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▼ 6





ここ最近、黒子がうちに来る時間帯が遅くなっている。
理由は聞かずとも分かっていた。オレも、一年前に経験したことだ。
誠凛は、昨年取り逃したインターハイ本戦出場を賭けて部員一同毎日遅くまで部活に励んでいるらしい。

「こんばんは、黛さん。遅くなってすいません」
「べつに構わねぇけど……。お前、ヘトヘトじゃねぇか。どんだけハードな練習してんだよ……」
「ちょっと、かなり、キツかったです。でも、これでも去年より体力ついたみたいで、まだ吐いてないです」
「……ベッド貸してやるから、少し休めよ。あと、ちょっとでもメシは食ってけよ?雑炊にしてやるから」
「あ、ありがとうございます……!黛さん、あの」
「何だよ?」
「大好きです」


連日ハードな練習をこなした後にへろへろになりながらも必ずうちに通う黒子の健気な姿に、少しずつオレの気持ちは動かされている。
そうでなくても、こいつはちょいちょいオレを好きだ、愛してる、などという甘ったるい言葉を投げかけてくるから。うんざりするが、まぁ、放っておけない気にはなる。

それにしても、こいつはどうしてここまで疲弊しきっているのか。
「キセキの世代」の看板を背負っているとは言え、他の奴らに比べて体力やスタミナが不足してるというのは知っていたが、腐っても天才集団に属していたエリートだ。今の黒子の姿は異様に思える。
その疑問を投げかけると、黒子は。

「体質の違いもあると思いますけど……、中学の頃は、他のみんなも今のボクみたいになってること多かったですよ」
「は?それって赤司も?」
「はい。赤司くんは人前で弱音を吐くことは一度もなかったですけど、一年生の時は疲れて一歩も動けなくなることもザラでした。意外ですか?」
「あぁ…。あいつにも、そういう頃があったんだな」
「高校生になってからはありませんでした?」
「汗だくになって息切らしてトレーニングしてるとこは見たことあるけど、今のお前ほど酷い状態にはなってなかった」
「……ボク、そんなに酷いですか?」
「相当だよ」

オレのベッドに仰向けに寝転がった黒子とそんな会話をしながら、黒子の分のメシの支度をしてやる。
ワンルームのアパートに住むと決めた時、ここでメシを作って食べるなんてことは一切考えていなかった。自炊などしなくても、学食やコンビニで買ったメシを食ってれば充分だと思っていたのに。

まさか、この狭いキッチンを何度も使うことになるとは。
それも、自分のメシだけではなく、他人に食わせるための。

とは言え、オレもまだ夕飯はろくに食ってないので調理するのは二人分だ。
そうして完成した二杯の器を見て、黒子は不思議そうな顔をした。

「黛さん、夕食まだだったんですか…?」
「お前が来たらどうせメシ食ってくだろうと思ったしな」
「待ってて……くれたんですか?」
「……勘違いするなよ。メシ作るのが二度手間になるからだ」

ぽかんとした顔で見詰められ、気恥ずかしくなりながらそう返す。
だが、明らかに勘違いしたらしい黒子はふわっと笑い。
「嬉しい……です。ボク、黛さんと一緒にごはん食べる時間が、何よりも幸せです」
心底そんな感じの空気をこれでもかと素直に放出する黒子に対し、オレは。
「……そうかよ」
最近、何処となく、感化されているような気がした。



これならたくさん食べられそうです、とニコニコしながら雑炊を口に運ぶ黒子は、その言葉通り器の中身を綺麗に平らげた。
それでも、食後はやはり疲れがぶり返してきたのか。やや辛そうな様子を滲ませながら食器を片付けようとする黒子を制し、休息を取るよう促す。

時計を見れば、すでに22時を回っていた。
今から家に帰って風呂入って寝るってのは、この状態の黒子には酷な作業かも知れない。
とは言え、高校生のこいつをここに泊まらせるのも考えものだ。明日も学校はあるし、朝早くから部活もあるだろう。帰らせるなら、早い方がいい。だが。

「もうこんな時間ですね。そろそろ、帰らないと……」
「……大丈夫かよ?」
「大丈夫です、この通り……ハァ」

教科書やら着替えやらが大量に詰め込まれたカバンを持って立ち上がった黒子は、案の定しんどそうな様子でため息をこぼす。
これは、仕方がないかもしれない。

「そんなに辛いなら、泊まってってもいいぜ」
「……え?」
「ふらふらで帰って事故られたらこっちも後味悪ぃし。家に電話して、親の許可が下りるなら……」
「い、いいんですか…?!黛さんがいいなら、ボク、……あ、でも……」
一瞬ぱっと顔を輝かせた黒子だったが、すぐにその輝きを掻き消し俯く。
「何だよ?」
「いえ…。泊まるのは、やっぱりやめておきます」
「……帰れんの?」
「帰ったほうがいいと思います。だって、ここに泊まってしまったら……、ボク、止まれる気がしないんで」

何のことだ?と首を傾げ、はっとする。
そう言えば、こいつはオレのことが好きなんだった。
止まれない、と言うのは、つまり。


一度だけ、キスをしたことがある。
やたらクサイ台詞をぽんぽん口にする黒子に恥ずかしくなって黙らせるための強硬手段で用いた。あの時、黒子は躊躇う素振りを見せつつも結局そういった空気に持ち込むことはせずにオレから離れた。
あれ以来、口では好きだの何だの言う回数は増えたが、そういう色っぽい空気になったことは一度もない。

それでも黒子がやはり健全な男の欲求を持ってることを示されて、オレも少し逡巡する。
このまま黒子の宿泊を許せば、それは体を許したも同然だ。キス、以上のことをされても、オレに文句は言えない。

そんなことが、本当に出来るのだろうか。
同性愛に対してそれほど強い偏見はなかった。だが、自分がその対象になると分かったとき、猛烈な嫌悪感が生まれたことを思い出す。
赤司に襲われかけた時だってそうだ。はっきり言って、かなり恐ろしかった。
黒子のことを思いだしたことで冷静を取り戻し、赤司に交渉を持ち掛けることで時間稼ぎは出来たが、もしあのまま黒子がドアを開けることなく、赤司との交渉も失敗に終わっていたとしたら。
考えただけで、ぞっとする。

「……」

結果的にオレは、黒子に間接的にも直接的にも救われていた。
黒子のことを思いださなければ、諦めて赤司にされるがままになっていたかもしれない。だが、そうはならなかった。嫌だと、思えた。それも、これも。

「……べつに、いいぜ」

あの時、赤司ではなく。
今日、黒子にさせてやるのが、予め決められていたことのような気がしてならなかった。




シャワーを浴び、戻った時、疲労がピークに達した黒子が先に寝ているオチが待っていた、なんてことはなく、ベッドの縁に腰をかけた黒子は見るからに落ち着きがなかった。
こっちもそれなりに緊張はしている。だが、相手は年下の男だ。せめてこの時くらいは年上の威厳ってものを示したくて、平静を装いながら黒子の隣に腰を下ろす。
そうして黒子の膝の上に手を乗せると、面白いようにびくんと肩を揺らす。その反応につい笑ってしまったが、どうやらここは笑うところではなかったらしい。

「……夢みたいです。黛さんが、こんなに積極的に誘ってくれるなんて」
「は?……さ、誘ってはいねぇだろ?お前がしたそうにしてるから、オレは」
「そうです、ボクがしたくてしたくてたまらなくて、……がまん出来なくなりました」

低い声で呟くと同時に、黒子が動く。
差し出した手をがしっと掴まれ、そのままベッドに押し倒され。状況の把握が追いつかないまま、跨られ。その体勢で、勢いよく唇を塞がれた。

「ん…っ、ぅ、……っ!!ぷはっ!おい、黒子!おま、がっつき過ぎ……、ッ!!」
少し落ち着かせようと口を開き、そのまま何も言えなくなる。
ベッドにオレの右腕を縫いつける左手とは逆の手が、オレの着ていたシャツを一気に胸の上までたくし上げ、ぺたりと撫でてきたのだから。
「くろ、」
「綺麗……ですね。でも、現役の頃より筋肉落ちました?」
「……そこまでじゃねーよ。まだ、引退して半年しか経ってねぇんだぞ?」
「半年前の黛さんは、もっとがっしりして見えましたよ。……黛さん」
「……んだよ」
「…ダメだ、すごく、欲情します。とりあえず、上半身余すところなく舐めさせて貰っていいですか?」
「……」

予想はしていたが、こいつ、やっぱ変態寄りだ。
早速の依頼にはっきり言ってドン引きした。だが、もう覚悟は決めてある。

「……好きにしろ」

目を逸らし、蚊の泣くような情けない声で承諾の声を出す。
すると黒子は言葉通り、オレの指先から臍の中までしっかりと、それはもう丁寧過ぎるほど丁寧に舌を這わせまくった。



長い愛撫も終盤に掛かり、漸く黒子がオレの下半身に触れてくる。
そこまではどうにでもしろ状態で流されてきたオレだが、黒子の指がパンツの中にもぐりこみ、直接性器に触れた瞬間は再び体が強張った。

「…っ!」
「すいません、まだ舐め足りなかったですか?」
「そ、そうじゃねぇ…もういい。……けど」

見当違いな気遣いを見せてきた黒子に内心呆れながらも、深く呼吸を行い体の力を抜く。
オレの反応に黒子が躊躇っているのが分かった。だからオレは、自らパンツに手を掛け、膝を曲げてそいつを足から取り払う。

「黛さん…っ」
「……お前も脱げよ。ヤるんだろ?」
「……っ」

オレの股間に視線を集中させながら、ごくんと息を飲む黒子が変態野郎だってことは分かってる。
どうせ、下半身も舐めさせろとか言ってくるんだろうな、と思ったら、案の定そうされた。

「う、…ん…っ」
上半身とは違い、確実な性感帯のある下半身を舐められるのはたまらなかった。
出来ればそっちはあまり時間を掛けず、チンコだけ集中的に舐めてイかせて欲しいなどとぶっ飛んだことを考えていたら、黒子は。
「…ッ!!ば…っ、何処舐めてんだ?!」
「セックスするのに一番大事なところです。……黛さん、此処も凄く綺麗ですよ?」
「き、れい…だ……?」

前戯が長過ぎて忘れていたが、そう言えばオレはこいつとセックスをしているのだった。
セックスってのは、棒を穴に突っ込むことを言う。男同士でそれをしていて、突っ込む穴ってのはやっぱり。

「…っ、んなとこが綺麗なわけないだろ…っ!…つうか、お前がオレに突っ込むのかよ……」
「え?黛さん、ボクに突っ込みたかったんですか?」

オレの足の間から顔を上げた黒子が、心底驚いた表情で聞いてくる。
咄嗟に顔を両手で覆い、押し黙る。普通は、そっちだと思うだろ。お前、そんな可愛い顔してオレに突っ込むつもりだったのかよ。
「黛さんと繋がれるなら、ボクはどっちでも良かったんですけど……。どう見ても黛さん受身だったので、こっちの方が良いのかな?と思いまして」
「ッふぁ…!!」
「……いえ。大丈夫です。たぶん、イケます」
衝撃的な発言とほぼ同時にケツに指を突っ込まれて、その勢いと違和感に全身が震え、変な声が出てしまった。慌てて口を塞ぐが、黒子は何かを確信した表情で再びオレの視界から姿を消す。つまりは。
「ば…っ、やめ…っ」
先ほどの続きと言わんばかりにケツを舐められ、こっちはこっちで泣きそうになる。
何が大丈夫だ。全然大丈夫じゃねぇよ。気持ち悪い。やめてくれ。

それなのに。

「んぅ…っ!?」
またもや黒子の指らしきものが穴の中に突き入れられ、自意識とはうらはらに声が出て、腰が跳ねる。
だが先ほどとは、何かが違う。そこから背骨を伝って一直線に電流を流されたような感覚。未知のそれに、ぞくりと肌が粟立つ。
「あ…、な、んだよ、いまの……」
「前立腺です。すごく気持ち良いでしょう?」
「よ、良くねぇっ!気持ちわる、…ぅあっ?!」
喋ってる最中に同じところを再び刺激され、抗議の声をまともに上げることが出来なくなる。
なんで、こいつ、こんな。
「あ…っ、や、やめろ、そこ、嫌だ…ッ」
「黛さん……、すっごく……可愛いです」
「やっ、ふ、ざけんな…っ!あっ、あっ、やめ…っ」

そこばかり何度も強く押し込まれ、黒子の指を締め付けているのが自分でも分かって死にたい気持ちになる。
何やってんだ、オレは。こんな、年下の地味な男にいいようにされて。こんなの、マジで。

「ふっ、……ぁうっ?!」

突然、奥まで差し込まれた指でぐるりと内部を広げるように掻き回され、一気にその違和感が消えてなくなった。
なくなればなくなったで驚いて目を見開く。
「くろ…っ」
なんで、急に?そう思いながら顔を覆っていた手を外して視線を黒子のいる位置へ落とせば。

「…まだキツイかもしれませんけど、……すいません、黛さん。ボク、もう余裕ないです」
「え……?…っ!!う、うそだろ?!待てよ、おい、ちょ…っ」

視覚と、穴の入り口に押し付けられた硬いモノの感触により、黒子が何をしようとしているのか察したオレはむちゃくちゃ慌てた。
それは、マジでヤバイって。むりだって。お前、何考えてんの?人体の構造とか知らねぇの?
そんなとこにそんなものが、入るわけな、

「…―――――――――ッッ!!!」

ぐっと押し込まれた塊に、オレの喉は声にならない悲鳴をあげた。
痛い。これは半端なく痛い。もうやめてくれ。頼むから許してくれ。オレがいったい何したってんだ。
オレは、ただ。

「…っ、黛、さん…!」

ぎゅっと閉じた目が、ぱっと見開く。
眩しい蛍光灯の光の下。オレに覆いかぶさる黒子の顔を、久しぶりに見た。
「ご、めんなさい…、少し、ちから、ぬいて……」
苦しそうに顔を歪め、ぽたぽたと汗を垂れ流しながらそう言う黒子は、心底辛そうだった。
それでも成し遂げたいことがある。意思の強い大きな目に、オレの精神は揺さぶられる。

ここでこいつを拒み続ければ、こいつは二度とオレの元を訪れなくなるかもしれない。
最初の頃は望んでいた展開だった。だけど、今は。

それは、嫌だと思ってしまっている。

「く、ろこ……」

さっきまでへとへとにヘバってたくせに。
なんでそんな必死に、真剣に、汗だくになってオレとセックスしてんだ、お前は。
なんでオレは、こんな目に遭わされて。

お前のことが、可愛いと思ってしまってるんだろうな?


両手を伸ばし、黒子の後頭部を強引に引き寄せる。
「黛さん……?」
不思議そうに見開いた目が近付いてくる。オレは目を閉じ、接近を求めた。
それで黒子も、オレの要求を察したらしい。唇が、重なった。その瞬間、体の力がふっと抜けた。
「ん…っ、ぅう…ッ」
キスをしながら、黒子の挿入がより深くなってくのが分かった。
それでもオレは抵抗せず。なるべく無心で黒子の唇を貪る。

冗談じゃない、と相手を責める気持ちはある。
だが、なってしまったものは仕方がない。くれてやる。その代わり。

「…ハッ、…ぜんぶ、入りましたぁ……」
「……そ、かよ……」
「黛さん、」

辛そうな顔も、泣きそうな顔も、オレの前では絶対するな。
そういうのはムカつくから。お前は、今見せてる幸福感だだ漏れの、そういう顔だけしていれば。

「好き、…大好き、です。ボク、一生あなたを離しません。絶対、……幸せにしてみせます」

クソみたいな戯言も、たまには信じてやってもいい。





「すっっっっっっっごく良かったです…!黛さんの中、あったかくてほどよくキツくって、ボク、本当、腹上死するかと思いました……」
「ああ、そうかよ、今すぐ死ね」

翌朝目覚めると、腑抜けたツラでオレの顔を眺めている黒子と目が合い、まぁ、こっちも死にたくなった。
頭から布団をかぶってその視線から逃れると、この調子で昨晩の感想を言われる。勘弁しろよと思いながら、だけど昨日こいつにされたことを恨む気持ちはあまりない。

すっきりした気分もわりとある。
甲斐甲斐しくメシを持って自宅に通われ、好きだの愛してるだのさんざん言われ。こっちから、それに応えることは一切してない。
昨日の一件でそれなりに返せるモノは返せただろ、と思う。だから、後悔はさほどしていない。

これで、こいつのオレに対する執着心による物欲しげな視線が少しは和らげば、悪い結果ではないとすら思う。
の、だが。

「ボク、ますます黛さんに夢中になってしまいそうです」
「……え」
「恋の季節は終わっちゃいましたけど。ようやくボクにも春が来たなって実感できました。今後も全力でガンガン行こうと思うので、これからもよろしくお願いしますね」
「……」

ダメだ、これ、悪い結果になってんじゃねーか。
おそるおそる布団をずらして、黒子の顔を直視する。案の定、浮ついた笑顔がそこにあった。

もう、こいつは重症だ。おそらく、オレが何を言っても変わりはしない。
この先も、幸せいっぱいの顔でオレに執着し、クサイ台詞を投げかけ続けるのだろう。

それでも、まぁ。

「……それって、春かよ?」
「え?」

過ぎ去った時間を後悔しても、仕方がない。
成ってしまった。だったらもう、やるしかない。
悪い熱に感染した。おそらく、オレがこんなことを言うのはそのせいだ。

「オレは、恋の季節って夏かと思ってたけど?」


それは、間近に迫ってる。
お前のスタートダッシュは、上々だ。











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