰った。
「あぁ。今回の滞在では、今日限りで別れを告げさせて貰う。帰省する際に時間が取れれば、また連絡するよ。黄瀬、そのときはまた何処かへ連れて行ってくれ。今日はどうもありがとう」

突発的な食事会を提案し、滞在しているかどうかも分からないオレたちに声を掛けてくれた黄瀬に改めて謝礼を告げ、再会を誓って彼らと別れる。
少し後ろをついてきた紫原は、まだ異様な満腹感に襲われているのか。やや険しい表情を浮かべていた。

「……大丈夫か?紫原」
「んー。べつに、こんくらい平気だけど……。赤ちん、今日の晩飯は消化がいいやつにして」
「……まだ、食べるのか」
「家に着くまでには半分くらい消費するよ。……でも、全然動いてないから、明日は一日中赤ちんのトレーニングに付き合う」

歩行感覚が縮まり、すぐ横を歩く紫原の顔を仰ぎ見る。
今日これから激しい運動を行うのは無理だと言うのは、オレにも分かる。だからと言って、明日一日中とは。極端なことだ。

「……いま、ダイエットは明日からって言って暴飲暴食する女の子見る目でオレのこと見たっしょ」
「見てないよ……。分かった、明日は一日中、たっぷりとトレーニングに励むとしよう。トレーニングメニューは、オレが考案してもいいのか?」
「……うん、まぁ、休み休み……ね?」

やや渋い表情で譲歩を願う紫原に、自ずと笑みが込み上げてくる。
昨晩から今朝にかけてのぎくしゃくとした空気は、二人の間にはもうない。
かと言って、すっかり水に流されたわけではない。紫原がどう思っていようが、オレはこのことで一晩眠れない夜を過ごしたのだ。

自分がこの先どうしたらいいのかを考えて。
ひたすら、虚空に向けて疑問を放ち。得られるはずもない答えを待ち続けていた。

「……紫原」
「ん?なに?」
「今日の夕食は、雑炊でいいか?消化には良いし、手早く調理出来る」
「……手抜き発言?赤ち〜ん、まだ、三日目だよ〜?」
「ああ。お前を充分に持て成したい気持ちはあるのだけど……、今日は、妙に、眠たくてね」

今までは感じなかった眠気が、ここに来てどっと襲ってきた。
歩きながら寝てしまいそうだ、と呟くと、隣で紫原が吹き出した。

「なに?赤ちん、そんな芸、いつ身につけたの?すごくない?やってみてもいいよ?」
「出来るか……。家までは我慢する。だけど、着いたら少し……」
「……今でもいいよ。そしたら、オレが負ぶって連れてったげる」

睡魔と闘う脳に、ゆったりとした紫原の声が届き、妙に蟲惑的に響き渡る。
ずいぶんと甘い誘惑だ。だが、お前は大事なことを忘れているだろう?なんだ、その左腕の三角巾は。
言っておくが、オレはお前が思うほど軽い存在ではない。オレを、その背に負うと言うのなら。

「……後にしてくれ」

たったいまオレの裡から炙り出した「答え」を告げた、その後に。




玄関で靴を脱いだ途端、限界に達した眠気にふらつきながら、リビングへ辿り着く。
初日に紫原が客室で就寝するのを渋り、ソファーで寝てしまいたいと言っていた理由が今は良く分かる。

「部屋までもたない?」
「あぁ……。一時間だけ、寝かせてくれ。起きたら夕食を作り、食後、お前の入浴を……」
「うんうん分かった。もういいよ、ゆっくり休んで。……おやすみ、赤ちん」

オレはいま、客観的に観ればひどくだらしのない姿を露呈しているのだろう。
だが、今のオレを目撃している人物はこの空間にはひとりしかいない。
そのひとりがかまわないと言うのなら。安心して、オレは目蓋を閉じることが出来た。

「……ほんと、繊細そうに見えてわりと神経太いよね、赤ちんは」

遠ざかる意識の向こうで、紫原の声が微かに聞こえた。

「普通、ここまで油断する?昨日の夜、オレが言った事の意味分かってないの?ほんと……、無防備な顔しちゃってさ」

額に触れた感触とぬくもりの正体は、何だっただろう?覚えがあるような気がするが、明確には思いだせない。

「これ、オレのなけなしの理性だから。最後だよ?これ以上、オレの前で油断するつもりなら、マジで容赦しないから。……よく覚えとけよ?オレは、赤ちんを……」

最後の言葉は、あまりの心地好さに掻き消されてうまく聞き取ることが出来なかった。





深く奥底に沈みこんだ意識が浮上を果たし、室内の暗さを認識したオレははっとして上体を起こす。
照明は点灯しているが、意図的に明度をきわめて低く調整されているようだ。そしてオレの体には毛布が一枚かけられていた。紫原か?すっかり覚醒した意識の中で、現在の状況を作り上げた人物を推測する。

ソファーに乗り上げていた両足を床へ下ろし、薄暗い室内を見渡す。紫原の気配も息遣いも、近くには感じなかった。
それからオレはテーブルの上に無造作に置かれた自分の携帯電話を持ち上げ、現時刻を確認する。
……予定外の事態を認識した。

紫原は客室で就寝したのだろうか?
夕食を摂るとは言ったが、日中に摂取したカロリーは今日の紫原の運動量から考えれば少なくとも明日の朝まで空腹感を与えぬほどには充分だろう。
満腹中枢に異常をきたしていなければ、という前提条件があるが、その場合は別の障害を抱えることになる。紫原は試合で負った怪我を除けば心身共に健康な状態だ。
食欲を満たされ、話相手となるはずのオレが眠っていることで手持ち無沙汰になった彼は、何をするでもなく床に入ったのかもしれない。

夕食の提供と、入浴の介助を行うと約束したオレは、寝過ごす、と言うあまりにも無様な失態を彼に見せてしまった。
起こされることもなく放っておかれたということは、彼に見限られたということなのだろう。明日の朝は平謝りをしなければ、と考えながら、帰宅してから一切手をつけていない家事をこなそうとして、気付く。

明度を下げられたこの部屋の照明。
閉じられたカーテン。オレが横になる直前に脱ぎ捨てたはずのジャケットが、ダイニングチェアーの背凭れに掛けられている光景。
意識を手放す前とは明らかに異なるいつくかの事実が、自分以外の人間の手によって作られたことは明白だ。
そしてきわめつけは、ソファーの上にある一枚の毛布。
あれは、紫原の客室に用意したはずのものだ。そこに、約束を破り熟睡するオレに対する紫原の意識がすべて表れている。そんな気がして、オレは。

「……敵わないな」

彼がオレを起こさなかったのは、失態を晒すオレを見限ったからではない。
そうだとしたなら、どうしてオレの眠りを妨げぬどころか、促進させるような環境を作り上げたと言うのだ。この場から去ったのも、少しの物音もオレの耳に入らぬようにするためなのかもしれない。

自分の体温を吸収し、保持したままの毛布を持ち上げ、運び易い大きさに畳む。
そうしてから客室へこれを届けようかと思ったが。

「……いや、やめておこう」

幸い今夜の冷え込みはさほど激しくはない。
掛け布団一枚でも、彼が体を冷やすことはないだろう。
オレが彼の部屋を訪れることで、彼の眠りを妨げることになれば申し訳が立たない。それ以上に。

困ったことに、これだけの事象でオレは紫原の感情の一部を読むことに成功してしまった。
手が届く距離にあり、視線と言葉を交わしても、一切見通す事の出来なかった彼の。
別の肉体と言う壁に覆われ、暗中にあった紫原のあたたかな本心を。

それには、オレが叩き出した「答え」と重なるところがある。
だが、それらを照合し、最終的な結論を分析するには。

いまのオレの顔には熱が集まり過ぎていて、紫原の目を見て会話をすることはとても出来そうにない。





自室のベッドで少し休息を取り、正しい時刻になったところで着替えてそこを後にした。
リビングにはまだ紫原の姿はない。それを確認し、玄関を出て朝刊の回収に向かう。
ダイニングテーブルの片隅に畳んだままの新聞紙を置き、洗面所で洗顔をしてから台所へ足を運んだ。冷蔵庫の中の食材を確認しながら朝食メニューを考案し、調理を開始する。
今日は一日トレーニングに励む予定だった。量はあまり必要ではないだろうが、適した食材を選び、提供可能な状態に仕上げて行く。

昨晩の失態を取り返すために料理の腕を存分に奮うのは紫原相手に有効かもしれないが、それは今日の夕食でかまわないだろう。
いま優先すべきは、組み立てたスケジュールの決行だ。昨日過剰に摂取したカロリーを消費させ、負傷部位以外の筋力を保持させるために有益なトレーニングを彼には実行して貰う。
オレと共にいることで、紫原に怠惰な習慣を身に付けさせるわけにはいかない。怪我をする以前、いや、それ以上に強靭な肉体を作り上げる。
スポーツ選手の基盤となるそれを一週間程度で完成させるには無理があるが、ある程度サポートすることはオレにも出来る。あとは、本人の努力次第だ。

そうして運動前の食事メニューとして最適な朝食をダイニングテーブルに運び終え、昨晩そうすることを断念した紫原のいる客室へと足を向けた。



「赤ちんってさ……ほんと、鬼のような人だよね……」
「一日オレのトレーニングに付き合う、と言ったのは、紫原、お前だろう?これくらいで音を上げるな」
「でもさぁ、オレ、怪我人……」
「怪我の回復に支障が出るトレーニングは一切指示していないよ。さて、紫原。休憩はここまでだ」

薄曇の天候にも恵まれ、屋外でのトレーニングに最適な環境下でオレは息を切らしてへたりこむ紫原に再開を促す。
紫原の様子は予測していたよりも辛そうではあったが、この程度で彼の疲労が限界に達するはずがないとオレは熟知している。まだまだ、序の口だ。

「雅子ちんより厳しいかも……」
そうぼやきながら立ち上がった紫原の抗議を受け止めることはせず、視線だけを彼に向ける。
妙に怯んだ瞳とかち合い、それには違和感を得るが。
「どうした?」
「……んーん。……あ、いや、やっぱ言っとく」
「……何だ?」
一度は口にするのを躊躇った素振りを見せたが、紫原は遠慮をやめ。少し嫌な予感を覚えつつも促すと、彼は。
「……女の人の名前出したくらいで、そんな怖い目しないでよ。やきもちなら、しょうがないけど〜…」

予感は的中したが、存外に虚をつかれる発言だ。
胸中に発生した感情をどのように表現して良いのか分からず、少し戸惑う。その結果、自分の顔にどんな変化が生じたかは鏡がないため不明だが。

「紫原、オレはお前の高校のカントクのことはよく知らないが、もしもお前の認識通り、オレよりも甘い女性だと言うのなら……、是非とも、お前の今後のトレーニング内容について話をしたい。いずれ、仲介を頼めるか?」
「だっ、ダメだよっ!!赤ちんに合わせてあれ以上雅子ちんがきつくなったら、本当に嫁の貰い手がなくなっちゃうじゃん…!」
「へぇ?その言い分だと、すでにオレの引き取り手が存在しないということになるけど?」
「……赤ちんは嫁には行かないっしょ…。そこは張り合わなくていいって。……あと」

張り合ってるつもりなどないし、オレの発言は冗談半分の戯言であったのだけど。
「それだと、赤ちんの鬼トレに耐え切ったらオレのもんになってくれるってことかと思っちゃうから、変なこと言うのやめて」
紫原は、オレの調子を狂わせる技術にかけては一流の腕を持っている。



あまり笑えない冗談の言い合いはそこまでとし、自主的にトレーニングを再開させた紫原の様子を観察しながら、頃合を見計らって休憩を促し。
どっぷりと日が暮れるまで、オレたちは有意義な時間を消費し続けた。












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