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▼ 3




食堂で昼食を摂りながら、虹村は赤司が不在中の艦隊の動きを事細かに伝えた。
半ばまで食事を進めたあたりのこと。ふと名前を呼ばれ、赤司はそちらへ視線を移す。

「紫原」
「やっと修理終わったんだ?お疲れ〜」
「ああ、お前も。青峰をよく補佐してくれていたそうじゃないか」
「べつに〜。オレは普通に出撃して、峰ちんより先に敵艦殲滅しただけだし〜。ね、提督?」
「でも緑間はお前のこと褒めてたぜ?味方撃ちそうになってた頃とは大違いだって」
「あぁ、着任したての頃の紫原もなかなか手を焼いたものだね」
「昔の話でしょ…。それより提督、峰ちんと一緒にいるあの新人、正体分かったの?」

赤司の横の席に座り、食事のトレイを置いた紫原はさっそく箸を使いながら虹村に疑問をぶつける。
それを聞いて赤司は、診療室へ見舞ってくれた緑間の話を思い出した。

「あぁ、オレと青峰とで出撃した海域に出現したという新艦のことか?」
「そーそー。なんか小さくてぼんやりした感じの。赤ちん、見たんだっけ?」
「いや、その時オレは意識を喪失していたそうだ。まだ一目も見ていないよ。…青峰と共にいるのか?」
その問いに答えたのは虹村だった。
「まだ艦種もはっきりしてねーからな。下手に出撃させるわけにもいかねぇから、あいつに面倒見させてる。紫原、あいつらは?」
「さっきまで訓練所のほうにいたけど〜。…あ、来た」

紫原の視線が食堂の入り口のほうへ向き、赤司もそれに倣う。
ちょうど青峰と視線が交わる。青峰は、やや複雑そうな面持ちを浮かべつつ、赤司の元へ進んできた。

「よぉ。…修理終わったのかよ」
「あぁ。仕事を押し付けてしまったようで、すまなかったね。ありがとう」
「いや、そりゃ……、悪かったな」

憮然とした表情でありながらも素直に謝罪を口にする青峰に、赤司は柔和な表情で応える。
それで、二人のわだかまりはすっきりと解消した。

「先ほど、お前たちの話をしていたんだ。新艦の彼とは、いまは一緒じゃないのか?」
「あ?…何言ってんだよ、いるだろ、ここに」
「え?」

どこかうんざりしたような青峰の視線の誘導に従い、そちらへ視線移動する。すると、そこには青峰の言葉通り。

「……君は」
「すいません、さっきからいました。…赤司くん、ですよね?はじめまして、僕は黒子型1番艦の黒子テツヤと申します」

その小柄な艦は、何もないところから突然現れたかのような感覚を赤司に与えた。
珍しく動揺の色を浮かべている赤司に、虹村は軽い口調で声を掛ける。
「気にすんな、赤司。オレも紫原も、最初はいまのお前と同じこと思ったから」
「ミドちんの反応とか面白かったよ〜?何者だ!ってめちゃくちゃ身構えちゃってさ〜」
「オイ、テツ。ひでぇ言われ様だぞ?」
「…大丈夫です、馴れてますから」
落ち着いた態度でそう言いながらも、黒子の表情に僅かな悲哀の感情が見て取れ、赤司は咄嗟にフォローの言葉を口にする。
「黒子くん、すまなかった。修繕上がりでまだオレの識別感覚は鈍っていたのかもしれない。見たところ君は水上艦のようだけれど、雰囲気は潜水艦のそれに近しいようだね」
「潜水艦…ですか?」
「おい、赤司…、お前、」

赤司の発言に、虹村ははっとした表情で彼の名を呼ぶ。
そんな虹村の顔へ視線を送り、軽く頷き。黒子に向き直り、赤司は言葉を繋げた。

「「キセキの世代」と呼ばれる伝説の艦隊が、過去に実在していたことは先日オレも虹村提督から聞いたばかりだ。その後、オレは個人的に「キセキの世代」について調べてみたのだけど、6隻の水上艦のうち、1隻は非常に特殊な艦だったらしい。…「幻の6隻目」と囁かれた彼は、水上艦にも関わらず敵艦のレーダーに一切抽出されず、砲撃を受けることもなくほかの艦への洋上給油を行い続けたそうだ」
「へぇ、テツ、お前補給艦なのかよ?」
「はぁ…。特別な戦果を挙げた記憶はあまりないですけれど、たしかに、敵からは発見されくかったです」
「えー、それなら近くまで行って魚雷ぶっ放してくればいいじゃん?黒ちん、魚雷詰めないの?」
「詰めないことはないですけど、速力と命中力が低いので、仕損じたら気付かれてやり返されますね。装甲もあまり厚くはないので、1本でも相手の魚雷が命中すれば即轟沈です」
「へたに攻撃を行って気づかれるより、補給艦として他の艦のサポートに徹したほうが黒子の特殊性は発揮できる。紫原や青峰のような大型艦は燃料の消費が激しいし、海上で自在に補給が行えるのであれば我が艦隊にはうってつけの性能だ。…提督、試しに彼と共に出撃の許可をいただけませんか?」

黒子の情報は大本営に問い合わせているところだが、案外早く正体は判明するかもしれない。
その可能性を持ち、赤司は虹村に確認を取る。
「彼が、「幻の6隻目」だとすれば、我が艦隊は伝説の艦隊により近付くことになります。ぜひ、出撃の許可を」
「……あぁ、そりゃ何よりだけど…。……お前、さっき修理が終わったばっかじゃねぇか。ちょっとは休めよ」
「え…?」
「青峰、紫原。お前ら二人で黒子連れて確かめて来てくれ。必要なら支援艦隊の要請も許可する」
「待って下さい、提督。この件はオレに…」

修理上がり、と言うものの、赤司の体は完全に元通りになっている。
人間が怪我や病気から回復した直後とはわけが違う。虹村が赤司の出撃を渋る理由が分からず、赤司は困惑した。
「しれーかん、赤ちんのこと手放したくないんじゃないの〜?」
「っ!うるせぇよ、紫原!」
「修理中、随分恋しがってたもんなぁ?赤司、提督の側にいてやれよ」
「テメーが言うな、青峰!!」
「提督……?」
紫原と青峰のからかう言葉に、虹村は目尻を釣り上げ憤る。だが赤司に呼ばれ、その顔に視線を向けると。
「…事務仕事が溜まってんだよ。赤司、お前の手がどうしても必要だ。コイツらじゃ役に立たねぇからな」
「……そう、ですか…」
「赤司、テツのことはオレらに任せろ。きっちり見極めてきてやっからよ」
「……」

黒子が本当に、提督の欲していたレア艦であるのならば、自身の眼で確認し虹村に報告をしたかったというのが赤司の本音ではあった。
だが、虹村の出撃許可が下りなければ赤司にはどうすることも出来ない。
その理由が、事務仕事の補佐に必要だからとされても。赤司の本来の役目は、海域へ出撃し、鎮守府に仇をなす敵艦を沈めることにある。
自身について、さほど血の気の多いタイプだという認識はない。進んで戦場へ向かい戦果を挙げることに躍起になるのは、赤司らしからぬ衝動だ。それでも。

「…さっさとメシ食って、執務室に行くぞ。青峰、紫原、黒子、お前らには追って出撃命令を出す。それまでに装備の確認だけは済ませとけ」

赤司の本心など、虹村の指示の前には無に等しい。
彼らは軍艦であり、虹村の下で働く部下なのだから。





「…そろそろ機嫌治せよ、赤司」
「オレの感情など、艦隊にとっては塵のようなものです。提督、指示を」
「…完全に拗ねてんじゃねーか。…まぁいい、こっちの書類、目ぇ通してくれ」

執務室へ足を踏み入れた虹村は、いつになく無表情の赤司にため息をつきながら、机の上に積み重なっている書類の束を赤司に差し出す。
書類を受け取った赤司は虹村から距離を取り、執務室の片隅にある黒皮のソファーへ腰を下ろし、上官の指示に従った。

しばらく無言の時間が続く。
それに居心地の悪さを感じた虹村は、静かに口を開いた。
「……正直オレは、黒子が「幻の6隻目」でなくともいいと思ってんだ」
「え?」
意外な発言に赤司は顔を上げる。虹村は机の上に視線を落としたまま、軽く嘆息し。
「戦力は充分に整ってる。お前を筆頭に、すでに優秀な人材が揃ってるからな。先月度も、複数の勲章を授与したし、装備の開発も順調だ。……今は、現在ある戦力の補強と育成に力を入れてぇって思ってたんだ」
「…ですが、より強力な新艦の加入は必要です。まして、黒子が補給艦としての能力を開花させれば、かなり広域への進軍が可能となります。今後は、長期遠征も見据えるべきかと」
「……長期遠征、なぁ。たしかに、敵に発見されにくい補給艦が艦隊に加われば、帰還コストも削減されるしその分新たな装備の開発にも資材を費やせる。……だが、そりゃオレの艦隊には取り入れる気ねぇよ」
「提督、お言葉ですが……」
「そんなもん許可したら、お前、絶対旗艦で行っちまうだろ?」

問答のテンポが詰まる。
ちらりと虹村の視線が、赤司の見開いた両眼へ向かった。
「…この書類の束見りゃ分かるだろ。たった数日、お前がドック入りしてただけでこんだけ事務仕事が滞ってんだ。長期遠征なんかされたら、オレが困る」
「…事務能力に長けた艦は、他にいくらでもいるでしょう」
「……それだけじゃねーよ」

赤司よりも長く虹村の下で従軍し、補佐に務めた艦はたしかに存在する。
赤司が艦隊に着任するまで、それで運営は賄えていた。ならば、たとえ赤司が長期遠征艦隊の旗艦として出港しても問題はないはずだ。

だが、虹村は別の問題点を口にした。

「……青峰と紫原の言ってたこと、覚えてるか?」
「え?」
「……仕事、だけじゃねぇんだよ」

そう言って虹村は机に両肘をつき、隠すように顔を覆った。
その言葉と態度に、赤司の胸中は動揺する。
「それは……、どういう、意味でしょうか」
「……オレがお前を側に置いておきてぇのは、お前が優秀な秘書艦だからってだけじゃねぇ。オレは、お前に、」
「…っ」

虹村が何を言わんとしているのか、察しの良い赤司は気付いてしまう。
息を飲み、素早く頭脳を回転させ。続く虹村の言葉を遮るように、ソファーから立ち上がった。

「赤司…?」
「…書類、確認終了しました。いくつか修正点があります。申し上げてもよろしいでしょうか」
「……おう。頼む」



その言葉は、おそらく。赤司が望むものと、相違ない。
それが読めたから、赤司は虹村の発言を遮断した。


赤司は、実に優秀な秘書艦だった。
自らの地位を弁え、示された規律を遵守し、徹底して公私の区別を明確にする。
それが、赤司征十郎と言う最高性能の軍艦である。

その名を、本人は誇りに感じていた。
だからこそ、赤司は虹村の、そして己の私情を遮断する。
たとえ、虹村がそれに気付いていようと、いなかろうと。

虹村提督の想いに応えることも、拒絶することも、秘書艦である赤司には出来ない。





事務仕事は夜更けまで行われ、一通り締め日間近の書類を片付け終えたところで虹村は赤司に退室を命じた。
赤司が去った後、自らの手で淹れたコーヒーを飲んでいた虹村は、執務室のドアをノックする音に意識を留める。

「誰だ?」
「青峰っス。ちょっといいっスか?」
「あ?なんだよこんな時間に…、まぁいい、入れ」

思いもよらぬ珍客に驚きながらも入室を許可すると、ドアを開けた青峰はぐるりと室内を見渡し。
「赤司の奴は?」
「さっき切り上げさせたとこだ。あいつに何か用か?」
「いや、…あいついると話し辛ぇなってだけで」
「何だ?」
「あのこと、赤司に話したんスか?」

問い掛けに、虹村は眉根を寄せ苦い表情を浮かべる。
それにより青峰は回答を理解し、首を振りながら嘆息する。

「何やってんスか…、あんだけ長い時間二人きりだったってのに」
「うっせぇな。……言おうとしたけど、止められたんだよ」
「は?赤司に?」
「おう。…あいつマジでガード堅ぇな。…踏み込む隙も、全然ねぇわ」

赤司との会話を思い出し、虹村はこめかみを押さえる。
手強い奴だ、とぼやく虹村に、青峰は再度嘆息し。
「ちゃんとやって下さいよ。……オレ、もう二度とアンタに襲われたくないんで」
「うっせーな、ありゃ、寝惚けてただけだっつってんだろ…。じゃなきゃお前なんかに迫るかっつーの」
「そんくらい参ってたってことじゃないっスか。…しっかりしろよ、提督。ビビってんじゃねーよ」
「……分かってるよ。……さっさと宿舎戻って寝ろ。明日中に出撃指示出すからな」


赤司が入渠ドックでその身を休めていた際に、この執務室では、仮眠中の虹村を起こしに来た青峰が寝惚けた虹村にキスをされそうになったという極めて異様な事件が発生していた。
未遂で終わったことではあるが、青峰はそれを根に持っているらしい。また、彼は虹村のメンタリティを案じてもいた。

(側に置いとくだけじゃ不満だっつーなら、さっさと赤司にその不満ぶつけてスッキリしたらいんじゃないっスか?)



「……出来るもんならさっさとそうしちまいてぇよ」


虹村の痛切な呟きは、赤司の耳には届くことさえない。











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