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今日も今日とて虹村の有能な秘書艦は、その端正な顔に感情を浮かべることもなく黙々と事務作業をこなしている。
青峰を旗艦に据えた第一艦隊は、昼過ぎに母港を出立した。彼らには黒子の特殊な補給艦としての能力を確かめるという任務があるため、やや遠方への出撃を命じてある。当日中の帰還は不可能かも知れない。

「……なぁ、赤司」
「はい、何でしょうか、提督」
静まり返った執務室に、赤司がペンを走らせる音がやたらと際立つ。そんな静寂を裂いた虹村は、だが次に続く言葉を口に出すことが出来ず、再び室内に沈黙が流れた。
「……ちょっと休憩すっか。赤司、コーヒー淹れてくれ」
「わかりました」
「自分の分も淹れろよ」
「はい」
頼み事をすれば、赤司は口答えすることなく従順に動き出す。少し前まで赤司の代役として秘書艦に据えていた男とは大きな違いだった。

特に好みを伝えた記憶はないが、赤司の淹れるコーヒーはいつでも虹村の舌に合っていた。
すでに挽いてあるコーヒー豆に何の違いもない。淹れ方を見ていても他と異なる動作を加えているわけでもない。不思議なことだと思いながら自分好みに仕上げられたコーヒーを口に運び、虹村は赤司の横顔をじっと見詰める。

改めて見ると、赤司の横顔は造形美に秀でている、と虹村は感じた。
派手さはない。万人受けする麗しい人形とは言えないが、玄人好みの造りだな、と思ったところで赤司の視線が虹村へ向いた。
「…オレの顔に何か?」
「いや、べつに…。……なぁ、お前ら軍艦って、顔の造りも一人一人違うだろ?」
「そうですね。固体を識別する上で必要なことだと思いますが」
「固体識別、なぁ……。……ま、好みのツラだからって艦隊全員が同じツラしてたら、たしかに不気味だな」
青峰や紫原たちが赤司の顔で造られたら、と想像すると、虹村は苦笑を浮かべた。
この顔であの性格は、かなり、異様な状態になるかもしれない。

虹村がそんな想像をしていることなど知る由もない赤司は、無表情で口にする。
「この顔に何か至らぬ点があったとしても、生憎そこのみを修正することは不可能ですが」
「……なんでそんなネガティブなんだよ。……逆だっつーの」
「え?」
「何でもねぇよ。……でも、よその鎮守府には顔で秘書艦選ぶ提督とかもいるんだろうな」
「……気に入った容姿の者が側にいれば、仕事も捗るという声は伺ったことはあります。日によって秘書艦を交代させるケースも」
「ふぅん。…まぁ、お前らはどいつもこいつも見た目整ってっからな。目移りすんのも分かるぜ」
「……提督も、気分転換にそうしてみては?」
「……お前がそうして欲しい、の間違いじゃねーの?」

駆け引きを持ち込むような虹村の眼差しを受け、赤司はやや言葉を詰まらせた。
秘書艦の変更について、虹村の意見はすでに赤司に示されている。つい昨日の話だ。忘れた、などとは言えない。
そしてそれが社交辞令でも何でもないことも。実際に、やむを得ず赤司ではない秘書艦を据えて執務に励んだ虹村の、本音であることも。

それを踏まえた上で、赤司の意思を引き出そうとする虹村の意図を理解した赤司は、彼から視線を外して息を吸い。
「…申し遅れましたが、本日の建造指示が未実施です。こちらの書類整理は一通り済みましたので、今から工廠へ行って来ます。提督、建造レシピのご提示を」
強引に話題を断ち切る赤司の頑なな態度に内心肩を落としながらも、虹村は赤司の要請に応えて建造レシピを口頭で伝えた。




工廠へと足を向けながら、赤司は虹村の質問に対する回答を胸中で思案する。
本心は、ひとつしかない。だがそれは、赤司の唇から発せる答えではない。

容姿や性格などではなく、仕事に必要な補佐能力で選んで貰ってもかまわない。
虹村の信頼を、独占出来ると言うのなら。彼好みの容姿に修正をかけられてもいいと思う。
性格の改修はさすがに難しいかもしれない。だが、元々が建造によって生み落とされた体だ。外見などは、どうとでも治せる。

建造指示を申し送りした際に、妖精たちに打診してみようかと考えながら工廠の戸を開けた赤司は、直後、意外な事実に直面した。


「建造ドックが埋まっている?……本日の建造指示はまだ出していないはずだけど」
「いえ、指示をいただいたのは昨日の朝です。青峰さんから伺いました」
「……あぁ、結果を確認していなかったか。いいよ、それならオレが確認してこよう」

工廠の作業員に断りを入れ、ドック前へ足を進める。
そこで、赤司の前に現れた新造艦は。



「ちーっス!オレ、黄瀬型1番艦、黄瀬涼太っス!趣味はバスケ、特技はカラオケ…あ、逆か。ま、いーや、よろしくっス!」
「……黄瀬涼太?」

やたらとノリの軽い大型艦の名乗りに、赤司は瞠目する。
その名を、赤司は知っていた。未だ艦隊に迎えてはいない、新たな艦名にも関わらず。
なぜなら、赤司がその名を目にしたのは。

「……「キセキの世代」の、……最後の一人」

赤司の、かつての僚艦と書き記されている古い資料の中で、だったのだから。





その報告を受けた虹村は、赤司の予想に反して落ち着いた様子で「そうか」とただ一言口にした。
もう少し驚き、喜ぶと思っていた赤司は拍子抜けした表情で、虹村に問い掛ける。

「黒子が「幻の6隻目」であれば、これで我が艦隊に「キセキの世代」が勢ぞろいしたことになります。提督、あなたの艦隊は、伝説の艦隊は……、完成しました」
「……そうだな。……お前ら6隻を率いれば、敵艦を一隻残らず海上から消し去るのも不可能じゃねぇな」
「大本営に報告を入れましょう。青峰たちが帰還次第、ただちに演習スケジュールを組み上げ、彼らの練度向上を計り、高難度海域の出撃許可を……」
「いや、大本営への報告はちょっと待ってくれ。……まだ、やり残してることがあんだ」
「え?」
「……演習スケジュールはお前のほうで組んでくれ。ただし、旗艦はお前だ。お前の練度が最上限に達するまで繰り返し演習を行い、必要ならば近海までの出撃は許可する。コンディションには細心の注意を払い、一切の損傷が出ないよう心掛けろ」
「……最上限、まで…?」

虹村の指示を受け、にわかに赤司の胸中が曇り出す。
入渠ドックで緑間にこぼした、秘書艦という役割の限界が、彼の不安を煽った。

「…現状、練度のバラつきは著しく、艦隊のバランスを整えるためには経験の浅い者を旗艦に据えて演習を行うべきかと思いますが……」
「構わねーよ。お前は、とにかく自分のレベルアップに集中しろ」
「ですが、」
「命令だ。……従ってくれんだろ?赤司」

その言葉を用いれば、赤司に反論することなど出来ない。
頭を垂れ、静かに。「わかりました」と承知するしかない赤司に、虹村は。

「……待ってるぜ」

見守るような穏やかな視線を差し向けるが、俯いたままの赤司がそれを受け止めることはなかった。





「あ、赤司っち、お帰りっスー!提督サン、何だって?」
黄瀬を待たせていた宿舎に戻った赤司は、明るい黄瀬の出迎えを受け、曇った表情を掻き消した。
「現在出撃中の第一艦隊が帰還次第、お前を含めた6隻で演習を繰り返し行うよう指示があった。近海への出撃許可も出ているから、いつでも出立出来るよう準備を進めておいてくれ」
「了解っス!……で、その出撃中の艦隊に、青峰っちや黒子っちがいるんスよね?」
「そうだよ。彼らも、まだ着任して日が浅い。努力すればすぐに追いつくことが可能な状態だ」
「すっげー楽しみっス!また、みんなで闘えるんスね!」

無邪気に笑う黄瀬の様子に、赤司は和まされた。
僚艦との再会を心待ちにしている黄瀬の姿は好ましく。同時に、素直に本音を表現できる彼が羨ましくも感じる。そして、もうひとつ。

「……お前は、綺麗な顔立ちをしているね」
「え?あ?……か、顔っスか…?」
「あぁ。華やかで、美しい。……ずっと眺めていたくなる造形だ。お前のような艦が側にいたなら、常に満ち足りた気持ちになれそうだ」
「ホメ過ぎっスよ、赤司っちー!……何かあったんスか?」

赤司の賞賛を素直に受け取りながらも、過剰なそれに黄瀬は怪訝そうな表情を浮かべる。
だが赤司は首を振り。「何でもないよ」と答え、自身の頬に手を当てた。


虹村が、自分の練度を最大限まで上げるよう指示してきたのは、黄瀬のような美しい顔を有した艦を秘書艦に据えるためなのかもしれない。
工廠へ向かう前に虹村と交わした会話が、赤司の胸をひどく締め付けた。
そんな赤司の様子に、何かを察した黄瀬はやはり明るく彼に言う。

「オレほどじゃないっスけど、赤司っちもなかなかキレイな顔してるっスよ?もっと自信持ったほうがいいっス!」
「……ありがとう。……戦闘準備を始める前に、施設内の案内をしておこう。お前にフィットする砲の調整も必要だな」

見た目とはうらはらに、他者の感情変化に機微な黄瀬の慰めに笑みを返し、赤司は新艦を迎え入れる秘書艦としての意識に切り替える。
もしも虹村が赤司ではなく黄瀬を秘書艦に据えるつもりならば。自分の持ちうるこの艦隊の知識を、すべて黄瀬に教え込む必要がある。
嫉みも羨みも胸の奥にしまいこみ。赤司は、自分の仕事をまっとうした。




出撃した艦隊は、翌日の夕刻に帰還を果たした。
その報せを受け、赤司は黄瀬を伴い彼らを出迎えに港へ急ぐ。一刻も早く、黒子の性能を知りたかった。

だが、帰還したばかりの彼らの姿を目にした赤司は、思わず絶句し固まった。

「……どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも……。峰ちんがめちゃくちゃな指揮すっからこうなったんだよ」
「あぁ?紫原テメー、進路はオレに任せるっつっただろ?!」
「まさかあんな強敵がいるとこに突っ込むなんて思わないじゃん…。ほんとサイアク…。赤ちん、ドック空いてる〜?」

青峰、紫原という耐久、装甲共に艦隊トップを誇る大型艦のボロボロな姿に、母港は騒然となる。
それ以上に驚くべき事態は、「黒子っち!おかえりっス!」と人懐こい声をあげる黄瀬によって周囲に示された。

「黒子…!無事なのか?!」
青峰と紫原があの状態で、近代化改修もろくに施されていない黒子に被害が及んでいないはずはない。そう案じながら、黄瀬の元へ駆けつけた赤司は。
「…お待たせしました。黒子テツヤ、無事帰還しました」
「……損害…は?」
「いえ、まったく。見ての通り、無傷です」

多少、疲労の色は浮かんでいる。だが、本人の言うとおり黒子の体に損傷箇所はひとつも見当たらない。
「まさか……」
「さすが黒子っち!相変わらず被弾しないっスよねー!…それに比べて、青峰っち〜?何スかそのザマは……」
「うっせー、……お前、何でいるんだよ。こないだまでいなかっただろ?」
「昨日着任したばっかなんスよ。紫原っちも、元気そーで何よりっス!」
「……この姿見て、なんで元気そうって思うの?黄瀬ちん、相変わらずバカだよね……」

軍艦の記憶は、固体差が大きいと言う。
赤司は他の軍艦のことをあまりよく覚えてはいなかったが、どうやら黄瀬はそれなりに僚艦のことを記憶していたらしい。
旧友との再会を果たし、楽しそうに笑顔を見せる黄瀬にやはり和ませられながら、赤司は黒子に声を掛けた。

「黒子、お前の感覚はどうだ?」
「はい、手ごたえはありました。たぶん、僕、赤司くんの言っていた「幻の6隻目」だと思います」
「そうか……」

予測が確信に変わり、赤司は表情を引き締める。
たしかに、この艦隊にはかつて「伝説の艦隊」と称されたメンバーが集っている。
虹村艦隊はこの先、歴史に残る武勲を数々記録してゆくのだろう。

「……」
「赤司くん?どうしました?」
「いや、……疲れただろう。黒子、お前は先に宿舎へ戻って休んでくれ。青峰、支援艦隊として緑間たちを出港させていたが、彼らと合流は果たせなかったのか?」
「支援?なかったぜ、んなもん」
「ミドちんも、峰ちんが突っ込む先が理解出来なくて到着できなかったんでしょ…。連絡送って、引き返して貰ったほうがいいよ」
「分かった。黄瀬、執務室へ行きその旨を伝えてきてくれ」
「へ?オレっスか…?」

赤司の指示に、指名された黄瀬のみではなく他の面々も怪訝そうな表情を浮かべる。
執務室への連絡役は、秘書艦である赤司が担うのが通例だ。
赤司はそれに対して、明確な理由を示した。
「オレは青峰と紫原を入渠ドックへ連れていく。…この二人には早急な修繕が必要だ。高速修復材の使用を指示する」
それは、提督の信頼を誰よりも厚く得ている赤司のみが可能なことだ。

それにしても、と、虹村と赤司の関係が単なる提督と軍艦のそれとは異なる事実を知る青峰は顔をしかめた。
「赤司、お前が提督んとこ行って来いよ。オレらは先にドックに行ってっから」
「いや、それには及ばない。お前たちの修復が優先だ」
「何言ってんだよ、そんなすぐに出撃するわけでも……」
「演習の予定が詰まっている。…寄り道をしている時間は、ないんだ」

赤司は、虹村の指示を違えることなく実行している。
優先すべきは、各艦の練度向上。虹村のために赤司がすべきことは、決まっている。
提督への連絡は他の者でもできる。だから、だ。

「…あのヘタレ提督。……何やってんだ」

苦い表情でぼそりと青峰が呟いた上官への暴言は、聞き流すことにした。











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