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「…こりゃ、随分ハデにやられたもんだなァ、赤司?」
「……申し訳ありません、提督。…オレの、判断ミスです」

執務室にて、青峰の最初の出撃結果報告を行ったのは旗艦である赤司ではなく、随伴艦のうちの1隻の駆逐艦だった。
赤司が着任して以来初めての事態に虹村は動揺し、途中であった事務作業を投げ出して赤司が担ぎ込まれたという入渠ドックへ駆けつける。
そこで虹村が目撃したのは、変わり果てた赤司の姿だった。

青峰に武勲をあげさせるために、赤司の装備は限りなく平凡なものとなっていた。
装甲強化もなく、反撃するための砲も威力が低めのものであり。敵潜水艦の魚雷が直撃した赤司の左半身は、完全に破損しきっている。

「…まァ、それでよく無事に戻って来てくれた。そこは、褒めてやるよ」
「ありがとうございます。…曳行を請け負ってくれた艦には、後ほど謝礼を」
「いや、そりゃこっちでしとく。お前はゆっくり休んでくれ。…お前ほどの艦が大破すると、マジで修理時間長いんだな」
「……」
「責めてるわけじゃねーよ。むしろ、お前ずっと働きづめだったからな。…休むには、いい機会だろ」

大らかな虹村の言葉に、赤司は滅入ったように表情を曇らせる。
駆逐艦や潜水艦とは違い、それなりの大型艦に属し、さらに高練度を誇る自分が破損すれば、修理に多大な時間を消費することは赤司も自覚していた。
それでも、こんな結果になってしまったことを。
赤司は心から恥じていた。

「つうか、お前、…先行し過ぎた青峰を庇って敵の被弾の的になったそうだな?」
「…はい。着任したての青峰よりも、近代化改修を最大限まで行っているオレの方がまだ装甲は厚く、簡単には破損しないと…判断しました」
「ったく、しょーがねーなァ、あいつは。いくら性能良くても、バカじゃどうしようもねぇ。…ま、お前のその姿見りゃ、反省しただろ」
「……」
「…あいつはみっちりシバいとく。で、お前が休んでる間のフォローもさせとくから。お前は仕事のこととか全部忘れて、……赤司?」

虹村は赤司の行動を、判断ミスだと責めることは一切ない。
赤司を、強く信頼しているのだ。その信頼を裏切ってしまったことを、赤司は非常に後悔していた。
そんな赤司の心境が伝わったのか、虹村はふっと優しげな笑みを浮かべ、白いガーゼに覆われた赤司の左頬に手を伸ばす。

「…っ!」
「気にすんな、っつーのは無理かもしんねぇけど。…まァ、なっちまったもんは仕方ねぇ。この傷治したら、またオレの援けになってくれ」
「提督…」
「…いいか、赤司。お前がこんなことになったのはお前の責任じゃねぇ。全部、お前に指揮を押し付けた司令官であるオレの責任だ。だから、…お前がそんなツラしてたら、今後お前に仕事頼み辛ぇだろ?ドック出るまでには、いつもみてぇにシャキっとしてくれよ」
「……」
「そんで、またオレの晩酌に付き合ってくれ。頼むぜ?赤司」

明るく笑いながらそう言う虹村に、赤司の表情も徐々に緩み出す。
まだ、自分を信頼し、助力を求めてくれている。その虹村の気持ちが、左頬に触れたぬくもりからゆっくりと全身に行き渡り。

「…分かりました。今は、…何も考えずに、ゆっくりと休ませてもらいます」

目蓋を伏せ、リラックスしたように脱力した赤司は、そのまま長い眠りへと身を投じて行った。





赤司の就寝を確認し、入渠ドックを後にした虹村は、入り口手前でしゃがみこむ大型艦の姿を見止め目を細めた。
「オイ、青峰。お前の修理は終わったのかよ?」
「…あー。オレはかすり傷程度だったんで。…赤司の調子は?」
「問題ねぇよ。2、3日休ませることにはなるが、それが明けりゃ元通りになる。その間、赤司の穴埋めは…分かってンな?」
「……赤司と同じだと思うなよ」
「ったりめーだろーが…。お前みてぇなペーペーに赤司と同じ仕事が出来るとはハナから思っちゃいねぇよ」

パシッとやや強めに後頭部をはたかれ、青峰はふてくされたように唇を尖らせた。
だが虹村の発言に対し、否定する気はないようだ。叩かれた部位を抑えながら、修理施設へ視線を投じる。
「…スイマセンっした。…勝手な真似、して」
そしてぼそりと呟かれた反省の言葉に、虹村は虚をつかれる。
だがすぐに口端を上げ。今度は軽く青峰の頭部に手を当て、告げる。
「悪ぃと思うなら、これからは赤司の言うことをちゃんと聞け。あいつの言葉は、司令官であるオレの言葉そのものだと思えよ」
「…了解っス」

虹村の手の下で、青峰は表情を引き締め、頷く。
高性能艦であるがゆえに自尊心が高く、慢心しがちな男だが、今回のことはかなり堪えたらしい。そう思い、虹村は置いた手で頭部をぐりぐりと撫でつけ、「よし、そんじゃ行くぞ!」と力強く肩を叩いた。





自身が大破損害を被ったその出撃で、奇妙な収穫があったことを赤司は翌日、修理施設にある診療用のベッド上で聞くこととなる。

「新艦…?まさか。あそこは何度も出撃している海域だ。今までに新種の艦が発見されたことはないだろう?」
「だが、実際に出現したのだよ。お前は意識を喪失していたから、まだそいつの顔すら見ていないだろうが…。奇妙な艦だ。艦種も良く分からない」
「誰も知らないのか?提督は?」
「青峰を使って艦隊の書物をすべて確認したそうだが、それらしき艦の記述は一切なかったそうだ。いま、上層部に確認を取っているらしい」
「そうか、ありがとう。…青峰は、良くやってくれているようだね」

不意の収穫について、病床の赤司に報告を行ったのは、本日出撃予定の入っていない緑間だった。
艦隊内では、赤司にとって心の置ける同僚である。虹村がそれを考慮したかどうかは分からないが、充分な眠りから覚めた赤司が緑間の顔を見て安堵を覚えたのは確かだった。

「奴も奴なりに反省しているのだろうな。お前を、こんな状態に追い込んだことを」
「…仕方ないよ。誰にだって起こり得ることだ。お前と紫原の初出撃の際も、ひやひやさせられたものだよ」
「む…、そうか?」
「今では有り得ないことだけどね。…じきに、青峰もお前たちのように戦闘のやり方を習得し、オレたち以上に艦隊の戦果獲得に貢献してくれることだろう。……頼もしい男だ」

そう言った後、赤司はふっと表情を曇らせた。
その変化を読み取り、緑間は眉を寄せ、彼に問う。

「…何を危惧している」
「危惧?そんなものは…」
「…秘書艦としての地位が、あの男に脅かされるとでも考えているのか?だとしたら、はっきり言おう。有り得んのだよ」
「……お前には、隠し事が出来ないな」

見事に胸中の揺らぎを指摘され、赤司は苦笑を零して目を閉じる。
緑間の言うとおり、赤司は虹村の秘書艦としての地位に、僅かながら不安を感じていた。

「…青峰に、秘書艦という存在について説いた際、オレは…、この役割が、いかに不安定なものかを実感したんだ」
「不安定…?そんなことはない。提督の秘書艦というものは、提督の厚い信頼があってこそこなせるものだ」
「だけど、これは正式に任命された役職ではない。…オレが鎮守府に着任した際に秘書艦だった方は、提督がここに配属された当初から在籍していた方だそうだが…、オレの着任と共に、その役割を譲った。初期能力こそオレの方が高く設計されてはいるが、練度は圧倒的に彼の方が上だった。それにも関わらず、だ」
「…提督にとって、お前を秘書艦に据えたほうが艦隊の指揮を取り易いと感じたのだろう?」
「そういったこともあるかもしれない。だけど…、…もしもオレの練度が最上限に達し、提督に必要な艦がすべて出揃ったその時は、…果たして、オレが第一艦隊の旗艦である意味があると思うか?」

赤司の問い掛けに、緑間は即答することが出来なかった。
かつて虹村の秘書艦を務めた艦は、今も尚在籍している。だが、練度が上限に達した彼は、滅多に出撃することのない日々を送っていた。
「新たに解放された高難度海域への出撃に、高い練度の艦は必要とされるかもしれない。だけど、日常的に練度上限に達した艦を出撃させる意味はない。…資源の無駄遣いだ」
「しかし、お前は…」
「オレは、自分が特別な存在だと感じたことは一度もない。お前や、…以前秘書艦を務めていた彼のように、練度上限を定められた1隻の艦に過ぎない。……提督にとってみれば、いくらでも替えの効くものだ」
「赤司…」

赤司が他人の前で弱音をこぼしたのは、この時が初めてだった。
それほど、赤司にとって緑間という艦は信頼の置ける存在であり。また、赤司の胸中が不安定に揺れていた証拠だろう。

「虹村艦隊に所属する艦として、正しくない感情だ。…そもそも、軍艦が感情に思考を左右されるというのも、考えものだけどね」
「…オレたちは機械ではない。お前が、何かを望むのは至極真っ当な話だ」
「……」
「不安ならば直に提督に気持ちを伝えた方が良い。…虹村さんは、話の分かる方だ。今まで艦隊に多大な貢献を齎してきたお前が、練度上限に達した後も秘書艦であることを望むのなら、そうしてくれるはずなのだよ。それに…、オレたちも、お前が旗艦にいる状態で出撃した方が、安心できる」
「緑間…」
「…我が艦隊にとって、お前のコンディションは最重要なものだ。肉体的にも、…精神的にもな」
「……そう、だね」

緑間の言葉に頷き、赤司はやわらかな笑みを浮かべて見せる。
自分を必要としてくれる緑間に対し、純粋な感謝の意を示してのことだった。




緑間が去ったのを見届け、赤司は自己嫌悪のため息をこぼした。
彼の言葉は赤司の胸に響き、それは素直に受け止められた。
だが、胸の内をすべてさらけ出したことは、後悔している。

これまで赤司は、他人に、それも上官である相手に対し、何かを望んだことはなかった。
与えられる指示を忠実にこなし、望まれた以上の結果を残し続け。それこそが、規律を重んじる軍隊での正常な在り方であるとしっかり認識していたはずだった。

「…馬鹿か、オレは」

ベッド上で両膝を立て、両腕でそれを抱え込むように蹲り。誰にも届かぬよう、小さな声で自嘲する。
虹村が自分を信頼し、初期段階から秘書艦という地位に置き続けたことは充分承知している。それなのに。
信頼以上のものを欲している自分を、赤司は強く恥じた。

それはいくら他者に、自身をよく理解してくれる緑間に諭されても、拭い去ることは出来ない。
赤司が、虹村に対して抱いた感情は。

「……こんなにも強欲になれるものなんだな」

この先、虹村が自分よりも必要だと感じる存在を得たとしても。
誰よりも虹村の側に在り、彼のサポートに尽力したいという、軍艦が望むに相応しくない感情だった。





長時間に及ぶ修理を終えた赤司は、提督自ら迎えに来ると言う前代未聞の展開に困惑した。

「提督…?なぜ、あなたが此処へ?」
「そろそろ出られるって聞いたからよ。休憩がてら、ちょっとな。…キレイに直して貰えたじゃん」
「……長時間の離脱、申し訳ありません。早速執務室へ…」
「まぁ、そんな急がなくてもいいだろ?昼飯まだなんだよ。ちょっと付き合え」

赤司の返答を確認する間もなく身を翻して先導する虹村に、赤司は逡巡しつつも従う。
虹村よりも数歩後を歩きながら。提督の意図を探るべく、じっと彼の後頭部へ視線を注ぐ。すると。

「……たった二日、なんだよなぁ」
「え?」
ぽつりと聞こえた声に反応すると、歩く速度を緩めた虹村は赤司に顔半分が見えるよう向きを変え、続きを口にした。
「お前がオレから離れてた期間。…何か、随分長い間見てなかった気がするけど」
「そう…ですか…」
「やっぱお前いねぇとしんどいわ。青峰の奴、出撃出撃うるさくて事務仕事なんざてんでやる気ねぇの。あいつ、コーヒーもろくに淹れらんねぇんだぜ?」
「…ご迷惑をおかけしました」
「おう。提出期限間近の書類が山積みになってっから、メシ食ったあとはそれ処理すんの手伝…って、病みあがりでそりゃ無理か」

そこで足を止めた虹村が体ごと赤司の正面に向き直り、同様に足を止めた赤司は両目を瞬かせた。

「いえ、修理は完了していますし、業務に支障は一切きたしません。やりますよ」
「…あんな、体半分吹っ飛んでたのになぁ。不思議なもんだな、お前らは」
「沈みさえしなければ、いくらでも修繕可能です」
「それな。…どーなってんの?お前らの体って。オレもここに来る前に製造途中の艦を見たことあるけど、あの鉄や鉱物の塊が何でお前らみてぇな人型になんのかさっぱり分かんねぇ」
「…たしかに。このボディパーツは鉄鉱物のみで造られているわけじゃないようですね」
「ちょっと触らせてみろよ」
「え?」

興味本意、そんな態度で虹村は赤司の左腕に手を伸ばす。
急な申し出に、赤司が拒絶する間はない。無防備な状態で片手を取られ、僅かに動揺の声を上げた。
「こりゃ、鉄の感触じゃねーな」
「…あの、提督。今まで艦に接触したことはないのですか?」
「ねーよ。…あ、うそ。お前がドック入りした時が初めて」
「…そう…ですか…」

さらりと答える虹村に、赤司は消え入りそうな声で相槌を打つ。
入渠ドック入りして間もなく。訪れた虹村は、赤司のミスを一切責めることなく、心からの復帰を願った。
傷を隠したガーゼ越しの左頬へ触れながら。

「……」
「…ホントに、人間みてぇだ。袖めくってもいい?」
「…それは」

嫌です。と、言葉なく拒絶する。
それが伝わったのか、虹村は軽く笑いながら赤司の肘の関節へ触れ、手首、そして指の付け根の感触を確かめた。

「提督、そろそろ…」
「悪ぃ。これ以上触ったらセクハラで訴えられっかもしんねーな。…このへんで許してやるか」

赤司の制止を聞き入れ、ぱっと手を離した虹村は何事もなかったかのように再び食堂へ向け足を進める。
その背中を追いながら、赤司は。

「……」

無闇に早まる脈拍が、虹村の手に伝わっていなければ良いと必死に祈った。











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