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▼ 恋の季節の到来です


※原作終了後の春の話で、高2黒子っち×大学生上京黛さん。
※書き始めたのが2014年春なので赤司くんが僕司くんのまま進級してしまったようだ。
※みんなとっても恋愛脳で、火黄と紫赤要素もちょっぴり。



***


その告白は、春休みに入ってすぐ。当人の口から発表された。

「ワリィ、黒子。…黄瀬と付き合うことになった」
「……はい?」

それはまさに、青天の霹靂で。
照れた素振りで頬をかく目の前の大男は、この瞬間。
信頼出来る相棒から一転して、憎悪すべき怨敵に成り変わった。



「それは…、驚いたね。まさか、火神大我が涼太と」
「驚いたどころの話じゃありません…。よりによって黄瀬くんですよ?有り得ないにも程がありますし、いやマジで」
「そうだね。僕も、涼太はテツヤに気があるのかと思っていたよ。…いつからだ?」
「ウィンターカップのすぐ後だそうです。年明けに黄瀬くんが火神くんの家に遊びに来て、その時にお互いの本音を喧嘩腰でぶつけ合った結果、なぜかうまくまとまってしまったそうです…」
「へぇ。…その場の勢いだけではなさそうだね。以前から、テツヤの与り知れぬところで育まれていたのかもしれない」
「…言ってくれてもいいじゃないですか…。ボク、てっきり火神くんは、ボクを…」

一年前の春に出会い、互いを認め合い、親密な関係を築いてきた。
全国制覇という共通の夢を持ち、誰にも絶たれることのない強い絆をしっかりと結んできた。
過去には悲しい思いもしてきたけれど、この人とならば。きっと、翳ることのない光溢れる穏やかで幸福な未来を歩めると、そう思い始めた矢先のことだ。

しかも、奪って行った泥棒猫が黄瀬くんだ。
中学時代からあれだけボクに纏わりついて、挙句の果てには別々の高校に進学した直後にボクを自分の懐にしまい込もうとした、完全なるボクの盲目信者が。

「いつの間に火神くんを…ッ!顔…?やっぱり、顔なんですか?!」
「落ち着いて、テツヤ。涼太の顔は確かに強力な武器の一つではあるけれど、テツヤが惚れこんでいた男はそんな上辺に騙されて引っ掛かるような男なのか?」
「それは…、」
「それに、テツヤの顔だって充分に整っているよ。僕は、涼太よりもテツヤの顔の方がどちらかと言えば好みだよ」
「赤司くん…」

過去に悲しい思いをさせられた男のうちの一人にカウントされる赤司くんに慰められ、ボクの憤りは一時的に沈静化する。
でもそれは、本当に数秒のこと。

「だけど、…すまない、テツヤ。僕は、火神大我と涼太の関係を心から祝福する」
「え…?!な、なんでですか?!」
「二人は互いに想い合っているのだろう?だとしたら、僕は彼らが永く続くように祈ることしか出来ないよ。…それがたとえ、テツヤの失恋を犠牲に成り立つ関係だとしても」
「赤司くん…ッ?!ど、どうして…」
「なぜなら、恋は尊く素晴らしいものだからね」

この時、携帯電話を持つボクの左手に強い握力が加わる。危うく破壊しそうなレベルで。
「あ、赤司くん…?」
「…改めて報告はしていなかったかな。テツヤ、僕は、…敦と付き合うことになったんだよ」
「な…っ」
「やはり、ウィンターカップの後にね。二人きりで再会する事が叶って、その時に…。テツヤ、僕はあの日、他人に愛され、他人を愛することの素晴らしさを初めて実感することが出来たよ。敦は、中学を卒業してからもずっと僕だけを想い続けていてくれたそうだ…」
「……」
「それから僕は気付いたんだ。この世に生きるすべての人間が恋を知れば、争いなどは根こそぎ壊滅することが出来るのだと。…敦が僕に教えてくれた。あの男は、何度でも僕に天啓を示してくれるんだ」
「あの、赤司くん、言ってもいいですか?」
「何だ?」
「リア充、爆発しろ」

こんな発言をボクが口にする日が来るなんて。
ネットで度々見掛ける際は、非リア充の妬みは醜いなと思うだけだったのに。今は、心の底からこの言葉の意味を理解出来る。

カップルすべて、爆ぜ散るがいい。




思えば、ボクの恋愛は失敗続きだった。
小学生の頃から片想いしていた相手とは、赤司くんを筆頭とした中学時代の同級生のせいですっかり疎遠になってしまい。
中学で知り合い、なかなかいい感じに発展した青峰くんとは、中学時代のしこりが残ってウィンターカップ後もゴールインには至らなかった。
完全にボクに懐いていたはずの黄瀬くんは、ほぼボクの手中に収まったも同然だった火神くんとくっついてしまったし、赤司くんの頭は沸いてる。

あちらもそちらも脳内お花畑で良かったですね。
そんなやさぐれた気分で迎えた、四月。


「テツヤ、僕に名案がある。心を静めて聞いてくれるかな?」

人間不信に陥りかけていたボクの耳に、想定外の提案が。

「僕の知人に、テツヤと合いそうな男がいる。大人しい性格だけど、読書が趣味で、バスケ経験者だ。きっと彼ならば、テツヤと穏やかな未来を歩めるはずだよ」
「…フリーなんですか?」
「ドフリーだ。その上、春から大学進学に伴い、都内での一人暮らしを開始したばかりだ。僕の見立てに間違いはない。…実は、テツヤとも面識のある男なんだけどね」
「はぁ。で?」
「彼の住所を教えるよ。こちらから連絡は入れておくから、一度会いに行ってみるといい。メモの準備は?」
「…オーケーです」

正直、あまり乗り気はしなかった。
赤司くんの知り合いで、ボクと面識のある大学生と言ったら、ボクの頭には一人しか思いつかない。
洛山高校で、ボクの代わりとして赤司くんに才能を引き出された影の薄い元レギュラー部員。
黛千尋さんは、ハッキリ言ってボクのタイプではなかった。

それでもボクの意識下には、赤司くんが見立てた人ならばと言う淡い期待が生じている。
赤司くんの頭は沸いている。過去にちょっと運命を感じた相手と認定するのも嫌になるくらいムカつく人だ。だけど、赤司くんには実績がある。ボクの隠れた才能を見出し、助言を与えてくれた中学時代の実績が。

乗り気ではない。だけど、もしかしたら。
運命の人が、ボクに新たなる恋の活路を与えてくれるかもしれないと、期待した。





その人は、ボクの顔を見た途端、はっきりと表情を歪めて舌打ちをした。
「帰れよ。オレはお前に用事はない」
「赤司くんの紹介です。とりあえず家に上げてください」
「嫌だっつってんだろ。赤司にも断っといたから。さっさと帰れ」
「そう言われましても…」

明白な敵愾心を向けられ、ボクは戸惑う。
ウィンターカップの決勝戦で対峙した時から、この人がボクに対していい印象を持っていないことは知っていた。それはお互い様で、ボクだってこの人のことは好きじゃない。
だけど、赤司くんは言った。
(テツヤと千尋はよく似てる。多くの人間が羨む似合いのカップル誕生になるかもしれないね)
赤司くんの言うことは、正しいときがそこそこ多い。

だからこそこの門前払いには困ってしまう。
せめて、話くらいさせて下さい。上目遣いでそう嘆願すると、黛さんは深いため息をつきながらも玄関のドアに身を寄せ、「入れ」と言ってくれた。


事前に得た情報どおり、黛さんはこの部屋へ引っ越してきて間もないようだ。部屋の隅には段ボール箱が積み重ねられ、生活の匂いはまるでない。

「静かでいい部屋ですね。大学は、近いんですか?」
「…歩いて10分。わざわざ一人暮らしすんのに遠いとこ選ぶわけねぇだろ」
「高校のときは、寮に入ってたんですか?」
「いや?実家があっちだから、オレは家から…って、関係ないだろ、お前には」

関係ない。たしかにそうだ。
赤司くんに紹介されたので来るには来たけれど、本当に興味はない。黛さんのことなんて。
それでももう少し会話を繋げれば、何かが見えてくるかもしれない。それを期待しながらボクは黛さんに視線をぶつける。
ユニフォームか、ジャージ姿しか見た事のない黛さんの私服姿を見たのは初めてだ。白のロングTシャツに黒いパーカーを羽織り、細身のジーンズを履いている。服の趣味は、地味だけど悪くはない。
決して派手ではないあっさりとした顔は、先ほどからずっと不機嫌そうに歪められたままだ。この部屋にボクがいるのがよほど気に入らないらしい。

「…何じろじろ見てんだよ」
「いえ。こうしてお会いするのは初めてですし、ボクも緊張してるんです」
「はぁ?…だったら帰れよ。お前がここにいても、互いに何の利益もないだろ」
「そうですね…。それでは」

と、素直に帰ると思ったら大間違いだ。ボクにはとっておきの情報がある。
カバンから取り出した小瓶を黛さんへ差しだし、首を傾げながら伝えた。

「黛さん、この様子だとまだキッチンは使えませんよね?これ、良かったらどうぞ」
「は?何だよ…、…おい、お前どこで…」
「念のため赤司くんに教えて貰いました。せっかくの差し入れですし、喜んで貰えるものの方がいいと思いまして」
「…余計なこと言いやがって…。…まぁいい、寄越せ」

横柄な口調ながらも、黛さんの口元が僅かに綻んだのを目敏く視止める。好きな食べ物にはこの反応か。少し可愛いところもあるのかもしれない。食嗜好は、かなり渋めだけれど。

「それってお酒に合うそうですね。黛さん、呑まれるんですか?」
「呑むわけねぇだろ。…米にも合うんだよ」
「そうなんですか。ちなみに、炊飯器は?」
「使える。米は実家から送られてきた。…けど」
「けど?」
「…何でもねぇよ」

言葉を濁した黛さんの言いたいことは、ばっちり分かっている。
炊飯器はある。米もある。だけど一人暮らし初心者の黛さんは。

「ボク、お米研ぐくらいなら出来ますけど」
「は…?…へぇ、それで?」
「おなか、空きましたね」
「……はっきり言えよ」
「研いでもいいですか?」

黛さんも、ボクの発言の意図は分かっているのだろう。だけど、自分から頼むようなことは言わない。大人しそうな見た目によらず、強気な人だ。

「…好きにしろよ」
こういう人は、嫌いではないかも知れない。





「へぇ、千尋と食事を?」
「はい。炊き立てのごはんを二人で無言で食べました」
「そうか。…それで、首尾は?」
「とりあえず、くさやって本当にくさいんですね。ボク、あれ二度と食べたくないなって思いました」

その日の夜、帰宅したボクは赤司くんに報告の連絡を入れる。
帰宅がこの時間になるまであの部屋にいられるとは、最初のうちは思ってもいなかった。ごはんが炊けるまでは二人ともほとんど無言だったし、黛さんに至っては途中でボクがいることを無視して読書を始めてしまったほどだ。
それでも、ボクは、案外と。

「…だから、ボク、決めました」

無言の空間が、まったく苦痛に思えなかった。
それどころか。空気のように馴染む二人だけの静謐な時間が、ひどく心地よく感じられたので。

「黛さんの食好みを、ボクが上書きしてあげます」


恋愛をするならば、くさいより甘い香りに満ちた部屋のほうがいい。
あの部屋はまだ、持ち主自身の手もさほど加わっていない。そして、黛さん本人も。
「好きにしろ」と。そう言った。だから、する。

「テツヤ…。…それでこそ、僕が見出した男だ。翹望しているよ。お前と千尋が、素敵な恋を育むことを」
「任せてください。ボク、誰よりも幸せになってみせます。それこそ、君と紫原くん、そして火神くんと黄瀬くんが妬み羨むほどに」
「…面白い。僕と敦の愛の深さは、どんなカップルにも負けないよ。だが、テツヤ。お前が挑むと言うのなら、僕らはその勝負に受けて立とう」
「…絶対に負けません。ボクと黛さんの愛こそが、正義です」



多くの人が新生活をスタートさせる四月。
運命を、自らの手で切り開くためにボクは立つ。

この恋は決して終わらせたりはしない。
「覚悟してください、黛さん」
あの強気な態度をとろとろに溶かして、ボクなしでは生きられないほど夢中にさせてみせる。

決意は堅く、揺るぎない。
だって、春は、恋の季節なのだから。










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