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▼ リハビリテーション・セブンデイズ



ジャンネク最終話ネタバレ。
人格統合後、何だかんだ僕司くんに未練たらたらで弱った俺司くんが喪失感を埋めるために怪我ですぐにチームの練習に合流できないであろう敦に協力を求めたり、その見返りで片腕不自由な敦が赤ちんに身の周りのお世話してもらったりしてるうちになにか芽生える話。ってしたかったけどただの同棲ラブラブ話になったよね。


*****


「彼」の消失によりオレを襲った喪失感は、予め想定していた以上に強烈だった。
人格の統合は自然なものだ。お互い、自らの意志で選んだ道であり、あの場面では最善の一手であったことは重々理解している。
「彼」は本来生まれるべき存在ではなかった。オレたちはあるべき状態に修復され、今に至っている。

だがそれでも。
そうと、分かっていても。




「赤ち〜ん?大丈夫?」
「え……?あ、あぁ。……何か、おかしかったか?」
「んーん。ぼーっとしてたみたいだったから。これ、食べる?」
「……ありがとう、いただくよ」

試合の翌日、オレたちは一軒の飲食店に集合し、打ち上げと言う名の食事会で顔を合わせていた。
どことなく意識がそぞろになってしまっている自覚は昨晩からあり、原因も分かっている。
周囲には悟られないようにと気を引き締めていても、すぐ隣に座っている紫原には勘付かれてしまっているようだ。気遣うように鉄板上で切り分けたお好み焼きを勧められ、受け皿を差し出す。

「ぶっちゃけ、オレはよく分かんないんだけどさ、……本当に消えたの?」
「……あぁ。彼は、ここしばらく意識の底で眠っていることが多かったから、それほど影響はないと思っていたんだけどね。気配がまったく感じないと言うのは、想像以上に……寂しいものだ」
「寂しいって…。赤ちん、ほんとに大丈夫?」
「……じきに馴れるよ。問題ない……」

素直な感想を口にすると、紫原は意外そうに瞠目した。
彼でなくても、かつてのオレを知る人間からすれば今のオレの態度は不自然に感じるだろう。自分自身、果てしない違和感を抱えているのだ。しかし、これはどうすることも出来ない。

ひとつの肉体に二つ以上の人格を有する状態は精神障害と判断され、同一の障害を持つ患者の症例では日常生活において人格交代による記憶障害や周囲との軋轢が問題視されるらしい。だが、オレたちの場合は大きく性格が異なっているわけではなく、対話によって互いの記憶を共有することもできていた。
さしたる支障もなく生活を送れていたオレたちは専門家のカウンセルを受けることもなく、自発的に人格統合に至り。一般的には正しいとされる状態に、なったのだが。

「紫原……」
「ん?なーに?」
「すまないが、ひとつ、頼まれてくれないか?」
「珍しいじゃん?いいけど」

騒がしい店内にいても、体内は静寂を保っている。
この状態に耐え切れず、藁をも縋る思いでオレは隣人へ苦肉の策を打ち明けた。

「……秋田に戻る日を、一週間ほど延期して貰えないかな?」

今までの自分であれば、この願いを告げる前に取ってつけたような理由を繕うことは出来ただろう。
たとえば、紫原は左腕を負傷している。すぐに部活動で一軍の練習に合流出来る状態ではない。これを理由に、療養を兼ねた休暇を勧めるついでにオレの真の願いを叶えさせることは容易い。
だがそれすら出来ずに、飾りたてもなく伝えた剥き出しの願望に対し、紫原は分かり易く表情を歪めた。





「じゃなくて、手、怪我してんの〜。雅子ちんもテレビで見てたっしょ?骨折だよ?骨折。全治?んっと……一週間?え?あ、じゃあもっと……?」

打ち上げが終了し、その足で紫原を自宅へ連れ込み、互いの所属チームへ東京滞在期間が長引くことを電話報告した。
オレはすぐに理解を得、通話を切断したのだが、紫原はやや難航していた。負傷を理由に、紫原がチームでの練習をサボり東京で遊び呆けるつもりでいると思われているらしい。
ちらちらとこちらへ視線を送る紫原に代わって滞在延期理由を説明しようかと思い始めたが、その前に紫原は通話を終了した。

「やっとオッケー貰えた…。なんでオレ、雅子ちんにあんな疑われてんだろ……?」
「彼らも、紫原不在の状態が落ち着かないのかもしれない。お前自身の認識はともかく、彼らにとってはムードメーカーに近い存在なのだろう」
「え〜、ないない。帰って来たら覚えてろよって言われたし…。絶対走らされるよ、あれ……」

うんざりとした表情で項垂れる紫原に申し訳なさを感じながら、彼が顧問に対し用いなかった理由について訊ねる。
「紫原、なぜオレに頼まれたと言わなかったんだ?」
「え〜?……や、それ言うとうるさい人たちがいるし……」
「うるさい?」
「変な奴多いんだよ、うちの学校。今回召集されて、出掛ける時にさぁ、室ちんニコニコしながら、「タイガと赤司くんによろしく」なんて言うんだよ?火神は室ちんと仲良かったっていうから分かるけど、なんで赤ちん?って思うじゃん?」
「それもそうだね。なぜだ?」
「……インターハイのときゆっくり話せなかっただろうから、だってさ。充分赤ちん要素摂取して来いって、意味わかんなくない?」
「それは……たしかに、どういう意味だろう?」

嘯いてみたものの、氷室さんの意図はそれとなく感じ取れた。
先のインターハイ本戦中、試合の時間調整の折り合いがつかずに紫原とは落ち着いて会話をする機会に恵まれなかった。
唯一陽泉の試合が終了した直後に選手控え室へ向かえた時間があったが、直前の試合で敗退が確定するという至極悪いタイミングだったため、紫原には面会を拒絶された。
その際、オレに対応してくれた氷室さんは、こんなことを言っていた。

(アツシはずっと君に会いたがってはいたんだ。だけど、今はどうしても顔を見られたくないらしい。……君の前では常に恰好良くありたいのかもしれないね)

あの時は爽やかな笑顔を浮かべる彼の真意を読み取ることは出来なかったが、今にして思えば、彼はオレと紫原の関係を特殊なものだと踏んでいたに違いない。
そして氷室さんがそういった予測を立てていることに、紫原も気付いている。

「うるさい人、か。……氷室さんの観察眼も、侮れないな」
「え?何が?」
「いや。……もしも今回の滞在延期のことで詰問されるようなことがあれば、オレに連絡してくれ。誤解のないよう、きちんと説明をする」
「何て言うの?」
「オレが個人的に紫原と過ごす時間を持ちたかったと。抱えていた精神障害について打ち明けても構わないし、完治の見込みがないとされるこの障害を克服することができたのは紫原のお陰だと言わせて貰う」
「……だから、そういうのがまずいんだって。んなこと言ったら……付き合ってると思われるじゃん」

視線を逸らし、不機嫌そうに呟く紫原の台詞には若干の戸惑いを覚えた。
先ほど口にした説明において、交際を匂わせるような部分は見当たらない。純粋な感謝の気持ちを言葉にしただけなのだが、紫原には伝わらないようだ。

「べつに、付き合ってるって思われるのが嫌なわけじゃないよ?でも、そういう目で見られたら、赤ちん、迷惑だろ?」
「迷惑……?」
「ホモだと思われるってこと!……あいつら本当に思い込み激しいから、些細なことで勝手に決めつけるんだ。だから、」
「……オレは、構わないが」
「え……」

紫原が唖然として言葉を失う。その態度の理由が、分からなかった。
紫原は信頼の置ける人物だ。周囲の人間から、彼と親密な関係にあると思われたところで迷惑などと感じることはない。
むしろ、迷惑を被るのは紫原のほうだろう。こちらに責任を擦り付けないで貰いたい。

「…ッ!」
「赤ちん?」

責任。そのワードが脳内を過ぎった瞬間、くらりと意識が揺らいだ。
紫原の怪訝そうな声がオレを呼ぶ。その目を見返し、首を振った。
「……いや、責任はオレが取る。オレが、お前に側にいて欲しいと頼んだんだ。紫原が不利益を被る展開は断固として阻止する。必要ならば、陽泉の監督やチームメイトたちに頭を下げて回っても構わない」
「え?!ちょ、ちょっと待って、そんな大袈裟な……」
「お前の名誉はオレが守る。だから、頼む。……もう少し、オレの側にいてくれ」
「赤ちん……?!ど、どうしちゃったの……?」


いつになく狼狽している紫原の姿に、不安感が高まる。
これでは、ダメなのか?この程度でオレの負うべき責務は果たせないと?
だがしかし、……いや、オレは何を不安視しているのだ?

「ねえ、赤ちん!」

責任を負うことなど、馴れていたはずだ。
幼い頃からオレの人生はそればかりだった。良家の人間としてその名に恥じぬよう、立派な居振る舞いを身につけ、学校でも長と名のつく役割をすべて引き受け、結果を残してきた。それらと何が、違うと言うのだ?

「責任って、…何の責任?!」

不安がることなど何もない。
これはたしかに、クラスやチームの長としての責任とは違う。保護の対象者は複数人ではなく、紫原ただ一人。今まででもっとも軽い責任だ。そうだろう?

「ていうか、ごめん、赤ちん、オレが悪かったし…。全然迷惑じゃないし、その、……赤ちんが大丈夫なら、オレも気にしないから……」

迷惑じゃない?大丈夫?
……どういうことだ?責任の所在はオレにはない、ということなのか?

「紫原……?」
「…やっぱ、赤ちんちょっとおかしくない?ほんとに大丈夫なの?」
「おかしい…?オレ、が……?」
「全然、らしくないんだけど……。……やっぱ、影響凄いんじゃない?」
「えい、きょう……?」
「赤ちんの別人格が消えた影響。寂しいとか、側にいてくれとか言うのも……、そのせいなんでしょ?」

オレを見下ろす紫原の眼は真剣そのもので、揶揄いや嘲りのニュアンスは一切ない。
驚愕しながら彼の顔を凝視し、その発言を噛み締め。

「……そう、か……」

不安の正体を覆い隠していた靄が、ゆっくりと晴れてゆく。
紫原の言う通りかもしれない。たしかに今のオレの状態は平時に比べて異常だった。
責任、という馴染んだはずのワードに心を乱され、胸中で幾度も疑問をつぶやいた。
今までならば、その疑問をただちに解消し、「君は正しい。その行動に自信を持て」と背中を押してくれる存在がいた。
そして「彼」は、赤司征十郎が負う責任を共に担ってくれた。傍目から見れば一人の人間が過度な重圧に耐え抜いているように映るかもしれないが、実際にはオレと「彼」とで分かち合っていた。だからこそ、オレは自分自身の選択を常に正しいと信じ、迅速果断を実行してこれたのだ。

しかし、今のオレは。

「一人……なんだな」

どれだけ必死に疑問を投げかけても、回答を与えてくれる存在はこの身体の何処にもいない。
すべて自分一人で解決し、判断を下し、行動に移さねばならない。

「……」

「彼」との別れは、自然ななりゆきだった。
「彼」が出した答えを実行することに躊躇したのは、自分自身に不安要素が残っていたからではない。長きに渡り肉体から知識、記憶に至るまで、すべてを分かち合ってきた存在に対する深い愛着が沸いていたからだ。
たとえ「彼」が意識の底に沈み、深い眠りに入っていたとしても。この身の何処かに「彼」の存在があり続けることで、オレは安心感を得ていた。
その「彼」が消えたことで、オレは強い孤独感に苛まれている。

だから、オレは紫原に願ったのだろう。
側にいて、オレの孤独を癒して欲しい、と。



「……あのさ、赤ちん」
黙りこんで俯いたオレに、やや呆れた口調で紫原は告げた。
「そういうのってたぶん、一時的なものだよ。赤ちんの言ってた通り、一週間もすれば治るって。……そんなに落ち込まないでよ、ほんと、らしくないからさ……?」
「……あぁ、そうだな」
オレらしくはない。孤独に怯え、他人に縋る自分など、オレ自身認めたくはないものだ。情けない。
「小さい頃からの癖って大人になってから治そうとしてもなかなか無理って言うけど、オレらまだ高校生じゃん。身長も伸びてるし、治そうと思えばいけるって!大丈夫!」
「……身長は去年から1センチ程度しか伸びていないが」
「マジで?!あ、いや、でもそれはこう、遺伝的なやつもあるじゃん?あ、ほら、赤ちんまだ髭生えてないじゃん?!脛毛もうっすいし、まだまだ伸びしろは……」
「馬鹿にしているのか?」
「もぉ〜…、何て言えばいいんだよ……」
「ふ……」

墓穴を掘ってばかりいるようだが、紫原が懸命にオレを励まそうとしてくれるのは充分に伝わった。
だからオレは軽く笑いながら顔を上げ。

「そうだな、……お前の言うとおり、かもしれない」
「分かってくれた?」
「あぁ。…大丈夫、と言ってくれたね。その言葉を、信じてみるよ」

意識して口元を緩ませると、紫原は目に見えて安心したような表情を浮かべた。
彼にここまで心配されるほど、オレは不安定な様相を露呈していたらしい。

「……だが、一人でいては叶えられそうにない。……紫原、」
「分かってるって。……馴れるまで、側にいてあげる」
「ありがとう、助かるよ」
「……ちゃんと一週間で治してよね?それ以上は無理だから。……もし、もっと時間が掛かりそうってなら、」

そこで紫原は発言の続きを躊躇い、オレから視線を外す。
しかし、そのまま彼は宣告した。

「赤ちん、オレと一緒に秋田に行くことになっちゃうから。それが嫌なら、期限守ってよ?」



おそらくそれは、オレにとって喜ばしい展開とは言えないはずだ。
だが、「何としても」という強い決意も生まれず。曖昧な己の心境を解析し、納得の行く答えを待つが、それを与えてくれる存在が消えてしまったことはやはり非常にもどかしく感じた。











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