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▼ 高嶺の花もほころぶ季節に



あこがれの上級生感のある赤ちん妄想が春の陽気で捗ったので、キセキの次の世代の帝光主将(捏造)→赤ちんSSです。赤司先輩おっかけて洛山入学してみたら、中三の頃の冷たい雰囲気が溶けてる赤司先輩がいてポカーンってするけどそんなかわいい赤司先輩も最高ですが、先輩溶かしたのはべつの先輩でしたっていう紫赤オチです。



*****


念願叶い、晴れて第一志望校に合格することができた。
バスケ強豪中学校の主将を一年間務めたオレは、それなりの高校からスポーツ推薦のスカウトを受けていたのだけど、そのすべてを蹴って一般入試を受けたのは京都にある洛山高校。一年前から絶対に行きたいと思っていた高校だ。
入試レベルは非常に高くて、ハードな部活の合間をぬって必死に勉強をした。本当に本当に頑張った。遊びもゲームも絶って、部活を引退してからは好きなバスケもきっぱり封印してまで洛山高校に進学したかった理由はただひとつ。

憧れの先輩が、そこにいるからだ。




それはもう、一目惚れに近かったかもしれない。
中学一年の春。部活のオリエンテーションでオレたち大勢の新入生の前に立ち、凛とした姿で入部説明をしていた当時の副主将。赤司先輩の第一印象は、とても清楚で綺麗な人だった。
強豪中学のバスケ部だけあって、一年の時点で長身の部員は多い。その中で赤司先輩は小柄な部類にカウントされるほうだったけれど、堂々とした姿勢の良い立ち方には威厳を感じ。声変わりを終えた少し低めな声は怒鳴るわけでもなく体育館全体によく響き、オリエンテーション後の入部テストのチーム分け発表で自分の名前を呼ばれた時は、小学校時代のミニバスチームでスタメン発表された時よりも緊張したものだ。

新入生の教育担当はべつの先輩が務めたので、それ以降赤司先輩と関わる機会は特になく。二年生にして一軍のレギュラー入りをしている先輩とは、普段練習する体育館さえ別だった。
せめて二軍に昇格することが出来れば、ときどき一軍の選手が練習試合に同伴することがあるっていう話を聞いてオレは必死に練習に打ちこんで。一軍の練習試合に応援要員として帯同した時なんかは、滅多にない赤司先輩のプレイ姿を目に焼きつけ、声が枯れるほど応援した。

その年のわりと早い時期から一軍レギュラーはほとんど二年生部員で占められていて、赤司先輩はなんと主将を引き継いでいた。他の中学から見たら異質なチームだったかもしれないけれど、おかしいことなんて何もない。その年の二年生は、中途入部して数ヶ月ほどしか経っていない黄瀬先輩も含めて天才揃いだったからだ。
先輩たちの試合はいつでも勝利で終わった。点差はさることながら、内容も毎回凄まじいもので。
先輩たちの華々しい活躍を一瞬たりとも見逃したくなくて、試合が終わるといつもオレの目は充血していた。

全中前の昇格テストでギリギリ二軍に昇格したオレは、その年の全中が終了し、三年生が引退してからの昇格テストでなんとか一軍昇格を果たすことが出来た。
とは言え、もう一年間は赤司先輩たちの時代だから、オレがベンチ入りするのはまだまだ先の話だ。それでも、赤司先輩と同じ体育館で同じ練習メニューに参加出来るってそれだけで有頂天になっていたオレは、ある日の練習後に突然赤司先輩から呼び出されて死ぬほどビビった。

名前を呼ばれたのは入部以来。視線を合わせてくれたのは、この時が初めてだった。

(一年部員のまとめ役として、君に副主将を務めて貰いたい。お願い出来るかな?)
(ふ、くしゅしょう……ですか?!)
(あぁ。と言っても、僕の補佐は真太郎がいるから、君には連絡係を行って貰うだけだけど…。今年の一年には特に問題のある部員もいないしね)
(よ、喜んで!!!)

鼻息荒く受諾したオレに、赤司先輩は少し驚いた表情を見せた。
ここまでがっつかれるとは思っていなかったのだろう。オレだって自分の態度に驚いている。副主将なんて役職を与えられたら、今まで以上に忙しくなるのが目に見えているのに。
それでも、赤司先輩が直々に任命してくれたことがすごく嬉しくて。何も考えずに大喜びするオレを見て、赤司先輩が苦笑を浮かべたこともオレにとっては忘れられない思い出のひとつだ。

これは後で知ったことだけど、やはり一年生の時に副主将に任命された赤司先輩はオレと違ってわりと重い役割を担っていたらしい。
そう言えば、入部したばかりの頃には二年生にひとり素行不良で有名な先輩がいた。黄瀬先輩がレギュラー入りする少し前に退部したって聞いてたけど、赤司先輩はその不良先輩にかなり手を焼いていたそうだ。
オレの代にはそういう部員は一人もいなくて、みんな至って真面目な奴らだったので、赤司先輩の言うとおりオレにかかる負担はほとんどゼロに近かった。
それどころか、連絡係という役割を与えられたオレはまんまと赤司先輩の連絡先を合法的にゲットするチャンスを得られたのだ。役得以外の何でもなかった。
名ばかりの副主将でも、週イチで全体練習のあとに行われる主将ミーティングにも呼ばれる。
赤司先輩と緑間先輩と監督の間で交わされる会話にオレが口を挟むことも、意見を求められることもなかったけれど。この時間は、オレの中学校生活でもっとも幸せな時間だった。



そうしてトントン拍子で事は進み、翌年。
全中三連覇という偉業を成し遂げた赤司先輩たちの代が引退する八月の終わり。オレは赤司先輩から主将を受け継いだ。

赤司先輩が担ってきた多くの主将業務の引継ぎを口頭で受ける最中はわりと泣きそうだった。
まだ、全然実感が沸かない。もう赤司先輩が部活に来なくなるなんて。
先輩の勇姿を見ることももうない。体育館に凛と響き渡るあの声を聞くことも。あと半年もすれば、同じ学校に通うことすらなくなってしまうのだ。
その喪失感は果てしなく。鼻声で返答するオレを、あの時の赤司先輩はどう思っていただろうか。
あまり表情を動かすことのない先輩のリアクションをオレに読むことは出来なかったけれど、すべての引継ぎ説明が終了した後、静かな声で言った。

(帝光バスケ部の主将は、君にとっては重荷かもしれない。だけど、僕たちは君を信じて部を託す。僕たち、そして先輩たちから受け継いだ我が部の伝統を、次の世代へきっちりと引き継いでくれ)
(……はい)
(それから、)

そして先輩はオレに、キレイに畳まれた高そうなハンカチを差し出した。
何事かと思い顔を上げると、先輩はいつになく穏やかな微笑みをその顔に浮かべて。

(君はこの一年半、一度も遅刻や欠席をしていなかったけれど、体調管理には気をつけて。その風邪も、早く治すんだ)


先輩の笑顔を見たのは、初めてというわけではない。
常に冷静で落ち着いた先輩が大口開けて大爆笑する姿なんてものは見たこともないけれど、同じ学年のレギュラーの先輩たちといるときにこんな風に微笑んでいたのはごくまれに見かけた。
だけど、赤司先輩が。オレだけにこの笑顔を見せてくれたのは、これが最初で最後。
実際には風邪なんてひいてないけれど、オレの鼻声に気付いて体調を気に掛けてくれたことも。


ハンカチを両手で受け取りながら俯いたオレは、胸の奥からせり上がってくる気持ちを必死に堪えた。
これで、最後なんだ。そう思うほどに、伝えたい感情があふれてくる。

オレ、ずっと赤司先輩のことが好きでした。
初めて先輩を見た時から、ずっとです。
バスケ部にはすごい先輩がたくさんいた。レギュラー全員が天才で、かっこよくて、尊敬してます。先輩たちは、オレの誇りです。
だけどその中でも赤司先輩はオレにとって特別で。

小柄な体格でチームを牽引するその堂々とした立ち姿も。
ひとつ年上だけど、よく見ると幼い印象を受けるその顔立ちも。
育ちの良さが滲み出る普段の上品な物腰も、穏やかな喋り方も、体育館に響き渡る凛とした指示の声も。

先輩はオレなんかとは住む世界の違う、異次元の存在だった。
それでもオレは何としても、少しでも先輩に近付きたくて。必死に練習して、無遅刻無欠勤を貫いて、今日まで頑張ってきた。
赤司先輩の視界に入りたい、その一心で。


(……赤司先輩、あの…っ)

ぎゅっと先輩のハンカチを握り締め、意を決して顔をあげる。
オレはたったいま、先輩から主将の役目を引き継いだ。今なら。先輩に、この気持ちを伝えることくらい許されるんじゃないかって。
受け入れて貰えるなんて甘い考えはない。だけど、今しかない。
赤司先輩と二人で話が出来るのは。きっと今日を逃せば、永遠に。


悲愴な決意がオレの顔から漏れてしまったのか、対面した赤司先輩は怪訝そうに両目を細めた。
その瞬間オレははっとして凍りつく。普段感情を表に出すことのない赤司先輩が、この時何を考えたのか、分かってしまったからだ。

(何だ?そろそろ次の用事を済ませに行きたいのだけど)
(あ……その……)
(今までの話で質問があるなら、あとで電話かメールで確認してくれ。それと、そのハンカチは返却しなくていい。そちらで処分してくれ)
(え?あ……)

キレイにプレスされたハンカチは、オレの手の中でぐしゃぐしゃに握り潰されてしまっている。
それを見て、オレは無性に恥ずかしい気持ちになり。

(すいません……。今まで、お世話になりました……ッ)

結局勇気を振り絞ることは出来ず、その場で深々と先輩に頭を下げることしか出来なかった。





たぶんだけど赤司先輩はあの時、オレの告白を予知したのかもしれない。
だけど、先輩はそれを鮮やかな手段で中断した。言う前から「迷惑だ」という表情を出すことで、オレからすべての言葉を奪い。ちっとも縮まってなんかいない距離をはっきりと示して、先輩はオレの前から立ち去った。

最初から最後まで、赤司先輩はオレにとっての高嶺の花だった。
一方的に想い続けるだけならばまだしも、それを伝えることなどおこがましい。先輩の冷たい目は、その事実をありありとオレに突き付けた。
ハンカチを返さなくていいと言ったのも。二度と、オレと二人で会うつもりはないと宣言されたも同然だ。


それから数ヶ月経ち、先輩たちの進路が決定したという噂は次から次へとオレの耳に入って来た。
当然、赤司先輩の進学先も。あの洛山だって聞いた時、他の部員はスゲェとはしゃいでいたけれど、オレが驚くことはなかった。赤司先輩が、そんじょそこらの高校に進学を決めるはずがない。
歴史と伝統のある洛山高校の上品なデザインのグレーの制服は、赤司先輩にきっと似合う。最上級生から新入生になったところで、赤司先輩は王者の風格を失うことなくチームを牽引する存在になる。

それでもやっぱり、近郊の高校ではなく京都という遠く離れた進学先に決めてしまった先輩の判断は少し寂しい。
近場の高校であれば、練習試合が組まれる可能性もまだ残ってた。だけど先輩が選んだのは、今のオレがどんなに手を伸ばしても決して届く事のない場所だ。
オレの前で微笑んでくれたあの瞬間すら、はるか遠い昔のことのように思いながら。浮かない気持ちを燻らせながらも、先輩から引き継いだ部活をダメにしてしまわないよう日々の練習に打ち込み続け。

とうとう、先輩たちの卒業式当日を迎えることになった。




卒業生代表として壇上で挨拶をする赤司先輩の制服姿は、涙が出るほどキレイだった。
仲の良かった先輩との別れに涙する在校生はたくさんいたけど、オレにはそれに失恋という辛さが加わる。高嶺の花が恋愛対象である場合、その姿を見ることが出来なくなるということは完全終了を意味するのだ。
式を終え、家に帰ってからもオレはひとりで泣き続けた。
一年半、赤司先輩と過ごした記憶を思い返しながら。結局捨てられなかった先輩のハンカチを見詰めながら。二度と会って話すことの出来ない先輩への想いを反芻しながら、泣き疲れたオレはそのままメシも食わずに寝てしまった。

そして翌朝。目覚めたオレの携帯に起きた奇跡を、充血した目で何度も何度も凝視した。





あの奇跡の朝から一年が過ぎ、帝光中学を卒業したオレは三月の終わりに洛山高校の学生寮へ足を踏み入れた。
この寮のどこかには、赤司先輩が生活している部屋がある。その位置はこれから何らかの機会に知ることになるだろう。あわよくばそこに入れて貰える可能性だって、今のオレにはなくはない。
寮長である三年生の案内で自分の部屋に辿り着き、先に届いていた荷物を軽く整理した後、真新しいベッドのシーツに寝転がりながら携帯画面を確認する。
そこには、一年前に届いた一通のメールが未だ大切に残されている。
部活や学校生活で辛いことがあるたびに、オレはこのメールを見て自分を奮い立たせた。
このメールがオレをここへ導いてくれた。赤司先輩が卒業式の夜にくれた、たった一文の簡潔な文章。

『あとのことは、よろしく頼む』

それは赤司先輩が帝光中の生徒として、バスケ部の元主将として、最後にくれたメッセージだ。
こんな短く事務的な言葉でも、見た瞬間オレは天にも昇る気持ちになれた。
引継ぎ説明の日、告白を冷たい視線で拒絶されたのは事実だ。だけど先輩は、最後までオレのことを覚えてくれていた。
二度と声を掛けて貰えない。そう思っていたオレが、チャンスを与えられたと思い込むのも当然だ。

オレよりも先に高校生活を一年間済ませた赤司先輩が、いまもオレのことを覚えてくれているかどうかは分からない。
だけど、それならそれで一からやり直せばいい。
赤司先輩はオレなんかの手が届くはずもない高嶺の花。だからこそ、オレは前向きに奮い立つことが出来る。

どうせハナから報われない恋なのだ。
それならば、最初から。自分が満足するまで、あがき続けても構わないだろう。


新たな決意を胸にニヤけていると、部屋のドアがノックされ、「おい一年、寮生活の説明するから食堂に集合しろ」という寮長の声が聞こえた。
がばっと身を起こし、携帯をポケットにしまって急いで部屋を出る。
たしか食堂は一階の、玄関の横だった。部屋に来る前に聞いた寮長の簡素な説明を思いだしながら階段へ足を向け。

そこでオレは、一年ぶりのミラクルと再会を果たす。



「あ……ッ!!!」

思わずデカイ声が漏れ、慌てて両手で口を塞いだ。
それほどに印象的な赤い髪の後ろ姿が、オレの視界に現れたのだ。見間違えようのない。あの背中は、オレがずっと追いかけ続けた、あこがれの。
大声に気付いたのか、階段の踊り場で足を止めた彼が振り返る。高い位置からオレを見下ろすその目つきは、以前と変わらず冷静で落ち着いていた。

「あ、かし先輩……っ!!」
「?……君は……」

その名前を口にした途端、赤司先輩の大きな目がぱっと見開かれた。
意外なその表情を目撃したことで、オレの全身の血液循環が活性化する。ドクドクと鳴る心臓の音。そのまま口からこぼれおちてしまいそうだ。

だけど赤司先輩はオレの顔を見て驚いてもオレのように取り乱すことはなく。
「そうか」と小さく納得するような声を出し。そして。

「ようこそ、洛山高校へ。先に脅しておくけれど、ここの練習は中学よりもはるかにハードなものだよ。オレもすでに多数の脱落者を目にしてきたけれど……」

相変わらずよく通るキレイな声で、赤司先輩は早くもおそろしいことを口にした。
だけどそれから、僅かに口角を持ち上げた先輩は。

「オレの後輩である君ならば、どこまでも着いて来てくれると信じているよ」




穏やかな先輩の表情は、中学を卒業した頃とどこか雰囲気が変わったような気がした。
何がどう違うのかはうまく説明出来ない。だけど、初めて見る顔じゃない。
中学に入学したばかりの春に、バスケ部副主将としてオレたちの前に立ち、入部説明をしてくれたあの時の。
オレがひと目で恋に落ちた瞬間のままの姿の先輩は、どうしてもキレイで、ずるい。

「せんぱい……」

だからオレは、決めたんだ。
二度とこうして話すことはないと思っていた憧れの先輩を、再び見上げて声を聞くことができた。
その奇跡を起こしたオレだ。自信はある。

赤司先輩がその目にオレの姿を映し続けてくれている限り。
オレの恋は、終わりはしない。

「オレ、一生赤司先輩についていきますっ!!!」



その時、少し驚きながらも「頼もしいね」と微笑んでくれた赤司先輩の今までになくやわらかい表情は。
高嶺の花をもほころばせる、春の陽気という自然の偉大さをこれでもかとオレに見せつけた。











日課と化した就寝前の電話連絡の中で、赤司が切りだした話題に話相手である紫原は目に見えて不機嫌な声をあげた。

「それって、赤ちん追っかけて洛山行ったってこと?……めちゃくちゃ不純な動機じゃん」
「そうかな?オレも、進路を洛山に決めた最たる要因は、先輩たちにあったのだけど」
「赤ちんは特殊だし…。下心なんてなかったっしょ?」
「……彼にはそれがあったと?」
「当たり前じゃん!そいつ、中学の頃から赤ちんのこと変な目で見てたし。気をつけてよ、赤ちん?いくら下っ端って言っても、隙見せたりしたら……」
「……へぇ。紫原は、後輩のことをよく見ていたんだね」

純粋な不安と嫉妬心から忠告を与えようとした紫原の声は、まるで彼に引きずられるかのように不穏な響きとなった赤司のそれに遮られる。
同じ中学生活を送ってきた彼らには共通の知人が数人おり、会話の中で彼らの話題を用いることは間々あった。だが、その面子は非常に限定的であり、二人の間で同じ一軍のレギュラー以外の人物が取り上げられたのはこの日が初めてだった。

それを紫原が不安視するのは、当然のことだ。
文武両道であり、整った容姿を持ち、さらには立派な家柄の出である赤司は、中学時代から学年や男女を問わず多数の生徒たちの憧れの的であった。その扱いはもはや崇拝にも近く、誰もが赤司を遠巻きに見詰め、赤司の気まぐれで声を掛けられることに至上の喜びを得る後輩たちの姿は、あたかも王族からの下賜に感激する平民のようであり。
その赤司を恋愛対象と認め、恋人という関係に結びつけた紫原にとって、自ら赤司を追いかけその視界に入りこんできた後輩に敵意を感じずにはいられない。

だが赤司は、意外な反応を紫原に見せる。

「彼がオレを慕っていたことなど、オレ自身気付かなかった。それをお前が見抜いたということは、彼のことを気にしていたということではないのか?」
「……ちょっと待ってよ、赤ちん…。それ、怒るとこじゃないから」
「怒ってないどないが、何が違うんだ?」
「……ほんと、変なとこで鈍感だよね〜…」

頭脳明晰であり他人の心理分析に長けているはずの赤司は、こういったことに非常に疎い。
紫原が積極的な行動を取った後輩を不安視するのはそこに原因がある。このことは、赤司にはっきりと伝えなければならない。
それは紫原の羞恥心を大いに掻きたてた。顔に熱が集まる感覚も分かる。だが、電話越しであることを認識し、ひとつため息をこぼしてから観念して打ち明けた。

「オレが中学の頃に見てたのはそいつじゃなくて、赤ちんだよ。赤ちんをやらしい目で見てた奴なら、全員分かる。ヒネリ潰して、赤ちんに近付くなって言いたいくらいだし」
「紫原……?」
「でもそれやったら赤ちん困るっしょ?だから、オレはやんない。……赤ちんが、自分でちゃんと弾いてよね」

互いの表情は見通せない電話での会話だ。
だが赤司には、その声色だけで紫原がどんな表情を浮かべているのか見通すことが出来てしまった。

自ずとゆるむ頬を、電話を持つ手とは逆の手で押さえ。
その温度の高さにさらなる高揚を覚えながら、赤司は静かに応えた。

「オレが彼を出身中学の後輩と識別できたのは主将という責任からだ。彼がお前の言うような気持ちを寄せてくれたとしても、受け入れることは出来ないとはっきり伝える。それが原因で彼が傷付くことになったら……、その時は、お前に手を貸して貰いたい」
「え、なに?再起不能にしろって?」
「いや?……彼がオレへの気持ちを諦められるよう、オレを最も惹きつけてやまない存在でいてくれればそれでいい」


慕ってくれる後輩を無下に扱うことはないが、かと言って自身の本懐を曲げるようなことはしない。
根っからの王者体質である赤司の恋人を務め上げるには、相当な素質と努力を要するようだ。

その自覚があるのかないのか、紫原は。

「いいよ。オレがそいつよりも赤ちんのこと好きでいる証拠なら、いくらでも挙げられるし?」


遠く離れた距離にあり、姿を見せることも、触れることもしなくても。
言葉ひとつで赤司の心を溶かし、顔をほころばせる。そんな存在がいることを、彼らの後輩が知るのはまだ先の話だ。







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