krk-text | ナノ


▼ 5





「地獄っスよ、地獄……。オレ、こないだ着任したばっかの新米なんスよ?!それが、何?!提督サン、見てよこのマッスルボディ!!」
「うるせーなァ…、貧相なカラダよかマシだろ?良かったじゃん、鍛えられて」
「良くねっス!!……アンタ、赤司っちに何指示したんスか?!めちゃくちゃっスよ、あの人ぉ……」

着任して早々、虹村艦隊の主力としてカウントされ、休憩時間もそこそこに一日中演習に明け暮れる日々を送っていた黄瀬は、5日目の夜にとうとう提督の執務室へ乗り込み、過酷な現状の不満をぶちまけた。
騒がしい、と眉を顰める虹村だったが、こうして自ら苦情を言いにきたのは黄瀬が初めてだった。
「めちゃくちゃって、どんな指揮取ってんだよ、あいつ」
「知らないんスか?自分の秘書艦っしょ?!」
「お前らの調整は赤司に一任したからな。口出すつもりはねぇけど、…まぁ、聞いてやるよ」
「……ハードなもんっスよ。演習は疲労がたまらないから良いとしても、演習相手が帰ってからがヤバイ。近海に出撃繰り返して、疲労がたまったらわざと掠り傷つけさせて、帰還後即ドック入り。それも、毎回修復材使ってスピード復活っスよ?…カラダの傷は癒せても、心の疲労はたまりまくりっスよ……」
「心の疲労……なぁ…」

軍艦らしからぬ抽象的な表現を用いる黄瀬に、虹村は苦い表情を浮かべる。
現在の状況に、黄瀬がストレスを感じているのはたしかなようだ。

「でも、んなこと言ってんのお前だけだぜ?」
「そりゃそーっスよ!他の人たちはオレよりレベル高いから、赤司っちより先に砲撃して平等に戦果分け合ってるし……」
「黒子は?あいつはMVPなんざ取れねーだろ?」
「……黒子っちに至っては、どんだけ疲労たまりまくっても敵に狙われることないから、その性質利用して常時疲れっぱなしっスよ……。それでも時々流れ弾が掠っただけで即大破してるし、苦情言いに来る余力もないんじゃないっスか?」
「おう、黒子がそんだけ頑張ってんだから、お前も頑張れよ」
「……それを言われるとぐうの音も出ねっスけどぉ……。でも、いつまでこんな日々が続くんスか?」
このままではどうにかなってしまうと弱音を吐く黄瀬に、虹村は軽くため息をこぼし。
「赤司の練度が最上限に達するまでだ」
「最上限に?…それ、赤司っちだけでいいんスか?」
「あぁ。他の奴らはそこそこ育てばいい。だから、とっととお終いにしてぇなら、戦果は全部赤司に譲るよう他の奴に頼め」
「そりゃ、武勲あげまくったら練度もマッハで高まるだろうけど……、でも、何でそんな急いで赤司っちの練度上げたいんスか?赤司っちなら、ほっといても近いうちにそうなるんじゃ……」
「ごちゃごちゃうるせーよ、お前らは黙って赤司の指示に従ってろ」
「……へー。…こりゃ、聞きしに勝る溺愛っぷりっスねぇ?」
「あぁ?」

すっと目を細めた黄瀬が発した言葉に、虹村は片眉を吊り上げて睨む。
その視線に怯んだ様子を見せながらも、黄瀬の腹には積もりに積もった不満がある。それを発散するかのように、棘のある口調で言い放った。

「みんな言ってるっスよ?提督は、赤司っち一人を贔屓し過ぎてるって。バレバレっスよ」
「……ふぅん。それで?」
「え?……いや、えっと、」
「オレの艦隊に赤司は必要不可欠な存在だ。誰より信頼しているし、自分の代わりが務まるのはあいつだけだと思ってる。だから大事にしてる。それが、何だってんだよ」

特定の艦に執着を持つことを非難するつもりで、黄瀬はいた。
だが、虹村があまりにも堂々とそれを認めるため、気圧された黄瀬は言葉を詰まらせる。

「分かったらとっとと宿舎戻って寝ろ。休める時に休んどかねぇと、マジでストレスマッハでぶっ倒れ、」
「ストレスマッハなのは、赤司っちも一緒っスよ」

追い払おうとした虹村の言葉に被せるように、黄瀬は不意打ちでその事実を口にする。
何?と虹村の目の色が変わる。それを確認し、黄瀬は続けた。

「誰も何も言わないけど、見てりゃ分かるんスよ。あの人、めちゃくちゃ焦ってるし」
「焦る?赤司が?」
「……オレよりかは頻度少ないにしろ、疲労たまるたびにわざと掠り傷つけてドーピングで無理やり再出撃してんのは、赤司っちも同じっスから。赤司っちも、近代化改修されてるとは言え、もともとの装甲と耐久力はそんなに高くないっスからね」
「……」
「酷いときは、マジで大破寸前までカラダ傷つけてるときあるし。痛々しくて見てらんねっスよ。……赤司っちが大事なら、何で追い込むような指示出すんスか?」

黄瀬の反撃に、形勢は逆転する。
視線を外し、無言を貫く虹村に、黄瀬は呆れたような表情で嘆息し。
「提督サンは、赤司っちを側に置いときたいから秘書艦にしてるのかと思ってたっス。でも、あんな風に高速レべリングを強要してたら、まるでとっとと仕上げて手放したいみたいに見えるっスよ?」





反応のない虹村に退室の断りを入れ、執務室を後にした黄瀬は、通路の先に見知った顔を見止めて声を掛ける。

「緑間っちも、提督サンにお話があるんスか?」
「……いや。…お前がここにいる、と言うことは、すでに話は伝わったのだろう。……赤司のことか?」
「他に何があるってんスか……・。…でも良かった。緑間っちも、提督サンに文句言いにきてくれたんだ?」
「単なる意見だ。提督も、鬼ではない。……赤司の現状を知れば、指示を撤回する可能性を信じて来てみたが……、その様子では、無駄足だったようだな」
「想像以上のオニ男だったっスわ、うちの提督サン」
額に手を当てながら直訴が空振りに終わったことを示し、黄瀬は苦笑を浮かべて見せた。
「……っつっても、赤司っち相手じゃどーしようもないのかもしんないっスけどね。あの人も、頑固っぽい感じだし」
「……まぁな。オレたちが何を言っても聞き入れようとしない」
「一見提督にも従順なように見えて、実は赤司っちが提督のこと尻に敷いてる感じがするっス」
「それはどうだか知らんが、……まったく。どういうつもりなのだか」

緑間は、赤司の本心を聞かされている。
練度が向上するごとに、秘書艦として虹村に必要とされなくなる未来への不安を。それなのに、今の赤司は、どうだ。

「……見ていられんのだよ」
「オレも。…なーんか生き急いでるようで、はらはらしちゃうんスよねぇ…。……でも、」

緑間に同意しながらも、先ほどの虹村との対話で黄瀬が感じ取ったことを、ひとつ、口にする。

「提督、何か隠してるっスね」
「何…?」
「……赤司っちのこと、殺すつもりも手放すつもりも、あの人にはなさそう。むしろ、どっちかって言うと……、信頼以上の何かを感じたんスけど」
「……何だ、それは」
「んー……、オレの直感的なヤツなんで、上手く言えないんスけど…、あの人、多分、赤司っちのこと軍艦として見てない」


赤司を誰より信頼し、大事だと自信を持って言い切った虹村を思い出し、黄瀬はぽつりと呟く。

「……片想いの相手を暴露するみたいな顔してたっスもん」

その言い回しを受け、緑間は奇妙な生物と遭遇したような表情を黄瀬に向けた。





黄瀬や緑間がいくら心配しようと、虹村が赤司への指示を撤回することはなかった。
虹村の発言を受けて、黄瀬は青峰や紫原に対し、赤司に戦果を挙げさせるよう頼みこんだ。それが功を奏したのか。赤司の練度はみるみるうちに向上し、最上限まであと僅かというところまで辿り着っき。

黄瀬いわく「地獄のトレーニング生活」も、終わりに近付こうとしていた。




「同じ大砲積んでても、艦レベルが違うと威力も全然違うもんなんだね」
その日の出撃を終え、火薬庫で各艦の砲に補充する弾薬量を確認していた赤司は、のんびりとした紫原の声に作業を止めて彼に答えた。
「…そうだな。だけど、紫原ならばもっと大口径の砲を積むことが出来るだろう。いずれ、お前の練度がオレに追いつけば、オレ以上の高火力が期待出来る。…どれほどの破壊力になるのか、楽しみだよ」
「えー、オレは赤ちんみたいにカンストしなくてもいいよ〜。なんか、しんどい海域にばっか出撃させられそーじゃん」
「安心しろ、提督はとっくにそのつもりでいる。今は、レア艦と言われる中でも最古参のオレに集中的に練度向上の指示が下っているが、オレの次に練度が高いのはお前だ。……オレが終われば、お前の順番が回ってくる」

練度の上限が、近付いている。
それは同時に、旗艦として。虹村提督の秘書艦としての役割の終了期間が間近に迫っているということでもあると、赤司は胸の内で呟いた。

「…オレは、秘書艦なんてめんどくさいこと絶対やりたくないけど」
「そう言うな。提督が望めば、部下であるお前に拒否の選択肢はない。……それに、秘書艦の仕事はお前が想像するほど辛いものではないよ」
「事務仕事とか手伝うんでしょ?ヤだよオレ、そういうの。峰ちんも、ちょっとやっただけでスゲー疲れたって言ってたし」
「慣れないうちは大変かもしれないね。だけど、問題ない。提督を信じ、彼の指示通りに処理を行えば間違いはない。……彼の信頼を得るのは、幸いなことだ」

すっと目を閉じ、口元を上げ。静かに呟く赤司の穏やかな表情を見て、紫原は怪訝そうに眉を寄せた。

「……秘書艦やってりゃしれーかんが信頼するってこと?無理っしょ。あの人、ほかの誰かを赤ちん以上に信頼するなんてこと出来なそーだし」
「そんなことはないよ。彼は立派な人間だ。自らの意思で新たな秘書艦を選べば、必ず、現在オレにある信頼感をその者へ移す。……オレが、秘書艦となって間もない頃のようにね」
「だからそれ、赤ちんが秘書艦やってたからっていうか、……赤ちんだから、秘書艦にしたんじゃないの?」

口調に僅かな苛立ちを滲ませた紫原へ視線を向け、赤司は首を傾げる。
「あの当時は、今ほど人材が揃っていなかった。オレが、虹村艦隊にとって初のレア艦だったんだ。そのオレの練度を早急に高めるために、提督はオレを秘書艦に据えた。……もし、オレよりもお前や緑間が先に着任をしていれば、そのポジションは確実に、」
「んなわけないよ。そーなったらたぶんあの人、オレやミドちんクビにして赤ちん秘書艦にしてたし」
「……紫原」
「なんで認めないの?どっからどう見ても丸分かりじゃん。あの人、赤ちんにベタ惚れだし。……さっさとレベルマックスにしろって命令したのも、絶対、装備の載せ替えとか近代化改修とかじゃ補強できない回避力や命中力とか上げさせて赤ちんを傷つけないようにするためじゃん」
「紫原っ!」


それまで揺らぐことのなかった声質が変わる。
めったに大声を出す事のない赤司の叱責に、紫原は肩を跳ね上げた。

「な、なに…?他に何か理由があるっての?」
「……あるよ。彼は、個の利益ばかりを求める人間じゃない。…今回の指示は、艦隊全体の強化に繋げるための布石に過ぎない」
「……なんか、必死だね。…ま、赤ちんがそう思いたいならいいけど、オレらから見たら、しれーかんは完全に私情で艦隊動かしてるようにしか思えないよ」
「……」
「峰ちん庇って赤ちんがボロボロになったの、しれーかん、かなり堪えたんじゃねーの?」




虹村に、必要な存在だと示されるたびに赤司は自戒の念を強固にしていった。
高い戦闘能力やそれを補助する索敵能力、そして艦隊の運営を支える事務処理能力が生来自分には備わっている。
その能力を、艦隊の指揮者である虹村が必要だと感じ、己の傍らに置きたいと思うのは当然のことだ。赤司征十郎という名の軍艦は、この世界の海軍すべてが欲する文武共に最高性能の艦なのだから。

それだけ、だ。
それだけ、でなくてはならない。

たとえ、自分を見詰める虹村の眼差しが酷くあたたかく、家族や恋人に向けるそれのようであったとしても、赤司がそれを真に受けることはならない。
どれほど人間に近い形を保っていようと。人間と同じ温度や感触、そして感情という余計な付属システムが備わっていようとも。

赤司征十郎は、人ではなく、軍艦だ。
強く。誇り高きその栄光を響かせ、艦隊を勝利に導き、世界に平和を齎す。

それが、「虹村提督の秘書艦、赤司征十郎」なのだと、強く念じる。


いつか、その成長が己の限界に到達し、虹村の側にいる理由がなくなったとしても。
強くあれば。虹村は自分を頼り、必要としてくれる。そう信じていた。











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -