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▼ 改心理由





黄瀬がうちの学校に来るのは初めてではない。
休日の全体練習が終わり、各々個人練に切り替え始めた頃。
今日ものこのこと現れた黄瀬の姿に、体育館内は色めき立った。

「オイ、黄瀬だ…!」
「マジか?!高尾!捕まえてこい!」
「えぇ?!オレっスか?!」

たまたま宮地センパイと大坪センパイの近くにいた高尾が背中を強く押され、黄瀬の元へ走らされる。
向かってくる高尾の顔をマヌケ面で眺めていた黄瀬が、首を傾げながら視線を巡らせた。

「あ、あの?オレ、緑間っちに用事が…」
「悪ぃな、黄瀬。真ちゃんの前にちょっとオレらに付き合ってくんね?」
「へ?な、なんでっスか?」
「いーからいーから!あ、真ちゃん、こないだも言ったけど、ちょっと黄瀬借りるねー」

突然の要求に動揺している黄瀬の腕を掴み、こちらへ声を掛けて来た高尾。それから頼りない表情でオレを見詰める黄瀬を交互に見遣り、オレはため息をつきながら頷いた。



今回黄瀬がセンパイたちに捕獲された理由は、センパイたちが熱心に応援しているアイドルグループに起因している。
月バス主催のバスケ大会が行われた数日前、黄瀬が宮地センパイにそのアイドルグループと自分のつながりを暴露したらしく、センパイたちはしばらくの間何やら相談を重ねていた。
時々オレに黄瀬のことを聞いてきたときもあった。どうやらセンパイたちは、黄瀬が自分たちの推しメンに手を出していないか勘繰って居たらしいが、その可能性はないことをオレは断言した。

黄瀬が女性アイドルに手を出すことはない。
もしも相手にその気があったとしても。黄瀬が彼女たちに興味を持つことはないだろう。
なぜなら、あいつは。



「…ホントに言っちゃったんスね、オレとの関係。緑間っちって、時々すげー大胆なことするよね…」
「聞かれた質問に答えただけだ。…大体、お前が宮地センパイに妙な自慢話をしたからこうなったのだよ」
「…自慢のつもりはなかったんスけど。…ハァ。でも、すげーね、緑間っちのセンパイ。緑間っちとオレが付き合ってるって知っても、態度変わらないんスね」
「そうでもない。もともと、あの人たちはオレが高尾と付き合っていると思いこんでいたのだからな」
「…普段どんだけ高尾クンといちゃいちゃしてんスか?それ。絶対普通じゃねっスよ…」

センパイたちから解放された黄瀬が体育館に戻ってきたことでオレは自主練を切り上げ、黄瀬と共に学校を後にする。
相当深く追及されたのか、すでに疲弊しきっている様子の黄瀬は項垂れながらセンパイたちとの会話内容を打ち明け、そして最後に拗ねたような目付きでオレを睨んできた。

「お前も、あらぬ疑いを掛けられたくはないだろう?」
「そりゃそーっスけど。…あーでも、緑間っちが高尾クンと付き合ってなくて良かったっス」
「何?」
「あの人、オレが緑間っちのセンパイに質問攻めされてる最中ずーっとニヤニヤしてんスよ?どさくさに紛れてカラダの関係はどーなのとか聞いてくるし。…超恥ずかしかった」
「ほう。キサマも恥じらいを持つことがあるのか」
「失礼っスね!オレだって、どうやって緑間っちをベッドに誘うのかなんて聞かれたら…ぅ!……つうかそんなの、こっちが聞きてぇよ」
「……そうか」

聞いてもないことを自ら打ち明けた上で、あーっと顔面を両手で覆い照れ出す黄瀬に、こちらもどう反応すれば良いか分からなくなる。
大胆なのは、どっちだ。

「しかもさー、それで詰まってるオレのこと可愛いとか言うんスよ!?」
「…何だと?」
「遊んでそうに見えて純情なとこあるねーとか…。オレ、マジ泣くかと思ったっスよ」
「……」
「大坪さんたちがそれくらいにしろって止めてくれたんスけど、なんか話続けてたら、他のアイドルもオレみたいに身持ち堅いのか?とか聞いてきて…、みんな、途中からオレの職業が何だか忘れちゃったみたいになってんスよ。アイドルじゃねーよ、オレは」
「…そうか」
「そうっスよ!ってか、緑間っちも後で怒っといたほうがいいっスよ!なんかもう、オレが緑間っちの恋人っつーか推しメンみたいな扱いになってたし。会いに行けるアイドルならぬ、会いに来てくれるアイドルって何スかそれ!」
「ぶほっ」
「?!いまの、笑うとこじゃないんスけど!!」

真剣に憤っている黄瀬の気持ちは理解できなくもないが、そのフレーズを真顔で口にするセンパイたちの姿を想像した途端不覚にも吹き出してしまう。
すかさずオレを睨んできた黄瀬に「悪い」と素直に謝れば、黄瀬はまた唇を尖らせ複雑そうな表情を浮かべた。

「何だ?」
「…緑間っちがそんな吹き出すとこって、初めて見たかも」
「そうか?」
「…いい感じっスね、秀徳。緑間っち、いますげぇ楽しいっしょ?」

オレから視線を逸らし、ぽつりと呟いた黄瀬の横顔を見て気付く。
黄瀬が、何を拗ねているのか。

黄瀬の言うとおり、オレがこうして人前で笑うようになったのはここ最近のことだ。
年中黄瀬と一緒にいた、中学時代はこういったことがあまりなかった。
現在の環境が心地好い。現在周囲にいるメンバーを尊敬している。オレが心を開いている存在が数多くいる。そのことが、気に入らないのかもしれない。

「…すっかり丸くなっちゃって。「悪い」って何スか。なんでそんなすぐ素直に謝れる人になっちゃったんスか」
「あぁ、それは高尾が…」
「高尾?!高尾クンに言われて性格矯正したんスか?!」
「…少し落ち着け、黄瀬」
「オレだって、中学ん時何度も言ったじゃないっスか!もうちょい素直になってくれって!なのに…、オレの言うことは聞いてくれなかったのに、高尾クンの言うことはすんなり聞いちゃうんスね、緑間っちは!」

完全に聞く耳持たずで不満をこぼす黄瀬に、以前のオレならば呆れて無視して放置していたかもしれない。
だが、残念ながら。今のオレにはそれが出来ない。
なぜならば。


「あまり頑なであれば、いずれお前に飽きられると高尾から言われた」
「……へ?」

高尾は、センパイたちに暴露する以前からオレと黄瀬の関係に気づいていた。
その上で、黄瀬がオレの元を訪れるたびに。黄瀬に対するオレの態度を見ていた高尾は、不要なアドバイスを繰り返し寄越して来た。

「お前は人当たりが良くて、他人から好かれる男だ。中には、本気でお前を口説きに掛かる男もいるかもしれない。必死に自分を求める相手と、惰性で付き合ってきた相手のどちらを黄瀬が選ぶか?と問われ、考えた」
「……」
「オレは、お前に選ばれたい」

中学時代は、いつでも目の届く範囲に黄瀬がいた。
高校に入学し、別々の学校へ通うようになっても定期的に黄瀬はオレの元を訪れる。
その安心感に皹が入ったのは、黄瀬が。

現在のチームメイトに信頼され、支えられている姿をこの目で見た時だ。

「ひとつの手段に拘っていては、手中に収めているはずのものさえ取りこぼすこともある」
「…緑間っちの、いまのバスケみたいに?」
「…そうだな。勝率を上げるためならば、オレはいくらでも人事を尽くす。磨き上げたシュート技術だけではなく、周囲との連携を意識するようになったのは…、そのためだ」

オレにはまだ尽くせる人事があった。
バスケに於いても。それ以外の日常生活に於いても。
そして、珍しく殊勝な態度で大人しくオレの隣を歩くこの男に於いても。


顎を引いて俯いた黄瀬は、蚊のなくような声でぽつりと呟く。
「緑間っち、ホントに変わった。驚きの変身っスね」
「変わっていないところもあるが」
「…それって、どこ?」
「自分で考えろ」

そこで突き放した言い方をしてしまったのは、おそらく、オレの中にも羞恥心が残っているからだろう。
素直になったと黄瀬は言うが、まだ。伝えたくても表現しきれない感情がオレにはある。

「あー、その意地悪なとこ。昔から変わってないっスね」
すると黄瀬は少し呆れたような声でそう言った。
「緑間っち、人に物教えんの苦手っしょ?こないだだって、オレも高尾クンも分かんない難しい参考書勧めてきたし。ねぇ、緑間っち。オレ、たぶん緑間っちとアタマの構造違うんスよ?」
「それはそうかもしれないな」
「…ムカつくー。そっちがそうなら、オレはオレのやり方で聞き出すっスよ」
「どうするつもりだ?」

自分では充分に示しているつもりだ。
それでも黄瀬が分からないと言うのなら。黄瀬の解き方で読み取れば良い。
そう思って促せば、黄瀬は、先ほどまでとは打って変わって強気な目付きでオレを見据え。

「今から緑間っちの部屋かホテルに行って、意地悪言えないくらいオレに夢中にさせてやる。言っとくけど、さっき緑間っちがオレに選ばれたいって言ったの、オレ的にかなり効いたんで。…一回や二回で終わると思うなよ」


ニヤリと口角を上げ、こんな挑発を行う黄瀬の何処が「純情」なのか。
内心ひどく動揺している心境を必死に整え。明日高尾に会ったら、きつく問い詰めてやろうかと思うことで意識を逸らす。
その前に。高尾にオレの誘い方を問われて羞恥を覚えたという隣を歩くこの男に、たった今自分で言い放った誘い文句を恥ずかしがって答えられなかった理由を問い詰めるほうが先になるのだろうが。
まったく、こいつは本当に。


「聞いてんスか?緑間っちー」
「…あぁ、望むところだ」

ともあれ、黄瀬がそのつもりならばオレも容赦をする気はない。
「お前のやり方で、教えてやろう。気が済むまで、何度でもな」


本心を言葉で表現しようが、しまいが。
オレがこの男に惹かれ続け、神経を乱され、振り回され。その度に許容量の底が知れない愛着心を募らせていることは、昔から変わりない。










緑黄交際が公表されれば宮地さんのみゆみゆへの純情が踏み躙られることはないし、真ちゃん編の真ちゃんまじいい男でウオォってなった!




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