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「提督、報告します。本日の演習、および出撃により、旗艦赤司の練度が上限間際へ上昇しました。明日の演習が予定通り行われれば、上限に達する見込みです」
「おう、サンキュ。……やっぱ早ぇな、あいつの成長は」

緑間からの報告を受け、虹村は感慨深げに息を吐く。
与えた指示に期限は設けていない。だが、赤司ならば最速でそれを達成してのけると思っていた。

「本来であれば、赤司自ら報告に窺うところですが……」
「構わねぇよ、あいつも忙しいだろ?……明日の結果を報告に来てくれればそれでいいって、あいつに伝えといてくれ」


赤司へ指示を与えてから、赤司自身が虹村の元へ報告に出向くことはなくなった。
それは赤司が虹村を避けているわけではなく、主力艦隊の管理を虹村に代わりすべて受け持つ赤司に、その時間がなくなったからだということは虹村も理解し、容認していた。
赤司の代理として報告にやってくる面々は、すべて現在虹村の前に立つ緑間と同じく、不満を押し殺したような表情をしていた。それについても、虹村は何も問わずにやり過ごしてきた。

彼らの顔には、こう書いてある。
『提督は、赤司のことが気にならないのか?』と。


「提督の明日のご予定は?」
「あ?…オレは、まぁ、いつも通りここで仕事してっけど?」
「少しでも、時間は取れないものでしょうか」
「……赤司がオレの指示をまっとうする姿を見学しに来い、ってか?」
「……最後くらいは、そうしてやってもいいのでは?」

最後、という単語に虹村は眉を動かし緑間の顔を見遣る。
緑間は表情を変えることなく、「失礼します」と会釈をして執務室を後にした。



釈然としない心持ではあったが、緑間の進言に虹村の心境は揺れていた。
かつて、赤司が艦隊に着任したばかりのころは、頻繁に彼の演習風景を見学した記憶がある。
その攻撃姿勢は、驚くほど無駄がなく。標的の動きを捉え、正確に砲弾を撃ち込む赤司には、自分の艦隊の軍艦ながら畏怖を覚えたものだった。

赤司さえいれば、虹村艦隊は安泰だ。
自信を持って、赤司に信頼を注ぎ。旗艦として何度も出撃を行わせ、自由な振る舞いを許してきた。
その信頼に、赤司は常に応え続けてくれた。それなりの練度がなければ攻略は難しいとされる海域を難なく突破し、それまでとは比較できないほど大量に艦隊の戦果を獲得し。
面倒な事務仕事さえ拒まれたことは一度もない。「キセキの世代」が集うまでの赤司は、当然のように毎日虹村の元を訪れ、渡される書類の整理を文句一つ行わずにこなしてくれた。

これほど自分に尽くしてくれる優秀な秘書艦に、特別な気持ちを抱くことは至って自然な流れのように思えた。
青峰を庇って赤司が大破したと聞いた時、全身の血の気が引くような思いをした。
それは、貴重な軍艦を失う不安からではない。めったに建造に成功しないとは言え、時間と資材を投資し続ければいずれは再び邂逅する可能性もある。
だが、虹村にとっての赤司は。彼の秘書艦は、世界中でただ一人だった。

左半身が欠損し、傷だらけになっても。赤司が無事に自分の元へ還って来てくれたことに、心から安堵した。
その傷を気にして、自分を責める表情を浮かべる赤司を、どうにか安心させてやりたかった。
ガーゼ越しの頬に触れた瞬間、貪欲な感情が虹村の両腕に走ったことを、赤司は知らない。

あの時、たしかに。
虹村は、赤司を抱き締めたいという欲求に駆られた。

「……」

世界中にその名を轟かせる、伝説とも称された軍艦を。
虹村の信頼に応え続け、不可能など一切感じさせることのない完璧なはずの存在を。

ただの人間である虹村には永遠に会得する事の出来ない強力な戦闘力を生まれつき有する赤司征十郎を、虹村は、「守りたい」と願ったのだ。


「……ホント、……バカだよな」

赤司の修理中に代役として秘書艦に任命した青峰に、赤司と間違えて手出ししそうになったことを思い出し、虹村は苦笑する。
あの時点ですでに虹村は、自分の気持ちを無視することが出来なくなっていた。

自分には、赤司さえいればいい。
赤司が着任して間もない頃に思ったことが、現在では別の意味で虹村の意識に備わっている。
戦果も、勲章も。階級も、給金も。なにも、なくていい。

ただ、赤司を抱き締め、自身の気持ちを伝えたかった。
だが、ただの言葉では赤司という生真面目に規律を重んじる優秀な男の胸には響かない。だから。

「……こんなモンまで用意してよ」

執務室の机の引き出しから、虹村は小さな箱を取りだし、自嘲する。
手のひらに収まるサイズの、箱の中には。

真摯で、純粋な、赤司への親愛が、所狭しと詰まっていた。





晴天の青空の下、赤司は近隣の泊地に滞在する友軍を出迎え、相手艦隊の旗艦と演習の打ち合わせを行った。
予め、虹村艦隊に複数のレア艦が在籍していることを聞かされていた相手は、やや緊張した面持ちで赤司と対話をする。その中で、ふと、赤司は相手の指に嵌められたシルバーリングに気付き、声を掛けた。

「そちらの艦隊では、貴金属を指に装着する習慣があるのですか?」
「え?いや、これは、ケッコン指輪ですが…。……失礼ですが、赤司殿の練度は…?」
「じきに上限に達する見込みです。……急速な追い上げだったので、あまり実感はないのですが」
「そうですか。……でしたら、あなたもすぐにこの指輪を嵌めることになるでしょう」
「……オレが?」
赤司よりもやや年配の容姿を持つその相手は、にこりと微笑み頷いた。
「この指輪は、提督からいただいたものです。長らく提督の下に仕え、提督の信頼を得た者だけが身につけることを許される、軍艦にとっての勲章のようなもの。……とは言え、我が艦隊には私の他にも数名指輪を付与されているのですけどね」

シルバーリングの意味を知り、赤司は虹村が自分に練度向上の指示を与えた理由に気付く。
この指輪を、赤司に捧げるため、なのだとしたら。

「……指輪を嵌めることによって、何らかの効力が発揮されるのですか?」
「指輪自体には何の効果もありません。ただ、ケッコンカッコカリを申し込まれ、受け入れることにより、練度の上限が解放され、より高い能力を得ることが可能となります」
「……」
「あなたのような高名な軍艦であれば、どんな提督も出来うる限り迅速にケッコンカッコカリを申し込みたいと思うでしょう。ただ、……これ、いただくとき結構緊張しますよ?」
「え…?」

含み笑いを浮かべる相手に、赤司は首を傾げる。
それほど栄誉ある勲章なのだろうか。だが、相手の艦隊には複数指輪を所持している者がいると言う。それならば。

「いや、このケッコンっていう名称がね…。……本来は、人間同士の男女が結ばれる意味、なんですよ」
「結ばれる……?」
「生涯の伴侶として永遠の愛を誓い合う、という…。人間社会の概念ですけどね」

あい、と呆けたように反芻した直後、赤司はハッと我に帰り口元を塞ぐ。
ただちに平静を装い、「そうですか」と機会的に返答し。
「呼び止めてしまい、すいません。そろそろ、演習に入りましょうか」
あまり穏やかとは言えない心境を必死に押し殺しながら、旗艦としての表情を取り繕った。




虹村艦隊において、もっとも練度が高い軍艦と言えば赤司に他ならない。
赤司よりも先に着任している先輩艦たちはそこそこ高い練度を誇るものの、規定の上限までは達していない。つまり、先ほど相手艦隊の旗艦が言っていた「ケッコンカッコカリ」という契約を結んでいる者はただ一人とて在籍していないということだ。

それを実行するためには必要なことが二つある。
ひとつは、提督が指輪を用意すること。虹村は赤司の知り得ぬところで大本営とのやり取りを行っているし、時折一人で買い物へ出掛けることもある。どのように入手するのかは定かではないが、それを所持している可能性は、なくもない。
そしてもうひとつの条件は、その指輪を渡す相手の練度。

(お前は、とにかく自分のレベルアップに集中しろ)

虹村は赤司にそのように指示した。
他人の練度は気にしなくていい。艦隊のバランスを考える必要もない。ただ、赤司の練度が最上限に達するまでひたすら演習と出撃を繰り返せという、虹村の狙いは。

(……待ってるぜ)

命令だと。赤司が拒絶出来ない言葉を付け加えた上で、虹村は期待の言葉を投げてきた。
その、理由は。


「赤司っち!危ない!!」
「え……?」


思考が定まらぬまま、演習は開始されていた。
黄瀬の呼びかけにより、意識を現状に引き上げ、視線を先に投じる。しかし。

「…っっ!!」

耳元で、轟音が弾ける。
左半身に強い衝撃を受け、赤司はその場に膝をついた。

被弾した。
その事実に気付くと、赤司は咄嗟に左手を庇うよう身体の向きを変え、右手の艤装を敵艦隊に差し向け反撃の姿勢を取る、が。

「く…っ!」
「赤司ッ!!」

二度目の砲弾が赤司の眼前で飛沫を上げる。それから、赤司の視界に飛び込んできたのは。

海中を走る二本の魚雷の軌跡であり。


「避けろ、赤司っ!」



怒声のようなそれを浴びせられた直後、赤司の体が後方に傾く。
水柱の立つ海面。しかしそれは、赤司の体の前方で発生した。

「な…っ!?」
「体勢を立て直せ!次の砲撃に構えろ!赤司、発射は可能か?!」
「…あ、あぁ、すぐに……」
「黄瀬!青峰の援護に回れ!」

緑間の掛け声により、赤司は、自身の眼前で何が発生したのかを悟る。
自分に向かって放たれた魚雷は標的を捉えた。だが、それは赤司ではなく。

「青峰……っ!!」

ぎり、と奥歯を噛み、押し殺すような声で赤司は旗艦である自分を庇い大きな損害を受けた僚艦の名前を口にした。





実戦ではなく、演習だ。
使用する弾薬はそれ専用の特殊なものとなっており、いくら砲弾が直撃しても演習が終了すれば受けた損傷はただちに修復される。
だが、それでも。自分を庇って他者が傷付くという光景は、赤司の動揺を強く促した。

「青峰」
「…おう、赤司。……こんなとこで油売ってねぇで、お前はさっさと提督んとこ行けよ」
「先ほどは、」
「すまねぇとか言うなよ?」
「…オレの、不注意だった。戦闘中にも関わらず、余計な考え事をしてしまっていた。……これが演習でなければと思うと、……」
「オイオイ、オレは実戦でお前に庇われてんだぜ?それに、旗艦に大破されたら得るモンも得られねーだろ」
「そうですよ、赤司くん。君が戦果を取り零したりしたら、今日もまた僕たちは出撃を繰り返さなければならない。……さすがに、僕、もうへとへとです」

青峰の側にいた黒子からもそう言われ、赤司は複雑そうな表情を浮かべる。
躍起になって練度向上に励んでいる間、彼らは疲労を抱え込みながらも赤司に付き合ってくれた。今日、この日のために。

「……」

積み重なった経験値は、軍艦自身の目には見えない。
着任した頃に比べ、能力は飛躍的に向上しているのだろう。だが、実感はまるで沸かなかった。

本当に、自分の練度は最上限まで上昇しているのだろうか。
提督は。これから自分を、どのように扱うつもりでいるのだろうか。

僅かな不安を滲ませる赤司の姿に、何を思ったのか。
突然、黒子は赤司に笑い掛けて言った。

「体はへとへとですけど、わりと心は充実してます。赤司くん、僕、君のいる艦隊に着任できて良かったです」
「黒子…?」
「僕の能力を見出してくれたのは赤司くんでした。もし、君がいなければ、火力も装甲も並以下の僕は早々に解体されていたかもしれません。だけど、……赤司くんほどじゃないし、後から着任した黄瀬くんにも追い抜かれてしまいましたけど、僕も、ここまで成長を果たしました」

その言葉に赤司は視線を引き寄せられ、黒子の全身をゆっくりと観察する。
たしかに、その強化は目に見えて分かる。邂逅したばかりの頃と比べ、精悍な顔つきになった黒子は今や虹村艦隊には欠かせない主力艦である。
黒子だけではない。初出撃で赤司に庇われあわやの轟沈を回避した青峰も歴戦の武勲艦に劣らぬ風格を得ているし、紫原や緑間、そして最後に艦隊に加わった黄瀬も。著しく戦力を増した虹村艦隊は、一点の死角もない無敵の艦隊へ成長を遂げていた。

そしてそれは、長らく旗艦を務め上げた赤司も例外ではない。


虹村がどんなつもりで赤司の練度向上を優先させたにしても。
結果として、艦隊全体の戦力強化は達成した。
これならば、と赤司は安堵を覚える。

自分の成長が止まり、秘書艦を外されて。
仲間の誰かにその役割が移ったとしても、虹村艦隊は決して敗北することはない。

どこにも引けを取らない、最強の艦隊。
それを作り上げる礎となれたことを、赤司は誇りに感じた。
もう、これ以上望む物は何もない。

この先のことは、すべて虹村提督に委ねれば良い。
どのような艦隊編成に組み込まれようとも。彼が選んだ旗艦であれば、誰であろうと信頼出来る。

ほかでもない、彼の指示ならば。
どこまでも、付いていける。



「提督の元へ、演習結果報告に行ってくるよ」

この艦隊に所属している限り、不安を感じることなど何ひとつない。
自分は、強い。共に闘う仲間たち、そしてそれらを指揮する提督も。
安定した戦力は、たしかな自信を齎す。
恐れるものなど、何もない。

強くそう認識し、赤司は演習場を後にした。










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