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▼ 親密値上昇の秘訣とは




黄瀬くんしかスカウトできてないまま6日間ほど無駄に過ごしてしまった話。



***




玄関のインターホンが鳴ったのは、昨晩とほぼ同時刻だった。
来訪者が誰なのか、オレは知っている。
この五日間、毎晩決まってやって来る。そいつは。

「おう、黒子」
「…こんばんは、火神くん。……すいません」

ドアを開け出迎えた途端、沈んだ表情で謝罪を口にしてきた。



「今日も、色んな人に声を掛けてはみたんですけど…」
「いや、べつに謝ることじゃねぇって!お前…ら、は、良くやってくれてる…よ」

昨晩とまったく同じ人物とまったく同じやり取りをする。
なぜ黒子がこんなに落ち込んでいるのか。それは、こいつの背後に立ってる男の姿を見れば一目瞭然だ。

「こんばんはっス、火神っち!さて、今日も勉強がんばるっスよ!」
「…おう、まぁ、上がれよ」

黒子とは対象的にやたらとテンションの高いこの男。
こいつが、この五日間連続でオレの家庭教師に来ているということは、わりと由々しき事態だった。



五日前、オレはカントクから一つの試練を言い渡された。
九日後に控えている月バス主催のバスケ大会に出場したければ、カントクが作ったテストに合格しろ、という難題だ。
テストを受けるのは大会の前日。それまで、オレは黒子と共に大会に出場するメンバーを集めながらテスト勉強をしなければならない。幸い、今の時期は他校の、それも全国大会の出場経験がある高校の実力者がこの近辺に集結していた。
中には、学校の成績も常にトップクラスをキープしているという文武両道な奴もちらほらいる。
そういう、頭が良くてバスケも出来る奴をチームメイトにスカウトして、その上で勉強を教えて貰えばオレの試練は突破でき、なおかつバスケ大会にも有利な状態で参加出来るという黒子のアイディアを感心しながら受け入れたわけだが、進捗状況は。

「火神っち!こっち向いて!」
「あ?…んだよ、勝手に撮るな!」
「えーいーじゃないっスか、減るもんじゃあるまいし。はい、もっかい、チーズ!」
「うるせぇ!邪魔すんな!」

メンバー集め初日に黒子の誘いに応じた黄瀬は、バスケプレイヤーとしては言うことなしの天才だ。
こいつがチームメイトになれば、他のキセキ連中が相手でもちょっとやそっとじゃ負けることはない。過去に対戦経験のあるオレは充分わかっているし、同じチームでやってみたいと考えたこともあった。
だが、初日からいい人材を得ることが出来たと充実した気持ちになれたのは、その夜までのことだった。


「せめて黄瀬くんに、赤司くんくらい…いえ、緑間くん…、いえ、贅沢は言いません。僕程度でもいいんです。それくらいの学力があったら…」
「ってことは、黄瀬ってバカなんだな?」
「失礼っスね!火神っちよりバカじゃないっス!」
「…そんじゃ、ちょっとは出来んのかよ?」
「バカじゃないけど、ちょっと勉強ギライなだけっスー。ほらほら火神っち、時間なくなっちゃうっスよ!さっさと勉強しよ!」

へらへらと能天気なことを言ってる黄瀬の学力は、一晩で大体把握した。
翌日、黒子は今日こそ赤司くんか緑間くんをスカウトしてきます、と意気込んで街中へ出掛けて行ったが、その夜の収穫はゼロ。
次の日も、次の日も。
いくら赤司や緑間に話し掛けてみても、用事があるとか今は無理だとか断られてしまうのだとしょぼくれる黒子の横で、あっけらかんと「オレがついてるから大丈夫っスよー!」と言い放つ黄瀬の自信の根拠が、まったくもって不明だった。

というのが、すでに五日間続いている。
チームメンバーのスカウトが一人しか成功していないことも問題だが、その前にオレは自分自身の問題に直面していた。

「火神っちー、ほら、大事そうなとこマーカーしといてやったっスよ!」
「おー、サンキュ…、って、何だこれ!ほぼ真っピンクじゃねぇか!」
「なんか、やってたら全部重要っぽく思えてきちゃったんスよ。ま、丸暗記しときゃイケるっしょ」
「イケねーよ!オイ黒子!こいつどっかやってくれ!」
「黄瀬くん、火神くんの邪魔してないで、こっちでゲームしましょう…」
「いいんスか?!やるやるー!」

というわけで当初の計画は見事に破綻し、オレは孤立無援状態でテスト勉強に臨んでいた。
最初から他力本願でいたことが間違いだったのか。一向に頭の中に入ってくる気配のない文章を目で追いながら、今夜も一人、死ぬ気で問題を解きまくった。




六日目の夜も、同じことになる予感がしていた。
だが、オレの予想は裏切られ。いつもの時刻にインターホンを鳴らした人物は。

「こんばんはっス、火神っち。…勉強、捗ってる?」
「黄瀬?…お前、一人か?」

ドアを開けて出迎えた相手が一人だけという事実にオレは困惑した。
勉強のし過ぎでとうとう黒子の姿が見えなくなったのかとおかしなことを思うオレに、黄瀬は頷き。

「黒子っち、今日は夜もメンバー探しに行くって。…だから、オレ一人で火神っちの勉強見て来てって言われちゃったんスよ…」

今まで見せたこともないしおらしげな態度で、そんな事実を伝えてきた。



「なんか、ちょっと責任感じちゃってるみたいっスね、黒子っち。大会まで残り三日でオレしか誘えてないこと」
「…黒子のせいじゃねぇだろ。元はと言えば、オレが…」
「もちろん、黒子っちはそんなこと言ってないっスよ。オレが勝手に思いこんでるだけっス。…それから」

お邪魔します、といつもは言わない断りを口にしながら部屋に入って来た黄瀬は、どこか深刻そうな表情を浮かべ、ため息混じりに呟く。「オレのせいでもあるかも」と。

「黄瀬…?」
「冗談っぽく言ってたけど、あれ割とマジっスよね。オレに、赤司っちや緑間っちほどじゃなくても、せめて黒子っちレベルのアタマがあったらって」
「いや、でもそりゃ最初から分かってたことだろ…?」
「うっさい、アンタには言われたくないっス。…でもまぁ、オレも、今日の黒子っち見たらちょっと浮かれ過ぎてたかなって反省したんスよ。…だから、火神っち」

真剣な表情でオレを見据えた黄瀬が、毅然と宣言する。
「今夜は、オレ、全力で火神っちの勉強を見るっス」
表情だけは頼もしい。そんな感想が頭の中を過ぎったが。
「…あぁ。頼りにしてんぜ」
その気持ちはウソではないと。信じ込ませる眼差しの強さに折れ、オレは素直に黄瀬の助力を受け取った。



全力で、と言った黄瀬は、昨晩までとは見違える真面目な態度でオレの勉強に付き合ってくれた。

「火神っち、そこ違うと思うっス。さっき見たとこに書いてあったかも…、あ、あったあった、ほら」
「…マジだ。お前、よく覚えてたじゃん」
オレの問題集の回答を見た黄瀬が、すかさず教科書をめくり、解説が記載されているページを指し示す。前の問題で読んだ部分の隣ページに記載されていた内容を見ながらその記憶力の良さを褒めると、黄瀬は苦笑を浮かべた。
「こんくらいはやんないと。黒子っちに合わせる顔がないんで」
「…本気出せば結構出来んじゃねーの?」
集中すれば、それなりにいい成績が出せるのではないかと思うオレに、黄瀬はやはり笑いながら首を振った。
「勉強なんて面白いもんじゃねーし。記憶力も集中力も、出来るだけ好きなことに注ぎたいんスよ、オレは」
「…不器用だな」
「火神っちには言われたくねーっスね。ほら、無駄口叩いてないで、ここ理解出来たんスか?そしたら次の問題、ドンドン詰め込んでくっスよ!」

以前、学校のセンパイやカントクたちに教えて貰ったような勉強会とは違い、黄瀬は解説があるページを見つけ出したり、こうして問題集を解く進行をてきぱきとするくらいでこれといって勉強自体の指導はしない。
それでも、昨晩までのように一人無言で問題集と睨み合っているよりはよほど集中して取り組めたし、理解も増している気がした。


意識が逸れたのは、携帯が振動したと黄瀬が席を立った時のことだ。時計をみれば、21時を回っていた。
黒子はどうしただろうか、と思い浮かべたところで黄瀬から声が掛かり、携帯を渡される。着信相手は黒子だったらしい。

「勉強の邪魔しちゃってすいません。…黄瀬くん、ちゃんとやってくれてたみたいですね」
「おぉ。…まぁ、昨日までとは打って変わって真面目にやってくれてんぜ」
「やっぱり、黄瀬くんってやれば出来る人なんですね。ひとまず、安心しました」
「おう…?」

と言うことは、黒子は黄瀬を一人でオレんちに送り込めば見事に家庭教師としての役割を遂げると見込んでいたのだろうか。
だとしたら、スゲェな、黒子。お前の未来予知能力は赤司を超えたよ。
と思ったが、黒子にとっても黄瀬の化けようは意外だったそうだ。

「今日は、黄瀬くんも火神くんの家には行かずに帰っていいと伝えたんです。でも、聞いてくれませんでした。…よっぽど気になっていたんでしょうね、君のこと」
「は…?お前が黄瀬に一人でオレんち行けって言ったんじゃねーの?」
「違いますよ。黄瀬くんが自主的にそうしたんです。頑張ってる火神くんを一人にはさせられないと言って」
「な…」
「僕の指示って言ってました?…素直じゃないですね、彼も」

電話越しにくすくす笑う声が聞こえる。呆然と、それを聞く。
なんだよ、それ。黄瀬がオレに協力する気になったのは、黒子のためじゃねーのかよ。
……聞いてねぇって、そんな話。

「…それと、さっき黄瀬くんにも伝えたんですけど、今日、無事に残り二人のチームメイト誘えました」
「は?!マジで…?!」
「はい。日向主将たちにばったり会って話をしたら、快く承諾してくれて…。他のセンパイたちも、明日は火神くんの勉強を見に来てくれると約束してくれましたよ」

なぜ、オレは、オレたちは気付かなかったのか。
いるじゃねーか。頭良くてバスケも出来る、最高の人材が。
大会には他校のメンバーとチームを組むことが可能だが、べつに同じ学校の仲間と組んではいけないという規定はない。
当然と言えば当然の話だが、オレたちはすっかり特殊な大会概要に惑わされていた。

「…灯台もと暗し、ですね。と言うことで、スカウトの件は心配しないで下さい」
「おう、…ありがとな」
「その言葉は黄瀬くんに言ってあげてください。僕の知る限り、黄瀬くんは本当に勉強嫌いな人だったんですから」



通話を終了し、黄瀬の姿を探す。
何の気遣いか、オレが電話している間、黄瀬はベランダに出ていた。
窓ガラスをコンコンと叩き、黄瀬を呼ぶ。気付いた黄瀬が室内に戻ってきた。

「終わったっスか?」
「おぉ。…その、」
「決まったらしいっスね、チームメイト。良かったぁ」
「…そうだな」
「これで、後は火神っちがテストに合格して大会出場権を獲得するだけっスね!もう一息っス!」
「…おう」

ぐっと親指を突き立てて明るく笑う黄瀬の顔を見て、気付いたことがある。
黄瀬は、初日から。勉強に対して後ろ向きなオレを励まそうと、あえてテンション高く接していたのではないかと。

うるさくて邪魔だと思ったあの態度も、本当は。

「火神っち?どーしたんスか?」
「…いや。…あのさ、黄瀬」
「ん?」

オレのため、なのか?
だとしたら、何だ?
なんで、オレは、いま。
こんなにも。こいつを。

「何スか、火神っち?」


言いよどむオレの眼を覗き込んできた黄瀬をなぜか無性に抱き締めたくなる指先にぐっと力を込め。
衝動を制御した上で、問い掛けるはずだった質問を引っ込め、代わりに誓う。

「絶対優勝させてやるからな、この大会」


こんなことを言えばオレの知ってる黄瀬は自信たっぷりの顔で当然だと言い返してくると、思ったのに。
この夜に限って、こいつは。

「うん!信じてるっス!」

などと本当に可愛い顔ではにかむから、オレの指先は制御を失い思いっきり黄瀬の体を抱き締めてしまった。












どうでもいいけどこの親密値ってやつ、
知り合い→同行拒否、友達→連れまわすのはいいけど触るなよ、気やすい仲→手を繋いで歩いてもいいよ、マブダチ→腕を組んだっていいんだよ、キズナの関係→一線越えた
って認識してるけどそれでいいよね。





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