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▼ 子供にだって容赦ない





今日の奉仕活動は、室ちんと一緒のはずだった。
それなのに。指定された待ち合わせ場所に到着したオレを迎えたのは。

「やぁ、敦。久しぶりだね」
「あ、赤ちん…?え?何で…」

いつも待ち合わせ時間に遅れたことのない室ちんの姿がどこにもない。
代わりにベンチに座って小説を読んでいた赤ちんは、オレの顔を見て涼しげに微笑んだ。



「氷室さんに、今日最後の練習試合の相手に誘われてね。その後、お前の学校の合宿条件を教えて貰ったんだ」
「うん…。それで、室ちんは?」
「試合中に少し肩を痛めたようだったから、今日は休息を取るべきだと伝えた。この時期に無理をして故障してしまっては元も子もない。…とても不服そうだったけれどね」
「当たり前じゃん。なんで他校の赤ちんに休めとか言われなきゃなんないの。…で?室ちん、赤ちんの言うこときいたの?」
「正確に言えば、頼み通した、かな?」
「え?」
「『貴方の代わりに、僕に敦との奉仕活動を行わせてはくれませんか?』と。頭を下げて頼んだら、了承して貰えたよ」

道すがら聞いた事情に、オレは言葉を失った。
マジかよ。赤ちんが頭下げて頼み事するとか。
絶対ウソついてんだろうなって思ったけど、ここは疑ってもしょうがないかなって思ってふぅんって納得しとく。
あとで室ちんに聞けば、あっさり判明することだし。
オレからしてみれば、子供たちに愛想を振り撒くのが室ちんから赤ちんに代わったってだけの話だし。

「……」
「どうした?」
「んーん。…あのさ、赤ちん。今日の行き先って聞いてんだよね?」
「あぁ。ミニバスケチームのある小学校だろう?」
「言っとくけどあいつらめちゃくちゃうるさいよ?赤ちん、子供とかキライなんじゃない?」
「小学生と接する機会はあまりなかったけれど、嫌いということはないよ。後輩の面倒を見るのと同じようなものだろう」
「後輩…ねぇ」

高校一年のいまのオレたちは一番下の学年だけど、半年ちょっと前までオレたちにも後輩はいた。
中学時代のことを思い返しながら、ますます疑念が深まる。
赤ちん、後輩の面倒なんてみてたっけ?そういうのって大体副主将のミドちんか、下の学年の人たちにまかせっきりだったような気がするんだけど。

まぁ、赤ちんが大丈夫だって言うなら大丈夫なのかな。
自分から行くって決めたんだし。オレと違って、強制じゃないんだし。
もし赤ちんがガキ共の騒がしさにうんざりしたとしても。それはオレのせいじゃない。
そう割り切って、なんだかやる気満々の赤ちんと並んで小学校へ足を向けた。




活動先の大人たちに挨拶をして、バッシュに履き替え体育館へ入る。
陽泉の生徒じゃない赤ちんが来たことはびっくりされたけれど、洛山の、っていうか、去年の帝光中学の主将やってた赤ちんのことはこのバスケチームの監督は知ってたみたいだ。
まさか、あの赤司くんと紫原くんが揃ってうちに来てくれるなんて、と上機嫌な監督が、散らばってる子供たちに召集をかける。

「約束していた通り、今日は特別に高校生のお兄さんたちが来てくれたぞ〜!」なんて、子供向け歌番組のお兄さんみたいなノリの監督に促され、子供たちの注目を受けながら名前を名乗る。続いて赤ちんも。
隣を見て、ちょっと驚いた。子供たちに惜しみなく爽やかな笑顔を差し向ける赤ちんは、内面を知ってるオレからすればかなり胡散臭い。
もしかしてこの人、オレが知らないだけで本当に後輩の面倒をよく見てたりしたのかな?って想像し辛い場面を懸命に思い描こうとしていたら、監督から「早速だけど、子供たちにシュートの見本を見せてくれるかな?」って言われて頷く。

渡されたボールをバウンドさせながら、体育座りで見てる子供たちにとりあえず聞いてみた。
「どんなシュートがいいの〜?」
「スラムダンク!」
すると反応はすぐに返ってきて、「オッケー」って答えながら、ドリブルの体勢に入る。
試合と違って邪魔なディフェンスはない。大股で数歩進んで、そのまんまジャンプ。出来るだけハデにボールをゴールにブチ込んで、それで終了。
全然大したことはやってないけど、子供たちはやたらと興奮して、「スゲェ!」「カッコイイ!」と声をあげながら拍手をしてた。

やり方教えてって寄ってくる子供たちにてきとうなことを喋ってたら、妙に熱い、というか鋭い視線が気になってきて目を向ける。赤ちんと、目が合った。
相変わらず赤ちんは胡散臭い爽やかな笑顔を浮かべてる。
それでさっき赤ちんの何かを想像しようとしてたなって思いだす。なんだっけ。そうだ、赤ちんが後輩の面倒を見る場面。
実際に見る機会は、今だ。

「赤ちんもなんかやってよ」
そう言って持ってたボールを赤ちんに投げると、受け取った赤ちんに子供たちの視線が集中する。
「ああ、見せよう。敦、1on1の相手になってくれ」
そう言いながらこっちに寄ってきた赤ちんに、オレはちょっとヤな気分になる。
「1on1?それ、アンクルブレイク見せる気まんまんじゃん。ヤだよ」
「そうか…だったら、」

コケさせられるってのが分かっててハイやります、なんてすんなりとは言えない。
原理が分かってても、対処出来るかどうかって聞かれたらちょっと厳しいし。かといって、こんな子供たちの前で体当たりされたわけでもないのに勝手にコケるってのも、なんかヤだ。
って、嫌がったら赤ちんはあっさりと引き下がった。
そして。どうしたかって言うと。

「この中で誰か、僕の相手をしてくれないか?」
「あ、赤ちん!」

くるっと身体の向きを変え、子供たちに問い掛ける。
まさか、何も知らない子供たちをターゲットにするとは。ほんと、血も涙もない人だなって焦りながらオレは赤ちんの手を引っ張って、無邪気に「やりたい!」って挙手する子供たちから視線を外させた。
「どうした?敦」
「…相手すればいいんでしょ。オレやるよ」
さすがに、成長途中の子供たちを犠牲にするわけにはいかないって思って、オレは泣く泣く赤ちんの思う壺になってやった。



かくしてオレは本当に久しぶりに赤ちんのやらしい技の餌食になる。
中学よりもずっとフィジカルもメンタルも向上してる自覚はあったけど、やっぱり赤ちんのテクニックには敵わなくて。赤ちんの動きに合わせてボールを奪いに行って、裏をかかれて軸が傾く。こうなるのは分かってたけど、オレを見下ろす赤ちんがニヤリと得意気に笑ったのはやっぱムっとした。

ボールはリングに引っ掛かることもなく、ぽすっとネットをくぐって落ちる。
それまでシーンとオレたちの1on1を見守っていた子供たちが、わっと騒ぎ出した。

「えーっ!なんでなんで?敦せんせい、なんで転んだの?!」
「赤ちん、何かやったの?手品?!」
「…手品ではないよ。今のは、アンクルブレイクというテクニックの、」
「敦せんせい、だいじょうぶ?!」
「負けないで、敦せんせい!スラムダンクでやっつけちゃえ!」
「……」

不思議そうな子供たちにさっきの説明をしようとした赤ちんの声はピーピーうるさい子供たちに遮られ、しかも、なんかやられたオレを庇うみたいな発言に、赤ちんは無言になる。
ていうか、なんでオレは「せんせい」で、赤ちんは「赤ちん」って呼んでんだこの子供たち。オレが赤ちんって呼ぶから真似してんのかな?
「敦せんせー!もっかいさっきのダンクして!」
黙る赤ちんに内心ひやひやしながらオレも無言で座ってたら、周囲にわらわらと子供たちが集まってきた。
そのうちの一人からボールを押し付けられ、再度ダンクを見せろとねだられる。
これは、あれかな。
赤ちんの技、かなり高レベルなやつなんだけど。単純な子供たちには、バスケってより手品とか魔法みたいな感じに見えて、つまんなかった的な。
でもって、単純でバスケ馬鹿な子供たちが好むのは、オレがやった派手なダンク…なんだろう。

「敦せんせー、はやくー!」
「…待って、赤ちんもダンク出来るよ?あの人にやって貰ってよ」
「えーっ、赤ちんそんなに身長高くないじゃん!出来ないるわけないよー」
「…ちょっと、やめなよ。赤ちんは…」

いくら子供とは言え、さすがにこれは赤ちんもムカっとしてるに違いない。
そう思ってオレは赤ちんのほうを見れない。こわい。あの人のキレ顔、ニガテなんだよオレ。
どうやってこの馬鹿な子供たちを黙らそうかって困ってたら、「敦先生」と、子供たちの高い声とは違う冷たくて低い声がオレを呼んできて。
うって思って、顔を上げる。
群がる子供たちの向こう。腕を組んで仁王立ちした赤ちんが、にっこりと笑った。嫌な予感がした。

「ボールを寄越せ。この子供たち一人一人に、僕の実力を見せよう」


本当に容赦ないことを言い出す。
普段は冷静なくせに、プライド高くて負けず嫌い。
でもね、赤ちん。今はそれダメだから。

赤ちんの声と表情によりすでに萎縮してる子供たちを見て、どうやって赤ちんの気持ちを宥めようか必死に考えた。





結局あの後、赤ちん単独でダンクシュートを決めることで子供たちの信頼を取り戻し、赤ちんの機嫌も回復していい感じに今日の奉仕活動は終了した。
赤ちんのダンクはオレや峰ちんみたいにド派手ではないけれど、赤ちんサイズの人でもダンクは出来るってことを示して子供たちの夢は広がったようだ。監督にも凄く感謝された。

だけどオレの疲労はいつになく激しかった。

「敦、お疲れ様」
「……うん、オレが疲れたの、ほとんど赤ちんのせいだけど」
「あの時は悪かったね。つい、立場を忘れて子供たちにトラウマを植え付けてしまうところだった。敦が止めてくれて助かったよ」
「…ほんとにね。まぁ、これで分かったっしょ。赤ちん、子供の相手向いてない。部活の後輩と、物の分別もつかないガキって別物なんだって」

嫌いじゃないとか言ってたけど、面倒見は良くないよねって言うと赤ちんはくすくす笑って、「そうらしいね」とあっさり認めた。
たぶん、赤ちんはそのへんを確かめてみたくなったんだろう。それで、室ちんに無理言って、オレの奉仕活動にくっついてきたんだ。

「敦はずいぶんと子供たちに懐かれていたようだ」
「あいつら単純だからね。てきとうに派手なダンク見せれば、勝手に喜ぶし」
「それだけではないだろう。小柄な子供を担ぎ上げリングに触れさせてあげていたし、不可能なハンデを易々と快諾した上で彼らに突破を許した」
「……あいつらに抜かれたって悔しくもないし。ってか、赤ちん、オレ本当に子供好きでもないし、懐かれる体質とかでもないよ?赤ちんが異常なほど負けず嫌いってだけで……」
「素直にお前を慕える彼らが、羨ましいと思ったんだ」


あんなガキ共に負けず嫌いを発揮する赤ちんが、突然、変なことを言い出した。
びっくりして、思わず歩く足を止める。赤ちんもそうして、オレを見上げた。
「今日氷室さんと会話をした際、彼に頭を下げて代役を嘆願したのは、お前と一緒に過ごす時間を作りたかったからだ。場所は何処でも構わなかったし、奉仕活動の具体的な内容も聞いてはいない。ただ、僕がお前を誘うのには、またとない機会だと思って、実行した」
「……何、それ…。そんな、理由で……?」
「…理由を話すつもりはなかったけれど。氷室さんの様子からすれば、彼は察していたかもしれない。だから、もういい」

そう言ってちょっと不貞腐れたようにオレの顔から視線を外した赤ちんは、なんか、様子がおかしかった。
いつもの胡散くらいほど爽やかな笑顔はない。落ち着き払った涼しい眼差しも、勝負にこだわって相手を射殺すくらいの強気な目つきも。いまだかつてない新しい横顔を見せつけられて、オレは言葉を詰まらせる。

相手チームのエースを徹底的に押さえろとか、二枚も三枚もマークついてるのに全部振り払ってパスを受け止めろとか、厄介な要求は平然としてくるくせに。
なんで、小学生が遠慮なくオレに持ち掛けてくる頼み事が簡単にできないのか。わけわかんない。赤ちんって、本当に謎だらけ。

普通に、言ってくれればいいのに。
室ちんに会ったなら、オレの居場所なんてすぐに聞きだせたはずでしょ?
昼間、オレのとこに来て。一言、オレにして欲しいことを言ってくれたら。オレは、たぶん。


「それじゃあ、敦。僕はこっちの道だから、この辺で……」
「明日も、あるんだけど」


子供よりも子供っぽくムキになりやすいくせに、子供みたいに素直じゃない。
大人よりも大人っぽく冷静に物事を判断できるくせに、大人みたいに諦め良くない。

たぶん、今回の合宿で最大の奉仕活動になると思う。
よっぽどボランティア精神に溢れてないと、この人にこんなことは言えないよ?

「最後まで毎日オレの奉仕活動手伝ってくれたら、月バスの大会、一緒のチームで出てあげてもいいよ」



奉仕活動においてはあまり戦力にならない面倒な人は、この言葉を聞くと「そう言うと思ってた」みたいな顔して嬉しそうに笑うから。
赤ちんの思う壺になってる気がして悔しいのと、その反面赤ちんを喜ばせて悪い気はしないのとで、なんだかオレも、ちぐはぐだ。











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