krk-text | ナノ


▼ 美少女成長説


※ゲームの赤ちんの女装姿がこなれてた感じだったので、初恋の美少女が女装した男の子だった的なやつもありだと思ったのです。


***





赤司家の跡取に男児が誕生したことに、親族はみな歓喜した。
一般家庭では、女児ばかり誕生することになってもそのうちの誰かが婿養子を取れば問題ないとされている現代だが、由緒正しい赤司家の場合はやはり直系の男児が跡を取るのが好ましいという風潮が色濃く残っており、征十郎の誕生は彼の母親の功績とされ、母子共々非常に手厚く歓迎された。

だが、成長するにつれ征十郎は、自身の母親が本当に得たかったのは女児だったのではないかという疑問を持ち始める。
名家の令嬢として生まれ、幼稚舎から大学までずっと女子校に通っていた彼女は、とても色白で繊細な女性だった。
装いにおいてもシンプルながら上品で清楚な衣服を好むかたわら、レースやフリルが多く施された可憐な衣類を複数所持していることを征十郎は知っていた。
そしてまた、時折母親と一緒にテレビや雑誌のファッション特集を見ている時に彼女が何気なくこぼした言葉の意味も。

(親子でお揃いのワンピースって、可愛いわよね……)

温室育ちで、結婚し母親になってからも無垢な性質を保っていた彼女に、悪気などは一切ない。
だが征十郎は、自分が彼女の夢を叶えられる性別にないことを幼いながら心苦しく思い。
小学校に上がる前、母親の喜ぶ顔が見たい一心で彼女にこう告げた。

(僕も、お母さんと同じ服を着てみたいな)

心優しい一人息子のその言葉に、母親は戸惑いながらも嬉しそうに微笑み、父親には内緒で自分と征十郎が着用するためのサイズ違いの同じデザインのワンピースを何着か縫い上げた。





「スカートって、歩き辛くないものですか?」
「コツが分かれば簡単だよ。テツヤも一度着てみたらどうだ?」
「いえ、僕は……。赤司くん、すごく似合いますね」
「ありがとう。……さて、そろそろ着替えようか。テツヤ、背中のジッパーを下ろすのを手伝ってくれないか?」

時は経て、赤司征十郎中二の秋。
ひょんなことから数年ぶりにスカートを履くことになった赤司は、文化祭の企画終了後にパートナーである黒子と共に衣装姿のままバスケ部の部室にいた。
赤司以外にも異性装で企画に参加した仲間はいたが、彼らは赤司とは異なり不本意なまま着替えさせられたため、ステージ袖に引っ込んだ段階ですべて脱ぎ払い、半裸にジャージを突っかけるという極めて野生的な姿で去ってしまったが、赤司と黒子はその後桃井の強い要請により、部室で個人的な写真撮影を行うことになった。

女性が男性の装いをするのはさほど抵抗を感じないと言うが、その逆はかなり抵抗を示す場合が多いと言う。青峰や緑間の反応は一般的なものだ。
だが、赤司は普段着であるかのように堂々と赤いスカート姿を人前に晒し、写真撮影にも快く応じる。その懐の広さを見て、黒子はやはり赤司は器の違う人だと強く感心した。

だが、赤司が女装に一切の抵抗を見せず、馴れた様子で歩き回るのは、彼の元々の豪胆な気質によるものばかりではない。
過去に経験がある。そのことを黒子に説明しようとした時。
がらりと開かれた部室のドアへ、二人の視線は同時に向く。


「うおっ?!わ、悪ぃっ!!」
「虹村さん」
「虹村センパイ?」

ノックもなくドアを開けた人物は、中にいたのが女性だと思い込み、慌てた様子でドアを締めなおそうとする。だがそれが誰なのか認識した赤司と黒子はほぼ同時にその名を呼び止められた。
声に聞き覚えがある。そう瞬時に気付いた虹村は手を止め、再び視線を部屋の奥へ投じた。

「黒子…?……と、…お前、まさか……?」
驚愕に目を見開く虹村の様子に、赤司は自分の格好が彼に衝撃を与えている事実を知る。
これは、至って自然な反応だ。四六時中行動を共にしている同級生でさえ、赤司の現在の恰好を見た際は似たような反応を示していた。部活の先輩と後輩という関係に過ぎない虹村からしたら、より異様な姿に思えるだろう。
「部室を私用で使用し申し訳ありません。すぐに着替えて、退室します。テツヤ、ジッパーを…」
その恰好についての説明をするよりも先に、赤司は後輩として正しい言動を選び黒子に着替えの手伝いを催促する。
それに従い、黒子が赤司の背中に手を伸ばすが。

「ちょ、ちょっと待て!聞きてぇことがある!」
「え?」
虹村の制止の声に、二人は再び視線を彼に向けた。
すると、虹村は。女装した赤司に向かって、こんな質問を口にした。

「前にどっかで会ったことねぇ?」
「……」

それにはさすがの赤司も、閉口せざるを得なかった。




すでに部を引退している虹村は、しかし赤司たちが1年生の頃の主将である。
副主将を務めていた赤司は虹村にとって、もっとも接触回数の多い後輩だった。
それにも関わらず、たかが服装がいつもと異なるだけでこんな言葉が出てくるとは。内心呆れていた赤司に、フォローの言葉を投げたのは黒子だった。

「普段の赤司くんとのギャップが大き過ぎるんですよ。赤司くんがこんなにノリの良い人だなんて、知らない人はたくさんいると思います」
そしてそのまま今度は虹村へ声を掛ける。
「虹村センパイ、この人は赤司くんです。こんな愛らしい赤ずきんちゃんの恰好をしているのは、文化祭の企画で……」
「んなことは分かってるよ。オレが聞きてぇのは、その、……赤司、お前、姉ちゃんか妹とかいた?」

あまりにも赤司の姿が普段と異なり過ぎて、彼が自分の後輩であることに気付いていないのかと思った赤司と黒子の考えは、すぐに打ち消されることとなる。
黒子と顔を見合わせた後、赤司は虹村に「いいえ」と首を振った。
「兄弟も姉妹もいませんが。…それが、何か?」
「従兄弟とかは?いるだろ?お前そっくりな年の近い女の子が!」
「…いえ、親戚は年上ばかりで、女性もいますけれどあまり顔つきが似ていると言われたことは……」
「……ちょっと待てよ、……冗談だろ?」
「虹村さん?」

赤司の否定を受け、虹村は額に手を当てて深刻そうに呟く。
その様子に、赤司はあまり考えたくない仮説を持ち出した。

「あの、虹村さん。……以前会ったことがあるか、というのは…、僕らが小学生の頃の話、でしょうか?」
「……っ!!」
「それでしたら、可能性はあります。その遭遇場所が、……○○大学病院、でしたら」
「!!!!!」
「赤司くん?それって……」

先ほどよりもさらに両目を見開く虹村に、赤司は自分の仮説が正しい事を確認した。
よりによってこの人に目撃されていたのか、と、後悔の気持ちを抱えながら。

「おそらく、虹村さんと会ったことのある少女というのは僕のことです。小学生の頃、入院していた母の見舞いに一度だけ女性物のワンピースを着用して行ったことがありますから」


その回答を得て、声にならない悲鳴を上げた虹村は、がくりと項垂れ「マジかよ……」と呟いた。





それは、先が長くないと言われた母に対する、幼い赤司の健気な励ましからの行動だった。
たった一度だけ、母が作ったワンピースを着て彼女の病室を見舞いたいと父親に頼み、実行したことがある。
同じ病院に虹村の父親が通院していたことなど、赤司に知る由もない。

「親父が受診中に病院の中ぶらついてたら、信じらんねーくらい可愛い女の子が前から歩いて来てさ。一緒にいる大人の人も厳ついスーツ着てたし、どこのお嬢様だって思って三度見したわ」

黄瀬から呼び出しのメールを受信した黒子が先に着替えて去った部室で、虹村は赤司に当時の印象を告白する。
黒子の着替えの介助を優先したため、赤司が着替えるタイミングは失われてしまった。現在も未だスカート姿の赤司は、おもばゆい気持ちで虹村の話を聞いている。

そんな赤司の顔をちらりと見遣り、虹村は盛大にため息を零した。

「まさか、あの美少女が男で……、しかも、赤司だったとはなァ……」
「誤解を招くような行いをしてすいません」
「いや、謝ることじゃねーけど。……まぁ、当時の面影があるっちゃーあるな」
「それほど鮮明に覚えているんですか?」
「当たり前だろ。あんな美少女見たの、生まれてはじめて……、って、お前に言ってもな」

そこで虹村はやや照れたような表情を浮かべ、赤司から視線を逸らす。
それにつられて赤司も居たたまれない気分になり、床に視線を落としながら当時の自分の容姿を思い出そうとした。

まだ小学生だった。男子にしては比較的小柄なほうだった自分のあの女装姿は、たしかに何も知らない他人が見れば女子にしか見えなかっただろう。
母親の反応も非常に良好だった。
息子が女装することに不服そうだった父親でさえ、実際に赤司のその姿を見ればいつもより柔和な表情を浮かべていた気がする。

「美少女、……ですか」

中学生になった今は体つきもそれなりに成長し、容姿も父親に似てきたと言われることのほうが増えたが、当時の赤司はどちらかと言えば母親似だったかもしれない。
料理や裁縫を得意とし、常に穏やかな笑みを浮かべ、物静かで優しい母は、実の息子である征十郎から見ても理知的で美しい女性だったと記憶している。
だとすれば。彼女と良く似た顔立ちの当時の自分が女装した姿は、虹村の言うとおり「美少女」と形容されてもおかしくはないものだったのかもしれない。

だがその「美少女」の正体は自分自身だ。
たった一度すれ違っただけの架空の存在の顔立ちを今も鮮明に覚えているという虹村には、若干の憐れみを覚えた。


「…まぁ、でも、あの子がお前で安心した、って気持ちもあるよ」
「え?」
「……今にも泣きそうな顔して歩いてたじゃん。…そっか、あの頃、お前のおふくろさん」
「そう……、ですね。あの日の前日に母の余命を聞かされて、それで、母にあの姿を見せ、元気づけようとしていたんです」
「オレは、お前が不治の病宣告を受けたかどうしたかって気になってたんだ。お前、色も白いし、なんか線細くてめちゃくちゃ儚げだったし。……おふくろさんのことは残念だけど、お前がこうして元気に成長してて、何つーか……」
「それは僕ではなく、病院ですれ違った「美少女」についての心配なのでは?」
「んだよ、同一人物だろうが。性格悪ぃな」
「一方的に勘違いをされていたのは虹村さんでしょう?それに、虹村さんの考え方で言えば、その「美少女」は元々こういった性格だったとも言えます」
「華奢で大人しそうな見た目のわりに、図太い性格だったってか。……まァ、有り得なくもねー、つうか、そのまんまなんだろうけど」
「重ね重ね、残念でしたね」
「……可愛くねぇな」

そう言って唇を尖らせる虹村に、赤司は目を細め、控え目な笑みをこぼす。
部活の先輩と後輩として出会う前に、たった一度、自分たちはすれ違っていたのかと。
赤司は虹村のことをまったく覚えてはいないが、こういった運命的な再会というのも人生には起こり得るのだと、愉快な気分になった。


懐かしい気持ちと奇跡的な結末に和んだ空気は、赤司の携帯が発するメールの着信音によって遮られる。

「呼び出しか?」
「…そのようです。生徒会の召集が」
「そっか。相変わらず忙しい奴だな」
「僕としては、もう少し虹村さんに、かつての美少女のなれの果てを堪能して欲しかったところですが……、残念ながら時間切れのようですね」
「ヘンな言い回しすんじゃねーよ…。……オラ、着替えんだろ?手伝ってやるから後ろ向け」

虹村に促され、赤司は大人しく彼に背を向ける。
背面のジッパーがずり下げる音を聞きながら。昔、母にそうして貰った記憶が蘇り、赤司は感傷に浸りながら目を閉じた。

一方の虹村が、自らの手で暴きゆく赤司の背中の白さに、妙ないかがわしさを感じて赤面し、そこから視線を逸らしていることなど知りもせずに。












人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -