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▼ 3




とある週末にイラっとした話があるので聞いて下さい。
部活帰りのことでした。ゴールデンウィークの合宿中に予定されている練習試合の話題になり、カントクが入手した相手校のビデオをどこで見るかと話し合っていたところ。

「やっぱカントクんちか火神んち?」
「別にウチで構わないっスけど…、週末は無理っス」
「は?なんで?」
「いや、ちょっと…」

困惑気味の表情を浮かべ、珍しく歯切れの悪い回答をする火神くんを見ながら、ボクは思いました。
毎週、連れ込んでいるのだろうなと。



「ムカつくんですよね、あの態度。今にも、『オレのハニーって二人きりの時間邪魔されるとすぐ拗ねるんスよね…』とか言い出しそうな、あの顔が?」
「そうかよ。こんなとこでブツブツ言ってねぇで、本人に言えよ」
「あ、聞こえちゃいました?独り言だったんですけど」
「…この部屋で、この距離で、こっち見ながらの発言のどこが独り言なんだよ」

文庫本を片手にため息をつきながら文句を言う。二つ年上のこの大学生は、この春からボクの恋人になった黛千尋さんだ。
引っ越し当初に訪れたときは段ボールだらけだったこの部屋も大分片付き、生活感もそれなりに滲み始めている。
まるで、黛さんの心にボクの存在が滲み広がっているかのように。

「そんでお前、人のこと言える立場かよ?」
「え?どういう意味ですか?」
「…意味もクソも。ほぼ毎日のようにオレんちに来てるお前が、ダチのノロケを野次れる立場か?」
「…え、ボク、ノロケてもいいんですか?ほぼ毎日黛さんの家に通ってごはん炊いて一緒に夕食とってること、チームのみんなに暴露しちゃっていいんですか?」
「やめろ。それノロケでもなんでもねぇし…、キモい」

心底嫌そうに眉を顰める黛さんは、いわゆる、ツンデレとかいう性質の持ち主のようだ。
ボクがこの部屋に来ると終始不機嫌そうな表情をしているし、あまり喋りたくなさそうな態度を見せる。喋れば喋ったで大人しそうな見た目に反する口の悪さが際立つし、さほど性格が良いとも思えない。喋らせない方がマシかもしれない。
それでも何だかんだでこうしてボクを部屋に招き入れ、本を読んでるときでもこちらが話し始めれば反応をくれる。最初は丸っきり無視されていたことを思えば、大分ボクに打ち解けている様子だ。
この分なら落ちるのも時間の問題だろう。意外と楽な戦いだった。

「なぁ、…ゴールデンウィークは全部合宿なのか?」
「え?」
勝利までの残り時間を打算しているボクの耳に、思いも寄らぬ質問が届く。はっとして顔を向ける。黛さんは本に視線を落としたままだ。
「はい、まぁ、連休明けにはすぐインターハイの地区予選が始まるんで…」
「ふぅん」
「…黛さんは、何か予定あるんですか?」
「あったとしてもお前には関係ないし、話すつもりはねーよ。…ま、安心したぜ。ゴールデンウィークだからって毎日ここに居座られるようなことがなくて」
「…はぁ。そうですか…」

出た。これがツンデレのデレ部分ってやつだ。
お前には関係ない。そうですね。ボクは未だ嘗て黛さんの都合を予め確認してからこの部屋に来ると言った手順を踏んだためしがありません。

黛さんの都合がつこうがつかなかろうが、お構いナシで。連日放課後に通い続けたボクに黛さんの予定は関係ない。
だけど黛さんは違う。いまこうしてボクのスケジュールを確認したのは、もしも合宿がゴールデンウィーク全日程を埋め尽くしていなくて、ボクの体が空く日があれば。
ボクがこの部屋を訪れることが可能な日が一日でもあったとしたら、黛さんはその日をボクのために空けなければならない。
実に、健気なことだ。

「ふふ…」
「…オイ、お前いま何考えた?こっち見て笑ってんじゃねーよ、気色悪い」
「あの、最終日は練習試合なんで、その後で良ければ来ましょうか?」
「は?…いや、来るな。来なくていい」
「遠慮しなくても、」
「遠慮じゃねーよ。迷惑がってんだ。いいか、来るなよ?絶対来るな」
険しい表情で重ね重ね拒絶をする黛さんの期待に、ボクは絶対に応えなければならない。
そう決意した直後、思わぬ言葉を告げられることになる。
「もし来たら、お前、赤司の奴と鉢合わせになるぜ?」




「何で来るんですか?!いつの間にそんな約束したんですか?!どうしてボクに何も言わずに黛さんの家に上がりこもうとするんですか?!赤司くん、どんだけボクに恨みがあるんですか…っ?!」
「落ち着いて、テツヤ。何も僕はテツヤを恨んで上京するわけじゃないし、千尋の部屋に行くと言う約束も先日取りつけたばかりだ。彼に用事や来客があると言うなら、後日に回しても良いと思っていたくらいだよ」
「…何しに来るんですか?」
「千尋がこちらへいた頃に借りた本が僕の手元に残っていてね。たまたま、家の用事で東京に帰ることになっていたから、都合がつけば返却したいと伝えたんだ。千尋はいつでも良いと言っていたけれど、テツヤの都合は悪いのか?」
「…悪いです。ボクはずっと合宿なんで。赤司くんは何もないんですか?随分余裕ですね」
「長期間拘束していても集中力が欠けてしまっては無駄になるからね」
「そうですか。だからって、ボクが留守のうちに黛さんの家に上がり込むなんて酷い話だと思いますけど。何が狙いですか?だいたい、黛さんをボクに紹介してくれたのは…」
「勘違いしているようだけど、僕は千尋を狙っているわけじゃないよ。…僕の純潔は、敦一人のものだ。他の男とどうこうなるつもりはない。今回の帰省も、敦との約束が先にあって、千尋に会いに行くのはそのついでだし、あくまで僕の体は敦のために…」

あ、ヤバイ、と思う前に、赤司くんに愛を語る詩人スイッチが入ってしまった。
だけどそうはさせない。今のボクは、今までのボクとは違う。赤司くんの語りを遮り、きっぱりと宣言する。

「赤司くんの純潔はどうでもいいです。ボクは、黛さんの貞操が君に脅かされないか心配してるだけなんで」
「無意味だね。…それにしても、驚いたな。テツヤがそこまで千尋に傾倒するようになるなんて」
「ボクだって驚いてますよ。…でも、黛さんとはフィーリングが合うんで。彼と一緒の空間にいるだけですごく落ち着くんです。今回は逃がすつもりもありません」
「それは素晴らしい心掛けだ。…だけど、気をつけた方が良い。過去のチームメイトとして忠告しておくけれど、千尋は案外流され易い男だ」
「…と、申しますと?」
「僕にはその気が一切ないけれど、他の男に迫られればあっさりと許すこともあるかもしれないね。『僕にはお前が必要だ』、こういう言葉に、千尋は弱い」
「……何、だって…?」

押しに弱いという欠点は、何となく分かっていた。
何しろ彼はツンデレだ。ツンデレっていうタイプの人は、押して押して押しまくると嫌がる素振り、いわゆるツンな態度を見せてくる割に、突然すっと引かれると動揺して相手の機嫌を伺うデレ部分を出してくる。これは黛さんの家にある本で学んだ駆け引きだけど、そういう恋愛小説を読み漁ってる黛さんがこの類の手法に何らかの憧れを持っていることは容易に察せられる。

そして赤司くんのこの見解。
憎たらしい人だけど、この人の洞察眼が鋭いってことは身を持って知っている。

「本気で千尋と交際を続けるつもりなら、あまり油断はしないほうが良い。千尋の純潔を求めるのであれば」
ごくりと息を飲み、その言葉を聞く。
「力づくでも、早期に奪取すべきだ」




「赤司くんって、まだ未経験らしいです」
「…は?未経験?って、何の話だよ…?」

翌日の放課後、いつものように黛さんのマンションへ上がり込み、ご飯を炊いて食事をして、余ったご飯を小分けにしてサランラップで包む作業をしながらボクは早速行動に出た。
食後にリラックスした様子で本を読んでいた黛さんは、突然の会話の始まりにすんなりと応じてくれた。

「だから、赤司くんの話です。…彼とそういう話はしたことないんですか?」
「いやだから、何の話だって。…赤司とプライベート的な話はあんましてねぇけど」
「恋人がいることは?」
「え、いんの?…告白されても断りっぱなしだって話は聞いたことあるけど。他の奴から。…へー、あいつ、彼女いたのか」
「あ、違います。彼女じゃないです」
「……は?」
「男ですよ。赤司くん、男と付き合ってます。遠距離恋愛真っ只中です。だからまだ、キス以上のことしたことがないらしいです」
「………」
パックしたごはんを冷凍庫へ仕舞い込み、場所を移動する。本を開いたまま固まっている黛さんの正面へ。
「意外ですか?」
「…あ、いや。…まぁ、あんだけモテんのに女に見向きもしねぇってんで、軽くそういう噂もあったし…。…や、でも、オレには関係ねーしな」
「…ちょっとドキドキしてません?」
「な、なんでだよ。べつにオレは…」
「赤司くん、大切に守ってきたそうです。初めては、愛する人に捧げたいという一心で」
「……」

黛さんの頬がほんのりと色付いているのに気付き、内心ほくそ笑む。
どうしてこの人はこんなにも予想通りの反応を見せてくれるのだろう。つい、嬉しくなってしまう。
「黛さんは、どうですか?」
「は?何が…」
「そういう経験、ありますか?たった一人の人を愛しく想い、すべてを捧げても構わないと思った経験が」

ここで赤司くんの貞操を引き合いに出したのは、単純にボクと黛さんの共通の知人であるからだ。
知り合いのそういうネタはイマジネーションを掻き立てる。色っぽい雰囲気に持っていくにはお手頃な話題だ。
現にこうして、黛さんはそわそわした態度を、

……あれ?

「……赤司がそんなガラかよ。お前知らねーの?あいつ、特定の女はいなかったみてぇだけど、しょちゅう女侍らせて歩ってたぜ。腕組まれても何されても平然としてたし」
「え…、あ、そうなんですか…?」
「童貞かどーかまでは知らねーし、興味もねーけど。まぁ、男が好きだったってなら納得だ。言われてみれば、実渕と部室にこもって何かやってたな…」
「ちょっと待って下さい、その話、詳しく」
「な、なんだよ?」
「赤司くん、他に男がいたんですか?紫原くんと言う人がいながら?え?それでボクにあんな高説垂れてたんですか?ちょっとそれ、有り得ないんですけど」
「お、落ち着けよ黒子、お前、目が充血してるぞ…」
「黛さん!」

重大な事実が発覚したことで、ボクの中の何かが吹っ切れる。
何が真の愛だ。何が純潔だ。あんなふしだらな人に、黛さんは。

「赤司くんの用事はボクが代わりに引き受けます。黛さんは彼に会わないで下さい」
「な、なんでだよ…。それ意味わかんねぇ…」
「お願いします。会って欲しくないんです。ボクはもう、大切な人を横から奪われるのは…」

やに下がった表情で毎週恋人を家に連れ込んでいる発言をした彼の顔が脳裏を過ぎる。
絶対にボクのものになるはずだった。なのに突然掻っ攫われた。あんな思いは、もう二度としたくない。
たとえ相手が誰であろうとも。ボクは。

「お、おい、黒子…」
「…渡しません」

黛さんの正面で膝立ちになり、引き攣った表情を浮かべた彼の肩をがっしり掴みながらボクは宣言する。

「ボクには黛さんが必要なんです。絶対に、誰にも…、あなたは渡さない」
「……お、お、おまえ…」

決まった。
ここまできっぱりと言ってしまえば、黛さんも分かってくれるはず。
だって、赤司くんは言っていた。黛さんはこの台詞でいちころだって。

だけど黛さんは血の気が引いた顔をして、わなわなと唇を震わせながらこんなことを言う。

「お前…、ホモだったのかよ…?!」

そう言えば、その説明はしたことがなかった。











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