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▼ EX



※話は飛んで、エクストラゲーム時期。




***




今年のインターハイが全日程終了し、彼らの夏は終わった。
昨年同様「キセキの世代」擁する高校同士の対戦もあり、さまざまな結果と因縁を残しつつ、次回は冬に、と再会を誓って別れたのだが、ひょんなことから彼らは近日中に再集結することとなる。

「それで、千尋とは上手く行っているのか?」

チーム結成初日の練習を終え、更衣室でのこと。
すべて塞がっているシャワールームの順番待ちをしながらベンチに座り携帯を操作していた黒子の横に腰を下ろした赤司は、唐突にそんな質問をした。

「ええ、まぁ、ぼちぼちラブラブです」
「これから行くのか?」
「許可待ちです。たぶん、今日は自宅にいると思うんですけど……、あ、来ました」

黒子の携帯がメールの着信により振動し、受信メールを開いた彼は嬉しさを隠し切れない表情を浮かべた。訪問の許可は無事に得られたらしい。
見事に浮ついている黒子の横顔を眺めながら、赤司は感慨深そうに目を細める。

「まさか、本当にお前たちが交際することになるとはね…」
「勧めてくれたのは赤司くんですよ?」
「一時的な止まり木に利用して貰うつもりだった。だけど、お前の様子を見ていると長く続きそうな気がするよ」
「はい、一生大事にするつもりです。黛さんが泣いて嫌がって別れたいって言っても、お断りします」
「すごい執着心だね…。今のところ、彼がそう言う様子は?」
「皆無です。黛さんもボクのことを愛してくれていますし、恋の季節万歳です」
「恋の季節?」

黒子と黛の関係を結びつけ発展させた赤司は、まだ彼らが交際に至った詳細な経緯を聞かされていない。不思議そうに首を傾げた赤司に、黒子はその時の黛とのやり取りを説明する。
恋の季節は春であり、それはもう終わってしまったと口にした自分に、黛が差し出した言葉。それは。

「黛さんの恋の季節は、春じゃなくて、夏らしいです」
「いままさにその時、ということか。…千尋も、随分と気の効いたことが言えるようになったようだね」
「インターハイが終わるまではお預けされちゃいましたけど、もう解禁なんで思う存分いちゃいちゃしようと思ってます」
「そうだね、それがいい。……それにしても、彼は淡白な男かと思っていたが、意外に淫乱な性質の持ち主だったようだね」
「はい?」

淡々と呟かれた恋人に対するその所感を聞き留め、黒子はやや不快げに眉を顰める。
たしかに、自分の恋人は涼しげな見た目にそぐわず、快感に流されると結構凄い。初めて彼を抱いた日のことを思いだしながら、だがなぜ赤司がそれを知っているのかと、疑問に思う。
そういう素質も見抜けるのか?と嫌な顔をする黒子に、赤司は苦笑しながら回答した。

「簡単なことだよ。千尋は、夏こそが恋の季節と断言したのだろう?」
「それが、何か?」
「海外の意識調査で、年間で最もセックス回数が多い季節についてアンケートを取ったところ、夏と回答する人の割合が高かったらしい。それには理由があり、真夏はテストステロンという男性ホルモンが活性化するため性欲が特に強まるという研究結果も出ている。セックスに意欲的になる季節を恋の季節とするならば、手を繋いだりキスをしたりするだけで幸福に満たされる穏やかな恋愛は恋愛として認識されず、彼にとっての恋愛は性交渉なしでは語れないものということになる」

得意気に説明する赤司の博学っぷりには感心する。
黛もその研究結果というものを知ってて自分にああ言ってくれたのだろうか。だとしたら。

「その季節にテツヤの想いを受け入れたということは、お前とのセックスに溺れたいと言う意思表示と取れる」
「な……っ?!ほ、本当ですかっ?!」
「ああ、間違いない」
「ちなみに、言ってくれたの初セックスの直後だったんですけど、それって……」
「よっぽどテツヤの持ち物に惹かれたんじゃないかな?」
「…っ、黛さんッ!!」
「落ち着いて、テツヤ。僕は千尋じゃないよ」

次々と暴かれる真実に感極まりながら、黒子は思わず目の前の赤司の両手を掴み恋人の名を呼ぶ。
今すぐ、かの意地っ張りな恋人を抱き締めたい。それは無理なのでとりあえず手近にあるもので代用しようとする黒子の考えを見通し、赤司は冷静に指摘する。

「その燃え滾る想いはすべて千尋の体内に注ぎこんであげるといい。彼も、それを熱望しているはずだ」

赤司の言葉に、黒子は大きく頷く。
いつになく生命力を漲らせた表情を見せる黒子に、赤司は満足そうに微笑んだ。





意気込んで黛の自宅を訪れた黒子は、しかし玄関にて出鼻を挫かれる。
この時間であれば室内に明かりが灯っていて、窓からそれが漏れていてもおかしくはない。だが、部屋の中は真っ暗だった。
玄関の鍵も閉まっている。黒子がここを訪れる前にはいつも開錠した状態で待っていることが基本の黛が、現在室内にいるのかもあやしく思えた。

メール送信時に訪問時刻の指定をしていなかったため、タイミング悪く買い物にでも出掛けたのだろうか。
そう考えながら、無断で製造し、後にそのことを暴露した上で所持を許された合鍵をカバンの中から取りだし、鍵穴に差し込む。

「あれ……?」

室内に足を踏み入れ、蛍光灯のスイッチを入れようとした黒子は、異変に気付き電気を灯すことなく立ち止まった。
窓のカーテンは全開になっており、そこから月明かりが室内を照らし上げていて。
この部屋の住人の所在地を知り、息を止める。

「黛さん……?」

一人暮らしのワンルームの室内には、黛が越して来た当初に比べればそこそこの生活感が出てきた。だが、黛は雑多な空間が好みではないのか、家具はベッドと電化製品の必要最低限に留まっている。
ソファーのひとつもない部屋だ。だが、黛は黒子と晴れて結ばれた後にいくつか二人で過ごすための家具を購入している。それが、二人分の食器が並べられるサイズのローテーブルであり。
そこで食事をするためにクッションと座布団も新調した彼は、現在、それらを掻き集めた上に寝そべっていた。

顔の横には読みかけであろう文庫本と携帯が転がっている。
黒子が黛に連絡した時刻は、まだ外も明るく、窓の近くであれば蛍光灯の灯りに頼らずとも読書が行えていただろう。
本を読みながら自分を待っている間に眠ってしまったのか、と気付いた黒子は、にわかに胸中をざわつかせた。

気配を殺し、足音を立てずに黛へ近付いた黒子は、彼の顔の横に膝を付いて身を屈める。
黛の意識がないことを知りながら。いつもは口にしない挨拶を、彼の寝顔に向け囁いた。

「黛さん、ただいま……です」

交際が始まり、ほぼ毎日この部屋に通うようになり、黛は「半同棲」という言葉を用いて黒子の心をときめかせた。だが、「半同棲」はあくまで「半同棲」であり、ここは黒子の自宅ではない。
「こんにちは」でも「お邪魔します」でもなく、まるで家族になったような挨拶を口にした後、黒子の胸にはじわじわと穏やかな感情が広がった。
すると直後、思わぬサプライズが黒子を襲う。

「おかえり。遅かったな」
「えっ…?!」

あると思わなかった返答に、思わずびくっと肩を揺らす黒子に対し、横になったままの黛はくすくすと笑い声を漏らす。
「何だよそのリアクション」
「す、すいません……、起こしちゃいましたね」
「寝てたほうが良かったのかよ?」
「いえ、…遅くなってごめんなさい。黛さん、ごはんは?」
「炊いてある。お前は?食えんの?」
「いただきます。……でも、その前にひとつだけ、お願いがあるんですけど」
「何だよ?」
「キス、したいです」

月明かりだけが互いの顔を認識する静かな空間で、黒子の願いを聞いた途端に黛の表情が僅かに張り詰めたのを感じた。
だめ、だろうか。不安に思いながら黛の答えを待つ黒子に、数秒後。

「……好きにしろ」

あまり乗り気ではない。しかしながら、強い拒絶は感じられないその許しを得て、黒子は嬉しそうに微笑みながら、そっと黛の頬に手を伸ばした。




じゃれ合うような甘いキスは、黒子の気持ちを充分に満たした。
それは確実に、色めく流れへの始まりだった。だが、宙を漂うが如くふわふわとした浮ついた満足感が、黒子の性欲を別のものへと変換する。
黛の鼻先に軽く口付け、彼から身を離した黒子は、「ごはんの準備してきますね」と立ち上がり。
黛はそれを引き止めるでもなく、黒子には気付かれぬよう安堵の吐息を漏らした。




インターハイ前とは異なり、現在の黒子は毎日一日がかりの練習に参加しているとは言え、学校の授業がない分早朝から召集されることはない。
そのため、食事を済ませて一時間ほど歓談した後、黒子は速やかに帰宅を果たした。

玄関で黒子を送りだした後、黛は携帯を取りだし、着信履歴の最上部に表示された名前にリダイヤルする。
そして応答した相手に、名乗ることもなく結果を告げた。

「メシだけ食って帰ったぜ。お前の言ってたようなことは一切なかった」
「何も……なかっただと…?」
「ああ。……あいつ、今日もお前らと同じ練習量こなしたんだろ?そりゃ疲れんだろ…。何が、「今日のテツヤはおさまりきれない性欲を抱えてお前の元へ向かってるから翌日の練習に支障が出ないよう上手くコントロールしてくれ」だ。くだらない脅しかけやがって」
「おかしいな。そこまで疲弊しきっている様子はなかったけれど。……やはり、お前程度の魅力では易々とテツヤの性欲を刺激することは出来なかったか。すまない、僕はお前を買い被り過ぎていたようだ」
「……」

夕方、黒子からのメールに返信した後、黛は赤司から着信を受けていた。
その内容があまりにも衝撃的だったため、黛は外が暗くなっても電気をつけることを忘れ、赤司いわく性欲盛んなけだもの状態である黒子の対処について頭を悩ませていた。
そんなとき、玄関のほうで鍵が回される音が聞こえ、咄嗟にたぬき寝入りを決め込んだのだが、近づいてきた黒子は目を閉じたままの黛に触れるでもなく。
「ただいま」と。じつに、嬉しそうな声でそう囁いてきたのだ。


「……あいつ、スイッチが入るとかなり変態くさいとこあるけど、そうじゃなけりゃ大人しいもんだぜ。お前と違って、笑った顔はちゃんと可愛いし」
「それは、僕の笑顔が可愛くないとでも言いたいのか?」
「……そう言ってんだよ。お前みたいな胡散臭さは一切ねぇし、ひねくれてねぇし、……同じ「キセキの世代」でも全然違う。黒子は、」
「つまらない惚気話はそこまでにしてもらおう」
「の……っ、惚気てねぇよ。…っ、クソ、妙なこと言わせんなよ」

冷静な遮断を受け、黛は直前の発言に自己嫌悪する。
たしかに、現在の関係に至ってからの黒子は可愛いと思っている。だが、それを赤司に伝えたところで何になると言うのか。気恥ずかしさから悪態をつくと、電話越しに赤司が笑った気配がした。

「……笑ってんじゃねぇよ。とにかく、黒子はちゃんと帰したからな。…あんまりあいつに変なこと吹き込むなよ?」
「素直なテツヤが可愛くてね。つい、構いたくなってしまう。……だけど、それは僕に限っての話じゃない」
「……は?」
「以前も言ったが、テツヤは現在も複数の人間から大事に想われている。今日も、大輝や涼太と親しく会話をしていたし、火神大我とは以前に見かけたときよりも親密な空気を感じ取れた。……テツヤの好意が、いつまでも自分一人に向いているものと油断していると、足元を掬われかねないよ」
「……」
「いや、今日の別れ際にあれほど気持ちを高ぶらせていたテツヤが、お前の顔を見た途端にその意気を消沈させたことから推察すれば、……すでに、お前に飽きているのかもしれないね」
「うるせぇな、さっさと寝ろ」

次々と挑発的な言葉を投げてくる赤司に、黛は不快感を募らせ通話を強制終了する。
赤司の言葉に容易く惑わされるほど、自分は単純な人間ではない。そして、他でもない黒子への疑いを持つつもりもない。
それでも。赤司の言葉は、長らく黛の意識を動揺させた。



その燻りが弾けたのは、全国のバスケ関係者に注目される一試合が開催される前夜のことだった。


練習を早めに切り上げて黛の部屋を訪れるという約束は、その日の昼前には黛に通知されていた。
だが、いつになく音沙汰がない。最終調整に手間取っているのか。そう考えながら黛は夕食の支度を行い、黒子の訪問を待つ。

今回黒子が参加する試合は、高校のみならず日本中のバスケプレイヤーの威信を背負って臨む一戦だ。与えられた練習期間は充分とは言えず、二年前は同じチームでやっていた仲間たちとは言えそれぞれ強烈な個性をもった面々だ。一筋縄ではいかないだろう。
そんな彼らが二年の時を経て再びひとつのチームにまとまり、しかも対戦相手は彼らと同等以上の実力を有する外国人チームだ。この一戦を心待ちにしていたバスケファンも数多く、バスケ経験者である黛もそれは例外ではない。

ただ、彼の心にあるのは期待ばかりではなかった。

「……あいつ、マジで来んのか?」

刻々と時を刻む時計を眺めながら、不安が滲む声を発する。
それは、赤司に指摘された内容が彼の胸中に色濃く残っている証だ。

黒子と、元チームメイトたちとの絆がどのようなものか黛は知らない。
口数の少ない黒子は、共通の知人である赤司に関する話こそしても、過去、もしくは現在の他の仲間についてはあまり積極的に話すことはなかった。
赤司が黒子によからぬ想いをいだいている、ということは全面的に否定できる。黒子ではない、たった一人の男を愛すると心に決めているらしい。またそれが赤司の一方的な気持ちでなければ、紫原という男も大丈夫だろう。
だが、それ以外については。


未だ、知らない、のだ。
あれほど連日のようにこの部屋へ招きいれ、滞在を許し、共に食事をして一度は体を重ねた間柄であっても。
黛は、黒子について知らないことのほうが多い。

強い執着心を押し付け、なかば強引にパーソナルスペースに割り込んできた黒子を、黛はたしかに受け止めている。
黒子の行為を許容し、一心に向けられる愛情で隙間なく埋め尽くされ。元々黛の中にあった黒子に対する負の感情は、すべて強制的に塗りかえられているといってもいいくらい、彼の心は黒子のカラーに染められている。
だが、それは黒子独自の努力のたまものであり。

自分は何もしていない、と黛は気付いていた。


(すでに、お前に飽きているのかもしれないね)

もしも黒子が黛から離れて行ったなら。
黛の元に残るものは、何もない。
あまりにも受動的であった自分には、達成感もなければ成長も望めない。
与えられるものをただ受け取るだけでは、何も。

「……」


しばらく無言でドアを見詰めた後、黛は軽く嘆息しながら充電ケーブルに接続されている携帯を手に取り、操作を始める。
その時だった。狭い室内に、来客を知らせるインターフォンが響いたのは。



逸る気持ちを押さえ、冷静を装いながらドアを開けた黛は、ドアの向こうに立っていた人物が黒子だけでないことを知り瞠目する。
黛の驚きを感じ取った黒子は、やや申し訳なさそうに眉尻を下げ、すいません、と謝罪を述べた後に同行人の紹介を行った。

「ご存知だと思いますけど、彼は海常高校の黄瀬くんです。帰り際、ちょっと色々あって、送って貰っちゃいました。……ここまで来てくれなくても良かったんですけど…」
「何言ってんスか!黒子っち怪我してんスよ?それに、あいつらに尾行されて追い討ちかけられたらたまったもんじゃないっスよ!」
「……怪我、してんのか?」

心底心配そうな黄瀬の表情と声色に、黛ははっとして黒子の顔へ視線を向ける。するとたしかに、頬に殴られたような形跡が見られた。
「つうか、尾行って…、お前、何してきたんだよ?」
「相手チームのたまり場に一人で乗り込んで啖呵切ってきたんスよね、黒子っち」
「……あっさりやられちゃいましたけど」
「そーなるのが分かってて行っちゃうんスもん。マジ、冷や冷やしたっス…。……本当に、此処までで大丈夫っスかぁ?」

黒子が、相当デンジャラスなことを仕出かしてきたことは黛にも理解できた。
その黒子の身を案じ、彼の過去の、そして現在のチームメイトである黄瀬が負傷した黒子をこの部屋まで送り届けてくれたことも。
だが黄瀬は、ここが黒子の安全を保障する場所ではないと判断しているらしい。一瞬黛に向けられた彼の冷めた視線は、それを如実に表していた。

「ちゃんと家帰ったほうが良くないっスか?明日は本番なんだし、その方がオレらも安心出来るんスけど……」
「大丈夫です。……と言うより、無理だと断られても、此処に来たかったんで」
「黒子っちぃ……」
「送ってくれてありがとうございました。黄瀬くんも、気をつけて帰ってください」

不満を隠そうともしない黄瀬に、黒子はきっぱりと帰宅を促す。その様子を無言で眺めていた黛は、軽く息を吐き、黄瀬に告げた。

「こんなボロアパートでもそれなりにセキュリティはしっかりしてるし、そこまで不安がらなくてもいいぜ。それに、……お前らには分かんねぇかもしれないけど、黒子は、」
少し、脈拍の速度がスピードを増す。
緊張を抑えながら、黛は黄瀬の顔をしっかりと見据え、断言する。

「お前らや家族といるより、オレの側にいた方が精神的に落ち着くようだからな」




その宣言には、願望が含まれていた。
表面にはあまり出ていないが、黒子本人のいる場でこんなことを言うことに、黛には不安があった。
だが、黄瀬が退室した直後、黒子はその場で黛の胸にしがみつき、両手を彼の背中に添え、揺れた声で呟く。

「あの、黛さん……、夢、じゃないですよね……?」
その遠慮がちな問い掛けに、黛の不安は薄められ。
「何が夢、だよ。…お前、さんざん自分でアピっといて、いまさら「そんなことはない」とか言うつもりじゃねぇだろうな?」
「い、言いません!その通りなんです!…でも、黛さんがそれを認めてくれたのが、……嬉しくて、」
「……」

たしかに、黛は黒子の友人に対してどこか遠慮のようなものを感じていた。
キセキの世代の面々は、黒子にとって黛以上に付き合いも長く、それに様々なしがらみを抱えている。現在は友好な関係を保っているが、一時期は険悪な雰囲気もなくはなかったと、黒子自身から聞かされていた。
それに比べると、黒子と黛の関係は、出会いこそ対立関係にあったものの、盛大な波風が立ったわけではない。
ゆるやかに始まり、流れに任せるかのように現在の関係に至っている。
劇的なエピソードもなく、苛烈な衝突もない。

ほぼ黒子の意思のみで築き上げられた関係ということへの遠慮が、これまでの黛にはあった。
だが、もう。この時をもって、黛はありのままの感情を表面化する。

「……夢じゃ、ねぇよ。お前がここに帰って来てくんの、待ってた」
「え……」
「おかえり、黒子。遅くまで練習、お疲れさん。それと、」

しがみつく黒子の背中へ回された黛の手が、服を軽く摘み後ろへ引く。その促しにより顔を黛の胸から離れ、顔を上げた黒子は。

「いひゃい…っ!?」
「こんな傷引っさげて帰ってくんな馬鹿っ!身の程を弁えた行動しろチビっ!いいか?黒子。お前は、…あいつらに釣られて、短気になんなくていいから、」
「黛しゃ、」
「オレは、地味でうるさくなくて、謙虚で貧弱なお前が……好き、だから」


殴られた痕跡のある頬を引っ張りながら黒子から視線を逸らし、黛はぼそりと呟く。
両目を大きく見開いたまま固まった黒子は、しばし絶句して。黛が手を離した直後。

「痛い、…です」
「…痛めつけてやったんだよ」
「夢じゃ、……ない?」
「何度も言わせんなよ、夢なんかじゃ、」
「…っ、黛さぁん!!」
「うわっ?!」

呆けたように立ち尽くしていた黒子が、突如再び黛に飛び付く。その小柄な体を慌てて受け止めようとするが、咄嗟のことに黛は足の重心をグラつかせ、よろけて床に腰をつく。
「ば…っ、いきなり飛び付いてくるな、この…っ」
「……ごめんなさい、ボク、嬉しくて…」
「……」
「黛さん」

黛の上に圧し掛かるような体勢のまま顔を上げた黒子は、心底幸せそうな笑みを浮かべ。
黛の頬に右手を伸ばし、黒子のストレートな表現にたじろぐ黛に顔を近づけ、告げた。

「ボクも、あなたのことが大好きです。何度でも言わせて下さい。本当に、…ほんっとに、…愛してる」
「……おう」
「応えてくれて、ありがとうございます。ボクを受け入れてくれて……、ありがとう」
「……」
「ボク、黛さんを好きになって本当に良かっ、」
「もういい。分かったから、そろそろ黙れ」

次々に溢れ出る黒子の愛情を表現する言葉に、じわじわと黛の耳が赤くなっていく。
真っ直ぐに好意をぶつけられるのにも大分馴れてきたはずだった。それでも、密着した状態で繰り返し囁かれる告白に、居た堪れない気持ちが充満していき。
「……し辛ぇだろ」
「黛さん?」
何を?と問いたそうな黒子の後頭部に無言で片手を添え、不思議そうに丸くなる眼前の瞳を視界に焼きつけた後、黛はそっと目蓋を伏せ。そして。

「……っ!!」


与えられるものを受け入れるだけだった彼が、自ら黒子に唇を重ねた。
その事実を認識した瞬間、黒子の体内で何かが弾ける。

「あ、う、…ま、まゆ……」
「明日、試合が終わったら」
「え?」
「……続き、してやる。だから、…今日はゆっくり身体休めろよ」

やはり黒子から視線を外し、やや赤い顔をした黛が気恥ずかしそうに言う。
それを聞いた黒子は、内心少し拍子抜けした。このまま、この至上最高に可愛い黛を床に押し倒し、服を引き剥がして二度目のセックスに持ち込みたい衝動はギリギリのところまでせり上がってきている。それでも。

「お前、体力ねぇからな。疲れるようなことさせて送り出したら、赤司たちにぶっ飛ばされんだろ?」
「ちょ、ちょっとだけ…、ちょっとだけでいいです!先っぽだけでも、大丈夫なんで…っ」
「バカ、違ぇよ。……今ヤったら、オレが引けなくなる」
「え…?!」
「オレだってたまってんだよ。中途半端に出して終わりじゃ済まさねぇからな。だから、ヤるなら明日だ。……さっさとあのアメリカ野郎共ぶっ倒して、オレんとこ帰って来いよ。そしたら、」

予想外の発言に唖然とする黒子に、視線を合わせ。
羞恥心を堪えながらも年上の威厳を保つ笑みを浮かべ、黛は約束する。

「気絶するまで、セックスしてやる」



この恋人は、かつての男たちのように激情的でも野生的でもなく。
決して黒子のタイプとはほど遠い男だった。それでも、今は。

口数少なく、冷静で。現実をしっかりと見据えたこの人から、過去に恋した相手とは比較にならぬ、年上の積極性と色気を見せられて。

「……望むところです」

日に日に深く、沈み行き。
まだまだ、彼に恋をする。そんな予感で埋め尽くされた。











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